Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    ( ˙👅˙ )

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 🍁 🍠 ♨ 🍵
    POIPOI 53

    ( ˙👅˙ )

    ☆quiet follow

    ##揺り籠

    揺り籠の熱② 休憩の際、ディミトリはドゥドゥーがこっそりと耳打ちしてきたことに目を見開いた。あわてて王国旗の掲げられた馬車を離れ、先ほど折良く合流できた教団の旗が掲げられた白を基調とした少し小ぶりで品がある瀟洒な装飾の施された馬車へと足早に歩み寄る。馬車の前では困ったように顔を見合わせていたベレスの従者たちがディミトリに気づき、その場所を譲って様子を見守り始めた。
     いくつもの心配げな視線を背に浴びながら、ディミトリは馬車の扉をそっと叩いた。
    「ベレス、俺だ。具合が悪いと聞いた。大丈夫か」
     呼びかけてまもなく、かちゃ、と中から錠が外れる音がしてほんの少し扉が開く。わずかな隙間から、ベレスの翡翠色の潤んだ瞳がのぞいて、ディミトリはごくりと息を呑んだ。
    「……失礼するぞ」
     低く言うや否やディミトリは自分一人分だけ扉を開けると素早く中に入り込み、従者たちが中を伺う暇もなくぱたりと扉を閉めた。かちゃり、と錠がかわれる音がして、やはり大司教の様子を知ることができないままの従者たちはまたも気づかわし気に顔を見合わせるしかなかった。
     従者たちの心配を気にかける余裕もなく、馬車に乗り込んだディミトリの胸は重い鼓動を刻んでいた。ベレスが普段まとう香だろうか。すぅっとする涼やかな香りが車内に満ちている。そして、それに微かにまじった、この場で感じるとは思わなかったほのかに甘酸っぱい香り。そして空気が、肌にまとわりつくように湿気を孕んでいる。
    「ベレス……」
     うつむくベレスの前に膝をついたディミトリは、彼女の頬に手を伸ばした。さきほど一瞬見えたベレスの眼差し。涙の幕の張った、とろける翡翠の目。赤く上気した頬。うっすらと開いた艶やかな唇。あれは、あの表情は――
     一度は顔をそむけたものの、顎から掬い取られては逃げられないと悟ったのか、ディミトリの手に導かれるように上げられたベレスの顔は、記憶と変わらないものだった。褥で、すべてをさらして乱れているときの、甘い、快楽にとろけた、なのにどこか恥じらいを帯びた、蠱惑的なあの表情。
     ディミトリはごくりと息を呑んだ。言葉を発する前にそうしないと、口端から涎となって垂れてしまいそうなほど唾液が次から次へと染み出してきていた。
    「どうしたんだ、ベレス」
    「ちがう……違うの……」
     声を震わせながらベレスが首を横に振って否定の言葉を口にする。閉ざされた小さな室内ではぱさぱさと髪が衣をこする音がよく聞こえた。それがまた余計に閨で甘やかに快楽をねだる記憶を呼び起こしていて、ディミトリは溢れる唾液を飲み込み、愛しさに頬が緩むのをこらえながらつとめて冷静に、妻を心配する優しい夫のふりをした。
    「具合が悪いんだな。横になるならここでは狭いだろう、外に休む場所を用意させよう」
    「っ、い、いらない……」
    「では、休憩を長めに取ろうか」
     ベレスが首を横に振る。うなじの細い毛が、汗で首筋に張り付いているのが見えて思わずディミトリの口端が上がった。夫の目に獰猛な光が宿りつつあることを知る由もなく、べレスは必死にただの体調不良を装ってゆるゆると首を横に降る。
    「へいき……私に構わず、予定通りに出発してほしい」
    「わかった。予定通りの時刻に城につくようにしよう。だが無理はしないほしい。出発まで、しばらく体を休めてくれ」
     しばらく。それは、どれくらいの時間を指しているのだろうか。いったいあとどれくらい、このはしたなくてもどかしい熱を抱えていればいいのだろうか。
     車外の従者たちに伝えようと腰を上げかけたディミトリの裾を、ベレスはつまんで引き留めていた。ディミトリがいても状況は悪くなる一方だと分かっているのに、離れてしまうと胸がざわついて、温もりが遠のいてしまうことが寂しくてたまらない。これはひどい下心だ。けれどもべレスはそれに抗うことができなかった。
