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    ##揺り籠

    揺り籠の熱1 がらがらと車輪が回る音を聞きながら、フェルディアへと向かう馬車の中でベレスは熱のこもった息をひとつ吐いた。
    冬に一歩足を踏み入れようかというこの頃は肌寒い日が増えている。さらにこれからフォドラに冬を告げる風が生まれる地であるファーガスに向かうのだから、べレスはいつもより厚着をしていた。けれども外は清々しい秋晴れで、太陽が穏やかに空気を温め、寒気を遮断された馬車の窓から射し込む陽気はぽかぽかと暖かく、日射しを受けた肌は気が付けば熱を孕んでいた。要するに、車内が暑い。暑すぎるくらいだった。
    馬車に揺られていたベレスはますます体が火照っていくのを感じて、目眩を覚えて額を手の甲で冷やしながら、熱を逃がそうと息を吐いた。
    (風邪だろうか。咳や喉の痛みはないし、洟も出てないけれど、最近は仕事が立て込んでいたから疲れが出てきたのかもしれない)
    それもこの冬の間はファーガスで過ごすためであるが、フェルディアに着けば大司教の仕事から解放される。代わりに王妃としての仕事が増えるけれども、それは近くにディミトリがいるのだからきっと苦には感じないだろう。
    (ディミトリ……)
     揺れる車窓から後ろへと軽快に駆け抜けていく秋色の景色を覗きながら、ベレスは先ほど思いがけず久々に対面し、別々の馬車に乗り込んだ夫の姿を思い浮かべた。
    先を行く馬車に揺られる彼も、自分と同じように窓の外を見ているのだろうか。
    深い色の座面に深く腰を掛け、背もたれに大きな体を悠然と預け、優雅に組んだ足の先を車体に合わせて揺らしながら、フェルディアにつくのを心待ちにして組んだ長い指先をこすり合わせ、一足早く冬に近づいた王都とは異なりいまだ秋の気配の濃い景色を、薄青の目を細めて慈しむように見ているのだろうか。
    絵画でも表現できないような美しい光景を思い浮かべながら、べレスはうっとりと息を吐いた。
    ベレスが夫であるディミトリと顔を合わせるのは、夏以来の数節ぶりのことだ。もちろん、私室に飾ってある肖像画でディミトリの顔は毎日見ている。頻繁に私的な手紙もやりとりをしているから最近の様子も知っている。なのに数節ぶりに実際に見た精悍な顔は、見慣れた絵画よりもずっと美々しく男らしかった。自分などすっぽり隠れてしまう強く大きな体躯のどんな所作も洗練されていて、ベレスは瞬きを忘れて見入ってしまったほどだ。
    挨拶のために差し出された手は全てを掬いとるように大きく温かく、ベレスの手を壊れ物に触れるように柔らかく包み込む。宝石のような澄んだ薄青の眼差しは、簡略されていたとはいえ格式ばった口上とは裏腹に、抑えきれない愛しさを雄弁に語り、ベレスを捉えて離そうとしなかった。
    その手が、眼差しが、美しい声が、褥でもたらしてくれるものを不意に思い出す。かっと顔に熱が集まってきて、おもわずべレスは悶えるようにじたばたと足踏みを繰り返し、頬をぺちりと叩くようにして手で顔を覆った。
    けれども熱を吸い取ってくれるはずの手のひらは日射しに温められていたせいか熱く汗ばんでいて、熱は冷めるどころか吐息を受け止めて湿った肌と肌を行きかいわだかまって余計に高まっていく。触れている感触はちゃんとある。けれどもなんだか自分の手ではないような感覚だった。
    (これがディミトリの手だったらよかったのに)
    潰れたタコでかたくなった少しかさつく手のひらで、壊れものを扱うように優しく触れてくれる、あの大きな手だったら。そんな考えがよぎったとたん、べレスの顔は耳まで熟れたリンゴのようにさらに真っ赤になった。それどころか、ただでさえ火照っている体もますます熱が上がって、じわりとさらに汗が噴き出してくる。
    (――なにを考えてるんだ)
    ベレスは首を振ると、真っ赤に熟れた顔を上げた。これから馬車の乗り換えも含めて半日程をかけフェルディアへ行き、王城に着いて身支度を整えたら晩餐に臨まなければいけない。いくら数節ぶりにディミトリ会ったとはいえ、これから春を迎えるまでのあいだ一緒にいられるとはいえ、浮かれている場合ではないのだ。むしろ王城に着いたら夜更けまでゆっくりすることはできないだろうから、今は気ままな――車外に従者たちはいるけれども――馬車のひとり旅を楽しむべきだろう。そう頭では分かっているものの、ベレスの心は予定よりずっと早く会うことができたディミトリのことでいっぱいになっていた。
    本当ならベレスはもう少し先の地点で教会の馬車から王室が手配した馬車に乗り替えて王城へ赴き、そこでディミトリに王妃として迎え入れられる手筈だった。それが急遽遊行に出ていたディミトリの帰りの行程とうまく重なり、さきほど予定外に顔を合わせることができたのだ。それなら一緒の馬車に乗って行けるかなとベレスは期待したのだが、教団の威儀を保つためにも取り決めた場所まではこのまま乗って行こうという話に落ち着いてしまった次第だ。
