誰そ彼「お隣、よろしいですかな」
何でどいつもこいつも人がうさ団子食ってる時に隣に座ろうとしてくるんだ
「…勝手にしろ」
「では失礼して」
そう隣に腰を降ろして来たのは、顔を面布で隠した謎多き行商人のカゲロウその人であった
意外とこの男はその日の商いが終れば里内を散歩していたりするのだ
それはそれとして、自分はこの男とそんなに親しい訳でも無い。行商人と客としてそれなりに会話する事は有れども、それだけ。何か此方を見ている様な気がしてならないが顔が此方に向いているだけで何処を見ているか、何の用事が有るかなぞ誰にも分からないのだ
だが、心当たりなら何となく有る。有るには有る、が
自分に聞く義理が有るかと言えば、無い
「ところで、クラウス殿」
「……何だ」
やはり自分に用事があったのか
何となく聞きたくない話題の様な気がして顔を顰めてしまう
「すでにお聞きしているやもしれませぬが…某、この度貴方様の妹御と御付き合いをさせて頂く事に相成りまして」
「…おう」
やはりこの話題だったかこの男!!段々と眉間に皺が寄っていく。舌打ちしそうだ
「クララ殿が申しますには、クラウス殿は特に否を申されなかったとお聞きした次第で」
「嗚呼、そうだな」
「自分で申すのも如何なものかと思いもしましたが…某、顔も素性も分からぬ怪しい男でありますのに、何故かと」
声からも困惑が理解できる
成る程、確かにそうだコイツは顔も素性も分からない男であるので、俺の唯一の肉親の妹が不審な男と付き合う事に何故否が無いのか気になるのか
普通は親なり兄なりであればもう一度考え直してみろと説得する所だろう
「素性なぁ…」
「ええ、某…気になってしまうとどうも…」
「…まず一つ」
「はい」
「その妹がその部分はどうでも良いと言ってたからだな」
「………なんと…」
「後、俺も其処はどうでも良い」
「なんと…!どうでも良い、とおっしゃる」
「心底どうでも良い」
「心底」
「顔や素性が分かれば安心って訳でもねぇだろ…例えばの話だが、もしクララがミハバが好きとか言ったら俺はミハバを殴るしミハバはやめとけって言うぞ」
ちょうど目の前を歩いていたミハバが驚嘆の表情で此方を見る。あっち行けミハバ
「それと…素性が分からねぇのは」
「素性が分からぬのは…?」
「…俺もだろ。だから人の事にとやかく言うつもりはねぇよ」
そう、赤子の妹とカムラに流れ着いてから長く住んではいるが自分はカムラの出身では無いし、出身地もどんな素性であるかも誰にも詳細を語った覚えは無い。
ただ、赤子を抱いた子供であったから…里に害意が無いから迎え入れられただけだ
「成る程……考えてみれば、そう…ですな」
「それに顔は妹には見せるつもりがあるだろお前」
「ええ、ですが恥ずかしい故にまた今度…と、御断りされてしまいました」
言われた時を思い出しているのか隣の男はくすくすと笑う
「…話は終わりで良いか」
「休暇中に御時間を取らせまして申し訳無く」
なら良いかと立ち上がろうとするとコイツは嗚呼、今思い出したとでも言うように朗々と話し出した
「もう一つよろしいですかな、兄君」
「兄君言うな」
「此れより長い付き合いになりますれば…我等、種族は違えど長命の種故に」
「…何だ」
「此れは、素性の知れぬ某から…同じく素性の分からぬ兄君へ…お近付きのしるしの贈り物です」
そう言うとカゲロウは懐から四つ折りの小さな羊皮紙をそっと手渡して来た。読めと言う事だろうかと広げ目を通す。カムラでは使われぬ文字、カムラには読める者は恐らく居ないであろうソレに目が見開いていく、喉が乾いていく
嗚呼【此れ】は
この、男…
「…この狐め」
知っていたな…?
「兄君…いえ、クラウス殿に必要であると思いました故、御用意させていただきました次第で」
そう言って、いつもの様に礼をする
この喰えない狐の様な男
思わず手にある羊皮紙をギチ…と音が鳴りそうな程に握り締める、が
ゆっくりと息を吐いて頭を冷やす
「…まぁ、良い。コレが必要なのは確かだしな…アンタにコレとクララの事で言いたい事がいくつか出来たが…コレに免じて諸々言わないでおいてやる」
「有り難く。…どうぞ、今後とも末永く御贔屓に」
席を立ち、家の方向に歩き出そうとすれば日の暮れる空を背に傘を差す顔の分からぬ男は言う
「…嗚呼、最後に一つだけ」
「…何だ」
「クララ殿に色々お聞きしたのですが、某思いますに、兄君に置かれましては憎からず想ってらっしゃるとお察ししました故にウツシ殿の御求婚を素直にお受け入れになられては、と」
「、っ、!?、!?!はっ、な…っ、余計なお世話だ!!!!!!!!さっさと去ね!!!!」