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    ペイと花城が話してる話②です。※※原作の重大なネタバレがありますので平気な方か読了済みの方よろしくお願いします※※
    裴茗が酔って好き勝手花城に語り、謝憐が花城を口説きます。花花は忙しいです。今更なんですけど各キャラの口調はアニメに順じてません🙇

    ##ペイが花怜に絡む話

    ペイと花怜が話してる話。朝から鬼市は騒がしかった。
    ドォンドォンと何処からか大砲を打つような地響きと重低音が聞こえており、寝台に耳をつけて寝入っていた謝憐はそれに目を覚ました。
    極楽坊の外では鬼たちが何やら喚いているのも聞こえる。何故、夜が本番であるここで、朝っぱらから鬼が右往左往しているのかと謝憐は思う。けれど、彼はここを治める城主とのめくるめく一夜で色んなことを試してみたせいで疲れ果て、とてもまだ起きる気にはなれなかった。花城の地盤であり彼との住処ということもあり、謝憐は安心しきって、また眠った。
    ちなみに、花城は明け方に「俺は用事があるけど、哥哥は寝ててね」とニコニコ笑顔で謝憐にキスして姿を消している。

    謝憐が起き上がって鬼市大通りを覗いてみたのは昼時であった。

    「おお……」

    思わず声を上げて、ぎょっとする。なんと鬼市のあの通りに巨大な穴がボコボコと開いているではないか。謝憐はこれに既視感を覚えた。「こんにちは大伯公!」と元気万点で声をかけてくる鬼たちに、何があったのかと聞き歩いていると、向こう側から意外な人が歩いてくるのが見えた。

    「こんにちは殿下。すごいですね。一体鬼市ではなにが?」

    裴茗である。謝憐はまた驚いて、「どうしてここに!?」と声をあげていた。

    「どうしてもこうしても。貴方はここに入り浸っていて、鬼界では通霊も使えない。どうしようもないので自分の足で来ました。霊文から言伝です。明日中に天庭に一度戻るようにと、もしくは一度人間界のほうにきて連絡するようにとね」
    「ああ。わざわざ…ありがとうございます」
    「いいえ。私も鬼市にある遊郭に大層な美姫が居ると聞いて機会を伺っていたところですから。貴方の為に来たといえば、花城主も無下にはできないでしょう」
    「ハハ……いえ、そんなことはないと思います」
    「とはいっても、夫婦の愛の巣に仙僚が現れるのだから、手ぶらというのも失礼かと思いましてね。北方に有名な地酒があったので持ってきました」
    「お気遣いありがとうございます」

    謝憐は彼を千灯観へ案内した。花城がいないことを確認して中に入れる。
    千灯観は彼の観であるため、唯一、彼の判断で客人を招くことのできる場所でもある。

    「極楽坊でもいいんですよ。あっちのほうが近いですし。貴方は彼と一緒になったのだから別にいいでしょう」
    「極楽坊の主は花城ですよ」
    「ふぅん」

    こう言うが、独特な様式美を誇る鬼市の千灯観は有名なので、裴茗は興味を示して見物した。
    謝憐は神官たちは千灯観をよく見たがるなと思った。確かに三千の長明灯を上げた観なので気になるのもおかしくはないだろうと思う。
    ここまで大きな観は数多ある明光殿にも数えるほども無い。見せられる範囲を見せ終わると、謝憐は彼にこう切り出した。

    「裴将軍、よろしければ一献いかがですか?貴方が持ってきたもので恐縮ですが」
    「おや?よろしいのですか」
    「はい」

    既に陽は暮れている。謝憐が作ったものの評判は知っていたので、裴茗は食事をしに行きましょうと言った。屋台で買ってきてもいいと。それを必死に謝憐は止めた。

    「大丈夫です!お願いすれば買ってきてくれる方がいますから!!ここで私と飲みましょう」
    「そうですか?まあ、貴方が作らないならいいです」
    「…………」

    謝憐は裴茗を千灯観から出したくなかった。
    というのも、あの昼間見た穴ぼこの正体である。謝憐は鬼市で何があったのか大体察していた。
    あのような穴を以前神武通りで見たことがあった。あの時は武神である慕情と風信が争い、仙京という並大抵ではない場所に深くどす黒い大穴が開いた。

    では、ここは鬼市である。
    鬼王が治める土地の中心となる通りが穴だらけになった。繁華街となる鬼市大通りをそんなことにして花城が放っておくだろうか?彼が朝方出て行ったのはこれの処理をするためなのかもしれないと謝憐は一時思った。しかし、付近の鬼に聞いたところ、なんとこの穴を開けたのは城主だという。穴から視線を逸らすと、木や店の側面に刀傷も見える。それは厄命でできた傷だった。

    さて。では花城と渡り合ったと思われる相手は一体どういう相手だろう。
    更に謝憐が聞き込みを続けると、「借金」「利子」「利息」「トイチ」「殺す」「暴利」「食いすぎ」「棒引き」などの言葉が飛び交っていたらしい。
    もうここまでくれば、誰と花城が大喧嘩していたのか彼には分かった。
    正直、このような争い方をこの二人がするのは意外に思えたが、問題は裴茗が此処に居ることである。

