女王様とクジラ昔々あるところに、それはそれは美しい女王様がいました。
女王様の周りにはいつもたくさんの人と、たくさんの召使いがいて、いつも忙しそうに彼女の美しさを褒め称えたりお世話をしたりしていました。
女王様は美しかったのですが、その美しさを自慢したり特に召使いには気に入らないことがあると不機嫌になったりする棘がある薔薇のような人だったので周りの人は誰も逆らえませんでした。
けれどある日、女王様はひとりぼっちになりました。
友達に裏切られて、顔にも怪我をしたのです。
家も美しい顔も全てを失ったかわいそうな女王様。
周りは途端に離れていきました。美しい顔も、女王様という名前も失ったならただの雑草でしかないのですから。
友達も召使いもいなくなったかわいそうな女王様。
知り合いや友達、召使いだった者達に助けを求めますが誰も助けてはくれません。
「どうして助けてくれないの」
「イヤ。だってこれまでワガママだったじゃない」
「これからは良い子になるからお願い助けて」
「ダメ。だってあなたを助けてもいい事がないもの」
こうして女王様……ではなくなった女の人はひとりぼっちでしょんぼりと彷徨っていました。
そうしていつしか、女の人は海に来ていました。
これまではたくさんのお友達と召使い達と遊びに来ていた海。
今はひとりぼっち。
昔のことを思い出して悲しくなった女の人がぽろぽろ泣きだしたときでした。
ざぶーん、と大きい音を立てて、大きいクジラが現れました。
「どうしたんだい」
クジラは優しい顔で言いました。顔と同じ、とても優しい声でした。
「1人になってしまったの」
「おやおや、それはかわいそうに。わたしと同じだ」
クジラは目を丸くして、びっくりしたように言いました。
「あなたもひとりぼっち?」
「そうだよ。わたしの声は他のクジラと違っているからね、どうも呼んでも誰も来ないんだ」
女の人は不思議に思いました。
ひとりぼっちは寂しいものなのに、クジラからはさみしいという感情が感じられなかったのです。
女の人は尋ねました。
「あなたは1人なんでしょう、どうして寂しそうじゃないの?」
クジラは笑って言いました。
「1人だとさみしいなんて、誰が決めたんだい? 1人は気楽でいいもんだよ」
たしかに、1人というものはみんな寂しいだなんて誰も決めてはいません。
でもこれまでたくさんの人に囲まれていた女の人にとっては1人というのは寂しいもので、ちっとも気楽とは思えませんでした。
「あなた、とっても変わり者ね」
女の人が言うと、クジラはまた笑いました。
「どういたしまして。そんなこと言ってくれたのは、あなたが初めてだよ」
しばらく2人は黙っていました。クジラは女の人を見つめていましたが、女の人は寄せては返してざあざあさらさらと音を立てる波を見つめていました。
「ねえ、クジラさん」
女の人は言いました。
「なんだい」
「私、ここにいてもいいかしら」
彼女の言葉にクジラは言いました。
「いいよ」
そうして2人は一緒に暮らし始めました。
女の人は海岸にあったボロ小屋に住んではいましたが、寝る時以外はクジラと一緒にいるように波打ち際にいました。
鯨も寝るときは海に潜りましたが、それ以外はたまに肌がひび割れないように潜るくらいで女の人と一緒に波打ち際に頭を出していました。
その内クジラはこう思うようになっていました。
「誰かと一緒にいるのも、悪くないなあ」
女の人もこう思うようになっていました。
「褒められなくても、お世話されなくても、彼と一緒にいるのは楽しいわ」
お互いに幸せでした。
お互いに楽しくなりました。
そうして2人はいつまでも、波打ち際で仲良く暮らしました。