最近、気づいたことがある。
冬弥の変化には特段気をつけているし、恋人になってからは殊更心を配っているから気づくのは当たり前といえば当たり前なのだが。
例えばこれが彼の父親のことであったり、…あの時みたいになにか1人で抱えているような、彼本人の気持ちの変化であれば対処ができた。しかし、今回のこれはそういうの、とはひと味違ったのである。
冬弥の使っている物たちが、オレンジ色になっているのだ。
♢ ┉ ♢ ┉ ♢
学校生活では学生が勉強をするにあたって絶対に必要なものが多く存在する。
黒板を写すためのノート、ノートに文字を書くためのシャープペンシル、プリントをぐちゃぐちゃにしないためのファイル。それらは皆が当たり前に持ってきているものであり勿論オレも冬弥も持ってきている。
ただ、記憶にあった冬弥のそれの多くは紺だったり青藍であったり、彼らしい色であったように思う。
最初は偶然かと思っていた。たまたま、買い足したものがオレンジだったんだろうな、とか。
それが違うと気づいたのはこの間のオフの日のこと。
その日はオレが午前中バイト、杏が午後に店の手伝いがあるってことで練習を珍しく1日オフにしていた。バイト終わっても暇だしブラブラしようと駅前を歩いていた時、見知ったツートーンが雑貨屋へ入っていくのを視界の端に捉えた。
相棒とはいえ休みの日に互いが何処に行くか把握している訳では無いので少し驚いたが、大抵本屋やCDショップ等にいる彼がなにを目的としてここに来たのか少し興味が湧いた。
それに、もしかしたら最近の彼の違和感の正体を見つけられるかも、と。
冬弥に気づかれることが無いよう人に紛れて店に入ると流石休日の昼下がり、店内は少し混雑していた。よくモールなどで見るパステルカラーで彩られた所謂女子向けの雑貨屋、ではなく木目基調で作られた棚や黄みの照明はあたたかみを感じさせ、男性客も入りやすい雰囲気になっていた。実際、3割ほどは男性客のようで居心地は悪くない。
冬弥が見ている棚の1列後ろ側へ向かうとその棚は丁度、正方形が5段ほど並べられたオープンシェルフになっており、棚の奥は黒のネットフェンスに少し蔦のガーランドが巻き付けられていて向こう側が見えるようになっていた。こちらのことはきっと注意深く見ないと気づかれないだろう。
……少しストーカーじみている気もするが。
冬弥の異変について調べるためだと心の中で言い訳をし、彼が物色している棚を見る。
その棚にはオレは使うことがないので馴染みがないが彼が使っているのはよく目にするものである「栞」が並んでいた。
冬弥が使っていた栞はどんなものだったか。昼休み、ご飯を食べたあとに本を開く冬弥の手元を思い返す。
そうしている内に冬弥は決めたようで棚の中から1つ抜き会計の方へ向かっていく。あわてて店内の奥の方の彼から見えない位置の棚へ移動し彼が退店するのを確認する。
冬弥は人へ贈る物などは時間をかけて選ぶが自分の物となるとあまりこだわりがないためすぐに決めてしまう。そういうところもまた、彼の彼らしいところではあるのだがオレとしてはもっと欲をもってほしいと思ってしまう。……真面目で頑張り屋な彼を存分にとかして、甘やかしてやりたい、から。
そんな彼には伝えられていない想いを頭の中に浮かべながら先程まで冬弥がいた場所に行く。
あまり栞を買う客は少ないのか綺麗に陳列されているものから冬弥が選んでいたあたりを見てみると、少し陳列が崩れているところがひとつ。おそらく冬弥が買ったものだろうと手に取ってみると。
青藍色の紐、ステンレスの銀枠に、
――オレンジ色のステンドグラス。
隣には同じ種類の青色のステンドグラスの栞がある。だから、敢えて彼は、オレンジ色、つまり、オレの色、を
「……ッマジ、か」
顔が熱を持つのがわかる。心臓がうるさいくらいに音を立てる。まさか、そんな。冬弥が。
自ら選んで周りにオレンジ色を増やしてるなんて。
自覚があるのかないのか知らないが反則だろう、それは。
引かない熱をそのままに隣にあった青色のステンドグラスの栞を手に取って会計に向かう。
どうせならこの後本屋にでも寄って今日はそのまま活字を追ってみようか。
♢ ┉ ♢ ┉ ♢
「…なあ、冬弥」
「?なんだ、彰人」
慣れないながらも思ったより面白かった本を一夜にして読み終えた日から数日。
屋上でいつも通りご飯を食べ終え、読みかけの文庫本を取り出す冬弥に制止を促すように話しかける。
