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    あと3回で終わるのだろうか

    ##毒を食らいて

     洞の天井はディミトリがまっすぐ立とうとすると頭をぶつける程度の高さだが、横幅は寮室と同じくらいあり、奥行きもそれくらいあった。川べりのわりに湿気はあまりなく、息苦しさを払うようなすっと爽やかな匂いが漂っているのは、近くで拾い集めた針葉樹の葉を匂い消しに持ち込んだおかげだろう。
     思った以上にその香気が強いことに驚きながら、ディミトリは外の焚火の明かりを頼りに腰を下ろして岩壁に背を預けて息を吐いた。吸い込んだ空気は入り口に比べて、香気がより濃くなった。
     体が火照って汗ばんでいるぶん、すっきりした香りが心地いい。もとから緩めてあった襟元をさらに寛げさせながら息を深く吸い込めば、爽やかな香りが鼻腔をくすぐり――なにか別の香りがあることにも気が付いて、ディミトリはなんだろうと顔を上げた。以前も感じたことの香りだ。葉の香りでもなく、花の甘い香りともまた違う。だがなんともいい香りだとディミトリは思った。
     洞内は暗い。外からの焚火の明かりを頼りに改めて地面を見渡せば、正面には自分がよけて座った、ベレスの寝床があった。
     ここを見つけたとき、むき出しの地面では硬くて眠れないだろうからと設えた寝床だ。集めた枯草の上にディミトリが着ていた上着や青い領巾といったものを敷き、そのうえに掛布がわりにしているベレスの外套が無造作に広がっている。殺伐とした岩窟のなかにそこだけ生活感がある。当たり前ではあるがそこにある人の気配に安堵し、ディミトリは思わず微笑んだ。
    (先生は大らかな人だな……)
     大雑把とも大胆ともいえるが、嫌悪するものではない。けれども今起きたと言わんばかりに半端に広がりめくれ上がった掛布代わりの外套が気になってしまい、整えてやろうとディミトリは体を起こして手を伸ばした。
     そうして持ち上げた灰色の外套からふわりと香りが漂う。その香気にディミトリははっと息を呑み、急いで外套を手放すと岩壁に体当たりするように後退りした。
     葉とは別に感じた香りは、ベレスの香りだったのだ。そのことにようやく気付いた。気づいたとたんにディミトリは思わず口元ごと頬を手で覆い、足を引き寄せ体を縮こまらせた。
     顔が熱い。体が熱い。鼓動が早鐘を打っている。
     気付いてしまった。今ここにいるのはディミトリとベレスの二人だけなのだ。分かり切っていたはずのことを改めて自覚して、ディミトリは抱えた膝に額をぐりぐりと押し付けた。
    (二人きり……先生と、俺しかいない)
     ほんの少し前までとは違う意識が芽生えていた。戸惑い、相談相手を求めて洞穴の外へと視線を向けようとして、ちゃぷんと聞こえた水音に慌てて視線を逸らす。洞の奥の暗闇に見えるのは、先ほど見た、焚火に照らされたすらりとしたベレスの肢体だった。ひきしまり、余計な肉はなく、けれど触れれば柔らかそうな弾力のあるしなやかな足。
     実際、柔らかくも弾力のある肌をしていた。
     けがの手当てをした時のことを思い出し、ディミトリはあわただしく頭を振り乱した。なのに次々とこの数日の間に触れたベレスの肌の柔らかさや、細さや、温かさが、泡のように次々浮かび上がってくる。その泡が弾けるたび、教師である彼女は確かに強いが、同時に自分が紋章に頼るまでもなく、ほんの少し力を込めるだけで押し倒せるほどか弱い人なのだと思い知ってしまう。自分とはまったく異なる。女性なのだ。
     この世界とは断絶されたような場所で、自分と、女性であるベレスの二人きりなのだ。そして今自分は彼女の香りに心を乱し、そうとは知らず本人はほんの目と鼻の先、赤々とした焚火の炎が照る範囲で、白い素肌を夜気にさらし、水浴びをしている。
    (やめろ、俺は先生をそんな風に見るつもりはないし、第一先生だって、俺のことを信頼していると言ってくれたじゃないか。その信頼を裏切るような振る舞いを、ちらともするわけにはいかないだろう)
     そうだ。自分は生徒で、確かにベレスを慕っている部分もあるが、思い返せばその姿を目で追っていることもあるが、それはどちらかというと少々覚束ない担任教師を案じるがゆえのものだ。決してよこしまな思いからではない。
     落ち着くように己に言い聞かせながら、ディミトリはそれらの横でごろりと体を横たえた。自分の身分は王位継承者ではあるが、狩りや野戦の訓練は受けている。授業の一環で野宿だってする。ごつごつとした岩場で夜を明かしたこともある。
    (だからここでも休めるはずだ)
     女性の――ベレスの気配が間近にあることだけが妙に気になったけれど、それも意識から追い出して息を吐く。休まなくても平気だとベレスには言ったが、実際のところ、寝ずの番に加えて昼間は採集に出ていた疲れは溜まっている。眠ることはできなくても、体は休ませたい。休ませなければならない。本当ならもっと誰も来ないようなところがよかったが、そうも言ってはいられない。せめて魘されたり余計なことを思案したりしないよう、眠りこけることのないようにと頭の中で念じながら、ディミトリは目を閉じた。

    令和4年2月19日
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