寒冷群島の怪〜人魚姫〜ー特に変わった事も無い、いつもの狩猟の筈だったー
いつもの様に姉妹弟子達とイソネミクニを狩猟して剥ぎ取りをして。
ふ、と顔を上げるとすぐ隣にいた筈の2人も
その2人のガルクも自分のガルクも音も無く、最初から居なかったかの様に姿が消えていたのだ。
「…?、ゆきちゃん…??にしき………???」
キョロキョロと辺りを見渡しても誰も居ない。
指笛を鳴らしても、いつもすぐ来る自分のガルクも、フクズクもやって来ない。
ーそう言えば、この洞窟は普段こんなに静かだっただろうか。
確かに比較的いつも静かではあるが、スクアギル等の小型のモンスターがいるので、こんなに…こんなに耳鳴りがする程静かな場所では無かった筈だ。
「ゆ、ゆきちゃーん!にしきー!?どこー!?……皆どこにいるの???………きょ、きょうかーん…?」
声を張り上げてみたものの、いつもすぐ返答してくれる優しい姉妹弟子達の返事も、何かとピンチの時に何処からかアドバイスをしてくる元気な教官からの返事も無い。
ごくり。
非日常の気配に自然と唾を飲み込んだ
◇◇◇
取り敢えずキャンプに向かおうと翔蟲を取り出してみる、が
氷やられにもなっていないのにまるで置物の様に動かない。試しにウチケシの実を齧ってみたものの何も変わらなかった。
いよいよ異様な雰囲気に寒気がしてきたが、キャンプまで歩けなくは無いので広い寒冷群島を1人で進む事にした。
ーおかしい。だって、だって…あの2人が何も言わず自分を置いて帰る筈は無いし、よく躾けてあるガルクもフクズクも来ない筈が無いのだ。
「それに…」
やたらと足が縺れそうになる。
兄が言うには、自分達エルフは雪に足が沈まないので足がとられる事も無いし、このくらいの運動で息が切れるなんて事も無いのだ。だから自分だっていつも歌い出しそうなくらい軽快に歩いたり走り回ったりしているのだ。
誰も居ない。何も居ない。
夢でも見ているのだろうか
もしかして家で寝ていたり、モンスターの攻撃の衝撃で気絶でもしているのだろうか。
頬をつねってはみたものの、ただ痛いだけだった。
段々不安になってくる。
だって、キャンプに着かないのだ
こんなに歩いているのに。
「……、ゆきちゃん、にしき…。い、いちえくん…ハヤトくん……」
心細くなってきて、誰か答えてほしくて手当たり次第に泣きそうになりながら呼ぶ。
「カゲロウさん……ヒノちゃん…ミノちゃん…、ふ、フゲンさま…っゴコクさま……、ぅ、ぅえ…っ、きょ、きょうかん…っぉに、おにぃちゃん……っ!!おにぃちゃん……くらうすおにいちゃん……だれか、…だれかへんじして…っ、ぅ…う〜〜〜っ」
足が縺れる、息切れと寒さで肺が痛い。
自分はもう1人前のハンターなのに、恐ろしいモンスターだって幾度も狩猟してきたのに。
何故か異様な雰囲気に呑まれて幼子の様に涙をぼろぼろ落としながら泣きじゃくってしまう。
それでも足を止めるわけにはいかない
止めたら、何かに捕まってしまいそうで
この異様な場所に閉じ込められてしまいそうで
その時、ボォオォオ…ボォオォオ……と重く響き渡る音が聞こえた。聞き覚えのある、そう…ウミウシボウズの鳴き声。
気付けば走り出していた
何でも良かった、この際ヒトでは無くても。
何か自分の知ってるモノが其処に居るのであれば。
鳴き声が段々大きく聞こえてくる。
近付いてる、進んでいる。
あともう少し、あともう少しであの場所にー
「クララっ」
ーハッ、と気付くと
集会所の床に座り込んだ自分の肩を強く揺さぶりながら、兄が床に膝を着いて自分の名前を叫ぶ様に呼んでいた。
思わずキョロキョロと辺りを見渡せば、一緒に狩りに行っていた姉妹弟子も、その場に居合わせたのであろう兄弟弟子も、教官やゴコク様やミノトちゃんも心配そうに自分を囲んで見ていたのだ。
「…、……っ、、…お、おにい…っ、うぇえええ!!!おにいちゃあんっ!!!!」
安堵のあまり幼い時の様に兄に飛び付き縋り付いて泣いてしまった。
兄は吃驚しながらも肩の力を抜いて深く息を吐きながら背中を優しく一定のリズムで叩きながら抱き締めてくれた
◇◇◇
後日、あの日の顛末を姉妹弟子に聞きに行った所、
狩猟が終わり、イソネミクニの剥ぎ取りをした後の私は焦点の定まらぬ目をしながら辺りを見渡すと、その手に人魚竜の髪ヒレを握りしめたままフラフラと何処かへ歩き出したのだと言う。
様子がおかしかったので、何度も呼び掛けたが返事をせず、ずっと何かをブツブツと呟きながら何処かへ行こうとするので、2人がかりで私を引き止めて無理矢理集会所に急いで連れて帰ったそうだ。
連れ帰った時に偶然居合わせた兄弟弟子や兄がゼンチ先生を呼ぶ為に緊急のフクズクを飛ばして、あとは座り込んだ私が正気に戻って知る通りである。
イソネミクニの微睡みにやられたのか、何かとチャンネルが偶然合ってしまったのか、今も分からないでいる。