「お前、最近オレンジのものとか持ち始めたけどそれってわざと?」
「…え?」
「シャーペンとかペンケースとか。あとノートもオレンジになってたしその栞もそうだろ」
「……」
オレの言葉に冬弥は考えるように首を傾げる。まさか、本気で自覚がなかったのだろうか。
そしてその後、なにか思い当たることがあったのかかぁっと頬から耳までが真っ赤に染まった。
「お……んむ」
「…ちょっ、と……まってくれ」
彼の珍しい顔をじっくり観察したくて覗き込むが、控えめに手で押し返され明後日の方向に逸らされてしまった。
オレに触れてきた珍しく熱さを感じる手だとか。手から伝わる震えとか。顔は見えずとも、その真っ直ぐな髪の隙間から見える林檎みたいに赤い耳とか。
その全部が、……たまらなく、可愛くて。
「…ぅひ!?」
べ、と舌を伸ばして冬弥のてのひらを舐める。咄嗟に逃げようとする腕を手首ごと掴んで指の根元へ舌を進める。
「…っ、ぁ………ぅ、あ、あきと」
「ん?」
「ぁ、…っあの、はずかしい、から」
なめないで、と消え入りそうな声で呟く冬弥はオレより身長は高いくせに、まるで小動物のようで。
「な、冬弥」
「…ぇ、な、なに」
「なんで、オレの色集めてたんだ?」
「…っ」
仕上げをするように爪先まで唇を這わせてキスを贈る。ここにオレンジのネイルを塗ったら、こいつの全部がオレのみたいで良いかもな。
「な、教えて?……やだ?」
「……いや、じゃない、嫌ではないが…」
「…が?」
「その…は、はずかしくて」
「…………………………ふはっ」
真っ赤な顔をふるふると横に振りながら小さな抵抗を続けるそのかわいらしさに、思わず笑みがこぼれる。
彼の手を掴んだり指を撫でたりと少し遊んでいるうちに、耐えきれなくなったのか彼が口を開く。
「あの………さっき、彰人に言われて気づいたのだが、…多分、無意識に彰人を連想できるものを増やしてしまっているのだと、……………思う」
「……ん」
「その、文具屋さんとかでも…オレンジ色のものがあると、…優先的にそれを買ってしまっているみたいで………」
「……」
「う……その、す、すまない…………」
ぷしゅう、と湯気が出そうなほど首から上を真っ赤にさせた冬弥はそこまで言うと、オレが掴んでいない方の手で顔を覆い俯いてしまった。
ちょっと、これは。あまりにも。
「かぁわい…」
「…」
「ね、とうや」
「…ぁ…ぅ」
どうしてもその顔が見たくて、自分にできる最大限の甘さを含んだ声で話す。ミルクにたっぷりはちみつを混ぜたような、とろりと甘やかな声色に冬弥が弱いのはとっくに知っているから。
案の定冬弥は顔を覆っていた手の力を抜き、スっと下におろしてくれる。
「オレの色、好きなんだ」
「……」
コク、と小さく頷く。
露になった頬に両手でふわりと触れ、彼の顔を正面からじっくり見る。
相変わらず真っ赤な顔。少し八の字に下がっている眉。羞恥からか潤んだ瞳。長い睫毛。左目下のほくろ。まっすぐな鼻。小さめな口。
この男を構成する全てが、綺麗で、可愛くて、
――愛おしくて。
「…?あき、」
唇に、キスを落とす。
鼻に、頬に、涙ぼくろに、目蓋に、順に落としていく。最後に、前髪をかき分けて額にちゅ、とリップ音を立ててキスをし、頬を掴んだまま額同士をくっつけて1番近いところで目を合わせる。
「とうや、かわいい」
「ひ、ぁ」
「オレも冬弥の色、好き」
「う」
「冬弥の歌も声も真面目なとこも綺麗な顔もみんな好きだ」
「ぁ、なに」
突然なんで、と訴えてくる白銅色がいつもあまり動かない表情筋に比べてずっと彼の気持ちを雄弁に伝えてきて笑ってしまいそうだ。
なんでって、そりゃ。
無意識に、オレンジ色の――オレの色を周りに集めて。オレが好きだから、周りに好きを溢れさせるかのように増やして。いつも心を隠しがちな彼が、そんなふうに全身で好きをアピールしてきてくれたんだったら。
オレはそれ以上の好きを返してやる。
そうやって、こいつにオレの色を塗り込んでいって。
少しはわだかまりが無くなってきたとはいえ、まだクラシックの道を進んで欲しいだろうこいつの親だとか。磨き抜かれたセンスが光る歌、綺麗な容姿から隣に欲しがるストリートの奴らとか。
そいつらにこいつはオレのものだって見せつけて、見せびらかせるように。
…本当は、オレが選んだ服を冬弥が着て回ってるだけで今のところは良かったんだが。
冬弥から、オレの色に染まりに来るなら。
もっともっと、こいつをオレのものにしてしまおう。