祓本パロ【今話題の芸能人と言えば?】
仕事から自分の家があるアパートに帰ってきて、なんとなしにつけたよくあるテレビ番組の街角インタビューのコーナー。
それを受けた人たちのほとんどが祓ったれ本舗を口に出しているのを見て、
(そろそろお二人のためにもちゃんとしたマネージャーが付くべきでは?)
祓ったれ本舗の現マネージャーである伊地知はふとそう思った。
※
祓ったれ本舗とは、五条悟と夏油傑の二人で構成される漫才コンビだ。常識外れのボケの五条と正統派で真面目かと思えばたまにずれたツッコミをする夏油。彼らはお笑い芸人の癖に端正な顔立ちをしており、女性ファンが九割を占めている。結成当初は所詮顔だけと揶揄されていたが徐々に頭角を現し、初出場にてMー○優勝、上○漫才新人賞受賞…等々。数々の賞という賞を総なめにし、今では祓ったれ本舗を知らぬものはいないと言っても過言ではない。バラエティーにも引っ張りだこ、そしてドラマにもお笑い芸人でダブル主演という前代未聞の所業を成し遂げ、挙句の果てには祓ったれ本舗のみの写真集も重版が決定するほどの人気ぶりだ。
そんな二人の専属マネージャーである伊地知と言えば、大学からの付き合いの五条と夏油に半ば強制的に連れてこられ、気がつけば二人のマネージャーを務めることになっていたど素人。今では経験の積み重ねにより、最初よりは比較的にマシになった方だろうが、他のマネージャーと比べれば圧倒的に劣っているものが多い。元はマネージャー志望ではなかったのだから当然の結果であった。
そんな自分を客観的に見つめ、そしてテレビに映し出された祓ったれ本舗の人気の高さと影響力の大きさを比べて、このままでは駄目だと伊地知が考えたことは何ら不思議なことではないだろう。
(明日、先輩マネージャーと同じ場所で仕事があるし、その時に相談してみるか)
善は急げ、と言ってももう夜は遅い。初期からお世話になっていて、気心の知れた仲とはいえ親しき仲にも礼儀あり。先輩と後輩に分類される間柄で、夜中に電話をかけるという無礼な真似をするわけにはいかない。気軽に送れるメッセージアプリもあるが、相談する内容が内容である。電話か、直接あって事情を話すのがこの業界というより社会で生きていく上でのマナーだろう。
草臥れたスーツをハンガーにかけ、先輩に相談という用事を頭の片隅に入れながら伊地知は祓ったれ本舗二人の明日のスケジュールを諳んじていく。
明日も超過密スケジュール。もう既に日付は超えているため、今日というのが正しいがややこしいのでよしとする。
収録があるから明日は二人の迎えも出すことを考えると5時には起きてないと間に合わない。五条が朝に弱いために余りその時間帯にはスケジュールを入れないよう調整しているのだが、長寿番組からの貴重なオファーだ、断ったら無下にしたとして最悪干されるかもしれない。この業界の闇の深さは身近な人の実体験を通して知っている。
二人からは伊地知の負担になるから近場に引っ越してきなよとか一緒に住もうよと度々言われているのだが、毎日の忙しさを考えると引っ越し作業をする時間もなく、そこまで朝早く起きることが苦ではない伊地知は現状を維持していた。二人が収録している最中はまた別のお仕事の交渉の電話、二人の体調を考えてのスケジュール調整、事務所への報告書の作成、言い始めたらキリがない。
マネージャーという職業について身につけた補助的作業は元々裏方仕事が得意であった伊地知には向いていたのか、今では少し楽しさを見出している。二人の収録が終われば次の現場へ送り届けるために運転を、休む時間が移動時間しかない彼らを少しでも回復させようと、運転は細心の注意を払っている。あまり揺らさないように、音を出さないように。お菓子や飲み物も伊地知は常備して、彼らの負担を限りなく減らすために尽力しており、特に五条への甘いお菓子は手放せなかった。
二人の実力が認められ、忙しくなるのは嬉しいことなのだが、これではいつか潰れてしまう。休みは程々に入れているが、そろそろ固まった休みも入れてあげないと体が持たないだろう。
スーパーで適当に買った弁当でお腹を満たし、お風呂に入ったりと、寝る準備を済ませつつも二人のことを考える伊地知の夜は更けていった。
✲
翌朝、いつも通り送迎を終えて、スタジオの方に歩いて行った二人を見届けた伊地知はお世話になっている先輩の元に向かう。
朝メッセージを送り、どうにか作った時間は先輩も忙しくしているため、僅かしかない。
エレベーターで1階へと降り、待ち合わせのロビーで件の先輩の姿を見つけ、声を掛ける。。
「先輩、時間を取らせてしまってすみません。」
「いいよいいよ、気にしないで」
そうやって笑う先輩の表情は優しく、今日いきなりメッセージを送ったというのに快く引き受けてくれた彼女には感謝しかない。
「現場が近かったからね
階は違うけど
今日逃したら一週間は時間取れなかったし、運が良かったよ伊地知くん」
「本当良かったです...