    今、花城は居なかったが、どこで花城と花城と喧嘩しているその彼に出くわすかわかったものではない。
    裴茗が出くわせば否が応でも彼の友の件が飛び出るだろう。そうなれば、一体どうなってしまうのか?鬼界で鬼王が負けることはまずないだろう。花城も居るし、謝憐も行く。仲裁は必須だが、争いは起きなければそれに越したことはない。どうせ決着のつかないことだ。

    謝憐は裴茗をここで引き留めることにした。もし、一段落ついて彼らがどこかに腰を落ち着けて話すとしても、それは極楽坊だろう。
    またどこからか聞こえ始めた轟音に、謝憐は頭を抱えて覚悟を決めるのだった。





    ***



    一更後。

    花城が千灯観にやってきた。極楽坊に謝憐がいなかったので探しに来たのだ。

    「鬼王閣下。ご機嫌如何です?」

    今日は非常に激しく運動した一日だったので、花城は夜にも愛しい妻と愉しい運動をしようと思っていた。
    だというのに、いざやってきてみればこの男が居るのだからその落胆ぶりは想像に難くない。

    「哥哥?」

    「さんら~ん」と何処からともなく謝憐の声が聞こえて、目に見えて機嫌が急降下していた花城は、パッと顔を上げて謝憐を探して殿の中を歩き回った。

    「さんら~~~ん」
    「哥哥?哥哥?どこにいるの?」
    「さんら~~~~ん」
    「花城主、私が見えてますか?あれ…もしかして見えてませんか?なんでですかね」
    「さんら~~~~ん」
    「哥哥?」
    「城主、太子殿下ならここに居ます。触らない方がいいですよ。さっきまでちょっと暴れてましたから」
    「殿下!」

    謝憐は寝椅子の足元に転がっていた。しかも何故か女装しているではないか。
    花城は彼を抱き上げようとしたが、自尊心だけで嘔吐せずに保っている謝憐にはその刺激すらも耐え難く、うめき声を上げる。

    「ウッ…あんまり揺らさないで……」
    「酔いつぶれてるだけですよ」

    そう言って、裴茗は薄ら笑いを浮かべて更に酒杯を呷った。
    花城は具合の悪そうな謝憐を横向きに寝かせ「殿下。水を持ってきます。危険なので仰向けになってはいけない」と言ってさっと姿を消した。
    その間に花城の腰元から抜け出した厄命は裴茗に猛攻を仕掛けており、裴茗は「ちょ、ちょっ、まっ…」などと言いながらフラフラと防いでいた。

    直ぐに戻り謝憐に水をチビチビ飲ませた花城は、謝憐が少し酔いを覚まして壁に腰掛けたのを見て隣に座る。視線の先には目玉をグリグリ血走らせた厄命がバッチンバッチン火花を散らしながら裴茗を襲撃している一幕があった。

    「アレ…さんらん…?あーみんはなんで裴将軍を……」
    「哥哥の体調を損ねた罪は重い」
    「違うんだよ私が自分から飲んだんだ。わざわざ持ってきてくれたんだから……でも、こんな強いと思わなくて……」
    「殿下が飲めないことを知っていて、手土産に酒を持ってくるほうが質が悪い。万死に値します」

    謝憐は起き上がれなかったので、花城はその場で彼を介抱した。
    裴茗に一生懸命酒を飲ませた謝憐は、人に勧めれば自らも当然飲まなければならなかった。空けた傍から杯に注がれ裴茗も大分酔っていたが、慣れない謝憐はそれ以上だ。
    実際のところ、裴茗は謝憐を酔わせ不敵な鬼王の愉快な一面でも聞き出そうと画策していたので、この手土産にした腹づもりもある。
    案の定、前後不覚になった謝憐は彼の口車に乗せられベラベラと喋った。最近の彼の悩み事は、信徒の男性に言い寄られていることだった。

    「…私が女装した姿で出会いまして。どうにか円満に解決したいのですが」
    「普通に断ればいいのでは?」
    「断っても駄目なんです」
    「いえ貴方ではなく花城主がですよ」
    「え?」
    「花城主がその男の目の前で貴方と熱い口づけをするだけで解決します」
    「ひ、人前でそんな」
    「私たちの前で散々してたじゃないですか」

    裴茗はハハハ!と豪快に笑った。謝憐が口をモゴモゴさせているのを横目で見て、「でもわかりませんね。女相じゃなくて女装でしょう?貴方もマァ綺麗な顔立ちですが、武神には違いありませんし、いくらなんでも凡人の男が?」と訝し気な様子を見せた。ただやはり、その目には抑えようのない好奇心が滲んでいる。
    いつもなら苦笑いで流すところだ。ただ謝憐は酔っており、花城に散々褒めそやされた衣装だったので彼はポヤポヤとした頭のまま鼻をフンス!と鳴らしてどこかに消えてしまった。このときの謝憐の思考回路は自分がどうこうというよりも、花城の美的感覚が疑われたと考えた。