    「……やっぱり、早く城に行きたい。少しでも早く、君の城へ」
     合間合間に挟まれる呼吸が熱を孕み、車内の温度をじわりと上げる。ごくりと息を呑んだディミトリは、ベレスの手を取り囁いた。
    「ならば、俺の馬車に行こう。ブレーダッドの馬は頑強で、足も速い。どうだ」
     ベレスは熱で潤んだ目でディミトリを見つめ、頷いた。
    「うん……君の馬車に行くよ……連れて行って、ディミトリ」
    「心得た」
     強くうなずいたディミトリは、外で気を揉んでいる従者たちに声をかけると馬車の扉の鍵を解いた。外の従者たちの手によってゆっくりと扉が開いていく。
     観音開きの扉からは外の新鮮な空気が入り込んできて、車内に籠もった熱く甘い空気と汗ばんだバレスの肌を冷やしてくれる。少しひんやりとした空気と引き換えに、ベレスは熱のこもった息をほっと吐いた。
    (よかった……ディミトリの馬車に行くまでくらいなら、平気なふりをしていられそう……)
    針葉樹の涼やかな香りを吸い込みながら先に外に出たディミトリに続いて外に出ようとしたべレスは、震える足に力を込めるようとして、ふと視線に気がついた。一足先に降りたディミトリが柔らかな眼差しでじっとベレスを見つめ、おもむろに手を、両腕を差し出してくる。べレスによぎったのは一瞬の羞恥と、それを上回る、大きな腕から伝わってくるだろう温もりへの歓喜だった。
     喜びを隠しきれないまま頷き返し、べレスはディミトリの手を取った。伸ばした手をあっという間に大きな手に包まれ、ディミトリが少し屈んだかと思うと、ふわりと体が宙に浮く。ぐるり、と視界が思わぬ動きを見せ、すぐに背中を通って脇に回された大きな手のひらや、揃えて曲げた膝の下に力強い腕を感じた。ぎゅっと抱き寄せられて押し付ける形になった右の肩や腕、腿に温もりを感じる。期待していた通りディミトリに横抱きに抱えあげられているのだとベレスは改めて実感した。
     決して小柄とはいえない自分を軽々と抱き上げてくれるディミトリの力強さと温もりに、ベレスの胸は少女のようにときめいていた。頬にさっと朱が差すのが自分でもわかった。それが気恥ずかしくて、ベレスはディミトリの厚い胸板に頬ずりするように顔をうずめた。
     ぎゅっと抱き寄せる力がいっそう強くなる。ますますぴったりと密着しながらベレスをしっかり抱えたディミトリは、よくとおる響きの良い声で自身やベレスの従者たちに告げた。
    「王妃の体調がすぐれないため、ブレーダッドの馬車で急ぎ帰城する。教会のものは焦ることはない。予定通り馬車で参られよ」
     発声に合わせて、ベレスがぴたりと頬を寄せているディミトリの胸が上下してびりびりと振動が伝わってくる。それがまた安堵と、褥でのことを思い出させて胎が甘く疼き、ベレスはこらえきれず熱い吐息とともに膝をすり合わせた。
     心配と突然の予定変更に眉をひそめていたベレスの侍女たちは、王にくったりと体を預けて弱弱しく身じろぎをする主の様子に、ベレスの身と教会の威厳は引き替えられないと判断したらしい。すでに踵を返したディミトリの背に向けてかしこまりました、と礼をとった侍女たちは手早くディミトリ側にベレスの手荷物を預け、下がったのだった。
     ディミトリとその腕に抱えられたベレスを乗せ、馬車は力強く進み始めた。馬をつぶさないためにあくまで並足であるが、歩幅が広いのか進みが早い。進みは早いが、吊りばね式の構造の車体のためか跳ね上げられるような不快な振動はなかった。
    「ベレス、急がせているから揺れが厳しいかもしれないが、城につくまで辛抱してくれ」
    「う、ん……分かった。ありがとう……」
     穏やかな揺れの中で抱きしめられ、話しかけられるたびに耳朶をくすぐる吐息にぞくぞくと悪寒めいた恍惚に背筋が震え、ベレスは身もだえる。そんなベレスをあやすように、ディミトリがそっと背を撫でてくれた。その手つきは優しく、柔らかく、――ベレスのなかの炎に息を吹き込むように、甘やかだった。
    「ん、はぁ、ぁふ……ぅ……でぃみ、とり……」
