太陽に呑まれる月とある国で騎士をするKnightsという集団。そのうちの一人である泉は上からの命令を受けて、敵の拠点の一つである城を陥落させに来ていた
「雑魚ばっかじゃん。玉座にいたやつも強くなかったし」
簡単に城を攻略した泉が帰ろうとしていたその時、突然首裏に衝撃が走った
「っ………」
いつの間にか後ろに人が立っており、そいつにやられたようだ。気絶させられて倒れる泉を彼は片手で抱き止めた
「おやおや、随分と綺麗な子だね。というか、この子って…ふふっ、いいことを思いついちゃったね!」
彼は嬉しそうにしながら泉を抱き抱えて玉座を後にした
数時間後、気を失っていた泉が目を覚ますと辺りは暗く、物音一つ聞こえない
「………………?」
体を動かそうとして金属が床のコンクリに擦れる嫌な音がした。首輪に手錠、足枷の鎖が床に固定されて立つことすら許されず、何もできない
「……あれ?俺…」
先ほどまで城の玉座にいたはずだが、その後に何が起こったか思い出せない。なんとか思い出そうと頭を働かせようとすると、少しずつ誰かの足音が近づいてきた
「………誰?」
聞こえないような声で呟くと足音と共に近づいてきた人物が大きな声を響かせた
「やっとお目覚めだね?待ちくたびれちゃったね!」
首輪で動きにくい顔を上げて相手の顔を確認して驚く。その顔は忘れもしない顔だった
「あんたはゆうくんと一緒に居た…」
「うん、ジュンくん達と一緒に居たね。巴日和、ぼくの名だね」
数ヶ月前、泉が目に入れても痛くないくらい溺愛していた真が行方をくらました。その1週間後、真はジュンや日和と共に泉の所属する国の敵として現れたのだった
「あの城はあんたのだったわけ…?」
「その通りだね。勝手に人の城の中を荒らすからどんな低俗の人間かと思ったけど、まさか騎士だったなんてね」
「俺はただ、あの城を陥落させる命令を受けてただけ。あんたの城だってことは知らなかったし謝るけど、ゆうくんを奪ったことは許さないから」
日和のことを睨み付けるとそれを気にせず笑いながら泉の顔を品定めするかのように触れる
「こんな状況だというのに随分威勢がいいね。そういう人間も嫌いじゃないね」
「拘束されるぐらいならそのうち誰か助けに来るし。そこまで問題じゃないでしょ」
「なるほどね。いつまでその威勢の良さが見れるか楽しみだね」
日和が泉の顔から手を離すと、床に固定されている鎖を伝って身体に棘が絡みついてくる
「いたっ…なんなわけ?」
「ぼくは植物使いだからね。きみにちょっと棘を巻き付けただけだね」
棘のトゲが何個も泉の肌に突き刺さる。その度に痛みで顔を少し歪める
「これで拷問のつもり?」
「まさか!きみに聞きたい情報とかはないね。ただ、植物の良さをわかってもらおうと思ってね」
刺さったトゲから何かが抜けていく気がする。血を吸っているわけではないようだが…
「…これ、薔薇じゃないの?」
「薔薇だけどちょっと特殊な薔薇だね。ぼくの可愛いペットの一種だね」
いきなり気を失ったり、血を失って倒れるといったことはないようだが、何か力が抜けていく感じが気になった
「大丈夫、死んだりはしないね。ぼくはちょっと用事があるから少しの間大人しくしててね」
「あっ、ちょっと待ちなよねぇ!」
日和は泉の声を無視してスタスタとその場を去ってしまった
「多分、そのうちれおくん達が来てくれるはず…それまでの辛抱だから」
自分に言い聞かせるように呟くと何も考えないように目を閉じた
数時間後、再び足音が近づいてきて泉の前で音が止まった
「泉くん、お待たせ。起きてる?」
名前を呼ぶ声がしてゆっくりと目を開くとこちらを見ている日和と目が合った
「……戻ってきたわけ?」
「随分と弱っているね。まあ無理もないね。薔薇ももうすぐ咲きそうだしね」
先ほどの威勢の良さはなく、なんとか嫌味のように返す泉に巻き付いた棘から薔薇が一輪咲こうとしていた
「この薔薇は巻き付いた人間によって咲く薔薇の色が違うんだよね。きみからは何色の薔薇が咲くかな?」
「なにそれ…」
「さっきも言ったけど、この薔薇は特殊な薔薇だね。巻き付いた棘のトゲから人間の生気を吸って薔薇を咲かせるね。つまり、その人間に合った色の薔薇を咲かせるってことだね」
「あっそ……」
「ほら!薔薇が咲くね!」
数時間かけて泉の生気を吸った棘が青い薔薇を咲かせた。それを見た日和は嬉しそうだ
「わぁ~!青い薔薇!とっても綺麗だね!やっぱりきみは稀有だね」
「……はぁ?」
「やっぱりきみに目をつけて間違いはなかったね!まあ、ぼくの目に間違いがあるわけないね!」
