Refrain 第九章/
デジタルワールドの侵食も時間の問題。と考えられていた。
別の世界に避難するとしても、他には現実世界と、閉じられたままの暗黒の海ぐらい。デジモンたちが同じ環境で過ごすには、もしかするとイグドラシルが新しい世界を作る方が良いと考えられた。
だけど、デジモンたち全てを移動するには大変。しかも短時間で行う必要がある時は特に。
「ちょっといいですか?」
「どうしたんだ?」
深刻な顔をして、ヤマトに話し掛ける光子郎。
「闇の勢力の侵食が弱まっているそうです。暗黒の種の目覚めとほとんど同じタイミングで」
パソコンを開いてデータを見せる。
グラフのようにまとめたデータには、ヤマトが太一を救うために現実世界へ戻った時間帯がピークだったらしい。
今はほとんどゼロに近い数値に下がっている。
「それって……。暗黒の種は、闇の勢力と協力していないってことになるのか……?」
「僕の推測ではそうなります」
「じゃあ、情報処理局のやつらと組んでることもあるだろうな」
「ええ。西島先生からの連絡はまだ来ていませんが、可能性は確かにあります。もしそうなったとしたら、そういった旨の連絡もあるでしょう」
「それだとしたら……」
「待ちましょう。僕たちには太一さんを取り戻すことが第一です」
「そうだな」
…………
そして暗黒の種────彼はというと、情報処理局の施設内で着替えをしていた。
「制服だと太一と区別つかなくなるだろ。別の服とかないのか? 服のこだわりなんてないし、そのスーツでいいけど」
西島の服装を見ながら言った。
「……予備はあるから試着するといい」
腕を組んで答えた。
「さすが、せんせいだな」
返答する言葉を失くした。さすがに生徒の姿で接しても、中身が違うとなれば気持ちの面で整理がつかなくなる。
それに、どうも話し方が分からなくなるから接しづらい。
スーツに着替えた彼は、幼さを感じつつも、大人びた印象を見せていた。
「ちょうどいいな、これ。気に入ったぜ」
スーツを着て、感触を確かめている。
腕を動かしながら。
「ヤマトたちもこれなら別人だって分かるだろ」
そもそもの動機が、ここから始まっている。
異常に選ばれし子供たちに執着していて、彼らに対して敵意はあるものの、他に意図がある様子だ。
では、何故自分にはこんなにも懐いてくるのか。
「石田たちのことを警戒しているのか?」
西島の予想とは反対に、機嫌よく笑いながら彼は答える。
「まさか。戦うことは絶対に来るだろ。太一と戦うより、太一に似た誰かってことにして見せれば、あいつらも戦いやすいに決まってるさ」
優しいのか、どうなのか。
暗黒の種にとって、選ばれし子供たちの認識は一体どうなっているのだろう。
出会って数時間経っているけれど、ますます彼の人となりが分からなくなる。
「感じていることを言えば、俺も太一だ。だから俺は太一じゃないって教えてやる必要がある」
「八神……ではない……」
「そう深刻になる必要はないぜ。俺が太一を食べても、…………まぁいっか」
「言えばいいだろ? 俺だけなんだから」
その先の言葉を。
「ヤマトたちに言うつもりだろ?」
くす、と笑う。普段の太一の様子には見たことがない姿だ。
どうやらバレていたらしい。
彼の推測は鋭いと、薄々感じてはいたが。
「太一を取り戻すことを考えてると思うけど。あいつらに希望は残したくねぇんだよな」
やるなら徹底的に倒すまで。そういう意志が瞳に宿っていた。
「どうしてそこまで?」
「だってさ。加減されたら、たまったもんじゃないだろ。俺は本気で戦いたいから」
本気で戦いたい。
彼の望み。
「ヤマトだって、そう思うはずだ」
「そう思ってなかったらどうするんだ」
「いいや。絶対に、な」
選ばれし子供たちの中で、ヤマトの力は強い方だ。元々の潜在能力の高さの影響もある。
友情の紋章の強さ。
誰かと誰かを繋ぐ、誰かとの絆を結ぶ縁の個性。
「太一のことを一番に考えているし。ヤマトなら本気でやるに決まってる」
「本当に戦う気なのか?」
「さっきから言ってるだろ。戦う気持ちでいる」
「………………」
「選ばれし子供たちは俺の願いを叶えるのに邪魔な存在だ。イグドラシルでも、太一でもない、そんな俺が叶えたい夢を叶えるために」
「そんなこと可能なのか?」
西島の返答に、嫌そうに表情を変えて口に出した。
「なんで大人たちは、そうちょっかいを出すんだよ。太一の気持ちがようやく分かった気がするぜ。俺が叶えるって言ってんだから叶う。絶対に。そうなるって、もう分かってるからな」
「いや、しかし」
「夢のない人間に、俺を止めることなんてできねぇよ。子供たちだから出来るっていうのは、そもそもそいつらには限界を自分で作ってない、ってことだろ? やると言ったらやるんだ。…………それが、あいつの心にあったはずなのにな」
ボソリと呟いた言葉に、西島は不信感を感じた。
もしかして、彼の夢というのは。
「八神の意志なのか?」
キョトンとした顔で、西島を見る。図星でも、嫌悪感でもない、素直に驚いた仕草だ。
「それも秘密だ」
人差し指を口に当てて、いたずらに笑う。
まるで子供らしい仕草だった。