萌え袖小話萌え袖(もえそで)とは、袖の部分が長すぎるため、着用者の手の甲の一部または全部が袖に覆われている状態のこと。所謂萌えのシチュエーションの1つ。
または袖余りとも言う。
◇◇◇
集会所のテラスで教官によじ登って遊んでもらっていると聞こえてきた話題
近頃は百竜夜行も収束しつつあるので、里外の観光客やハンター等も割と里で頻繁に見掛けるようになった。耳を傾ければ、何やら装備の話から服装の話をしているらしい
「ねぇきょーかん」
「何だい小愛弟子」
「もえそでって何です?」
「もえそで……?」
よじ登った自分をそのまま遊ばせて肩車してくれている教官に問えば聞き馴染みが無いのか師弟揃って首を傾げてしまった
様々な場所から来たであろう他所のハンター達は此方の馴染みの無い単語や文化の言葉をよく口にする。
舶来の言葉は自分の兄であれば詳しいが、生憎と小愛弟子ことクララは兄と違ってカムラで赤子の時から育っているので、其処の所はとんと分からぬ事が多い。
分からぬ事は大体、受付嬢姉妹やゴコク様、里長やハモンさん、兄や教官に聞いているので、取り敢えず近くにいた教官に尋ねてみたものの、教官も分からぬ服装の文化の話の様だ。
後ろの方で何してるんだこの師弟はと言う呆れた顔をしている女性が目に入ったので彼女ならば知っているのかな、と思い教官の肩から降りてトトトッと彼女に近寄る。何となく興味が湧いたのか教官も微妙に自分から降りて行った愛弟子を目線で追って耳を傾けている
「アヤメお姉さん」
「何?」
「もえそでって何ですか?」
「萌え袖…、ねぇちょっとコレ教えたらアンタの兄さんに余計な影響及ぼすなって私怒られたりしない?」
「怒らないと思いますよ」
「そう?前にアンタがソコで話を聞いてる教官の物真似をアンタの兄さんに披露したら教官叩かれてたけど…」
「アレは教官だからじゃれてただけだと思いますよ、お兄ちゃん。女の人と子供には基本的には優しいからアヤメお姉さんは大丈夫ですよ、きっと」
「俺、結構な勢いで叩かれたんだけどアレ…、俺クラウスにじゃれられてたの…?じゃれ…えっ?ネコちゃん?かわいい…」
「きょーかん、拗らせるのはどうでも良いんですけどちょっと黙ってて下さい私アヤメお姉さんとお話してるから」
「ハイ」
長年燻りつづけた想いが最近実った新婚のウツシ教官は余程嬉しいのか結構拗らせているので慈悲無くズバッと止めた方が早い。もう身内であるし、相手である自分の兄がたまにゲッソリしているのがちょっと可哀想なので遠慮なくやるのが宜しい、ちっちゃい方の愛弟子だから小愛弟子・クララは色々学んだのだ
「それで、萌え袖だろ?袖の部分が長すぎるから、着用者の手の甲とか手の部分や全部が袖に覆われている状態のことらしいよ。分かりやすく言えば行商のカゲロウみたいな感じかな」
「カゲロウさんの…」
脳裏に思い浮かべてみる、いつもたっぷりとした袖に隠れて見えない自分の恋しい男の手
―なるほど、アレが萌え袖。なるほど、理解した
理解はしたが、今度は萌えが分からない。萌えって何だろう…でもあんまりアヤメお姉さんに質問ばっかりするのも悪いなぁ…と口をもにょもにょさせる
分からないままなのもスッキリしないので、うさ団子を片手に談笑する他所のハンターの集団の近くへ、トトトッと近寄っていく。
何分クララは身長がちんまりとしてニコニコしているので、集会所でウロウロしててもちっちゃい子がいるな〜お団子食べる?と話かけられる事はたまに有るが、大体微笑ましい感じで見られるだけなのだ。
コレでも里の英雄の片割れではあるが、油断してくれているなら有り難いことだな、とクララは思っているので全然気にしていないのである。
情報は金だと教官も言っていた事だし
