君の瞳は恋してる電子音とともに空中に表示されたモニターを見つめる。下から上へと流れる数列は想定内の動きをしてくれている。薄ピンク色の半透明な電子モニターの向こうでは、雛鳥のように口を開けている友人の姿。否、友人から送られた、友人の姿をした、全く別物の機械人形。知的に光るエメラルドも今はその長い睫毛の下に隠されている。此方の言葉に従順に従う姿は微笑ましいが、友人の不敵な笑みまで思い出した為余計なことは思考の隅においやる。指先で画面を軽く叩き必要な箇所に修正を入れる。演算を行う電子音と己の呼吸音のみが部屋に響く。数分似たような動作を繰り返し、望み通りの数値を叩き出した後に、一つ大きく息を吐く。
「終わりました、もう目を開けて大丈夫ですよ」
指を一つ弾いて電子モニターを消し、機械人形、ムルへと声をかける。従順に口を閉じたのち、ぱちりと瞳を瞬かせる。
「もういいの?何も見えないのに何かされてるのって楽しいのに!」
「嗜虐趣味はインストールしていないはずですが」
「俺を好きなようにできるのに散々迷った挙句に結局何もしないシャイロックの葛藤も楽しい!」
「加虐趣味もインストールしていないのですが。まったく…これは彼に似たのでしょうか」
言葉とともにため息を吐き出す。姿形こそかの理事長そのものだが、その中身は純真無垢な好奇心の塊だ。否、それでは理事長と相違ないと別の矛盾点を見つけようとするも、浮かび上がってくる記憶は彼と似ていて、然しどこか似て非なる、何ともチグハグなものだった。猫のような瞳は知識に飢え、三日月のように弧を描く唇は相手を翻弄することを楽しむ。決定的な違いと言えば無邪気さだろうか、と思案するシャイロックにムルが問いかける。
「ねえねえ、いま誰のこと考えてた?俺のこと?それとも俺に似た誰か?」
「その2人とも違う誰か、と言ったら?」
「それは嘘!だっていま君の瞳孔が開いてた!俺やオリジナルの事を考えている君はそれが顕著だ」
す、と細められたエメラルドが、ルビーを見据える。こんな時ばかり無邪気さはなりを潜めて。その好奇心を満たすことを最優先事項に登録された思考回路はいつだって、シャイロックが己の感情から逃げる事を許してくれない。けれど、やっぱりシャイロックはまだこの感情に名前をつけたくなくて、光から目を逸らすように視線を外した。
「やっぱり親に似たんですね。意地の悪さや愚かな好奇心はそっくりです」
「あはは!育ての親じゃなくて?」
「ムル」
もういい加減この話題はおしまいだ、と今度は射抜くように見つめればにこりと笑う。そうしてまるでご機嫌取りのように擦り寄るのだからやっぱり質が悪いな、と思う。そしてそれを良しとする自身も大概愚かだ。シャイロックは何度目かになるか分からないため息を吐いて、擦り寄る猫の頭を柔く撫ぜる。その手の動きが酷く優しいことは、本人さえも知らず。猫は一つ満足そうに、にゃーんと鳴いた。