二人で羽織る「ふぇっ……」
「む」
「ふぇっくし!」
「…」
くしゃみをした瞬間、手に持っていた茶碗からお茶が零れ、あまりの熱さに熱い!と叫ぶ。鼻水もずるずるするし色々と起こりすぎて、何から手をつけるべきなのか分からなくなってくる。
「立香、ほら」
「あ、ありがと…」
鼻を啜ると差し出されたティッシュにキュンとして、まずは溢したお茶をふき取る。まだ手に持っていた茶碗は小次郎が受け取り、ようやく両手が空いたことでこの失態の後始末が出来るようになった。
「…なんか、鼻声じゃない?」
「鼻声だな」
「…風邪ひいたかな」
「それはよくない」
一度こう言ってしまうと人間というものは不思議なもので、別に今まで寒気なんて感じてなかったのに、急に身震いをしたくなる。体の芯から冷えているような気がし、思わず両手で体を抱いて腕をさすれば、見ていた小次郎がおでこに手を当てる。
「寒いか?」
「…な、なんか自覚したら寒くなって来たかも…」
わたしの言葉に眼を見開いた小次郎は、それは大変だと、そこまで慌てた様子もなくクローゼットから上着を取り出し、そっと肩にかけてくれる。横になった方がいいのでは?とも言われたけれど、そこまでしたら本当に具合が悪くなってしまいそうだったので、惜しい気持ちはあれど断った。
「しかしそれではまだ寒いだろう?もう一枚上着を持ってこようか?」
「でも、そんなに上着入っていないよ」
「…。じゃあ、少し待て」
カルデアの中は冷暖房がきっちり完備されているので、そこまで羽織るものがなくても平気なのだ。薄着過ぎる服もないので、きっと冷暖房が壊れたら色々と辛いものがあるに違いない。
(快適さに慣れすぎちゃったな…)
そんなことをぼんやり考えていれば、自室から上着らしきものを持ってきた小次郎が戻ってきて、またわたしの肩にかける。ずいぶんとモコモコ着こんで、これだとこたつで丸まるおばあちゃんみたいだと思ったが、彼の優しさは素直に嬉しかった。
「これ、小次郎の半纏?」
「ん?まあ、そんなものだ」
「なんか着ぶくれちゃったね」
「丸くて可愛らしいぞ?」
「うーん…素直に喜べない言葉…」
苦笑いをしてお茶の入った茶碗を持ち直し、ずず と啜れば、本当におばあちゃんになった気分だ。気持ち的に背も丸くなってくるし、なんだか変な気分。ほう と一息ついて着こんで動かしにくい腕を動かせば、察した彼がまたティッシュをとってくれる。ありがとう。とお礼を言うとやんわりと頭を撫でられ、そのまま流れるように頬に触れた手の甲が、熱っぽいな。と囁く。
「…やっぱり風邪ひいたのかも」
「…。寒くないか?」
「今は…少しだけ寒い、かも?」
大丈夫。と言いたかったのに、つい身震いをする。その様子を見た小次郎は少し考え込むとすくっと立ち上がり、何を思ったのかベッドに腰かけるわたしの背後によっこいしょと座り込む。よく分からないまま頭だけ振り返れば、着ぶくれしたこの身体をぎゅっと抱きしめてくれて、嬉しいけれど…とても恥ずかしかった。
「こ、小次郎あの…これは、その…」
「抱き締めた方が暖かいかと」
「え」
「…。立香の髪はいい香りがするなぁ」
彼の一言にガチッと固まるも、当の本人はまったく気にしていない。髪の毛に顔を埋めてそんな嬉しい言葉を耳元で囁き、さっきから茶碗を持つ手にものすごく力が入る。
「こ、じ…あの…ひゃっ!」
「ん、すまんつい」
なにが「つい」なのか。そう言いつつまだ耳を食んでいるのはどこの誰か。
(く、くすぐったい…)
髪の毛の隙間から見えた耳に、柔らかい唇が触れる。わざとらしく音を立てて何度もキスをし、歯を立てて甘噛みしつつ舌でねっとりと舐めあげる。お腹に回った腕は衣服の上からずっと下腹部を撫でてくるし、もう少しこう…普通に抱き締められないものなのか。
「いやらしい…」
「愛いおなごを抱きしめて妙な気を起こすなという方が、無理がある」
「…」
「…まあ、風邪を引いているようだからこれ以上のことはしないが」
そう言って耳元から離れた小次郎は、指先でむくれているわたしの頬をツン とつつく。やっぱりむくれていたか。と、すべてお見通しだと言うセリフにまたムッとなってしまったが、彼の行動からは優しさを感じられるので、怒ることは出来ない。
「…でも、暖かいのは事実だから。…ありがと」
「どういたしまして」
覗き込む顔を見れば嬉しそうに微笑んで、にっこりするその表情に思わず唇を尖らせる。彼のこういう行動一つ一つに、いちいち胸がときめくわたしも…おそらく大概なのだ。でも好きだから、やっぱり…。そんな顔をされてしまったら、嬉しくなるのは仕方がない。お返しとばかりに頬に口づけてサッとすぐお茶を飲めば、代わりにめいっぱい、ぎゅうと抱きしめてもらえた。
小次郎の腕の中にいるときが、なんだかんだ一番暖かい。
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