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    nanamigasukidao

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    nanamigasukidao

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    4ヶ月前に投稿した吸血鬼パロ
    五伊地と夏伊地の完成版?です
    どちらかと言うと夏がいいところ持ってってます
    なんか続き書いてたら矛盾がチラホラとあったのでちょいちょい訂正してます。

    吸血鬼パロ完成版「今日も疲れたな...」

    仕事からの帰り道、伊地知は今日一日の忙しさを思い出して溜息を吐いた。何十社も面接を受けたかいがあって、一般的な目線からホワイト企業に分類されるだろう。しかし、どんなに良い職場でも忙しい時は忙しいし、しんどい時はしんどい。特に今日は休む暇が欠片もなかった。一心不乱にキーボードを叩いていた。
    仕事を続けられるかどうかは人間関係で決まるとはよく言ったもので、同僚や上司が優しくなかったらとっくに辞めてると思う。いやどうだろうか。ブラック企業で働いている自分を少し想像してみたが辞める訳もなくズルズルと続けてしまいそうで、その妄想を直ぐに打ち消した。割かしホワイト企業を引いて良かった...。

    今日は新人のミスをフォローしていたのでいつもより遅くなってしまった。新人だから仕方ないし、その時期は失敗して身につくので全然かまわないのだが会社のオフィスで、よしこれで終わったと時間を見た時に少し驚いてしまった。家に帰る時には0時をすぎてしまうが、残業代が出る職場で心底安心したし、まぁ明日から三連休だから遅くなってもいいか。

    最寄りの駅へと付き、時間が時間だから少ない人の量に、出勤時もこのぐらいにならないだろうかと階段を降りながら考える。出勤時の満員電車の蒸し暑さは今もこれからも慣れないと思う。今日は座席にも座れなかったので辛かった。
    その疲れを癒すために家に帰ったら風呂にのんびり入ってダラダラしよう、明日は休みだから二度寝しても誰にも怒られない。録り溜めしていた落語でも見ようか、明日のお昼はうどんでも食べに行こうかな。

    改札を抜け、足取りも軽やかに家までの道を歩く。コンビニで何か買おうか迷ったが、冷蔵庫にお酒もあったし、食べれるものもあったことを思い出して、寄り道せずに歩く。家までの距離は徒歩で15分、住み始めてから5年も経てば考え事をしていても家までの道のりは体が覚えている。しかし、いつもより帰る時間が遅く、そして自分が通ってる道は外灯が少ないために何か出てきそうで、少し気味が悪い。浮き足立っていた心を咎めるようにやってきた感情に、背中に冷や汗が伝い、伊地知は足早に家への道を歩いた。曲がり角を普段通りに曲がって、真っ直ぐ、少し歩いたところで右に曲がって、そうしてまた少し歩いたところに自分が住んでいるアパートが見えてくるはずだ。5年前に契約したこのアパートは少し建ってからそれなりに年月が経っている。ボロアパート...まではいかないが所々に汚れが見て取れた。しかし、一人暮らしには程々の値段で程々の広さの部屋なので、嫌悪などは感じることはなく伊地知はむしろ気に入っている。所謂ご近所トラブルと言ったものも経験したことは無かった。


    それなのに



    「....あれ...何処かで間違えた...?」



    あるはずの場所に自分の住処であるアパートがどこにも無い。辺りをキョロキョロと見渡しても見つからず、おかしいと眉を顰める。周りにあるのは見たことない一軒家が並んでおり、5年この地域で過ごした伊地知でも全く検討の付かない場所だった。
    考え事をしていたせいで違う道に行ってしまったのかもしれない。疲れもあったから仕方ないか。少し疑問に思いながらもそう考える。携帯で自分の家を案内してもらおうとポケットから取り出して、電源をつけると、ちょうど0時になったようで、待受画面の真ん中にそう表示がされていた。今頃家に着いていたらお酒飲んでたんだろうなぁ。

