ただ、例外として ノーブルベルカレッジとの交流会に参加する生徒で賑わう鏡の間。先生と生徒で作られた輪から外れた部屋の隅で、トレインの飼い猫――ルチウスは関心無さげに自身の手を舐めていた。
そんなルチウスの元にラギーが近寄ってきた。ラギーは膝を落とし、猫の言語で声をかける。
「トレイン先生と数日離れ離れになるけど、やっぱ寂しいもんなんスか?」
毛繕いを止め、ルチウスはじっとりとラギーを睨み上げた。
「そんなわけないだろ」
「あははっ、即答じゃん。あんだけ可愛がってもらってんのに、随分薄情なんスねぇ」
「可愛がってる、ねぇ。それなら毎食高級ツナ缶を食わしてもらいたいもんだ」
「トレイン先生はそういうタイプの可愛がり方じゃないっスもんねぇ……ま、オレ達生徒に対するよりはベタ可愛がりされてる方だと思うけど?」
ルチウスが気怠げに後ろ足で首を掻いている様を、ラギーは笑いながら眺めている。
「折角アイツの目がないんだ。その間、存分に羽目を外すつもりだけどな」
「おっ、何か作戦でもあるんスか? クルーウェル先生が美味いもん食わせてくれるとは思えないけど」
「アレには何も期待してない。イグニハイド寮生あたりをちょっと誑かしておけば、飯と孫の手には困らないだろう」
「あー……確かにね。アイツら異様に猫好きっスよね。俺は猫じゃないけど、この間耳触らせてやったらカフェラテ奢ってくれたんスよ。だからたまに触らせてやってるなぁ」
「ふっ、お前も考えてることは同じか。まぁそういうことだ」
「シシシッ。ルチウスくんってば、罪な猫っすよね」
ヒソヒソと笑い合っていると、一人と一匹のもとにコツコツとせっかちな靴音が近づいてきた。
「ラギー、そろそろ出発だよ」
リドルに呼ばれ、ラギーは「はーい」と返事をしながら立ち上がる。
「んじゃ、ルチウスくんも楽しんで」
「お前もな」
ラギーは手を振り、リドルと生徒達の集団に戻っていく。
「相変わらず動物言語が堪能だね。悔しいけど、さっきの一言は聞き取れなかったよ」
「行ってきますって言っただけっスよ」
仲間の元へ戻っていくラギーの背中を、ルチウスは黙って見つめている。
生徒たちは闇の鏡を潜っていき、先ほどまで騒がしかった鏡の間はシンとしたいつもの静寂を取り戻した。そんな中、カツカツと警戒な靴音を立てながらルチウスの元へクルーウェルが近寄ってきた。
「なんだ。お前もついていきたかったのか? トレイン先生がいないとやはり寂しいようだな」
なんで人間は揃いも揃って同じことしか言わないんだ。どこをどう見たら寂しそうに見える? ナワバリの外なんざ興味はない。美味い飯を食って寝るのに、何が楽しくて遠出をする必要があるというんだ。
ただ――。
ルチウスは闇の鏡に目をやっま。
ラギーとなら、興味を持たんでもない。アイツが楽しませてくれるなら、ここ以外の場所でも退屈せずに済むかもな。
「さて、行くぞルチウス。トレイン先生が留守の間、お前のことを徹底的にしつけてやる」
クルーウェルがルチウスに言い放つも、ルチウスはぷいとそっぽを向くと、ゆっくりと鏡の間を出ていったのだった。