案の定自分が近くに寄って行っても怪訝な顔をする者はおらず、お嬢ちゃんどうしたの?と聞かれたので微笑みを返しておく、するとお団子を貰ったので片手に持って段々と気配を消していきながら近くで耳を澄ます。自分の行動を見守っていた教官もコレにはニッコリ、上手くできているらしい
曰く、萌え袖の見えそうで見えない感じとか弱い感じが守ってあげたくなるので胸に来て良い、とか。
女性のスパイオ装備は色気があって大変に良い、とか。自分達の土地だとこの様なモンスターがいて、ああ言った装備があって…とか。ハンターズギルドがどうのこうの、最近チームを組んだ集団がどうの。自分の村には強い女性ハンターのチームがあるとか
スン、と鼻を効かせれば酒も入っているのだろう、酒で口の軽くなった他所のハンター達の集まりの話題の内容はなるほど、まだカムラから出た事の無い自分には随分と興味深い話だ。一通り聞いて満足したので今度は彼等から音も無く離れていく
萌え袖ってか弱く見えるのかぁ…自分はハンターであるので、か弱く見えると言うのは対人では有効だがモンスターに対しては使えそうにも無いな、と思うなどした。ついでに諸々役立ちそうな話は、どうせ自分と同じく彼等の話を聞いていたであろう諜報も担う教官に情報共有した。
教官も聞いていたであろうが、報連相は大事なので。
教官からは良く出来たね!小愛弟子!流石は我が愛弟子!と花丸を貰った
◇◇◇
所変わって集会所の外の長椅子で休憩中のカゲロウを見掛けたので、愛しい人の姿に嬉しくなって足早にトトトッと近寄る。自分の足音と気配を察して、くふくふと密やかに笑い声をあげながら手招きされたので照れつつも隣に腰を降ろす
「それがしの方へ可愛らしく弾む様に足早に来られて、どうされましたか」
「えっと…、カゲロウさん居たなぁって、思ったらその…嬉しくなっちゃいまして…、うふふ」
「それはそれは…ふふ、嬉しい事を」
しっとりと落ち着いた声が面布の向こうから聞こえてとても心地良い。ふと、彼の膝の上に行儀良く乗っている袖に隠れた手が目に入る。
そう言えば、コレを萌え袖と言うのであったか
「カゲロウさん」
「はい」
「あのね、カゲロウさんの袖なんですけど」
「それがしの、袖…ですかな」
「萌え袖って言うらしいですよ」
「もえそで」
「か弱く見えて可愛くて守ってあげたくなるんだとか、他所のハンターさん達がそういってました」
「ほう…?か弱く……ふむ、クララ殿には…それがしはそう見えますかな?」
「んーと…私は、その…もう、カゲロウさんのお顔も…袖の中の手も、あの…見ちゃいましたし…、か弱く見えた事は無い、です…っえっと、すてきだなぁ…とは、その…」
「ふふふ…」
「でも…実は、あの…可愛い人だなって言うのは…思って…ます…萌え袖関係なく…」
「おや、その言葉そのまま貴女様にお返しさせていただきたく…それがしの、いっとう可愛いひと」
「ヒエェ…耳元で囁かないでくださいぃ…っ」
年の功でもあるのか、告白した時以外でこの人に勝てた覚えが無い。恋愛初心者の自分が初恋の勢いでこの人を狩って勝ち取れたのは運が良かったのだなぁと熱くなった顔を手で冷ましながら思う。惚れた方が負けとは良く言ったものだ
顔を冷ましながらウンウン唸っていると、するりと片手を取られたので何事かとカゲロウの方を見遣れば、面布越しに手に口付けをされたので金縛りにあった様に身体が固まってしまった
「なるほど、萌え袖ですか…この可憐な手が隠れてしまうのは惜しい事ですが…、クララ殿の萌え袖は大層可愛らしいでしょうな…それに」
そうしたらば、それがしとお揃いですな、と機嫌が良さそうにくふくふ笑う自分の恋人の言葉に胸が苦しくていっぱいになり、やり場の無い想いが喉をせり上がり口からンぐぅ…っ!と、うめき声として上がった