    そんなことを緊張感もなく呟く。
    手馴れた様子でアプリを開こうとしたが、何故か全く表示されない。変だなと思っていた所に視界に映った文字に目を見開く。

    「うそ、圏外」

    周りは閑静な住宅街だ。間違っても電波の届かないような山奥とかそんなところでは無い。普通ならアプリが立ち上がるはずだ。まさかこんな時にバグ...?使っている携帯は大事に使っており、故障は考えにくい。今日は厄日なのか...?次々と生じる問題に伊地知は頭を抱えたくなる。
    とりあえずは...と携帯をポケットに戻し、元きた道を戻ったら知ってる道にも出るだろうと踵を返した。






    そう結論付けて30分、どうにか家にたどり着こうとしてもたどり着けず、途方に暮れた。

    あれからすぐ、迷うことなく元来た道を歩いたはずだ、ちゃんと考え事せずに歩いていたはずなのに、見たことの無い公園やら、見たことないスーパーやら、まるで異世界に来てしまったような心地になる。いや、本当に異世界に来てしまったのかもしれない。そんな到底普段では信じられないことが思い浮かぶ程、おかしな現状に伊地知は焦っていた。だって、どんだけ歩いても勝手知ったる道には出ない。人にも会わない。こんな時間だとしても、今の時代では自分以外誰もいないというのは都会寄りの地域では違和感しか感じない。ただでさえ携帯も通じない現状に、伊地知はジリジリと精神を追い詰められるのを感じた。

    疲れで鈍っていた頭が警鐘をならす。いくらなんでも考え事をしていたから迷子になった、ということで済ますには些か異常ではないだろうか。普通の道を通っていたのにこんなに変なところまで人は歩けるものか?

    もし、もしも運良く、人に出会えたとしても、その人は本当に信用に値する人だろうか。自分から話しかけられるのだろうか、


    ━━━━そもそも人間なのか

    そこまで考えて、ひゅっと息を呑む。
    こんなことを考えるのは馬鹿げている、有り得ないということは分かっている。しかし、そういう結論に至っても仕方がないと思える程の未知の世界が今、伊地知の前に広がっていた。


    「君、」
    「ひッ...」
    「すまない、驚かせてしまったかな?」


    思考の海へと意識が飛んでいた伊地知は、突如耳に入った声に下に向けていた顔を上げる。驚愕しすぎて、体が自分の意志とは関係なく跳ねた。
    目線を上にあげれば、前髪が少し個性的な男性が申し訳なさそうな表情を浮かべていた。男にしては珍しく長髪で、違和感を感じないのは彼が端正な顔立ちをしているからだろう。

    「こんなところでどうしたんだい?」
    「あ、いえ、道...に、迷ってしまったようで....」
    「...あぁ、ここは入り組んでいるからね。たまにいるよ、君のような人は」
    「そ、そうなんですか...」

    ようやく出会えた人に、少しだけ安心する。直前まで人の形をしていないものに出会ったらどうしようかと考えていた伊地知は、一先ず、人でよかった.....と、他人が聞いたら笑うであろうことを心の中で呟いた。
    長い時間一人で過ごしていた自分にとって、信用に足る人物かどうかは置いておいて、己以外にも話せる人がいるという状況は有難かった。


    「あの...お恥ずかしながら、ここって何処なんでしょうか...?」

    おずおずと、躊躇いながら男性に尋ねる。
    「...馳走町だよ」
    「...」
    聞いたことの無い町の名前に伊地知は息を飲む。
    男性との会話により緩んでいた糸が張り詰めた。
    「おや、知らない?」
    「え、えぇ、」
    「困ったね...君はどこから来たんだい?」

    どうやら本当に変なところに迷い込んでしまったようだ、どうせ地元はないんだろうなと思いながら男性の問いに答える。

    「立川市です...」
    「...聞いたことないな」

    眉をひそめてそう話す男性にやっぱり...と諦めにも似た感情を抱きながら視線を下に彷徨わせた。
    ...これからどうするのが正解なのか。
    このまま一人で彷徨って、気が付いたら馳走町、という摩訶不思議な町から出れるのだろうか。でも一人は危険ではないか。もし良くないものが来てしまったらどうする。だからといって、目の前の人間が安全で安心とは限らない。そもそも迷い込んだこの場所に平然と歩いているのはおかしくないだろうか。
    考えれば考えるほどネガティブなことしか思いつかない。口に手を当て、顔を真っ青にする伊地知に、突然男がそうだ、と何かを閃いたように声を上げた。