    茶化しすぎたか、と放置された裴茗は淋しくまた酒を一口飲んだが、謝憐は一柱香ほどで戻ってきた。

    見ると、謝憐は金糸と銀糸で細かい模様が刺繍されている薄紅色の衣装を纏っていた。
    明らかに女物である。しかし、見事であった。白梅や桃と思われる小花が可憐である。結われた髪には大きな花飾りがついており、両耳は紅色の宝石で彩られている。
    細部に執念じみた拘りを感じるので、間違いなく花城主の選定した一品だろう。尋常な品ではなかった。
    謝憐が席を立ったのは僅かな間であったが化粧までされている。露出が少なく、肩の骨格を隠す作りになっているので、元を知っていなければ男とは思わなかった。女相になったのかと一瞬思ったほどである。裴茗は諸手を叩いて「見事だ!」と素直に感嘆の声をあげた。
    謝憐は誇らしげであった。

    「やってもらいました!!」

    満面の笑みでそう言った謝憐は、そのままひっくり返った。
    急いで着替えるのに動いて、酒が一気に回ったのだ。


    こうして、普段の謝憐との落差の激しさに裴茗が酒を零すほど笑っていたところに、花城がやってきたという次第である。

    「三郎……」
    「はい、殿下。三郎は此処に居ます」

    目を開けた謝憐はとろんとした瞳をして花城の頬を手をつけた。
    酔いで朱に染まった身体は熱く、末端は冷えていた。花城はこの酔いが全身を汗をかくほど熱くしたときには、朱の肌が玉のように白くなることを知っている。
    謝憐は急に花城に顔を寄せた。唇が触れあうほど近い距離で、謝憐の潤んだ瞳がキラキラと湖面のように輝いて、花城を見つめている。
    彼は固まった花城の頬につけた手を、そのまま首元まで帯を解くような艶のある動きで滑らせた。瞳は蕩けているが、ジッと見つめる視線にはまるで鑑定士が宝物を値踏みするかのような剣呑さがあった。ややして謝憐は「なんて綺麗なんだろう」とため息と共に呟いた。

    「君は私の瑰麗の花だ。もしかしたら、瑰という字はいつかの鬼王から取られた語なのかもしれない。鬼王の執念はとりわけ強大で、執念と情熱は言い様に過ぎないのではないだろうか?君は情熱的な人だ。君にはとりわけ合っている。とても珍しくて、美しくて、特別で、唯一無二の才物だ。君のような瑰意奇行の傑物は決してもう現れない。そんな君が私だけの花であることが堪らない…私はなんて幸福なんだろう。幸運だ…そう幸運なんだよ……こんな幸せがあっていいのか……」
    「……」
    「愛してます。三郎」
    「殿……」

    そして熱烈な接吻をした。そのまま花城を押し倒して、口づけはどんどん深くなっていく。

    「…………」

    裴茗は乙女のように口元に手を当てて、その光景を見ていた。

    今の謝憐は女装をしており、殆ど女性と見分けがつかない。白梅の精が丹色の鬼王を組み敷いて口づけをしているのだから……裴茗としては絶景であった。何せこの二人顔がいい。

    同時に、裴茗は本能的に危機を感じた。自らの存在を誇示しなければ、このままここでとんでも無いことが始まってしまいそうだと思ったのだ。
    花城はこのようなことを謝憐からされて、拒むという選択は無いので謝憐が止まらない限り、どこまでどこまでも続くだろう。
    このまま目の前であんなことやこんなことが繰り広げられてしまえば、裴茗は自らの嗜好に一切の影響がないと断言はできなかった。
    断袖には興味が無かったし、興味を持つ気もない。だがしかし、腐るほど美女の裸体を見てきた裴茗すら女性と見紛うほどの美貌の神に迫られている、絶世の鬼王が居るのだ。見学したい欲求がないわけがない!

    自らの目を覆ったフリをして、指の隙間から覗き見ながら裴茗は叫んだ。

    「駄目です太子殿下!いけませんよ!ここに明光がいることを忘れないでください!!」

    謝憐はチロッと裴茗を見て「裴…将軍?」とぼやぼやと言ったかと思うと、花城の顔を再び見て、「さんらんだぁ」と笑った。
    そしてなんと花城の頭を抱いて、そのまま彼の旋毛にコテンと頬をつけて座ったまま眠ってしまったのだった。

    「……」
    「……」

    後には裴茗と花城の沈黙だけが残り、謝憐の小さな寝息だけが室に響いていた。ややして裴茗は「ああ」と言って花城に話しかけた。

    「花城主……」
    「…………」
    「花城主、私は此処で殿下を見ていますから厠に行ってきて色々と…その…お辛いでしょうから。はい。わかります」
    「失せろ!!!!!」

    花城は辛うじて、色々と無事だったのでその場に留まっていた。裴茗はニヤニヤと笑った。

    「花城主。殿下から最近の悩み事を聞きましたか?」
    「……」
    「もしかして聞いてない」
    「………」
    「太子殿下は言わないでしょうね」
    「…………」
    「彼一人で解決できることであって、多忙な鬼王閣下のお手を煩わせるまでのことでもない」
    「………………何をだ」

