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    akuta595966

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    ドードーの話

    昔々、大国からかなり離れた小さい島にドードーという鳥達が住んでいた。
    ドードーは奇妙な鳥だった。体はずんぐりとして丸く、羽根は小さい。嘴は大きく長かった。
    その羽根の小ささと体格のせいか鳥だというのに飛ぶことも出来ず、のそのそ歩き回るばかりだった。
    それでもドードーが生き延びられたのは、その島に彼らの脅威になるような生物が存在しなかったからだといえる。
    島の恵みと運の良さを享受し、ドードーは平和に暮らしていた。
    だがそんな日々は突然終わりを告げた。
    彼らの棲家である島に人間がやってきた。
    天敵のいない楽園のような場所で生きてきたドードー達のうちあるものは「怪鳥」として人間に連れて行かれ、あるものは食糧となり、その羽毛を取られ、あるものは人間が持ち込み放った哺乳類に卵を食われた。
    そうしてドードーがこの世から消えるまで、わずか83年しか掛からなかった。

    ある時、鳥は自分がドードーである事を自覚した。
    生まれてから自分が何者なのかを自覚することもなく島の中を歩き回り、きのみをつつく毎日だった。
    だがふと池に映った自分を見た時に、自分がドードーだと思ったのだ。
    滅んだはずの自分がどうしてこの世にいるのか、と思ったりもした。だが考えても答えは無かったし、時間が過ぎていくだけだった。
    このまま無為に時間を浪費するのはもったいない。そうだ、ここを出よう。
    思い立った彼は、自分が泳げない事も忘れて海へ飛び込み……。
    そして溺れた。

    「珍しい鳥だな」
    漁師は海を漂っていたその鳥を拾い上げると、船の床上に置いた。
    「なんだよそれ。ブサイクな鳥。生きてんのか?」
    魚が釣れない苛立ちに刺々しい口調を隠そうともせず、仲間が口を出した。
    漁師はびしょびしょに濡れてぐったりして目を閉じている鳥の首を掴んだ。
    その時、鳥が突然目を開いた。
    「くわあーーーーっ」
    そう叫ぶと短い退化した羽根をバタバタさせて暴れ、漁師の手を振り解いて床に落ちた。
    「わ!! なんだこの鳥。生きてるぞ!!」
    バタバタ暴れている鳥に驚き、尻餅をついて漁師は叫んだ。
    「海漂ってて生きてる鳥なんているわけねえ! こいつおかしい鳥だ!」
    仲間は漁に使う銛を片手に喚いた。
    もし飛びかかりでもしたら、その銛で攻撃でもする気なのだろう。
    鳥は人間が構えている銛を目にすると、暴れれば暴れるほど自分が危険になる、とどこか冷静になりながら思ったらしい。
    そうしてようやく暴れるのをやめた。
    まずは濡れた体をなんとかしなければ、と体を震わせて水を飛ばす。
    人間2人に飛沫がかかった。不機嫌そうにかかった水を手で乱暴に拭うと、まず仲間が銛の尖っていない部分を鳥に向ける。
    鳥は威嚇しかけたが、自分の立場をするだけだし何よりも寒くて体力を使いたく無くて、黙った。
    「見れば見るほど変な鳥だな。羽根も生えてないし、足がすごくでかい」
    「体も結構デブだ。こりゃ脂も肉もたくさん取れるかもしれないぜ。捌いて夕飯のおかずに渡したらママが喜びそうだ」
    銛の柄の先端で、寒くてうずくまっている体をつつかれて鳥は居心地悪そうに体をもぞもぞと動かしている。
    今日の不漁具合では市場で売る分はおろか自分たちの夕食すらままならなかった。しかしこの鳥を捌けば。
    企んだ仲間がニヤニヤと笑みを浮かべながら、「俺、チキン捌くの得意だ」と言った。
    鳥はギョッとした。
    こいつ、わたしを食べる気だ。
    「やめとけよ。知らない鳥だから毒があるかもしれない。叔父さんが知らない魚は食うなって言ってただろ? それと一緒だよ」
    漁師の言葉を聞いて、鳥はホッとした。もう1人の人間が良心的で良かった。
    毒があるかも呼ばわりされたのは少し腹立たしかったが、食べられるよりはマシだ。
    「こいつは変だけど珍しそうな鳥だから、帰ってからスドーセンセに見せよう。それで本当に珍しい鳥だったら、誰かに10万ギニくらいで売りつけよう」
    鳥は漁師の言葉に今度はギョッとした。
    こいつ、わたしを売る気だ。
    見世物にされるくらいだったら溺れていた方がマシだ。
    海に飛び込もうとした鳥の体は、次の瞬間には漁師のごつごつした大きい手に抱え込まれていた。
    「おっと、逃げるなよ。今度こそママに壊れてないiPhoneを買ってやりたいんだ」
    漁師の笑顔はどこまでも屈託なく、鳥の心を憂鬱にさせた。

