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    akuta595966

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    akuta595966

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    鳳凰の女主人自分が「マダム」と呼ばれ始めた頃の事が、不意に頭に浮かんできた。
    覚えているという事は、そう遠くはない出来事だ。
    家長であり財閥を纏めていた総帥である父が死に、その後継者であった兄が失踪した事で母親に懇願された。そんなドラマチックな出来事が、今も脳裏に映像として焼き付いている。
    マダムはため息をつき、眼鏡を外して書類を机の引き出しにしまって鍵をかけた。
    マダム。女主人様。女狐。悪女。彼女にはさまざまな呼び名がある。
    尊称も蔑称も、彼女は全て甘んじて受け入れてきた。
    だがそんな中でも彼女の本名を知る者は少ない。
    "鳳 華鈴"
    それが彼女の名前。
    華鈴にとってこの財閥を守り抜き、成長し、のし上がっていく事が人生の価値だった。
    その為にあらゆる事をやってきた。中小企業を潰し、買収し、有り余る金をばら撒いた。
    何か不都合があれば金を相手の口に突っ込んで黙らせてやったし、異議を唱えたり反乱を起こしそうな者を頼れる用心棒でありペットである万雷に粛清させたこともあった。
    全ては私を見くびったやつらを見返す為だ。
    華鈴は書類作業で疲れた目を眉間を親指と人差し指で圧迫し、ほぐしながら今も消える事はない怒りに自分の善意が焦げついていくのを感じていた。
    怒り。彼女の原動力は怒りだった。
    思えば母親は彼女を嫁にやる事だけを目標に、徹底的な管理下に置いていた。
    「あなたは鳳一族がこれから成長していく為の道具なの。だから余計な事を考えなくてもいいの」
    それが母がよく華鈴に言い聞かせる常套句だった。
    道具。つまり政略結婚のために嫁がされるということ。
    聡い華鈴は幼いながら、それを理解していた。
    政略結婚というものは女を嫁にやり、贈答品とする事で成り立っている。
    きっと母もそうやって鳳に嫁いできたのだ、とも理解していた。
    だがその一方で、母も父も華鈴に対してはどこか冷たかった。彼らの関心はいつも2つ上の兄、龍波にあった。
    「龍波はいずれ家督を継ぐのだから」といつだって兄を優先していた。
    どんなに学業でいい成績を収めても。褒められるような事をしても。学校で孤立しても。
    何をしても。
    華鈴は蔑ろにされ続けた。
    まるでただ道具を作成するかのような、無機質な付き合い方だった。
    「お前は道具だから。いずれ政略結婚でここを去るのだから」
    そう言われ続けた。褒められる事はほとんどなかった。
    どうしてなのか。どうして自分だけ誉められないのか、蔑ろにされるのか。何事も兄が優先なのか。
    華鈴は考えつづけた。
    何故お母様は誉めてくれないの。
    何故お父様は私を無視するの。
    そうしてたどり着いた答えがあった。
    「それは私が女だから」だと。
    あの時が一番、病んでいた。華鈴は思い返してまたため息をついた。

    彼女の鬱屈した人生が変わったのは、父が亡くなった後すぐのことだった。
    盛大な葬式が終わってからすぐ、兄が忽然と姿を消した。
    逃げたのだ、と華鈴は直感した。
    慌てふためき、泣き喚く母を冷たい目で睨みながら華鈴は心の底から震えが起こるのを感じていたら。
    兄は、頭がいい方ではなかった。どっちかといえば愚かだった。華鈴が行かせてもらえなかったレベルの高い学校に行きながらも日々遊んでいたくらいなのだから。
    恐らく自分が総帥になって財閥を潰すようなことになったら、というプレッシャーに耐えかねたのだろう。
    兄の愚かさと責任感のなさに怒りすら覚えながら、彼女がやった事があった。
    それは自分が総帥になる事を、長老会に進言する事だった。
    長老会。それは鳳一族の親族と財閥に貢献してきた重役達で構成されるもの。会長である本家筋の祖父を筆頭に鳳一族分家の老人達。そして未だに鳳財閥重役の地位に踏みとどまり続けている者。
    いずれ父がその筆頭になるはずだったもの。
    会社の経営や鳳のあり方に口を挟むのが役割である彼らを説き伏せるのは難しい事だった。
    旧世代の考えに固執した彼らは、女である華鈴が総帥になるなら単なるお飾り総帥にして政治には手を出さないという事を要求した。
    つまり、ただ判子を押してニコニコ笑って愛想よく応じていればいい、という事だ。
    女に政治ができるわけがない、というのが彼らの言い分だった。
    一度目は完全に言い負かされた。所詮女だから、と反論すらも聞いてくれなかった。
    無理矢理説き伏せたのは実に直談判5回目でのことだった。
    「女だから、男だから。そんな古い考えではこの先の鳳が良くなるわけがないですよね」
    それに、兄も父もいない中で後継者は私だけですから。
    あくまでも家族経営での鳳。その後継者は嫡子だけである。
    それを何度も主張して無理矢理彼女は鳳の総帥になったのだった。
    それから幾年も過ぎ、彼女は経営者として才覚を発揮していた。父が総帥をしていた頃よりも財閥は幾分か成長し、鳳の女主人と言われる事も増えた。
    だが、いつまでやればいいのだろう。どこまでやれば満足できるのだろう。ふとそう思う事があった。
    しかし進むしかない。やれる限りはやるしかない。全ては自分を否定し、燻っていたあの頃の"私"を慰める為に。
    それにもう自分は取り返しがつかないほどに獣道の中を歩いてしまっているのだから。
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