それで、本題なんですけど
相談というか、祓ったれ本舗のマネージャーをそろそろ辞めるべきかな...と少し思いまして」
「それはいきなりだね、理由は?」
そう柔らかい声で催促する先輩に、少し咎められるかもしれないと緊張していた伊地知はほっとする。
「祓ったれ本舗の人気を見るともっとベテランの方が着くべきかと」
「伊地知くんもよくやってる方だと思うんだけど」
「でも、二人のことを考えると経験が豊富にある方の方がやりやすいかなと思うんです。」
キッパリという伊地知に、そろそろ彼に他の経験を積ませた方がいいかもしれないと少し思っていた先輩は良い機会かな、とその伊地知の意見をポジティブに解釈し、上に掛け合ってみるよ、とあっさりと了承する。
「一か月後ぐらいかな、それぐらいに変わるかも」
「分かりました、ありがとうございます!」
「うんいいよー、じゃあそろそろ時間だから」
それを目途に引き継ぎの資料とか準備しといてね、と腕時計を確認して、足早に去っていった先輩に深くお辞儀をし、伊地知は未だ収録中のため誰もいない祓ったれ本舗の楽屋へと戻るのだった。そこからは普段と変わらず、スケジュール調整、事務所への報告書の作成等を行う。近々、三人纏めて休みという非常に稀な休日があり、伊地知は久方振りの休みに溜まりに溜まった落語の録画を見倒そうと頭の片隅で考えていた。そんな関係ないことを考えていても彼の手は一度も止まらず、正確にキーボードを叩いている。
一か月後には担当が変わるかもしれないといえ、手を抜くなどの考えは伊地知にはないのだ。今の仕事をただただ効率的に遂行するのみである。暫くして、収録が終わったのか帰って来た二人を出迎える。
「お疲れ様です。五条さん、夏油さん」
「伊地知~、お菓子は?」
「テーブルに置いてるだろう、悟
伊地知もお疲れ」
先程のことには一切触れずに、普段通りに接し、言葉を交わす。
ほぼほぼ決定事項であるとしても不確定な部分を彼らに言うわけにはいかない。これで結局無理でしたとなれば五条にどんな無茶振りをされるかわからないが、するに決まっているのだ。ならば正式に発表されるまで黙秘を貫き、引き継ぎの資料を隠れて作成する方が伊地知の精神的にも良い。
「次の現場、時間的にどう?」
「…そうですね、まだ時間はありますが、渋滞などを加味すると出発した方がいいかもしれません」
「え!?もう?、この頃僕たち休みなさすぎない?」
五条はそう不満を零して、適当にとったチョコのお菓子を口に入れる。
「まぁ、有難いことだけどね
車でどれくらいかな」
「1時間程になると思うのでその間は休憩して頂けるかと」
「それなら少しは楽になりそう、久しぶりの朝一の仕事で眠いんだ」
もう限界、と口に手をあて欠伸をする夏油の目元にはコンシーラーで隠しているために分かりづらいが薄っすらと隈ができていた。
五条はまだ食べたいお菓子があるんだけどとごねるが、車にも彼が気になっていると言っていたお菓子があると告げれば、手の平を返すかのように、早く車に行こうと催促する。
「では、表に車を出しますので、入口付近で待っていてください」
「りょうか~い」
「ありがとう、伊地知」
✲
そうやって仕事を繰り返し、二、三日が過ぎて、帰宅途中。
伊地知は通り道にある本屋へと向かっていた。
今日は本当に疲れた。現場でアイドルグループと二人が一緒になったのだが、どうやら連絡先をしつこく聞かれたり、胸を押し付けられたり、中々に我の強い女性がいたようだ。それのおかげで二人の機嫌が悪く、特に五条が酷い。「俺もう帰るわ」と昔に直した口調が戻る程に苛立っていた。夏油の助けもあって、どうにか仕事に向かわせたが物凄く怖かったし、非常に疲れた。
そんな時に訪れるのが本屋で、伊地知を安心させてくれる場所である。
本独特のいい匂いに包まれながら、あてもなく歩く。たまに気になる本があれば何冊か買って、仕事の合間に読むか、休日に一気に読んだりして過ごすのだ。小説のあるコーナーに差し掛かると伊地知の目に見た事のある姿が映る。
(...七海さんだ)
ここからはタイトルは見えないが、一つの文庫本を手に取っている。