青い薔薇を棘から摘み取ると、棘は力なくするすると床に落ちていき枯れて消えてしまった
「消えた…」
「役目を終えたからね。この薔薇はぼくのコレクションとして飾っておくね!」
そう言って嬉しそうに近くの机に薔薇を置く。その様子を見ていると、耳にピトっと冷たい感触を感じる
「ひっ!」
「おやおや、気が早いね。泉くんがびっくりしちゃってるね」
泉の驚いた声で一度冷たい感触が離れる。その正体は触手だったらしく、泉の目の前に二本の触手が現れた
「触手……」
「そうだね。この子達もぼくのペットだね。この子達は優秀で、ぼくたちの言葉もある程度は理解できるんだよね」
楽しそうに触手のことを語る日和は、弱っている泉を見て悪い顔をした
「例えば、きみの記憶を書き換えたりとかね」「なっ…」
触手はその言葉を聞いて泉の両耳から一本ずつ侵入する
「いやっ…やめてっ!」
「ふふふ…だーめっ。ぼくはきみのことずっと狙ってたんだから。こんな絶好の機会を逃すわけないね」
中に入った触手はどんどんと侵入し脳を目指していく
「は…?………狙ってたって…」
「ぼくは真くんがジュンくんのところに来る前から泉くんのことを狙ってたね。あの日、きみがぼくの城に来ることは予想外だったけど、色々手間が省けて助かったね!」
一瞬だけ冷静になり考えてみる。そういえば日和は名乗ってもいないのに泉の名前を知っていた。いくら敵対関係にあるとはいえ、興味がなければ名前など覚えないだろう
「だから…俺の名前を……」
「そういうことだね。そろそろ触手たちも泉くんのこと弄りたいみたいだし…あとはお願いするね」
そう言うと、頭の中に電流が走るかのように痛みが駆け抜ける。触手が本当に記憶を書き換え始める
「あぁぁぁぁっ!」
「通常時なら多少は抗えるかもしれないけど、現状弱っている泉くんには無理だね。ふふっ、完成が楽しみだね。ぼくはちょっと紅茶でも飲んでくるね」
泉の悲鳴が響く部屋を後にする日和。言われた通り記憶の干渉に全く抗えず、触手によって記憶がどんどんと書き換えられていく
「や……あっ………あぁぁぁっ…」
国のこと、Knightsのメンバーであるレオ達のこと、自分のこと、全てが日和が思い描く都合のいいものへと変わっていく
「…ダメ……やめて…………」
大切な思い出も全てが消され、日和を守るための騎士としての記憶が上書きされていく
「れお…くん………あぁっ……ちが……」
時々小さい悲鳴を上げながら、記憶の改竄は進んでいった
数十分後、戻ってきた日和は項垂れた泉の様子を見てしゃがみこんだ
「泉くん、こっち見て」
日和の言葉を聞いて顔を上げる。目が合うと日和はにっこり微笑んだ
「終わったみたいだね」
耳から離れた触手が日和の言葉を聞くと触手達はわかったのか嬉しそうにうねうねしていた
「…とも…え…?」
「うん、ぼくだね」
多少は抗ったが、触手の記憶への侵食は拒めず全て塗り替えられてしまった。日和は自分の大切な仲間。ジュンや真達も仲間。レオなどKnightsのメンバー、国の人間達は敵。泉は冤罪でKnightsを追い出され、行き倒れているところを日和に救われた。ということになっていた
「これ…捕まってるよね…?」
「茨がまた実験したんだね。泉くんには手を出さないでって言ってるのに変な薬なんか開発するから」
と、嘘を言って泉の拘束具を全て外す。解放された泉の手を取って日和はにこにこしている
「巴、なんか嬉しそうだね?」
「ふふっ、まあね!ちょっといいことがあったからね!」
「そうなんだ。よかったね」
「うんうん!とってもよかったね!」
泉の手を引っ張って楽しそうに部屋を出ていく日和。二人はそのままジュンと真のいる部屋へと向かった
「ジュンくん!ぼくが来てあげたね!」
「おひいさん」
突然日和達がやってきたことに驚くジュンの横で真は泉がいることに驚いていた
「泉さん…」
「どうしたのゆうくん?そんなに驚いて…俺に会えたのが嬉しいの?」
「いや、そういうわけじゃないけど…」
「ぼくの大切な仲間だから泉くんが居てもおかしくないね!ね?真くん?」
「…なるほど。そうですね」
日和の言葉で状況をなんとなく察した真は日和に話を合わせる。ジュンは現状を全く飲み込めておらず、困っている
「あとは凪砂くんと茨のところにも行かないとね!ほらほら泉くん、行くね!」
「あっ、ちょっと待って巴」
日和に手を引かれその場を後にする二人。唖然とするジュンに真はそっと現状を説明してあげるのだった