    花城の両目の中には強烈な苛立ちがあったが、それでも見上げながら聞いてくる姿勢に裴茗は内心快哉した。この人の優先順位の一貫性は見習うものがあると彼は思った。やはり謝憐の話題であれば、花城は乗ってくる。この泰然自若の紅衣鬼王の興味の多くは謝憐に関係している。

    「ふふ。彼に付き纏っているとか言う男のことですよ」
    「ああ。あれ」
    「オヤ、知ってましたか?」
    「…………」
    「確かに太子殿下の本気の女装がここまで美しいとは思いませんでした。誰が化粧を施したのやら。一介の民草には天女のように映ったでしょう。貴方に言えば心配されるか嫉妬されるか……」
    「その問題は解決した」

    花城が断ち切るように言ったので、裴茗は拍子抜けした。多くを語る気はないと言わんばかしに、肩に寄り掛かる謝憐の顔に視線を落とし、頬にかかった髪を払う。

    「その男は生きてますか?」
    「これに関しては生きてるに決まっている」
    「まあ、正直どうでもいいんですが。貴方なら解決手段は山のようにあるでしょうし」

    裴茗はつまらんと用意された酒の肴をつまんだ。
    謝憐はまだ顔色が悪いので、動かさず、花城は自分に寄り掛からせて床に座り込んでいた。
    必然的に椅子に座っている裴茗は紅衣鬼王と太子殿下を見下ろす形になっており、この二人、特に花城を見下ろすのは彼が銅炉のそれで子供の姿を取っていたとき以来だった。

    「また一人の人の想いが破れたというわけか。お互いの想いが向き合わなければ愛は成就しないのだから儚いものです」
    「色事師を副業にしている神官が言うと滑稽だ」
    「鬼王閣下、貴方は私を誤解しています。私は色事師ではないです。とても純粋な気持ちで女性を愛してます」
    「ハハハハハ」
    「砂漠のような笑声だな。貴方は笑みの種類が豊富で良いと思います」
    「とっとと消え失せてください」
    「私は公務で来ました。良き夫であるならば、妻の仙僚にはそれなりの応対をするべきでは?ここは彼の観で、貴方は彼の観の人で、私は彼の客だ」
    「私のことで殿下に何か被害が及ぶようであれば、個人的にその仙僚に挨拶に行くだけです」

    射殺すような眼光でこんなことを言うので、裴茗は流石に少し冷や汗をかいたが、北方武神はめげなかった。

    「流石に怒らせすぎてしまいましたかね。でも、貴方だって矛盾の塊のような男じゃないですか。第一の信徒といいながら、戒淫のある神に情欲を抱いている」
    「私が信仰しているのは太子殿下であって、彼が修めた道を歩みたいわけではない」
    「でも貴方のせいで太子殿下は法力を失いましたよ」
    「殿下が酔いつぶれるまで酒を飲ませた男に言われたくはない」
    「戒律の重さが違うと思いますがねぇ」

    裴茗はやれやれと首を振った。

    「貴方たち絶境鬼王は矛盾を秘めていると常々思う。表に出さないだけで壊れるほどの葛藤があったのではないかと感じることがあります。貴方のような妄信しない狂信者を見たことが無い。献身も突き抜ければ狂気になるが、貴方は自分の狂気を愛する人に隠しきることに心血を注いでいるように時に感じる。貴方とさっき大暴れしていたどこかの鬼王も復讐の執念故に鬼王にまでなったというのに、復讐しきれないで見つめ続けている。それにあの人だって……神の顔に執着していたじゃないか。その全てを発覚するまで偽り続けていたんだ。執念とは恐ろしい」

    裴茗は微かに吐息を吐いたが、花城は逆に呆れたように鼻で笑った。この笑いには二つの意味合いがあって、わかったように人を語るべきではないということと、鬼市をあの惨状にしたのが誰であったか知っていたのかということだった。

    だが、裴茗は口を滑らしたわけではなく、彼にとって介入する気のないことだったので、「先ほど見た鬼王」の話をしただけだった。
    謝憐が思ったような争いを裴茗はしようとは考えていなかった。直接的に対峙することがあればまだしも、青玄の所在がはっきりしている今、一体彼に何が言えるのだろうという話だ。ここでむやみに火種を作るような愚かさは持ち合わせていなかった。