    スドーセンセは、本名が須藤鷹之助といった。
    鷹之助、という名前とは裏腹に優しい顔立ちで丸い眼鏡をかけていた。猛禽類は猛禽類でもフクロウのような雰囲気だ。
    鳥の研究をする為にこの島に居着いてから10年。
    島の人々からセンセだのスドーセンセだのと呼ばれ、慣れ親しまれているのだった。
    「スドーセンセ。珍しい鳥見つけたから連れてきた」
    いつも鳥の情報を教えてくれたり魚をお裾分けしてくれる漁師兄弟のうち、兄の声が聞こえてきて須藤は書類から顔を上げた。
    「ん。珍しい鳥?」
    不思議に思った。
    この辺の鳥はもうあらかた調査してある。新しい種類の鳥はこれ以上出てこないと思っていた。
    それに島の住民である彼らは鳥の種類を熟知している。
    珍しい鳥を見て須藤が興奮気味に「あれは珍しい。なんで鳥だ」と調べだすと、呆れ顔で「スドーセンセ、あれは〇〇だ。ここではよくいるよ」と横槍を出してくるような奴らだ。
    そんな彼が珍しいと言うなんて、一体どんな鳥だろうか。
    「入って」
    言いながら鳥が逃げないように窓を閉める。
    そうして入ってきた兄弟は、何かを抱えていた。
    逃げ出さないようにと布で無理やり包まれている。
    相当大きい。大型の猛禽類か何かか?
    「ちょっと布取るよ。しっかり押さえてて」
    「分かった」
    それを包んでいる布をゆっくりと解いていく。体毛は茶と黒の中間のようだ。羽根は退化している。
    こんな鳥、いただろうか。これは本当に珍しい。
    これがなんの鳥か考えながら布を解き終え、全貌を見た須藤は思わず後ずさって腰を抜かす。
    「ちょ、ちょっと、その鳥どこで……」
    突然腰を抜かした須藤に手を差し伸べ、起こしながら「漁に行ったら海を漂ってた。兄貴が見つけたんだ」と漁師弟。
    「そうだよ。デブだから捌いてママにあげようってこいつが言うから、珍しい鳥だからスドーセンセに売ろうって止めたんだ」
    「捌くなんてとんでもない!! いくら欲しい、10万ギニまでだったら今払える! 待っててくれ、絶対にその鳥を逃がさないで、逃がしたら金輪際君達の魚は買わないからな」
    須藤は起き上がるが早いか、バタバタと部屋を出た。
    漁師兄弟は互いの顔を見合わせると「今日のスドーセンセ、なんか変だな」「全くだよ。でも10万ギニくれるからいいじゃん」と言いながら、いつも冷静で物腰穏やかな須藤を狂わせた元凶である鳥を眺めた。
    兄弟は知らなかった。この鳥は本来であればもうこの世に存在していないことを。
    とっくに滅び、標本すらまともに残っていない哀れな絶滅生物であることを。
    鳥類学者である須藤でなくともその鳥を知っていれば誰でも卒倒するような生物であることを。
    ドードー。
    漁師兄弟は、自分たちが抱えている鳥がそう呼ばれていることを、知らなかった。

    それから1年が経った。
    鳥、ドードーは須藤に買われて彼の家で暮らしていた。
    外に出してもらえることはなく、餌を食べていたとしてもちっとも楽しく無かった。
    ドードーを買ってからというもの須藤は人が変わったようにギラギラとした雰囲気を纏い、毎日パソコンに向かって夜遅くまで激論を交わし大声を張り上げている。
    漁師兄弟とはあの時以来会っていないが、ドードーも須藤も気に留めることはなかった。
    須藤はドードーに対してひどく心配性で、少しでも彼が具合を悪くしたりすれば慌てふためき鳥用の薬をどこからか調達してきたり何かに祈ったりするのだった。
    「明後日日本に帰る。大きい研究会が開かれるからそこでお前を見てもらおう」
    ある日須藤が話しかけてきた。見ればいつの間にか彼の部屋は殺風景になっていた。
    ニホン、がどこであるのかドードーは分からなかった。ただ、この狭い檻から出られたらなあと思うばかりだった。

    結果的にいえば須藤とドードーが乗った飛行機は日本に着くことはなかった。
    飛行機は突如レーダーから姿を消し、今でも行方はわかっていない。
    だがドードーは生きていた。なぜ生きていたのかは分からない。気がついたら入っていた檻ごと砂浜に放り出されていた。
    もう人間に振り回されるのは懲り懲りだ。
    壊れた檻を這う這うの体で這い出すと、砂浜に蹲った。
    あの島を出ようと思ったのが間違いだった。あのまま島で木のみを食べて暮らしていればよかった。
    自分の行いを後悔しながら目を閉じた彼の耳には「あ、なんか鳥のぬいぐるみ落ちてる」という少女らしい声が聞こえているのだった。

    彼がその後紆余曲折を経てある人間の元へ辿り着き、ドードー先生と呼ばれるようになるのはまた別の話。
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