    (それでも、せっかく会えたのだし一緒に乗りたかったな)
    ため息まじりに揺れるガラスに額をコツンと預けると、汗ばんだ肌にその冷たさが心地よくて、少しだけ慰められた気がした。それでも吐息の熱さは変わらない。冷めるどころか、冬のフェルディアに向かっているとは思えないほど、ますます体の芯から熱くなっていく。外の小春日和の朗らかな陽気のせいというより、座面の下からじりじりと炎であぶられているような気分だった。
     ますます熱くなる呼気を吐きながら、ガラガラとなる車輪の音に耳を傾けていたベレスは、少し落ち着こうともぞもぞと体を動かした。肌にまとわりつく衣をはがすのも兼ねてのことだ。
    胸元の布地をくいくいと引っ張って汗ばんだ谷間に空気を送り、少し腰を上げてこもった熱を逃がすとともに裾を整える。けれどもその瞬間、ベレスは冷たい感触にはっとして、膝をすり合わせ体を固くした。
    一瞬ひんやりと冷たく感じたそこは、ベレスの秘所だ。誰かに見られるわけもないのに視線をさまよわせる。少し迷った末に瞬きも忘れて腰を微かに揺れ続ける座面に恐る恐る押し付ければ、ぴちゃりと冷たい感覚が尻にまで広がった。べレスは緊張に顔をこわばらせて慌てて腰を上げた。
    (月のものが来た?)
     だとしたらまずい。大司教として教会を立ったべレスの衣装は、白を基調としたものだ。外套があるとはいえ赤を隠しきれるか分からないし、もし誰かに見られたら――侍女たちは気にもとめないだろうしうまく取り繕ってくれるだろうが――恥ずかしくてたまらない。それに早く汚れは落とさないと染みになってとれなくなってしまう。その可能性にいろんな考えが瞬く間に頭がよぎったが、同時に前回を終えたのはつい先日のことだ。周期が崩れたにしては早すぎる、と冷静に判断する声もある。それじゃあこの冷たさはなんだろう。確かめなければ。そうではないと安心を得たい。
    (でも、ここは馬車の中だ……)
     走る馬車の中だ。外には従者たちが何人もいるが、いまここにいるのはべレス一人きり、ほかには誰もいない密室だ。窓の日よけの幕を下ろせば中でなにをしていてもわからないだろう。
    地面を蹴立てる蹄鉄の音が急かすように聞こえてくる。こっそりと裾をたくし上げ、下着をずらして確認をする。ほんのわずかな時間でできることだ。
    ベレスはごくりと息を呑んだ。
    さきほど休憩を終えて出発してどれだけ経っただろうか。次の休憩までどれほどかかるだろう。それまで衣装や座面を汚す不安を抱えたまま、まんじりともせず座っていられるだろうか。ほんの少しだけ、確認さえできれば手当てが出来るのだ。
    (――いや、誰もいないからといって、こんなところでそんなことができるわけがない)
     悩んだ末に、ベレスは手荷物から布地の色が濃いものを引っ張り出すと、下着と布地のあいだに入れてそろそろと腰を落ち着けた。もし本当に月のものが来ているのなら下着もこの服も汚れてしまうが、なにもしないよりはずっといい。
    (とにかく、次の休憩地でお手洗いに行こう)
     それまであまり漏れ出ないでと、たいして意味はないと知りつつも、ベレスは祈るように陰部を締めるようにぐっと力を入れた。

     王城に向けて、馬車の列は進む。
     いったい今はどのあたりなのか、気をもむベレスの状況はますます悪くなっていた。
     下着は相変わらず冷たいままで、さらにますます水気を含んでいっている気がする。この様子では、尻の下に敷いた服は間違いなく濡れているだろう。
     それに、もう一つ。
     下腹に力を込めてからというもの、どうにも納まりの悪さを感じていた。いくら普段から体を鍛えているとはいえ、力みっぱなしにしていることはできないので、力を抜く、込める、を繰り返している。そのたびに、息苦しいようなもどかしさがあった。すり合わせる内ももにじっとりと汗が滲み、呼吸が浅くなる。額の生え際もうっすらと汗ばんでいる気配があった。
     ますます落ち着きをなくしていたベレスだったが、しっかりしなければと、すぐ近くにいるのにここにはいない人の姿を思い浮かべ、――不意にずっと続く違和感に気づいてしまった。
     下腹にとぐろを巻いてわだかまる、もどかしさ。
     ベレスはこれを知っている。ほかでもない、ディミトリによって知らされた感覚だ。
     信じられない思いで口を覆ったベレスは、もどかしく体をくねらせた。下着が、ぬるりと滑る。尻に敷いた服を恐る恐る取り出せば、布地は色を濃くしていた。赤くは染まっていなかった。
    そこが濡れそぼっている原因は経血ではなく、愛液であることはごまかしようのない事実だった。
    (どうして、こんな)