    「私の家に泊まるのはどうだい?
    ...こういう言い方するのは妥当かどうかは分からないけれど迷子なんだろう?
    男一人でも知らない場所をこんな真夜中に歩くのは危ないしね」

    今日初めてあった相手の家だなんて怖いとは思うけど

    そう困ったように笑う男に思考が悪い方へ悪い方へ傾いていた伊地知は毒気が抜かれたような心地になる。
    手のひらを返すようだが、自分は何もかも疑いすぎなのかもしれない。自分のことを気遣う視線は、どう考えても悪い人には見えないし、疑ったところで事態が好転するとは思えない。

    いつもより時間がかかった仕事に加えて長時間歩き続けた疲労、知らない場所にいつの間にか一人になっていたという状況下による精神的負荷に、挙句の果てにはいつもであれば寝ているであろう時間帯。
    精神も体力も限界だった伊地知は男の意見に頷こうと、口を開きかけて、

    「あ、あの...」



    ━━突然、ぞわりと肌が粟立つのを感じ、喉を締め付けられるような恐怖が伊地知を襲った。背中に冷や汗がひたりと伝う。
    タイミングの良すぎるそれは、まるで本能がやめておけとでもいうかのようで、紡ぎかけた言葉は泡のように消えた。
    先程まで何ともなかったはずなのに、安心感すら覚えたはずなのに、早くこの男から離れなければとなぜか根拠もない焦りを覚える。

    「どうしたんだい?」
    「あ、いや....えっと、有難い話なのですが...
    も、もうちょっと自分で探してみます...すみません...ありがとうございました」

    少し頭を下げ、しどろもどろになりながらも言葉を吐く。
    挙動不審とも言えるような行動に困惑した表情を浮かべる男に伊地知は申し訳なく思いながら、足早にその場を去ろうと踵を返した。どうしてなのかは分からないが、この選択が正解のような気がして、



    「━━━思いのほか鈍くはなかったみたいだね」

    時間もないことだし、仕方ないか

    「え?」

    男がボソリと呟いた声は2人以外誰もいない道にはよく響く。
    反射的に振り返ろうとすると強引に後ろから腕を引かれ、至近距離で男と目が合った。先程の優しげなものとは違うどろりとした、熱さを孕んだそれを見た途端、視界が霞む。
    全身の力が急に抜け、崩れようとした体を男が支えた。

    「ぁ...?」
    「あまりこれは使いたくなかったんだけど」

    困ったように笑う男を最後に、伊地知の意識は暗転した。






    「...っと、大事なご馳走だからね」


    ストンと意識を失い倒れる伊地知を、男──夏油傑は壊れ物かを扱うかのようにそっと抱き上げた。膝の下に手を差し込み、もう片方の手は首の辺りに。俗に言うお姫様抱っこと言われるそれは、男が男を抱き上げているというのに妙に品があった。







    ...今日は当たりだ。
    夏油は伊地知の頬を撫でながら、うっそりと微笑む。
    匂いで分かるのだ。伊地知がここに招かれてからずっと芳醇な香りが辺りに漂っていた。上質なワインのような食欲の唆る匂いが。
    いつもであれば、家の近くにやって来てからが自分たちの仕事なのだが、気がついたら外に出て伊地知の元へ足を運んでいた。どんどんと強くなる美味しそうな香りに、夏油は口角が上がるのが抑えられなかった。


    最近、自分達の舌が肥えてきたのか並の血では満足出来なくなっていたのだ。今では飲み切ってもいないのに捨てるという行為が頻繁に繰り返されている。生きていくためには美味しくなくても飲まなければならないので、死なない程度には飲んではいる。しかし、お腹が満たされているのかと問われれば、そうではない。どうしても食指が動かないのだ。

