正しいキスの仕方小次郎とはもう色々やってきた仲ではあるけど、やっぱりそれでも改めてってなると、恥ずかしくなっちゃうものもあるよね。
特にわたしは照れくさくなるから、そういう改めてなにかをするというのが苦手なのだ。
「…キス五回しないと出られない部屋…?」
「なんだ五回か。余裕だな」
「…」
しかも面倒くさい条件まである。四回のうち二回、必ずわたしからキスする番と、小次郎からキスする番がなければいけないらしい。そして余った一回。これは二人で仲良くチューしあってね♡という意味なんだとか。
「…きす…」
「何回もしてるだろう。まさかこの期に及んで無理だと…?」
「いや、無理ではない、よ…?ただ、ただこう…改めてキスしろって言われたら…恥ずかしくない…?」
「?いや全然」
だめだ小次郎とは話が合わない。彼は全く気にならないみたいだけど、わたしは気になる。いつもあまり意識しないでそういう雰囲気になったらキスしていたのに、雰囲気も何もない状態でキスしろ!なんて…無理!
「では私からするか?」
「いや!それはだめ!」
「じゃあどうするんだ?」
「…最初、わたしからする」
後にとっておく方が絶対大変。わたしはそう訴えて、目の前に立つ小次郎の肩をがしりと掴みキッと見上げる。彼はまばたきを繰り返して察すると、少し体を屈めてキスしやすいようにしてくれるが…この気遣い…嬉しいのに今は嬉しくない…。
「…」
「……」
「………」
「…………立香…?」
「し、します!するから!ちょっと待って!」
「やれやれ」
キス一つぐらい、と小次郎は思っているのかもしれないけど、わたしにとっては大きなことなのだ。
気合いを入れ直してもう一度向きあい、見つめる瞳と視線がぶつかる。少しだけまぶたを伏せて背伸びして、その柔らかい唇に口付けようと慎重に足を伸ばす。
あまり距離感を見ないようにして近付いていけば、頬に小次郎の髪が掠めてハッと目を見開いた。
「……うわ!!!!」
「なんだ、びっくりするな」
あまりの距離の近さに我に返ってしまい、大きな声をあげて距離をとる。小次郎は平然としつつもわたしの声に肩を跳ねさせて、まだ一度もキスしていない事実に肩を落とした。
分かってるけど!分かってるけど!!あんな近い距離で我に返ったら出来ないよ…!
「立香、口付け一つままならないのか」
「だ、だってぇ…」
「…。やはり私から」
「それはだめ!!」
「しかし、これではいつまでも出られない」
分かっている。それぐらい承知だ。わたしからやると言ったならさっさと済ませないと、いつまでも部屋から出られない。分かってはいるんだけど…。
「ちょ、ちょっと待って。気合い入れる」
「…」
わたしの言葉に小次郎はベッドに腰かけると、覇気のない瞳でこちらを見て痛いぐらい視線を感じる。早くしてしまえと言われているような気もして、ぐぬぬ、と背を向けていた体を翻し隣に腰かけた。
「…大丈夫か?」
「大丈夫ではないけど、します!」
「…では期待して」
ぎしり。ベッドが軋むと彼はわたしに向き直って、それを合図にまた肩に手を置く。深呼吸してまぶたを伏せて、柔らかそうな薄い唇目掛けて顔を近づける。また頬に髪の毛が擦れたけれど、今度は気にしないようにして顔を近づけ、本当に、触れるだけの軽いキスをした。
「…小次郎!できたッ…むっ…!?」
「………、…次、また立香だな」
「ちょ…………もっと間を!開けてよ!!」
なんてことだ。てっきりわたしの様子を見たなら小次郎は察してくれて、もっとたっぷり時間をとってからキスしてくるのかと思っていた。
まさか間髪いれずキスし返されて、またはい次。と回ってくるだなんて。
小次郎は本当、こういう部分の空気が読めない!