眼鏡をかけ、わかりにくくはしているのだが、二人がドラマでダブル主演をした際、レギュラー役で共演を果たしたモデルの七海建人であった。ファンからはナナミンという俗称で呼ばれ、当初から一定の人気を保っている。共演以来、夏油と五条に気に入られたのか度々ご飯に誘われては程々に断っているらしい。理由を聞けば、時間外労働だからと即答で返ってきた。
伊地知もドラマの関係を機に仲良くさせて貰っており、時々メッセージのやり取りをしたり、七海から誘われ、ご飯を奢ってもらったりする仲である。
「七海さん、お久しぶりです」
そう声をかけると少しびっくりしたように目を見開き、七海は口を緩めた。
「…お久しぶりです、伊地知くん、仕事帰りですか?」
「はい!、帰り道に通るのでよく来るんです、七海さんも仕事帰りですか?」
「そうです、たまに行きたくなってしまって」
「それ分かります…本屋の空気って吸いたくなりますよね…」
そういいながらもぐったりとしている伊地知に違和感を感じたのか、七海は目を細めた。
「お疲れなんですか?まぁ、担当しているのがあの二人ですし、いつもかもしれませんが」
「…そ、うですね、今日はちょっと特に色々あって…まぁでもそろそろ担当変わるんです」
七海は伊地知が最後に零した言葉に瞠目する。
「…何故かお聞きしても?」
そんな彼の聞き方に不安を煽るような言い方をしてしまったなと弁解するように口を開いた。
「いや、なにかあったわけでもなくてですね…ベテランのマネージャーとかつけた方が二人のためになると思ったので自分からお声がけしたんです」
「伊地知くんも彼らとの付き合いで言えばベテランでしょう」
「私はただの成り行きでマネージャーをやることになった半端者と言いますか、素人に毛が生えた程度というか」
「…二人のスケジュールを全て把握し、スケジュール調整も全て担当している君が?」
「それはマネージャーとして当たり前のことだと思うんですが…」
「…お二人には言ったんですか?」
「いえ、まだ…今日に正式に決まったとメールが来たので、明日には言うつもりです」
まぁ、あの人達なら二つ返事で了承すると思うんですけど、と付け足して苦笑交じりに話す伊地知に七海は眉を顰め、まぁでも、と納得がいったように口を開いた。
「君のその自己肯定感の低さはどうにかした方がいいのでいい機会かもしれませんね
…でもあの二人はやりすぎるところがあるので危ないと思ったら私に電話をかけて下さい
出来る限り助けますので」
「は、はぁ…ありがとうございます…?」
何を言っているのかわからないとも言いたげに曖昧に言葉を返す伊地知に二人に対して雀の涙程憐れに思いながらも七海は「それでは、また仕事の際、よろしくお願い致します。」と告げ、一冊の本を持って去っていった。
それに対して「こちらこそよろしお願い致します!」と頭を下げた伊地知は七海が言った言葉の真意に気づかないまま、小説のコーナーを物色したのだった。
※
翌日、普段と変わらず仕事を終えてそれと同様に仕事を終えた二人を楽屋で出迎えると神妙な顔をして伊地知を射るように見つめる彼らに目を丸くする。
「ど、どうされたんですか?」
戸惑いながらも聞くと夏油が口を開く。
「…伊地知、さっき他のスタッフから聞いたんだけど私たちのマネージャーを辞めるって本当かい?」
少し焦ったように言うその言葉に伊地知は、なんだそんなことかと二人の態度に疑問に思いながらも答えた。
「はい、昨日に正式に決まったので帰りにはお伝えしようと思っていたのですが…」
「自分から進んで言ったっていうのは?」
五条が投げるように問う。なぜか少し不機嫌だ。
「え、えぇ、成り行きでマネージャーになった私なんかより、ベテランの方が付いた方がお二人にとってよろしいでしょうから」
困惑気味の伊地知が言い終わった後、タイミングを見計らうかのように鳴った携帯を手に取り、すみません、と断りを入れて去っていった彼は気付かない。
「…へぇ」
「…ふーん」
二人がその背中を見つめる瞳には仄暗い色を宿していたことを。
暫くして電話から戻ってきた伊地知を、あれから椅子に座ったのか少しお菓子や飲み物を飲んで休憩している二人が出迎える。
「すみません、少し時間がかかりました
直ぐ表に車を出しますので…」
と、帰りのルーティーンをこなそうとする伊地知に五条が呼び止める。