    だが、今日はそんな心配もしなくても良さそうだ、と夏油は無防備な首筋に目線を滑らせ、ぐっと距離を近づける。美味しそうな香りがまた強く鼻腔を擽り、衝動に任せて歯を突き立てようと口を大きく開けた。しかし、寸でのところで抑える。

    ...これを1回で終わり、なんて勿体ないことはしたくないな


    夏油は伊地知の首元を眺めながら、舌なめずりをした。





    ━━━━馳走町の中心にある大きな御屋敷、そこが拠点としている場所であった。西洋を思わせる少し古い建物は夏油からすれば広すぎて手に余る。何部屋かは全く使っておらず、手でなぞれば埃が指に付くだろう。使わなさすぎて、掃除をしても意味が無いので汚れたままだ。一切手入れされていない庭園も似たような理由である。庭師を雇うお金はあるが、身内以外を敷地の中に入れるのはどうしても抵抗があった。こっちもこっちで人間のような面倒事はざらに起きるのだ。ましてやここに住む二人は界隈では非常に有名で、知らぬ者はいないと揶揄されるほどである。

    先日の同居人に巻き込まれる形となった面倒事思い出し、陰鬱な気分になりながら夏油は目の前の自分の住処に目をやる。
    すると、カーテンにより閉め切られている窓の隙間から漏れ出る光にそのもう一人の同居人の存在に気づいた。普段はもう少し遅いはずなのだが、恐らく彼もこの香りに惹かれたのだろうなと当たりをつける。

    屋敷の扉の前に着くと、夏油がドアノブに手をかける間もなく、キィと音を立てて開いた。



    「お、珍しいじゃん
    いつもだったらいい感じに手篭めにして連れてくんのに」

    中からひょっこりと誰もが羨む様な美しい男が姿を表した。
    銀白色の髪がさらりと動き、こちらを見る瞳は碧く輝く宝石のよう。
    甘いもの食べに行くと昼から出かけたのは知っていた夏油は、その同居人の男───五条悟に言葉を返す。

    「中々に手強くてね、参ったよ」
    「ふーん、...やっぱ早めに帰ってきてよかった
     いい匂いすんね」

    伊地知を見つめ、流れるように噛もうとする五条に、夏油は後ろに下がって避けた。ご馳走を前にしてお預けを食らった五条は苛立ちを隠さずに目角を立てる。

    「...独り占めでもするつもりか?」
    「違うよ
    すぐに捨てるには勿体ないだろう」
    「...へぇ、あれやるんだ」
    「そういうこと」


    なら、風呂入ってくるね、と上機嫌に向かっていった五条と別れて夏油はいつも人間を連れてくる部屋に足を踏み入れた。部屋はそのためだけに作られたのかものが少なく、少し質素にすら感じる。その部屋のベッドに伊地知をゆっくりと寝かせ、今から何をされるのか全く分からずに穏やかに眠る彼を見て夏油はクスリと笑った。


    「…可哀想に」

    彼が状況を理解したら、どんな表情を浮かべるだろうか。泣いてしまうだろうか。
    …あぁ、ただでさえ甘美な香りが体中からするし、涙も美味しいかもしれないな。泣いてしまったら舐めてみようか。
    来たる時を想像し、法悦の境に浸る。その向ける狂気に無意識にも感じ取ったのか逃げるように身動ぎをする伊地知を眇めて、夏油は夢見心地になっていた頭を現実に戻した。


    ___余すところなく彼を喰らうには手順をしっかりしないといけない。


    夏油は浮足立っていた心を沈ませ、伊地知へと手を伸ばした。










    カチコチと時計の音だけが辺りを包むその部屋に、五条の姿が見えた。
    伊地知が眠っているというのにスタスタと物音を立てることも気にせず歩くその様は、遠慮を知らないというより、彼が起きることはないと知っているかのように感じさせる。

