光の人② 翌朝目覚めたベレスは、公務がすべて取りやめになったと知らされて目を丸くした。
「どうして」
「近ごろは体調がすぐれず、昨日はとうとうお倒れになられたんですもの。今日は大事を取ってお休みなさってくださいまし」
テキパキとベレスを診ながら答えたフレンは、安堵したようにふうと息を吐いた。
「猊下はいつも真面目にお仕事なさっていますわ。数日お休みをとられたって、誰も文句は言いませんことよ」
「うーん。それはどうだろう」
実際、教団への不満があるようだという報告書を先日目にしたばかりだ。それらの対処もあるし、政策では行き届かない面など気を配らなければならないことも多々ある。のんびりと無駄にできる時間はないのだ。
「ま。では言葉を変えますわ、猊下。今日からのお休みはのんびりするお休みではなくて、お身体を休ませるためのお休み。療養ですわ。ですから教団のことはしばらく頭から追い出して、ゆっくりなさってくださいまし」
「えええ……平気なのに」
にっこり笑顔ながらも意見を譲らなさそうなフレンをどうしたものか。困りながら言葉を探していたベレスは、コンコンと訪いを告げる音を聞いてひとまず頭を切り替えた。
「どうぞ」
「失礼する。もう起き上がっても平気なのか?」
扉の手前の衝立から姿を見せた見慣れた人物に、ベレスは我知らずほっとしていた。
「この通り、もうなんともないよ」
胸の前でこぶしを構える体術の基本の型をとってみせると、胡乱気に眉を寄せて本当かと尋ねるように、セテスの視線がちらとフレンをうかがう。いまいち信用されていないようだとベレスは肩をすくめた。
「フレンは休めというけれど、そういうわけにもいかないでしょう。セテス、今日の執務はなんだっただろうか」
「いや、休養の知らせは各方面に出した後だ。いまからやはり公務をすると知らせても困らせるだけだろう。数日君が不在でも問題ない。予定通り、君はこのまま休みなさい」
「……予定通りというのなら、仕事するべきじゃないのかな」
フレンが呆れたような声を出した。
「ま! 猊下は働きすぎなのですわ。今回のお身体の不調だって、過労が原因ですのよ」
「そういうことだ。ところで、君に客人が来ている。応接室で待っているから身の回りを整えたら来なさい。……ああ急がなくていい。フレン、ゆっくり手伝ってあげなさい」
「もちろん、心得ていますわ」
息の合った兄妹のやりとりに、ベレスが太刀打ちできるはずもなかった。あれよあれよという間に、いつもの白くゆったりと品のある衣装ではなく動きやすい服に着替えさせられ、さらに髪を櫛梳られて、ぐいぐいと手を引っ張られて連れてこられたのは応接室だった。
「待って。来客というなら、こんな砕けた格好で会うわけにはいかないんじゃ」
「あら。むしろあの方はこちらの方が喜ばれると思いますわ。大司教としてではなく一人の女性として、お会いしたいと思っていらっしゃるはずですもの」
フレンの言葉の意味を察して、ベレスはげんなりとしながらため息を吐いた。
「……つまり、縁談相手ということなんだね。そういうのは必要ないのに」
「えっ……違います、違いますのよ先生」
慌てるフレンの懐かしい呼び名に言葉に、ベレスは落ち込んでいた気分が少しだけ回復した気になった。
「先生、か。ありがとう、昔を少し思い出したよ」
令和5年9月8日