欠け「――にい、さん?」
絞り出した声で問いかける。返答は、ない。
血の気が引いていく感覚と動悸がして、呼吸が震える。そうした肉体の反応があることも、絶望に至る要素にしかならない。腕をついて身体を起こす。どうやらどこか洞窟のようだった。水音が聞こえそちらに歩み寄る。
水面に映っていたのは紛れもなく自分自身の姿。闇に溶けても居ない、拘束されて封じられた姿。
「そん、な」
鼓動が五月蠅い。自分が自分として地上に存在していることはあり得ない。確かに失われたはずの肉体。捨ててまで溶け合ったはずの瞬間。全身に兄さんを感じて、ああこれでもう分かたれることはないのだと安堵した時間。
「兄さん、兄さんは」
覚束ない足取りで周囲を歩き回った。どこをどう歩いたかは定かでない。ただひとつになったのならそう遠くない場所に居るはずだと願って縋って求めて彷徨った。姿が見えない度にでは己の中に居るのかと意識を自分に向けてもみるが、欠片も温かさを感じることは出来なかった。
「にいさん」
嫌だ、どうして。どうして。どうして。一歩進めるごとに手酷い事実が絡んでくる。
いない。いない。どこにもいない。引き剥がされないようにと願って請うて笑顔で応えてくれたのに。確かに叶ったはずなのに。
目覚めてからどれほど経ったのだろう。いつの間にかヒトの多い場所まで来てしまっていた。不意に何者かと目が合って、そうして次の時には銃口がこちらを向いていた。
『――ソル―――党だ!』
『な――と――に』
何か言っているけれど、分からない。ただ敵意を向けられていることだけは分かって急ぎその場を立ち去った。ああ、否定されていると、それだけを受け取って。
肯定してくれていた人は何処に行ったのだろう。もうひとりでもひとりではない、ひとつだったのに。どうして、ボクは。
「兄さん、兄さん、にいさん……っ」
いない。いない。いる。いる。ボクだけがいる。
叫びながら歩き回って、とうとう喉も枯れて体力も尽きて地に伏せる。ああ、もうこんな思いはしないはずだったのに。
「――っあ、ぁ、あ……!」
痛い。痛い。痛い。いたかった。