    少し扉から距離があるベッドにたどり着くと伊地知に覆いかぶさった。
    そして、ゆっくりと首筋に顔を近づけ、


    「やっと喰える」



    そう言って思い切り噛み付いた。口を開けた時に見えた犬歯は普通の人間より長く、鋭い。それに噛み付かれたなら強い痛みが走ったことだろう。しかし、伊地知はピクリともせず目を覚まさない。固く閉じられたままであった。
    五条が伊地知に噛みつくと同時に血を飲むような音が聞こえ、異質な光景が続いた。暫くして、満足したのか口を離す。

    「...うっま、こんな美味い血飲んだことねえ」

    五条は余韻に浸るかのように自分の唇についた血を舐めた。今まで飲んだ血の中で1番美味い味に恍惚とした笑みを浮かべる。
    伊地知の首筋には他の人間が見たらゾッとするような噛み付いた痕が印のように色濃く残っていた。

    「傑は飲まねぇの?」

    いつの間にかやって来ていた夏油に五条は驚くことなく、声をかける。
    その五条からの誘いに扉の横の壁によりかかっていた夏油は軽く首を振った。

    「...然るべき時に飲むさ」
    「ふーん、そう
    じゃ、俺はもうちょっとだけ飲もっと」
    「ほどほどの量を頼むよ」
    「残念だけどそれは約束できない、死なない程度には抑える」


    そう言って五条は伊地知の首筋に歯を立てる。
    今まで色んな血を飲んできたが、これ程の物は初めてだ。最近はハズレが多く、気を紛らわすために甘いものに手を出し始めた。気がつけば好物にすらなっていたが、吸血鬼は血を飲まないと生きていけない。流石に甘いものは主食にはなれなかった。

    久方ぶりの当たりに羽目を外してしまいそうだが、せっかく傑があれをやってくれたんだしな、と一線は超えないように調整する。流石にまた喧嘩は面倒だ。どうせ、この1回きりじゃない。これからも飲みたい時に飲める。五条はその時を想像して、これぐらいにしておこうと、伊地知の噛み跡がある首筋をべろりと舐めた。







    窓から漏れる眩しい光に伊地知はゆっくりと目を覚ます。こんな気持ちよく寝たのはどれくらいぶりだろうか。体を起こした瞬間襲った目眩に、咄嗟に目を瞑り、身体を横にする。

    「....あ、ぃ…た」

    いつまで経っても収まらない目眩と追い込むようにやってきた頭痛に伊地知は頭を抱え、体を守るように小さく丸まった。こんな症状今までなかったのに。というかいつの間に家に帰ったんだろう。途中から記憶が曖昧で思い出そうとしても眩暈と頭痛が邪魔をする。

    「調子はどう...伊地知くん」

    扉を開ける音がしたかと思うとついで聞こえた声に驚いた。

    「な…で?」

    なんであなたがここに、と疑問の声を出したつもりが、掠れて言葉にならない。

    「大丈夫かい?急に倒れたから家まで運んできたんだ
    君が思ってる以上に疲れていたんじゃないかな」

    目を閉じていてもグラグラと揺れる感覚の中聞こえてきた声に安堵し、
    なんだ、そういうことか、と正気であれば気が付いたであろう違和感を伊地知は感じず、そのまま夏油のいった言葉を鵜呑みにした。

    「ありが、とうございます」

    助けてもらったのだからお礼を言わないといけないと開けない視界の中、拙くも感謝の気持ちを述べる。

    「気にしないで、困った時はお互い様だよ

    ...もうちょっと寝るといい」



    その優しい声と額に当てられた暖かい手にほっとした伊地知は言われるがままに意識を手放した。








    そうして暫く、静かで穏やかな時間が過ぎ、伊地知はゆっくりと意識を覚醒させた。起き上がるとすぐそこに置いてあった眼鏡をかけ、明瞭になった視界に胸を撫で下ろす。
    先程より、少し頭が痛むがマシになった体調にこれなら大丈夫だと床に足をつけた。そして、ベッドサイドに目を滑らせると、目が覚めてマシになっていたら私の部屋においで、とそこまでの道のりが書かれたメモと、洗濯され、綺麗に畳まれている自分のスーツ一式が置いてあった
    それを手に取り、寝起きの頭でノロノロと体を動かす。着慣れたスーツは手入れがされたのか新品のように綺麗だった。そして、メモに目を滑らせ、地図のようなものが必要になるこの家の広さに苦笑いをしながら、長すぎる廊下を歩く。
    歩いていると、見えてきた目標の場所に、コンコンとノックする。ゆっくりと内側から開かれ、見えた夏油の顔に伊地知はほっとした。

