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    三百世界さん(@300syumibito)さんに素晴らしいイラストを描いていただき、そこから広がった妄想をお話として書かせていただきました。

     数日前の仕事以降、Vは強化腱を入れた脚から時偶軋むような異音を聞いていた。痛みはなく、歩くのにも支障はない。しばらく放っておいても良いかとVは思っていたが、脳裏にちらつくサングラス越しの眉間の皺にとうとう屈した。用があるときよりない時の方が来たくなるのも変な話だ、などと考えながら、Vはリトルチャイナの通い慣れた道を歩いた。
     昼前に着いたヴィクターの診療所には先客がいた。ヴィクターはVを一瞥すると、奥のソファーで待つよう目配せした。Vも勝手知ったるもので、軽く頷くと、ヴィクターの仕事の邪魔にならぬよう黙って奥に引っ込む。ソファーに身を横たえたVは、目を閉じる。Vはこうしてヴィクターと見知らぬ患者の雑談をなんとなく聞いているのが好きだった。だが、今日はいつもよりヴィクターの口数が少ないようだ。二言三言差し障りのない雑談をして、ヴィクターの客は帰っていった。
    「V。」
    ヴィクターに呼ばれ、Vは身体を起こしてヴィクターの方に向かう。ヴィクターはVに診察台に座るように促して言った。
    「右脚だろう?見せてみな。」
    Vは目を丸くする。
    「どうしてわかったんだ?音はしなかったはずだ。」
    「お前さんが右脚を庇うような歩き方をしてたからな。無意識だったか?…で、症状は異音だけか?」
    Vは少し気まずそうに頬の傷跡を掻いた。
    「ああ、異音だけだ。なんというか、ヴィクには敵わないな。」
    ヴィクターはフッと鼻で笑うと、そのまま黙ってVの脚を詳しく診始めた。Vはヴィクターの手元をなんとなく眺める。
    「V、こいつを見な。」
    ヴィクターが何やら小さな棒状の部品をインプラントから取り外した。
    「曲がってるのがわかるか?そのせいでお前さんが強く足を踏み込むと、こいつの先が横の部品に触れて音が出るんだ。普通はこんなことにはならないぞ。お前さん、どんな無茶な跳び方をしたんだまったく…」
    Vは言い訳を考えるが何も思いつかず、気まずそうに目を逸らす。そんなVの頭をヴィクターは軽く小突いた。口を尖らせるVに、ヴィクターはにやりと笑う。
    「このまま部品を修理してもいいが、お前さんのことだ、どうせまた同じことをやらかすんだろう?この部品なら他のインプラントに使われてるもう少し強度がある部品と互換性がある。それと交換しておくぞ。」
    「ありがとう。助かるよ。」
    いつもならもう少しお小言がありそうだが、やはり今日のヴィクターは言葉少なげだ。手持ち無沙汰なVは、何とは無しに診療所を見回す。よく見ると、いつもはデスクの上にきちんと並べられている整備用の工具が、整理されないままに置かれている。部屋の隅には患者が残していったであろう古いインプラントも乱雑に積み上がっていた。普段なら今回のように使える部品は回収し、廃棄するものときれいに分けてあるというのに。
    「終わったぞ。立ってみろ。」
    ヴィクターに言われ、Vは床に立つと、右脚で床を何度か強く踏み付けた。異音もせず、違和感もない。
    「完璧だ、ヴィク。ありがとな。」
    「部品を変えたからって、あまり無茶はするなよ」
    ヴィクターはそう言ってVを見送ろうとし、去ろうとしないVに首を傾げた。
    「どうした?まだなにかあるのか?」
    「ヴィク、午前はこれで終わりか?」
    「いや、お前さんで最後のつもりだ。」
    「だったら一緒に昼飯をどうだ?ヴィクを連れて行きたい店を見つけたんだ。な?いいだろ?」
    Vにそう言われると、ヴィクターは断れない。仕方ないなと苦笑しながら、ヴィクターは店を閉めた。

    Vの弾むような足取りに連れられて辿り着いたのは、路地裏にひっそりと入口を構えたイタリアン料理店だった。店舗自体は2階にあるようで、入口からすぐに階段が伸びている。
    「ここ、うまいスパゲッティを出すんだ。」
    「なんだ、結局お前さんの好物じゃないか。」
    「だからヴィクと来たかったんだ。」
    Vに続いて階段を登り、店に足を踏み入れたヴィクターは、お、と声を上げる。外観からは想像出来なかった小綺麗な内装を大きな窓から差し込む陽光が照らしている。ナイトシティには珍しい、明るくやわらかで落ち着いた雰囲気だ。ヴィクターはシミの付いたシャツのままで来たことを少し後悔したが、Vはそのあたりはまったく気にならないようだ。
    「いい場所だろ?」
    Vは屈託のない笑顔でヴィクターを振り返った。
    店員に促され、二人は窓際の席に座った。Vが早速メニューを確認する。
    「ヴィクはなにか食いたいものあるか?」
    「いや、お前さんに任せるよ。」
    「わかった。」
    Vは店員を呼ぶと、何やら色々と注文し始めた。ヴィクターはぼんやりと窓の外を眺める。ナイトシティは今日も忙しなく動き続けている。けれどもガラス一枚隔てたここはとても静かで、まるで別の場所にいるようだった。
    「こんな場所、よく見つけたな。」
    注文を終えたVに、ヴィクターが言う。
    「客に教えてもらったんだ。報酬のエディーより、ここの情報のほうがずっと価値があったな。」
    「仕事は順調か?」
    「まあ、それなりかな。デカい仕事もよく来るようになってきた気がする。そうだ聞いてくれよ!この前さ…」
    Vが楽しそうに自身の体験を話すのを、ヴィクターは微笑ましく聞いていた。しばらくすると、店員が両手にたくさんの料理を乗せてやってきた。パスタにサラダ、ピザにブルスケッタ、そしてワインのボトルと2つのグラス。
    「おいV、酒を頼んだのか?お前さんは好きに飲んでくれて構わんが、俺は午後に仕事ができなくなると…」
    「予約でも入ってるのか?」
    「いや、それはないが…」
    「だったらいいだろ?ヴィク、最近忙しかったんじゃないか?疲れてるだろ。」
    そんなことは、とヴィクターは言いかけ、口を噤む。思い返せば確かにここのところ患者が多く、いつも通りのリズムで生活出来ていなかったことにようやく気付いた。いい歳をして自分で気付けなかった自分のコンディションを年若い青年に指摘されたことが、気恥ずかしくもありどこか嬉しく、ヴィクターは目を伏せて笑う。ほら、とヴィクターのグラスにワインを注ぐVの肩に、ヴィクターはそっと手を置いた。

    「俺もお前さんには敵わんみたいだ、V。」
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