    「絶境鬼王は揃いも揃って役者だということですね」

    裴茗は皮肉を言ったが、声の調子はどこか物思いに耽っているような調子であった。彼の流し目を喰らった花城はそれこそ吐き捨てたいと顔に浮かんでいる。

    「それは完璧に騙されていた自分たちをも貶める発言であると気がついている?」
    「ハハハ。勿論気がついてますよ。お恥ずかしい限りです。でも神官なんて所詮、最も強い権力を手に入れた役人のことに過ぎないんですから、腐敗しないほうがおかしいと思いませんか?面子にばかりこだわって、どうしようもありません」
    「ああ。自覚があったのか」
    「まあそれは。でもまぁ面子はやはり大切ですよ。貴方だってそのはずだ。でも我々には鬼のような未曽有の執念はありません。貴方たちは一意専心ですね。結果はどうなろうとも、本来在るべきではない世に留まるほどの多大な情念を持っている。ああ、だから鬼界の風習は情熱的なものが多いのですね。執念と情熱なんて言い様の差に過ぎないものですから」
    「それは先ほど殿下が言った言葉だ。貴方の言うことは大分極端だし、決めつけている。鬼は自分の好きに生きている。情熱的な奴も居れば、そうじゃない奴も居る」
    「はは、まあ確かに。そうかもしれませんね。神もろくでなししかいないわけではありませんから」
    「………」
    「前に太子殿下に神も鬼も人に過ぎないという話をされました。師の受け売りだと殿下は言っていましたが、彼もそう思っているのだと思った」

    裴茗はまた酒を飲んだ。気持ちいいのだろう。とても楽し気だ。

    「私もそう思う」




    ***



    一方、その頃鬼市のとある料理店ではとんでもないことになっていた。

    謝憐と花城も以前行ったことのある、鬼市には貴重な人界の料理を提供する店である。
    仙楽太子と花城主の行きつけである本店はどれ程食材に窮しても、椅子の足などを出すわけにもいかない。そんなことが二人の耳に入れば、もう来てもらえなくなってしまう。なので、どれ程大変でも店主は一度も鍋を振る手を止めることもできず、泣きながら料理を作り続けた。

    「食材が尽きたぞ!!」
    「人間界に行って入手して来い!!」
    「こんな深夜にどこの市がやってるっていうんだ!!」
    「農家の戸を叩いて門前にその取れた頭をたたきつけてこい!!(頭を下げてこい)」
    「もういっそのこと人肉を出せばいいんじゃないか!?人じゃなくて鬼なんだろう!?だったら食えるだろ!農民も捕まえてこい!!」
    「いや人は食わんそうだ!!」
    「人間の飯しか受け付けないんなら、なんで鬼市で飯食うんだよ!!!!あんだけ上手い皮作れるんなら人の世界で食ってこいや!!!」

    この鬼が食べた食事の量は凄まじく常軌を逸していた。料理をしていた鬼が疲労困憊で倒れるほどであった。
    厨房は戦場と化し、怒号が飛び交い、生きた鶏も飛び交った。卓の上は片付けられていない食器が積まれ、提供される料理は皿ではなく、もはや桶で出されている。

    一体、総額幾らになっているんだ?

    もはや窓や入口から首だの目玉の付いた腕だのを突っ込んで、壊れた水門に吸い込まれる水の如く食べ物を流し込んでいく男を見物する妖魔鬼怪で店の回りは溢れかえっていた。中にはこの男がどこまで食うのか賭け事まで始める者も居る始末である。
    今、その男は出されたホオズキをむしゃむしゃ食べている。提供する食材が尽きてしまったので、店の裏に生えていたホオズキを全部摘んで出したのだ。

    「お客さん!いくら何でも食いすぎだよ!恋人に振られでもしたのかい!?もうお代がすんごいことになってるよ。ちゃんと払ってくれるんだろうね!?」
    「……」
    「聞いてるのか!?」
    「ここの城主につけておけ」
    「んなことできるかァ!!!!!」

    そんなことを言われたので、店主はぶったまげた。

    この場に男の正体を知るものはいなかった。
    彼は本相で花城と争っていたが、この場では違う皮を被っていた。他の土地を治める者が、他人の土地で自分を誇示しても碌なことにならないことをよく知っているからだ。

    「お前は何様だ!!?そんなの一体誰が取り立てにいけるって言うんだよ!!!」
    「城主が何者かわかっているのか?!」
    「自分が何を言っているのかわかっているのか確かに大伯公とご一緒になられてから、城主が上機嫌のことは多いがな!そりゃ思い上がりってもんだ!!」

    茶を飲み干してから、彼は「ああ」と言った。

    「なら俺が今から行く」
    「ハァアアアア!?城主のところに!?」

    飯を食い終えたその鬼が立ち上がった。男を取り囲んで見物していた連中が一斉に身を引くと、一体の鬼が積み重ねられた器にぶつかり、うず高く積まれた塔のようなそれが崩れ落ちて粉々に砕け散った。店主は悲鳴を上げ、取り囲んでいた鬼たちは本当にこの鬼が城主に「飯を奢れ」と募りに行くのかと、驚愕した。命知らずなのか馬鹿なのか、まさかのいつかの大伯公のように城主の……と口々に騒ぎ立てた。