    「体調はマシになったかい?」
    「は、はい!ご迷惑をお掛けしてすみませんでした」
    「いいよ、ちょっと今悟に頼まれたものを作ってるから中に入って待っててくれるかな」
    「お邪魔してしまってすみません...」
    「はは、ただの頼まれ事だから気に病むことは無いよ、本棚とかあるしそれで暇を潰してもらって構わないから」

    中に通され、本の多さに一瞬息を忘れてしまう。真ん中に置かれた椅子に腰をかけると夏油はすまないねと謝りながら書類のようなものに手をかけていた。

    「すごい....」

    伊地知は小難しそうな分厚い本が並ぶ棚に手を当て、ゆっくりと眺める。傷をつけてしまったら怖いのでとても読む気にはなれないが、見るだけでも時間が潰せるほどなので手持ち無沙汰になることは無かった。ゆっくりとタイトルを見て、気になるものは家に帰ってから調べようと覚えて。そういう風に過ごしていると、不自然に挟まったノートを見つける。高そうな本が並ぶ中で、違和感しかない百均でよく見かけるそれに伊地知は引き寄せられるように手を取る。なんとなく見られてはいけないような気がして、夏油に目を向けると、書類に集中しているのかこちらの視線に気づくことは無かった。

    ノートを開くと日記のようで、最初は自分と同じようにここに招かれた人が書いたようだった。


    ――――――――
    ○月✕日

    いつも通りの道を歩いていたのに道に迷ってしまった。歳かな。暫く歩いていると夏油さんに会ってもう暗いからと家に泊まらせてくれるようだ。親切な人に会えてよかった。
    家はとんでもない豪邸で目が飛び出るかと思ってしまう程だった。五条と名乗った人もちょっと乱暴な物言いが目立つが、いい人だと思う。

    ――――――――
    ✕月✕日

    2人はいつも食事はもう食べたからと食べない。バカでかい部屋で一人で食べるのは少し寂しかった。
    料理はとても美味しかった。

    ――――――――

    こんな風に平和な日記が綴られている。しかし、不穏な言葉が伊地知の目に止まった。

    ――――――――
    ✕月○○日

    おかしい、頭が痛いし、めまいが酷い。
    こんなことなったことないのに。
    まるで貧血のような症状だ。
    夏油さんに酷い顔だと言われたがこの家は鏡がないから分からない。

    ――――――――
    ○月✕◻️日

    五条さんと夏油さんが話をしているのを聞いた。血、不味い、飲みたくない、などの声が扉越しに聞こえる。
    何を言っているんだろう。吸血鬼みたいだ。


    ――――――――
    ○月✕✕日

    みたいだじゃない、本物だ。お風呂に入ってる時に首に違和感を感じたから触ってみたら、噛まれた様な痕がついていた。こんなのおかしい、貧血のような症状もほんとに血が足りなかったんだ。家を出ようとした時に体調が悪くなるのもわざとだ。しんどくても家を出よう。

    ――――――――



    自分の今の状態と似ているところがありすぎて食い入るように文字を追う、徐々に不穏になっていく日記に吸血鬼なんてアニメや漫画だけの話だと思っていても少し怖く感じてしまった。こんなことあるはずないと思ってはいるが、自分と同じような人がいたという事実に鳥肌が立つ。そして、確かに少し違和感があった右肩に、少しスーツを着崩して見ようとノートを元の位置に置こうとした時


    「何してるんだい?」

    横から突然聞こえてきた声に体が跳ねる。その拍子にノートを落としてしまった。

    「おっと、何か落としたよ」
    「あ...それは」

    しゃがみこんでそれを手に取る夏油に、ほんとに吸血鬼だったらどうしようと背中に冷や汗が伝う。そんな怯えた様子の伊地知に夏油は不審に思ったのか、ノートの中身を見比べてその後、クスッと笑った。

