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    absdrac1

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    absdrac1

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    青幻+一幻+天谷奴+二郎+三郎
    一郎が自身の恋情を明瞭に意識し、否定し、そして肯定する。
    プロットを書くためのメモ的なお試し作文です。

    免罪符 その日の夕飯当番は一郎であった。台所へ行き、仕事帰りに買ってきた野菜と肉でカレーを作ることにした。
     台所には客用の急須が置いてあり、先刻天谷奴の淹れていた茶が残っている。居間にも彼の飲んでいた湯呑がその儘になっている筈である。面倒だと思いつつ、布巾を持って居間へ戻る。其処で丁度玄関の開く音がした。居間へやってくる足音がする。すり足で歩く、小さな足音である。テーブルを拭きながら振り返ってみると、帰ってきたのは果たして赤ん坊を抱いた夢野であった。
    「只今戻りました。あら、お客様ですか」
     挨拶を返しながら茶の後片付けをしている一郎を見て、夢野が尋ねる。仕事の客は事務所の方へ通すことになっている。従って、居間まで上げる客は仕事以外の客と云うことになる。そのことを夢野が承知していても、山田家の交友関係は広い為、誰が来たかは把握出来ないであろう。
    「ええ、近所の人が茶を飲みに来たんですよ」
     実際に居たのは天谷奴だが、彼であれば用があるのは先ず担当している夢野の筈である。天谷奴と山田家との間に浅からぬ縁があることは勘付いていようが、仔細は知るまい。それは山田家の三兄弟であっても同様である。何故、あの男は山田家に夢野を差し向けたり、一郎にあのような事を言ったりするのか。弟達も何かされてはいまいか。一郎は悶々とした気分を抑え、湯呑を盆に載せて立ち上がる。
    「隠す必要はありません。天谷奴は何か言っていましたか」
     夢野の言に一郎は驚く。
    「この部屋には煙草の香りが残っています。けれども、テーブルの上には勿論、お片付けをしている一郎さんのお盆の上にも灰皿はありません。灰皿だけを先に台所に持っていったとも思えません。二度手間ですから。すると、お客様自身で携帯灰皿を使用したのでしょうね。ちゃんとしたお客様が煙草を吸われるのを見たならば、一郎さんは灰皿を出すでしょう。けれども例えば、天谷奴相手なら出しませんね。或いは、一郎さんの留守の間、彼が勝手に居座って喫煙した可能性もあります。そして、この香りは彼のよく吸う銘柄のものです」
     成る程、微かに煙草の匂いがする。一郎の帰宅を待っている間に吸っていたのだ。夢野の推理に脱帽する。
     それにしても、夢野は山田家と天谷奴との微妙な関係を知っているようだ。ひょっとすると、一郎よりも把握しているのかも知れない。
     一郎の返答を促すように夢野が此方へ視線を寄越した。
    「夢野さんの帰りを暫く待っていましたが、遅いのでまた連絡すると言っていました」
     夢野と天谷奴は後日会話をするだろう。あの男に任せておけば上手く話を合わせてくれるに違いない。そこで一郎はふと、彼に奇妙な信頼を置いていることに気付く。胡散臭い男であるが、不思議と憎めない処がある。
     だが今問題とすべきは、一郎が夢野に対して嘘を吐いたことである。一郎と天谷奴との間にどのようなやり取りが為されたのかを質問されるのは非常に宜しくない。何にせよ、話題を天谷奴から逸した方がよい。
    「それにしても、夢野さんは勘がいいっすね。探偵になれますよ。萬屋でも上手くやっていける」