     ベレスは血で汚さなかったことにほっと安堵し、同時に困惑し、情けなさに眉尻を下げた。
     戸惑うのは当然だ。そこが反応するのは、夜、私室で、ディミトリとともに褥にいるときだけなのだから。
    それが南中を過ぎたとはいえまだ明るい昼日中、走る馬車という個室とはいえ周りに護衛が多くいる中で、たった一人きりで、誰に刺激を受けたわけでもないのにも関わらずそこがうるんでいる。こんなことは初めてで、恥ずかしくて、思わずじわりと涙がにじむ。
    (ディミトリ……)
     唇を引き結んで涙が溢れるのはこらえられても不安を御すことはできず、思わず心のなかで夫の名を呼んだ。途端にまたじゅわと、内側から愛液が溢れる感触にどきりとして居心地悪く膝を擦り合わせる。
    姿を思い浮かべるだけで、名を唱えるだけで、まるで褥の中で愛されているときのように愛液が染み出してしまう。はしたない、そう思うけれど、実際これからフェルディアで過ごす数節は、離れ離れのこの数節を埋めるように愛を育む期間であることも意味していた。妻と夫として愛し合い、王妃として王の子を生すため、夜毎ディミトリに愛でられるのだ。
    多忙な日々であってもそうなることを、ベレスは知っている。
    「……欲求不満、なのかな」
     恥ずかしさに頬を引きつらせながら呟けば、自分で放った言葉がそれが事実だと言わんばかりに耳から入ってきて、また頬が熱くなる。誰に見られるわけでもないのに、恥ずかしくてベレスは両手で両頬を覆ってうつむいた。
    (だって、仕方ないじゃないか)
     王はフェルディア、王妃でもある大司教はガルグ=マク。ただし世継ぎのこともあるから、冬の間は王妃としてフェルディアで過ごす。代わりに夏の一節は王がガルグ=マクで過ごし、あとは随時必要とあらば行き来する。それが婚姻を結んだときに、側近たちとも話し合って決めた夫婦の決め事だ。
     この夏、ガルグ=マクにやってきていたディミトリとは、それはそれは濃厚な時を過ごした。それこそ日が沈んで(ガルグ=マクは山頂にあるため日の入りが遅く、それがディミトリには少し不服だったらしいから余計に濃厚だった)夜が明けるまで、ほとんど一日とおかず愛し合った。時には汗を飛び散らせながら激しく、時には泥濘にゆっくりと沈み込んでいくように優しく、夜毎深く愛を育み続け、そして約束の期間がすぎるとディミトリは名残惜しくフェルディアへと帰っていったのだ。
    あのときの別れの切なさと言ったらない。
     毎日顔を合わせ声を聞き言葉を交わし肌を重ねていたのに、数節のあいだはそれら全てが無くなるのだ。大司教の冠など棄てて、馬車に乗り込むディミトリとともにフェルディアに赴きたかった。きっと名だたる劇団の名優が演じても、あの時の身も心も引き裂かれそうなベレスの思いは表現しきれないだろう。
     結局、ディミトリは秋に一度ガルグ=マクを王として訪れた。公務を終えた夜は肌寒さに抗うようにぴったりと肌を重ね、時間を掛けて緩やかに深く熱を分かちあった。
     その時の熱を思い出したとたん、きゅぅ、と下腹が疼いて、目を閉じたベレスは震える息を吐いた。
    実は先ほどディミトリと顔を合わせた時、単純な嬉しさはもちろんのこと、ベレスはこれから毎日のように顔を合わせ、夜毎肌を重ねられる期待に胸をときめかせていたのだ。だけれどもまさか、夜になるどころかまだ王城にもフェルディア市街地すらにもついていないのに、身体が反応するとは思っていなかった。
     王都を目指し、がらがらと車輪が回っている。今度はベレスがフェルディアに赴き、雪に閉ざされる数節の間、ディミトリとともにいられるのだ。それなのに期待しない方がおかしい。あの大きく逞しいうでで抱きしめられ、急かすように早鐘を打つ鼓動に耳を傾けながら夜を過ごす。低く響く美しい声で甘い言葉を囁き、熱い手がからだを這い、燃える様な情熱でベレスを暴いて貫き、迸る愛情で切なくて甘くて苦しい、満ち足りた恍惚のかなたに導いてくれる――
    車輪が小石でも噛んだのか、がたんと車体がはねた。がくんとベレスも跳ね上げられる。
    「ぁ、っ――」
     それに引きずられたように、ベレスの体の中で炎が燃え上がったようだった。胎の底から全身へ、頭の先にも手足の指の先までも余すことなく快楽の炎が肌の内側を舐めて燃え広がる。
    「はぁ、ぁふ、ぅ――」
    震える体は言うことを聞かず、背をしならせ、熱を逃すように口が開く。口を手で押さえるより前に漏れ出た甘い声音は、ガラガラとなり続ける車輪の音にかき消されて誰の耳にも届かなかった。代わりに涙が溢れてくる。絶え間ない馬車の揺れに合わせてなおも炎は燃え続け、炙られ続けるベレスの体もびくびくと跳ねていた。


    令和4年3月28日
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