「ねー、伊地知
今日さ、嫌いなスタッフ連中がロビーにいるらしいんだよね
絡まれるの怠いから僕たちも駐車場にいってもいい?」
「しつこいんだ、あの人達」
そう言ってテーブルに肘をつきながらこちらを見る五条とその言葉を補足するように話す夏油、その二人の表情には先程のような剣呑な雰囲気は欠片も見受けられない。
あれは何だったんだ?と不思議に思いながらも伊地知はそういうことなら、と彼らの提案に二つ返事で請け負った。
「ならいこっか」と伊地知の返事を聞いて立ち上がる二人に彼は少しの違和感にも気づくことなく、駐車場へ向かうためにドアの方へ向かったのだった。
他愛のない話をしながら、エレベーターに乗り、程なくして着いた地下駐車場を歩く。夜も遅く、伊地知達以外にいる人間は数人程度で、駐車場に染み付いた排気ガスの匂いが鼻を刺す。
不意に会話が途切れて、コツコツとアスファルトを踏む音があたりに響いた。
「…よし、今日は特別にお疲れの伊地知のために僕が運転してあげよう!」
突如大きな声を張り上げる五条に、伊地知は驚き、肩を跳ねさせた。
「へ!??、あ、いや、いきなり何を…、というかそんなに疲れてな、「いいからいいから」
後ろから流れるように夏油に両肩を掴まれ、伊地知はでも、とか、ちょっととか抗おうとするが誘導されるがままズルズルと後部座席へ座ってしまった。
「ど、どういう風の吹き回しですか…?」
恐る恐る尋ねる伊地知に五条が運転席から目線を向ける。
「なんか失礼だね伊地知、後でマジビンタ」
「マ、マジビンタ…!?」
マジビンタに怯える伊地知に夏油が柔らかい声で話す。
「...運転は悟に任せていいんじゃないかな、明日休みだし、伊地知もいつも頑張ってくれてるからね」
それを聞いた伊地知は感動を覚え、担当が変わるから彼らなりの感謝の気持ちなのかもしれないと心が温かくなった。
「じゃあ、しゅっぱ~つ」
という五条の調子のいい声とともに、車は発進する。
そうして時間が経って、性格に反して乱暴ではない五条の運転少し驚きながらも、彼らと喋って二十分程。
伊地知はある異変に気づいた。
車の道のりが三人の家と全く正反対の方向に向かっているのだ。
「え、ちょっとどこに向かおうとしてるんです…?道間違えて…?」
「間違えてないよ~、こっちであってる」
「…明日三人で揃っての珍しい休日だろう?、担当が変わるっていうし、労いを込めて
多分、伊地知がいなくなる時まで、こんな日ないだろうしね」
寝ててもいいよと微笑む夏油に、伊地知は二人にこのようなことをしてもらえるくらいには認められていたのかなと少し嬉しくなった。
何が待っているんだろうと楽しみにしながら、伊地知は腰を落ち着けたのだった。
※
(…あ、れ?)
揺らりと少し大きく車が揺れる感覚に伊地知は意識を覚醒させる。
寝るつもりはなかったが気がついたら寝ていたらしい。思いの外疲れていたみたいだ、まだ眠いと車の窓に頭を寄りかからせていた彼は心の中で呟く。まぁでも、流石にもうそろそろつくかもしれない、とそのまま窓の外へ目をやって、映った文字にさっきまで感じていた眠気が吹っ飛んだ。
(…いや、まさかな。ラブホを匂わせるような文字が見えた気がするし、そこの駐車場に入った気がするけど
気のせ…、気のせいですよね?)
流石にそこまで常識外れなことはしないだろう、夏油さんもいることだし、と心を平常に保たせようとする。
程なくして、車が止まり、「着いたよ」と五条が声をかけた。
「運転ありがとうございます…、ところでここは…」
と、一縷望みをかけ尋ねると「楽しいところ~」と惚けられてしまった。
取り敢えず降りようという夏油に倣って車から出て、先程みた看板を探すが、半地下駐車場のために入り口付近にまでいかないとわからない。「行くよ、伊地知」と五条に催促されて彼は断りを入れることもできるはずもなく歩く。そうして半地下駐車場から出て見えてきた休憩、宿泊、サービスタイムという言葉と共に書かれた値段表を見た伊地知は
「いや、ラブホテルであってるじゃないですか!!??何考えてるんです!?」
今までにないほど叫んだ。思わず足を止める伊地知に夏油は宥める。
「まぁまぁ、落ち着いて
ラブホ女子会ってあるだろう?
