七海とクリスマスマーケットに行く話「冷えてしまいましたね。どうぞ、これを」
首をすくめたのを見かねて、七海が片手に持っていたストールを差し出した。
「そんな、気にしないでください。歩いていれば、あったかくなるはずですし」
「いいから、今使ってませんし」
固辞しようとする灯織の首にストールがふわりと掛けられる。そこまでされては、灯織も厚意を無下にはできない。頭一つ分抜きん出た身長をかがめ、七海はストールを丁寧に巻いていく。上質な肌触りのストールがプレゼントのリボンのように丁重に扱われるのを肌で感じ取り、気恥ずかしくて直視することは憚られた。彼の視線を感じながらも、下を向くことしかできなかった。
「はい、できましたよ」
ラッピングを終えたかのように、七海の言葉に反射的に顔を上げると――柔らかく、ほんのりと熱が唇に触れた。
ストールを巻き終えたはずの彼の手は、いつの間にか肩に置かれている。驚いて目を見開く灯織の瞳には、まっすぐに彼女を見つめ返す褐色の瞳が映る。
顔を上げた拍子に偶然触れたのではなく、確信犯であることは明白だった。
控えめなリップ音とともに、唇が離れた。至近距離の吐息から香るのは、自身が口にしたグリューワインと甘いスパイスの香り。
束の間、呆然としていた灯織は我に返ると、真っ赤な顔で後ずさろうとした。が、既に腰に回されていた腕に阻止され、距離を取ることができない。
「ちょ、ななな、なんでこんなところで……!」
「案外誰も見ていませんよ」
「っ〜〜〜〜!」
慌てる灯織とは正反対に七海はしれっと悪びれることもなく平然としていた。確かに七海が言うように、往来で口吻を交わした二人に向けられる視線はほとんど感じられなかった。ストールで巧妙に隠されて見られなかったのか、それとも恋人との時間を楽しむ人々が周囲に興味がないだけなのか。周囲に気づかれていなかったのは僥倖ではあるが、それでも羞恥に耐えきれず、灯織はストールを引き上げて赤くなった頬を隠した。