    「...もしかして、この内容本当だと思ってる?」
    「い、いえ、別にそんな」

    心の中を当てられて、ヒュっと息が乱れる。

    「よくある子供の頃のお遊びだよ」

    伊地知の様子を宥めるかのように優しく笑ってそう告げる夏油。ホラー小説っぽいものを書こうとして断念したって感じかな、と続ける彼に、伊地知はほっと息を吐いた。吸血鬼なんて存在するわけないか...と緊張が緩む。ほら、と夏油からノートを差し出され、ありがとうございますと手に取った。元の位置に戻そうと、本棚に向き直る。そんな伊地知を見つめながら、うっそりと笑う夏油に気づかずに。

    「...なんてね」
    「え?それってどういう、」

    ボソッと聞こえた夏油の声に、ちょうど本を戻した伊地知が聞き返した瞬間。

    「僕達はその日記にある通り本物の吸血鬼ってこと♡」
    「っッ!?」

    伊地知にとって聞いたことの無い声がしたかと思うと一瞬で訪れた尋常じゃない痛みに体が強ばる。どうにかその苦痛から逃れようと身をよじるが、その男の腕に完全に捕らわれているため、逃げることが出来ない。血が吸われている感覚と同時に力が抜ける体。最初は痛かったはずなのに徐々に現れ始めた甘い痺れに危機感を覚えた伊地知は、咄嗟にすぐそこにあった相手の首筋を思い切り噛んだ。


    「っでぇ!!!」

    そう叫びながら、五条は伊地知から手を離す。それを好機と見た伊地知は足をもつれさせながらもその場を後にした。



    「い、った、吸血鬼の首噛むとか信じらんねぇ」
    「口調が戻ってるよ、悟」
    「傑しかいねぇんだから別にいいだろ、追いかけねぇの?」
    「少しぐらいいい夢を見させてあげようと思ってね」
    「うわ、性格悪。でもまぁ、俺も遊んでやろっかな」
    「悟も人のこと言えないね」
    「うっせ」





    逃げなきゃ、
    その一心で伊地知は長い廊下を走る。力が途中で抜けそうになっても気力で走っていた。やっぱり道に迷うこと自体おかしかったのだ。本当に自分の知ってる世界とは知らない場所に迷い込んでしまっていたのだと伊地知は今になって思う。人気も全くないのもそのせいだったのか。いや、過去のことはもういい。今は逃げないと。でもどうやって?出口がどこにあるかなんて分からない。自分の家とは比べ物にならない位にここは広いじゃないか。まるで迷路だ。気が付けばこの家のベッドに寝かされていた伊地知には出口などわかるはずもないのは当たり前。だからといって諦めるのかと言われれば、答えは否だ。窓から出ようかと思い、手当たり次第開けようとしたが開かない。ゆっくりと調べたいところだがついさっき自分の血を吸った男の声が聞こえるのだ。楽しそうな、明るい声で自分を探しているのが聞こえる。恐らく日記に書いてあった夏油ともう1人、五条という人だろう。ずっと同じ場所にはいられない。もしかしたら出口さえも閉じられているのかも…。いや、今はそんなことは考えちゃだめだ
    早く外に出て、それからどうしたらいいかは分からないが、とりあえず出ないと。その後のことはその時考えればいい。走りながらつけた携帯はまだ圏外だ。現実とは言い難いところにいるのでそのせいだろう。


    「どこにいるのかなぁ」


    ひゅっと息を飲んだ。離れてはいるが視界に映る五条の姿に伊地知はその場から離れる。
    地の利はどう考えてもあちらが有利だし、吸血鬼に血を吸う以外どんな能力を持っているのかも知らない、弱点になるようなにんにくや十字架、聖水なんて都合よく持ってなんていない。伊地知はただ逃げることしか出来ないのだ。息を潜めては逃げて、自分の家なら直ぐに出口も見つかるのにと悪態を心の中でついては体を休めて体力を無駄に使わないようにする。
    暫くそれを繰り返して、五条の楽しげな今の自分とは正反対の声も聞こえなくなって、それなりに距離を離すことが出来たのかと気を緩めたその時。