それの男子版だと思えばいいよ」
「ラブホ男子会なんて聞いたことありませんけど!!?」
「え?伊地知知らないの?遅れてんね、今は男子もラブホでパーリナイする時代なんだよ」
そう揶揄する五条を伊地知は全く信じられない。
「いや、嘘ですよね???」
「本当だよ、ね?傑」
「そうそう。伊地知、仕事のし過ぎで今のトレンド知らないんじゃないかな?」
五条より幾分か常識人である夏油も全くその異様さを指摘せずに、彼のフォローをする。
「もしそうだとしても仕事終わりに向かう場所じゃない…スキャンダルにでもなったりしたら…
か、帰りましょう?」
流石に、と提案する伊地知を五条は一蹴する。
「もう予約済ませて支払いも終わったからやだよめんどくさい、それと追ってきた週刊誌の奴らは巻いてきたからスキャンダルは気にしないで大丈夫!!
…ここって隠れ家的なあれだからバレることもないからそこは安心しなよ」
「え、ええ…いや、そうかもしれませんけど、でも…」
五条がそこまで言うならスキャンダルは大丈夫かもしれないが、男三人でラブホテルという点を渋る伊地知に、夏油は落ち着かせるように微笑する。
「今のラブホテルって普通のホテルよりも綺麗って聞くし、設備も充実してる
ベッドも広いし、いいところづくしだろう
たまの贅沢じゃないか、私たちこの頃ゆっくりしようと思ってもできないからね」
「そーそー、僕たちの親切をありがたく受け取るべきだよ」
言葉を連ねる彼らにこうなった二人は梃子でも動かないことを知っている伊地知はまぁ、それならと夏油の言葉に渋々頷いてラブホテルへと向かったのだった。
「…確認なんですけど部屋は…」
「一緒だよ??
ラブホ男子会するんだから別々でとったら意味ないじゃーん
伊地知ってバカだね」
※
今はネットで何でもできるらしい、無人の受付を通り過ぎて部屋へと向かう。そういえば、ラブホテルというパワーワードに気を取られていたのだが、着替え等を急すぎて何も持ってきていないことを思い出した。
「そういえば、着替え…」
「あぁ、それなら気にしなくていいよ、あるし、部屋の中に」
伊地知の横を歩く夏油が答える。五条はといえば先頭になって部屋へ足を進めていた。そそくさと歩く彼は「あった、ここだ」と部屋番号と携帯を見比べると、ドアを開けてささっと部屋へと入っていった。それに続いて伊地知も夏油に促されて先に入る。
中は思った以上に広く、大きなベッドがすぐに目に映った。流石にそこで寝るのはあれだしなと思った伊地知がすぐそばにあった大きなソファを使わせてもらおうかと考えていると、荷物を置いた五条がそんな彼を見て、「伊地知ってほんと馬鹿っていうか、鈍感っていうか、僕心配になるよ」といって目を細くし、くつりと笑った。いつもの軽い声とは全く違う含みを持たせた言葉に伊地知は当惑する。
「本当にね」
と後ろからの夏油の声を聞いて伊地知は空気の変わった状況にたじろぐ。ガチャリと閉められた扉の音になぜか恐怖を覚え、冷や汗が背中を伝った。
「こーんなにずっと今までアピールしてきたっていうのに
気づく気づかない以前に僕たちから離れようとした伊地知が悪いんだよ?」
アピール?僕たちから離れようとした?、五条の言っている意味が読み取れず、伊地知は身体を固まらせる。
「な、にを…」
「私たちを捨てて別のところに行こうだなんて、酷いことをするね」
真後ろから両肩に撫でるように手を置いた夏油が耳元で囁く。
「それ、はあなたたちのためを思って」
戸惑いながらも担当変更の件のことを言っているんだとようやく合点がいったが、尚更伊地知にはこの状況がわからない。
「…もう、どんだけ言っても通じなさそうだし、いいよね」
溜息を吐き、サングラスを外しながら投げやりに言った五条が、伊地知の目の前まできて顎を力強く掴んだ。無理矢理上を向かされ、首が悲鳴をあげる。
「ぁ…ぐッ」
「身体に直接教えてやるよ」
「明日
休みだし、ね?」
前後からの怒りと、その中に混じるドロリとした甘さの含んだそれに伊地知は選択肢を間違えたことを知ったのだった。