「あまり間を開けたらそれはそれで気恥ずかしくなるだろう?」
「それは…そう、かもだけど…」
「私なりの気遣いだ」
からかってるんじゃなく、本気でこう言っているのがまた憎らしい。そんな本気に言われたら、わたしだってこれ以上は咎められない。
ムッと顔しかめたら鼻先が触れそうなほど小次郎は近付いて、はいどうぞ。と再びキスしやすいようにしてくれる。普段ならいいかもしれないけど、今はただのありがた迷惑なんだってば…!
「ちかっ…!近いよ!」
「"キス"するのなら、これぐらい近くないと駄目だろう?」
「そうだけど…!」
目の!やり場に困る…!
目を合わせるのは恥ずかしいし、かといって視線をずらせばうすら笑みを浮かべる薄い唇があって、非常に照れくさい。さらに下に移すと男の人らしい首筋が見えて変に意識しちゃうし、もっと下に向ければ鎖骨が色っぽい。
この距離じゃわたしの心の準備をするための逃げ場がないのだ。
「も、もう少し離れてくれると…」
「口付けするのに近づかないと駄目なのにか?」
「………は、恥ずかしい じゃん…」
小声で囁くと小次郎は目をぱちくりさせて、まぶたを伏せながらサッと顔をそらす。もしや笑ってる?と思って少し覗き込もうとすれば、彼は何事もなかったかのようにこちらを振り向いた。
「今笑った?」
「…いや。笑ってはない。笑ってはいないが………いつまでも 可愛らしいことを言うな、と…」
「え」
「………いや、忘れてくれ」
「そんなこと、言われたら…ますます恥ずかしいよ…?」
「…すまん」
「…」
「…」
沈黙が続く。といっても気まずい空気ではないし、ただの沈黙でもない。照れくさいだけだ。わたしはビックリするぐらい顔が熱いし、小次郎は視線をそらしてほんのり頬が色づいているような。
どちらもなんて言えばいいかわからなくて、口を開いては口ごもり、キスどころではなくなってしまう。
「…こ、」
「立香」
「あ、…はい……」
「まぶた、閉じるから その隙に口付けてくれ」
「でも…」
「時間がかかっても構わない」
彼はそう話してまぶたを伏せて、口を閉ざす。いきなりそう言われてもまだ心の準備ができていないのに、小次郎は根気強くわたしがキスしてくるまでそのまま待つ。
逆にそれが申し訳なくなって、わたしは深呼吸をして何度目かの気合いを入れる。そっと頬に触れれば少しだけまぶたが動いて、もう一度、深呼吸。閉ざされた薄い唇を見ながら近付いて、どうにか、軽く触れた。
「…、…ん、…んっ!?」
「…」
軽く触れて、少し離れた隙にまたすぐかぶりつかれて、目を見開く。腰に回った腕が離してくれなくて、ビックリするぐらい長く口付けた彼は唇を離すとまぶたを開き、なんとも言えない瞳でわたしを見る。
「や、やだ小次郎…そんな瞳で見ないでよ…」
「…仕方がないだろう」
「だからってそんな…」
そんな色っぽい瞳で見ないで欲しい。もっとドキドキしてしまうから。
「立香は?」
「え?」
「見たところ、私と同じ瞳をしている」
「…」
確かに、そうかもしれない。でもそれは小次郎がそんな瞳で見たからであって、わたしは…
「いつも言ってることは?言ってくれないのか?」
甘い雰囲気とねだるような声にドキリと心臓が跳ねて、頬に触れる手がそっと添えられる。熱い顔のまま振り向いて視線を合わせれば、自然と顔が近付いてお互いまぶたを伏せる。この瞬間、わたしはいつも胸がキュンとするのだ。
「…小次郎、」
「ん…」
唇が触れる瞬間、いつものように自分の気持ちを呟いた声に、腰に回った腕に力がこもったような気がした。
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