    さて。彼は散々花城とやり合って、ただでさえ大食漢であるというのに、やけ食いで湯水を飲むように飯を食っていた。
    筆が立つ者が弁までべらぼうに立つとは限らない。口八丁手八丁で神を打ち負かしたことのある花城に対して、何年も大して喋らずに過ごしてきた男が勝つというのは非常にむつかしいものだ。弁だって訓練である。あの謝憐なぞが、言葉はよく知っているのに人の神経を逆なでする台詞をさて言えと言われて、即座に出てこないのと同じだ。筆で勝負するのであれば、この男と鬼市の主の間には天と地ほどの差があり、彼は花城を瞬殺することができるが、如何せん鬼王はそんな勝負をしない。手と足が出る勝負が始まったが、決着はついていなかった。何をもって決着というかは、人によって違う。別にこれで一方が一方を叩きのめしたとしても、彼らの債権と債務の関係に何か変化は起きるのだろうか。もしも、完璧に屈服させることができるのならば、これはある種の解決を迎えることができる。しかし、それはあり得ないと言っていいことだった。
    よって中途半端に決着がついて、腹が立って終わるだけだ。今回のように。

    「いや本当に行くのか!?」
    「まだ話は終わっていないから、元々行く予定だった」
    「オイ!本当に行くんだったら花城主は極楽坊にはいないぜ」
    「なら何処だ」
    「千灯観!!」

    その黒い鬼は一瞬顔をしかめたが、直ぐに傍で囃し立てていた小鬼の襟をひっつかんで、道案内に引きずっていった。




    ***



    千灯観では、裴茗も大分酔いが回っていた。彼は酒に弱いわけではなかったが、今夜は非常に愉快で酌が進む。少し虚ろな目になっていたが、聴覚は鋭敏なままで、何かを引きずるような音を立てて気配が迫ってくるのを裴茗は感じた。
    サッと振り返ると同時に、入口から人影が現れる。

    「太子殿下。お加減はどうですか?余りにも酔ってらっしゃっ……」
    「青玄?!」

    驚愕した裴茗の声に師青玄も僅かに目を見開いて「裴将軍」と呟いた。

    「どうしてここに」
    「それは私の台詞だ!ここは鬼市だぞ?!」

    青玄は小汚いぼろではなく、白い道衣を着ていた。彼がかつて愛用していたほどの品物ではないが、清潔で強いものである。
    裴茗が聞けば、青玄は普通に謝憐に会いに来たという。
    最近の謝憐は知っての通り、鬼市に入り浸りがちであるので、村にある彼の観に行ってもあまり意味がない。流石に壊れた人の身の青玄がノコノコと妖魔鬼怪の繁華街に行くのは危険すぎる。青玄もそれは分っていたが、たまたま鬼界への入り口が開いているのに出くわし、極楽坊までの道順も知っていることだし、寄り道しなければどうにかなるだろうと考えたのだ。彼には謝憐の友人という自負があるので、妻の友人をぞんざいに花城主も扱えないという目算もあった。

    「……お前、お前。そこまで向こう見ずな奴だったか?」
    「貴方だってしれっと鬼市に来てるじゃないですか」
    「私は何かあっても自分で自分の身を守れる!だがお前は……」
    「あはは。ですよね。彷徨ってたら引玉殿下が慌ててやってきて千灯観へ連れてきてくれまして、ここで太子殿下が来るまで過ごしてたんですよ」

    ようやく目を覚ました謝憐がのろのろと顔をあげた。

    「青…玄…?」
    「お目覚めですか太子殿下。流石私の化粧は悪くないですね。引玉殿下も中々筋が良い、装身具は酔っている貴方に懸命に彼が付けたんですよ。まるきり女性のようだ」
    「そうなんですか………え…あれ?私はなぜこんな格好を」
    「私たちが女装して、商家の主人に色仕掛けした時の恰好ですね!!」

    謝憐はどうやら酔っぱらって出て行った際にこの青玄とどうやら引玉に化粧と着つけをしてもらったらしい。気になるのは青玄が言った「色仕掛け」である。裴茗は一体何があったのかと興味を持った。

    「色仕掛けって、何してたんだ青玄」
    「ええ?ああ。 菩薺観に妖魔鬼怪が街を騒がしているので退治して欲しいという祈りが頻出したんです。調べているうちに被害者に私の今の友人も居るとわかりまして、私も協力を申し出ました。私はこんな身体だったので足手まといかとも思ったんですが、どうやらある商家に憑いている鬼が犯人だとわかって、詳しく調査したいが一家のことなので難しくてね。けれど、そこの主が女好きで有名なものでして!彼に取り入って、中に入りこむのが一番手っ取り早かったのです。太子殿下お一人であったら花城主にもしかしたら誤解されてしまうのではと心配してて……うん、一体何の誤解何でしょうね?とにかく一種の証人という形で私も同行したのです。久々に女相を取るのは楽しかった。その時の恰好ですよ、これは。ぜひ太子殿下にも女相になって頂きたかったのに頑なにそれは拒まれてしまって。まあいいんですけどね。ああ、問題は万事解決しました」