    「僕かくれんぼより鬼ごっこがしたいな」

    耳元で声が聞こえ、伊地知は駆け出した。突き当たりを曲がって走って走って、階段を降りて。



    そうして気が付けば辿り着いていた玄関に伊地知は大きく息を吐き出し、口元が意図せず緩む。
    見つけた。これで、外に出られる。
    先程まで止まらずに走っていたために、足が限界だ。フラフラと玄関の扉に手をかけ、内側の鍵を外す。焦って、なかなか上手く外れない。ガチャりと軽い音がなり、やったと喜びながらドアノブに手をかける。そうして、捻って開けようとするが、なぜか開かない。何回か繰り返しも開く気配が全くないのだ。最悪な予想が当たってしまった。

    「なん、なんで、なんであかない」
    「それはね、偽物だからだよ」

    後ろから聞こえた先程まで自分を追いかけていた者とは違う聞きなれた声に伊地知は恐怖で体が固まる。振り返りたくない。普通に自分の家に帰って三日間の休日を楽しみたかっただけなのに、なんでこんなことに。

    「こっちにおいで、伊地知潔高くん」


    次いで聞こえてきた言葉に自分から進んでそっちに行くわけないだろうと思った瞬間、
    体が勝手に従う。動かなかったはずの体が、ゆっくりと振り返って夏油の元へ向かおうとする。

    「ぃ、いやだ 止まって、なんで」

    親切な人だと思っていた人の顔はまるで別人なのかと勘違いするほどに見る影もない。
    そして、気づいたことがもう一つ。
    最初ベッドで目覚めた時も言われたのに何故違和感を感じなかったのだろう。



    ━━━━━私この人に名前なんて教えてない。


    「あ....ぁ....」

    顔をより一層悪くして、怯えた目でこちらを見る伊地知に夏油は愛おしむように見つめる。
    どうにか抗おうとしたが体が全く言う事を聞いてくれない。触れ合える距離にまできてしまった。

    「ふふ、いい顔してるね」
    「ひっ…ゃだ」

    伊地知を抱き寄せ、頬を撫ぜるとそのまま首筋に手を滑らせた。

    「いいこと教えてあげる」

    耳元で夏油が囁くように呟く。

    「その表情をしてる時の血が1番、美味しいんだ」
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    nanamigasukidao

    MEMOこの前呟いてた祓本パロで五と夏のマネージャー伊がガチで辞めようかと考えてる話の完成版です。
    五伊地と夏伊地です
    正確には五→→伊・夏→→伊
    祓本パロ【今話題の芸能人と言えば?】

    仕事から自分の家があるアパートに帰ってきて、なんとなしにつけたよくあるテレビ番組の街角インタビューのコーナー。
    それを受けた人たちのほとんどが祓ったれ本舗を口に出しているのを見て、

    (そろそろお二人のためにもちゃんとしたマネージャーが付くべきでは?)

    祓ったれ本舗の現マネージャーである伊地知はふとそう思った。



    祓ったれ本舗とは、五条悟と夏油傑の二人で構成される漫才コンビだ。常識外れのボケの五条と正統派で真面目かと思えばたまにずれたツッコミをする夏油。彼らはお笑い芸人の癖に端正な顔立ちをしており、女性ファンが九割を占めている。結成当初は所詮顔だけと揶揄されていたが徐々に頭角を現し、初出場にてMー○優勝、上○漫才新人賞受賞…等々。数々の賞という賞を総なめにし、今では祓ったれ本舗を知らぬものはいないと言っても過言ではない。バラエティーにも引っ張りだこ、そしてドラマにもお笑い芸人でダブル主演という前代未聞の所業を成し遂げ、挙句の果てには祓ったれ本舗のみの写真集も重版が決定するほどの人気ぶりだ。
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