     そう何気なく誤魔化した直後に、一郎はぼんやりと萬屋を夢野と切り盛りすることを想像する。彼女は屹度よいパートナーになってくれる。弟達の面倒もよく見て、よき母親代わりになってくれよう。聡明で優しく、素晴らしい美貌を持った一郎の恋女房となるであろう。天谷奴の言葉を思い出す。恰も「寝取っちまえよ」と言わんばかりの、彼女の夫から彼女を奪うことを唆す言葉の羅列であった。
    「勘ではありません。現状を前提としたときに必然となる、或いは可能となる帰結を述べた迄です。ですが、そうですね。作家は探偵と似ています。作家は空想の世界に於いて、探偵は現実の世界に於いて、登場人物や犯人の物語を再構成しますから」
     何れにせよ、一郎には想像出来ない思考である。とても彼女に太刀打ち出来そうになかった。続けて嘘を吐いたことに就いて追及されるかと思ったが、然し、夢野はそれ以上何も尋ねては来なかった。ソファに座って一息吐き、赤ん坊をあやしている。疲れているのかも知れない。
     一郎は盆を持って台所へと戻り、夕飯作りを再開する。ダンボールからジャガイモを取り出していると、夢野が入って来た。仕事が丁度一段落した処なので、夕飯作りを手伝うと言う。割烹着を着て流しの前に立つ夢野を見遣ると、妙に頬が赤かった。ひょっとしたら、と彼女の額に手を当てるとやはり熱く感じられた。
    「熱があるんじゃないですか」
     夢野ははっと気付いたように、自らの頬と首筋に手の甲を付けた。救急箱から体温計を取り出して測らせると、三十七度八分あった。
    「この処寒暖の差が激しかったから、風邪を引いたのかも知れない。夕飯は大丈夫だから休んでいて下さい」
    「皆さんに移したら大変ですね」
     夢野は申し訳なさそうに頷き、赤ん坊を抱いて自室へと戻っていった。
     暫くして三郎が帰ってきた。三郎は台所で兄の手伝いをしたがっていたが、一郎は彼に夢野と赤ん坊の様子を見に行かせた。三郎に拠ると赤ん坊はよく眠っており、母親の方は寒気が酷そうだったので、掛け布団を多めに掛けて対処したとのことであった。
     軈て二郎も帰宅し、久方振りに三人の兄弟だけで食卓を囲むことになった。
     一郎は自分の食事の前に粥を作り、それを盆に載せて夢野の部屋へ行った。ノックをすると、か細い声が返ってくる。室内へ入り電気を点けると、羽毛蒲団と毛布の中から夢野が上体を起こそうとしている処であった。
    「体調はどうですか。粥を作りました。食べられそうなら食べて下さい」
     一郎はベッド脇の机に盆を置いた。
    「有難うございます。頂きます」
     夢野は長襦袢の襟を直しながら答える。寒気が治まって暑くなったのだろう。夢野の額と首筋は汗でしっとりと濡れていた。柔らかい亜麻色の髪が僅かに乱れながら、紅を差したような頬に貼り付いている。夢野はその髪を掻き分け、タオルで肌の上の汗を押さえる。その瞬間、袖から彼女の腕が覗く。雪のように白く、折れそうな程細い。だが、手首から肘までのなだらかな曲線は柔らかさを持っている。一郎が今まで見たことない、況してや感じたことのない柔らかさであった。
    「氷枕を持ってきましょう。体温を測っていて下さい」
     一郎がそう言って部屋を出ようとした時、側の赤ん坊用ベッドから泣き声が上がった。
    「お乳をあげないと」
     とは云え、夢野自身が立ち上がって赤ん坊を抱き上げるのは、緩くなさそうであった。一郎が隣のベッドから赤ん坊を抱き上げて、夢野の処まで戻り、彼女に息子を抱かせてやった。
     すると夢野は襟を寛げ、躊躇うことなく胸部を出した。平素は授乳用ケープを使用しているが、現在は熱の為頭が回らないのだろう。