    青玄はぺらぺらっと元気よく喋ったが、もしここに彼の兄がいれば卒倒していただろうなと裴茗は内心思って顔を青くしていた。

    「花城主がよく許したな」

    裴茗は花城をちらっと見た。青玄も同じように花城を見たが、花城が至って無関心な様子だったのやはり言うことにしたらしい。

    「いえ……しばらくはバレなかったんですが、その商家の当主が殿下に惚れてしまいましてね。菩薺観にも功徳をたくさん貢いでくれたので、殿下も失いたくなかったんでしょうし、男性だと打ち明けるのも嫌でした。でもその男と花城主が出くわしてしまったんです。そこで全てが発覚しました」
    「おお」
    「私が連れて来られ、全く同じ女装を殿下にするようにと…で、そこから殿下は城主とずっと極楽坊に籠り続けていたのですが、一体何をしていたのやら。全く菩薺観にも来ませんし。本当に何をしていたんですかね?」

    本気で疑問がる青玄に、裴茗は胡乱な表情で述べた。

    「私には皆目見当もつかない」

    ここまでくると、信仰する神を自分のところに引きずり込んで何日も何をしているんだ、と流石の彼も呆れたが花城はどこ吹く風である。復活した謝憐は彼の隣で崩れ落ちていた。
    しかし、謝憐も少し話の流れに興味を持ったようだった。謝憐の最近の悩みの種は結局どうなったのだろう。

    「ああ、で。その商家の男が丸二日行方不明になったんです。帰ってきたら丸きり人が変わったようになってしまって。一切女遊びを止めて、仕事人間になってしまったんです。仲間に聞いたら、それが殿下に付き纏っているその男を花城主が目撃した日からだった。これで城主が何もしていないとは思えないでしょう?」

    「ということで、私は我慢できずに鬼市にお籠りになっている殿下に色々聞きに来たというわけです」と青玄は喋り終えて、ふぅと息を吐いた。

    「殿下が連日、鬼市に滞在することはあまり珍しいことでは無いですが、ここ数日の『お籠り』の背景にはこのような事情があったのですね。お仕置きされてたわけだ」
    「私は何も知りませんでした…」

    裴茗が『お籠り』と強調し、あまりにも白々しく言うので、謝憐は真っ赤になって花城の胸元に顔を埋めた。

    「三郎、何かいけないことや危ないことはしていませんか」
    「殿下に誓ってしていません。私は貴方に集る羽虫を払いましたが、寄り付かないような仕掛けをしただけ。なんの害もありません」
    「そうですか、ならそうなのでしょう」
    「太子殿下。あまりにも鵜呑みにしすぎだと思いますが」

    太子殿下の頷きに裴茗は苦笑いする。一方、花城はふと青玄を見て、「引玉は?」と言った。

    「何故貴方が勝手に出歩いているの?引玉に管理させていたはずだ」
    「管理だなんて言わないでくださ……あ、そうだった。引玉殿下に客が来たので城主をお呼びするように頼まれたんですよ。なるべく早急にと言っていました」

    青玄はしまったという顔をして頭を掻いた。裴茗は「これだけ喋っておいてか」と腕を組んで嘆息したが、花城は俄かに目を細めて、寄り添っていた謝憐から離れた。

    「哥哥。客人の対応をしてきます。直ぐに戻ってくるから待ってて」
    「うん。わかったよ」

    ぱらぱらと落ちてきた謝憐の細い髪を彼の耳にかけてやり、花城はその場から足早に立ち去った。

    「お前は化粧に慣れているとは思っていたが、ここまで化かすとは流石だな」
    「そうでしょう。そうでしょう!腕がなりました。何せここには花城主が用意した品々が山ほどありましたから、それをふんだんに用いました。太子殿下も今まではさせてくれませんでしたが、何やら例の件が解決したあとも、ここ数日の間に散々女装していたんですよね?」
    「やめて…青玄……」
    「どうしてですか!!似合っているんだからいいじゃありませんか。初めは花城主が着つけていたらしいですが、太子殿下も彼を驚かそうと思って、花城主が出かけている間に色んな服装で毎日お出迎えしたんでしょう?引玉殿下も毎日良く手伝って手慣れていたようなので、とても助かりました。彼はとてもいい!」
    「どうせ汚す衣服の着つけを毎日手伝わされているとは。なかなかどうしてやはり引玉殿下は不憫というかなんというか」
    「もう本当やめてください…青玄…裴将軍……お許しください……」
    「彼の腕はとてもいい!!秘訣を引玉殿下に詳しく聞きましょう!ちょっと待っていてください呼んできます」
    「青玄!!」

    ぴょんぴょんと跳ねて彼は行ってしまった。謝憐は額を押さえて哀し気な溜息を吐く。

    謝憐は裴茗と二人きりなった。
    ただの謝憐ではない。女装して絶世の美女になった謝憐だ。

    「はははははははは」
    「将軍、笑いすぎですよ……」

    二人は見つめ合った。

    「………」
    「………」

    別にだからと言って、特に何もない。裴茗は謝憐を男性だと認識している。だけど二人は見つめ合っていた。
    なんとも言えない時間が流れ、裴茗は視線を右にずらし、謝憐は床の木目を見た。ほんの僅かな時間であったが、謝憐は長い睫毛を震わせて、物憂げな顔であった。そして一言。

