無題 その日、最強がこの世からいなくなった。五条悟、享年33歳
「あの人は何があっても生きてると思ってたのよねぇ…」
野薔薇が斎場の煙突から昇る一筋の
煙を見送りながらポツリと呟いた。
「あんな人でも自分の大事な奴をなくしたのが相当堪えてたんだろう」
3年前、伏黒と野薔薇の同級生だった虎杖悠仁の秘匿死刑が実施された。ギリギリまで悠仁を生かそうと周囲は努力したもののそれはかなわなかった。処刑を行ったのは五条悟その人。心の底から愛した人をその手で殺した五条に誰も何も言えなかった。
悠仁がいなくなってから五条は笑わなくなり、淡々と次々と湧き出る呪霊を祓い続けた。まるで呪霊を祓うだけの機械になったようだった。そして3年、ある日、五条は大木が倒れるように誰にも看取られず静かに旅立っていった。
「地獄で虎杖と逢えるといいわね…」
野薔薇が煙を見上げながら静かに涙を流す。
15年後 1月
東京呪術高等専門学校
「おい、伏黒聞いた?」
「何のことだ」
伏黒恵と釘崎野薔薇は高専の教師となっていた。
「季節外れの新入生、六眼持ちで無下限の術式が刻まれてるらしいわよ」
「は?それってあの人と一緒ってことか」
「しかも、名前も五条悟。できすぎよね」
野薔薇が顔を嫌そうにしかめながらも複雑な思いを抱えていることが手に取るようにわかる。
「五条ってことはあの御三家の生まれなのか?禅院からは何も言ってきてないが」
「それがね。非呪術師の一般家庭で育ったらしいの」
「それはまた…」
一般的な日常にあの能力がどんな影響を与えるのか考えるだけでゾッとした。
それから5日後、件の五条悟が高専に入学してきた。
「五条悟です。よろしくお願いします」
折り目正しく伏黒に頭を下げた少年は15年前に見送った五条悟そのものだった。何でも見透す美しい蒼い瞳、プラチナブロンドの髪、整いすぎた人形のような顔。しかし、受ける印象は全くちがい、彼から感じるのは穏やかでまるで凪いだ水面のようだった。
「伏黒先生?」
一瞬、ぼんやりしていたようだ。少年が不思議そうに伏黒を見上げている
「あ、いや。よろしく。五条悟…くん」
「ここの皆さん、同じ反応をされます。似てるんですよね。昔の最強の呪術師に」
困ったように笑う少年の表情で他の教師や窓たちがどれだけ動揺したのかがわかる反応だった。
「すまない。君は別人なのに失礼だった」
「かまわないです。最強に似てるなんて言われたら光栄です。それではまだ寮の片付けがあるので僕はこれで」
少年が伏黒のわき脇をすり抜けて歩き出した。すれ違う瞬間、
「恵、ひさしぶり。悠仁もすぐ来るよ。僕が迎えに行くからね」
昔、聞いていた声音、常々感じていた凪いでいてもどこか荒々しい気配が伏黒をその場に縫い止めた。
バッと振り返るとすでにそこに少年の姿はなかった。
「マジか…」
規格外なのはわかっていた。しかし、生まれ変わりまでコントロールするなんて
「ということはアレは巨大な猫を被ってる状態ってことね」
高専のグラウンドで他の同級生たちと楽しそうに体術を行っている悟を見ながら野薔薇が嫌そうに顔をしかめた。無邪気に笑う姿はごく普通の16歳の少年にしか見えない。
「だな。多分すでに最強だと言われたあの頃の力は戻ってると思う」
「こわ…で、虎杖はどこにいるって?」
「小学校。今6年生らしい」
伏黒からもたらされた情報に野薔薇が目を丸くする。
「うがぁ!こっちは35にもなってるっつうのにあいつは子どもかよ!憶えてたらいじってやるっ!」
それから2ヶ月は何事もなく五条は高校生らしく同級生たちと学校生活を
送り、任務もそれなりにこなして教師や窓たちからもあの五条悟とは別人だと認識されるようになっていた。
ある日、五条が外出届を出して出かけて行った。