     彼女は美しい乳房を一郎の前に晒している。赤ん坊はその柔らかな半球を押さえ、紅梅の蕾のような突起に必死に吸い付いていた。赤ん坊が乳を吸う毎に、その唇の動きに合わせ、純白の曲面が僅かに波打つ。汗ばんだ雪膚は室内照明の光を受け、益々透き通らぬばかりの輝きを帯びている。その眩いまでの肌からは芳しい香が漂っていた。赤ん坊が母親の襟を握って動く為に、長襦袢は更に乱れていく。夢野の艷やかな肩と背中が見え、第七頚椎や肩甲骨の膨らみの微かな翳が見えた。そうしてほっそりとした上半身の三分の二ほどが顕となった。
     一郎は夢野から眼を逸らすことが出来なかった。単に欲情しているだけではない。我が子を愛おしそうに抱き、優しい眼差しを向ける母の姿に郷愁を感じただけでもない。只、言葉に尽くせぬ感情が溢れていた。一郎は黙って夢野の授乳を見守り続けた。
     授乳が終わって赤ん坊をベッドに戻すと、一郎は氷枕を取りに台所へ行った。ダイニングからは弟達の賑やかな声が聞こえている。何時もの他愛もない言い争いである。一郎が来たことに気付いた彼らは口々に夢野の様子を尋ねてきた。食事がとれそうであること、熱が上がって来ているので氷枕が必要であることを、一郎は弟達に教えてやる。
    「飯が食えるのなら大丈夫そうだな」
    「馬鹿。寒気がなくなったってことは、今がかなり発熱しているってことだ。ちゃんとその熱を下げないといけない」
     弟達の何気ない会話が一郎を徐に日常へ引き戻す。だが、早く夢野の処へ行かねばならない。冷凍庫から氷枕を取り出し、タオルを巻いて冷たさを調節する。そして、二郎と三郎の声を背に彼女の部屋へ向かった。
     夢野は既に長襦袢を着付け、乱れの一切ない姿に戻っていた。一郎が部屋へ入っていくと、ベッドの端に座って此方を見上げた。
    「先程は有難うございました」
    「いえ、大したことじゃないっすよ。お粥、冷めないうちに食べて下さい。それから氷枕です」
     夢野は礼を述べながら枕を受け取った。そう、先刻のことなど大したことではない。一郎はあの時に湧き起こった感情の全てを否定しようとした。
     徐に夢野が口を開く。
    「一郎さん、ご免なさい。私の配慮不足です」
     夢野は一郎の自分への気持ちを知っているのだ。先程の失態を恥じて謝罪した上で、一郎に斯う告げている――「自分に恋慕するな」と。然し、この一言が返って一郎の感覚を呼び戻した。少なくとも現在の一郎には彼女を見守る権利がある。山田家で預かっているのだから、これは義務だとさえ言える。彼女の夫からも頼まれている。何も天谷奴に言われるまでもない。夢野にしてやるべき義務を果たす為ならば、この劣情とも言える恋心を抱いた儘で、彼女に尽くしてもよいのではなかろうか。
    「夢野さんは何も気にすることはないですよ」
     一郎は夢野の眼を見詰めて言った。夢野は困惑した視線を返す。一郎が、自分の気持ちを諦めないと云う意味で先の台詞を放ったことに気付いたのだ。
    「でもね、一郎さん……」
    「心配することはありません」
     言い掛ける夢野の言葉を一郎は遮る。灰皿の有無で天谷奴の存在を見事に推理した夢野の想定が外れる。これまで彼女の描く筋書き通りに運ばなかった出来事は少ないのだろう。夢野の瞳が不安に揺れているのが一郎にも分かった。
    「大丈夫です。今は体調を戻すことを考えて下さい。赤ちゃんの為にも」
     赤ん坊は夢野の弱点である。彼女や油断ならないあの夫とやり合うには、此方も考えなくてはなるまい。一郎とっては苦手なやり口だが、必要なことだ。何なら天谷奴を使ってもよいだろう。
     夢野は赤ん坊の方へ視線を移している。
    「俺が力になりますよ。旦那さんのことも、今後の生活のことも全て俺が支援します」
     一郎は夢野の肩へと手を置いた。初めて自ら彼女に触れたのだ。予想通りの華奢な骨格の感触を得る。この瞬間から一郎は、自身の罪悪感から逃れ、夢野を手に入れる為の免状を得たのであった。
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