    「…………客人?」

    次の瞬間、裴茗と謝憐は同じ表情をしてバッ!!と顔を見合わせた。
    引玉が花城に任された青玄を放って対応しなければならないような相手。花城が朝方にその人と争っていたのは、彼を一刻も早く鬼市から出したかったからだったのかもしれないと謝憐は思う。

    「太子殿下に質問がある!あの通りの大穴を開けたのは誰だ!?」
    「私にもわかりません!確証ありません!わかりませんが、おそらく…」

    謝憐の言葉を継いで、裴茗は言った。

    「血雨探花と黒水玄鬼?!」

    謝憐は頷いた。裴茗の言葉に気づいていたのか、と彼も何とも言えない気持ちになりかけたが今はそれどころではない。
    いきなり立ち上がって、裴茗も謝憐もウッとえづきかけたが根性で抑え込む。二人は揃って駆けた。武神の脚力だから間に合うと信じる。多分、居るとしたら正門だろう。
    大殿に来て直ぐ裴茗が「居た!」と叫んだ。謝憐はそちらを見て目を見開いた。

    青玄はぴょこぴょこ飛んでおり、その先には引玉が居た。
    更にはその更に向こうでは、既に何かが決裂して最も戦いやすい姿で向き合っている花城と黒水が居た。本相で睨み合っている二人を見て、謝憐は千灯観が倒壊するのではないかと心配になった。花城はそんなことはしないと彼も思っているが、倒壊させても三日で更に豪勢な観を再建する力があるので断言はできない。

    青玄は実に絶妙な位置に居り、引玉の背が邪魔になっており花城が誰と争っているのか見えていない。そうでなければ、あんなにぴょんぴょん元気よく近づけるわけがなかった。
    人の気配に気づいて振り返った引玉が目を剥いて仰天する。耐えられなくなった裴茗が思わず吠えそうになっていた。背を向けている花城も引玉が狼狽した様子で察したのだろう。
    全体的に危機一髪である。
    唯一、花城が壁になっている黒水だけが謝憐からは全く様子が伺えなかった。
    鬼面をつける余裕もなく、顔を青を通り越して黒くしている引玉に青玄は笑いかけた。

    「引玉殿下?もしお手隙なら、よかったら向こうで……」

    終わった……。

    裴茗と謝憐の心は一つになった。二人はこの時、剣を持ってきておらず、謝憐に至っては女物の衣装を引きずっている始末であった。

    だがそれでも、とにもかくにも青玄だけは何が何でも守らなくては。
    謝憐と裴茗は再び心を一つに思う、まさにその時だった。

    青玄の明るい声を聞き、わずかに頭を上げて花城の後ろを見ようとした黒水に花城の右拳が炸裂したのだ。

    長身の男は思いっきり吹っ飛び姿が小さくなった。だが花城は更に追撃して、彼を傘で殴りまくる。
    裴茗と謝憐は眼球を取り落としそうになるほど目を見開き、石になってしまった。
    その中で引玉だけは自分を取り戻し、何が何だかわかっておらず、つっつかれて起きた寝起きの子猫のようなカオをしている青玄を回収して千灯観の中に舞い戻った。
    謝憐と裴茗は思わず走って大門に向かい、飛んでいった鬼王たちがどうなったのかと顔を覗かせた。

    武神の視力で見た限り、二人は米粒の大きさほど小さかったが、怒り狂っている黒水が鬼市中にある水をかき集めて猛る龍を作り花城に食らいつかせ、流石の花城も傘では防げず水浸しになっていた。二人の表情は完全に凍えており、表情筋は生まれつきなかったのか思うほど動かない。第二戦である。
    穴が塞がれ、今宵一番の盛況を迎えていた鬼市もあらゆる露店が水浸しになった。塞がれた穴もまた開いた。空いた穴に水がなみなみと溜まり先ほどよりも酷い惨事と化していた。まさしく再びの阿鼻叫喚である。だが同時に大喜びの声援も聞こえてきている。

    「……」
    「……」
    「貴方の三郎は本当に凄まじい人ですね」
    「……はい」
    「これは加勢するべきなんでしょうか」
    「三郎は私たちを助けてくれたんです。私たちが出ていけばややこしいことになる。ここは彼の土地ですし、任せましょう」

    謝憐はそう言いつつも、もう見えなくなった花城たちが居た方向にチラチラと目を向けた。観に戻ると引玉が死にそうな顔で青玄の隣で佇んでおり、謝憐は不憫に思った。

    「何かあったんですか?」

    皆の奮闘の甲斐があり、何があったのかイマイチよくわからず首を傾げて訝し気な青玄に謝憐は苦笑して言った。

    「貴方がいつか会わなければならない客人が来ていたのですが、鬼市では会わない方がいいのでお帰り願っただけです。機嫌が悪いときに会うべきではありません」

    その後、件の彼が散々食い荒らした食堂の代金と鬼市の修繕費が新たな負債に加算されたとかされなかったとか。
    これは裴茗がしつこく謝憐に聞いた又聞きだったので、真相は定かではない。

    終。




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