無声「紅い」
仰向けで天井を眺めるだけの彼が、唐突に言葉を放った。
何が紅いのか僕が訊くより先に、彼は言葉を続けた。
「黒い夜も、白い星も、紅い血に塗れて行く」
嗚呼、と零す彼。天井を眺めるその眼は虚ろで、何か幻影を見ているようだった。
「僕が世界を殺して終った」
酷く冷たい声で、彼は自責する。彼の眼に下に出来た隈が、痛々しい傷に見えた。
僕はそんな彼に掛ける言葉を、いつも思い付けないでいた。もっとも、彼の事情を何も知らない僕に、良い言葉が思い付けるはずもなかった。
彼の妹なら彼を助けることが出来るのだろうけど、彼は決して妹に縋ろうとはしなかった。唯、彼は時々こうして“他人”の僕の傍で、言葉を放つだけだった。
「如何して、僕は生きてるんだろうね」
きっと答えを望まない、問い掛けという名の自嘲。あえて、僕はそれに答える。
「生きなくてはいけないからですよ」
彼は上半身を起こして僕を見た。久し振りに目が合う。虚ろさの消えた彼の眼は、冷めていた。
「然(そ)うかも知れない」
はは、と小さく笑うと、彼は部屋を出て行った。
閉まった扉の向こうで、彼はいつもの彼に戻っただろう。
遠回しにすら、助けてと声に出さない、いつもの彼に。
また僕は彼の声無きその言葉に応えることが出来なかった。