     大きく温かな手のひらに背を撫でさすられるたび、ベレスが必死に抑え込んでいる官能が煽られる。熱を呼吸にのせて必死に逃すベレスを覗き込み、ディミトリは囁いた。
    「具合が悪そうだ、ベレス。俺にできることはあるだろうか。どうしてほしい?」
    「ぁ……ふぅ……、ん……」
     吐息がくすぐったく、その声があまりに優しさに満ちていて、ベレスが身悶えながらを覚えたのは心苦しさだった。ベレスのこれは、心配するようなことではないのだ。
     いったいなんと言おうかと迷いながら、たくましい胸板に預けた顔を上げてディミトリを見上げたベレスは、その表情を見てふいに悟った。
     弧を刻む口元、ベレスを見つめる薄青の瞳。その瞳の中にちらりと宿る熱。熱い吐息。背を甘くなでる手のひら。
    (とっくに、気づかれていたんだ……)
     けれど指摘はしてくれない。素知らぬ振りをして心配の言葉を吐きながら、ベレスの熱を煽ってくるのだ。
     羞恥で噴き出た汗で衣が張り付く背筋をつぅっと撫でられ、ぞくぞくと体を震わせながら、熱のこもった溜息とともにベレスは言った。
    「口を……口づけを、して……」
    「心得た」
     すぐさまディミトリはベレスに覆いかぶさるようにしてその唇を奪った。最初こそ久しぶりの再会を喜ぶような甘い触れ合いだったそれは次第に唇を啄み、歯列をなぞり、上あごを舐めて舌を絡めて吸いあげる、ベレスが望んでいたような深く激しいものになっていく。
    「じゅる、ちゅう、はぁ……、ベレス、ちゅぅ」
    「ちゅぱ、は、ぁふ、りみ、とり……ちゅぅ、じゅる……」
     厚くて火傷しそうに熱い舌に舌を絡めとられる。舌を伝って流れ落ちてくるディミトリの甘い唾液がベレスの口内で混ざり合い、飲み込みきれなかった分が口の端から溢れて顎先へと滴る。そのまま首筋を伝い襟元を濡らしたが、ベレスはそれを気にすることもなくもっととディミトリに口づけをねだった。舌を絡めるほど、下腹に熱が溜まっていく。混ざった唾液を飲み込むほど、秘所からはこポリと蜜が溢れてくる。じりじりと内側から身を焦がす熱は苦しくてもどかしくて、けれどもっと欲しくなる。
    (もっと、もっと……)
     ますます募るもどかしさにベレスは膝をすり合わせた。動いた拍子にぐちゅりと粘ついた水音を感じたが、ディミトリに聞かれる不安や恥ずかしさよりも、むしろ聴いてほしいという気持ちすら湧いていた。
    もっとディミトリを感じたい。この官能を募らせる口づけだけではなくて、下腹に溜まって滞留する熱を開放する触れ合いをしたい。言ってしまえば、ベレスはディミトリとまぐわいたくて仕方なくて体が疼いてたまらない。
    (だめだ……こんなところで、そんなことできるわけがない……しちゃ、いけない……)
     ベレスの欲望を、細りきった理性がなんとか押しとどめる。今はこの触れ合いだけでいい。ゆらゆらと揺れる馬車のなか、ディミトリの腕の中で温もりを感じながら、身を委ねて耐えよう。
     なのにディミトリは膝をすり合わせて身悶えるベレスに、口づけを中断して尋ねてきた。
    「納まりが悪そうだな……こちらに座るか、ベレス」
     いいながらディミトリが、自身の隣の座面を叩いて示す。ベレスはすぐさま首を横に振った。
    「だが、落ち着けないだろう」
    「いい……君の、腕の中がいいから……」
    「そうか……? それならいいが。お前が座りやすいように座ってくれて構わないぞ?」
     言いながら、ベレスをぴったり引き寄せていたディミトリの腕が離れ、転げ落ちないよう添えるだけのものになる。好きに動けと促してくる。ディミトリはなにを思っているだろうか。もっとぴったり、しどけなく体を預けて寄り添い口づけをねだる姿を想像しているのだろうか。
    ベレスには分からなかった。分からなかったが、ディミトリが考えているよりずっと大胆なことをしたいと思っている自分がいる。それがいいか悪いか考えるより先に、体が動いてしまっていた。


    令和4年5月20日
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works