テッドが溺れる海豚亭に足を踏み入れた時、ウェドは既に隅の目立たないカウンターで一人グラスを傾けていて、その隣に見知らぬ大柄な男が座っていた。学者然とした、きちんとした身なりの男だ。仕事の話だろうか…?
邪魔しては悪いと思い、自分の注文を決めてから少し離れた席に腰掛ける。柱の脇に積まれた木箱の影からちらりと視線を投げれば、先程の男はまだウェドに何か語りかけているようだった。
……男の瞳に、熱いものを感じる。
テッドはむっと唇を尖らせると、さりげなく座席を移動し、ウェドと男の会話に耳をそばだてた。
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しばらくのち、ようやく男が去ったのを見送って、テッドはウェドの隣にグラスと皿を持って腰掛けた。
「ああいうタイプにもモテちゃうんだ、ウェドは」
嫉妬がわかりやすく態度に出てしまう。
あの大柄な男は、今まで熱心にウェドを口説いていたのだ。
「まぁね。ああいう手合いは顔が良くて手慣れていそうなら誰でも良いのさ」
「どうして娼館に行かないんだろ」
「行きずりの出会い、しかも男の方が間違いがないだろ?旅先での一時の快楽を得るために、俺みたいなのはうってつけだ。昔はそれを武器にもしたもんだが…」
ウェドはテッドの肩を優しく抱き寄せ、軽く唇を重ねて微笑む。
「今は何より大事な君がいる。ほら、そんなむくれてないで。美味い肉の味がわからなくなっちまうぞ」
切り分けたステーキが、ウェドの手でテッドの口へ運ばれる。もきゅもきゅと咀嚼すればじゅわりと肉汁が口の中に広がり、あまりの美味しさに眉間に寄っていたしわも一瞬でなくなってしまった。
「…そういえば、君は一度も俺を抱こうとしないな」
「んぐぇっ⁉︎」
テッドにとっては、それは突拍子もないコメントだった。驚きのあまり飲み込んだものが出てきそうになる。
「おっ……俺が⁉︎ウェドを⁉︎」
「はは、冗談だよ」
ウェドは快活に笑うと、テッドの柔らかな髪に指を滑らせて頭を撫でた。
「でも君がそうしたいなら、俺はいつだって君に身を預けるよ。それが自然な事だって当たり前に思えるくらいに、君のことを本気で愛してる」
「な…なんだよ急にそんな……は、恥ずかしいじゃん…!」
「不安そうにしてたからさ。大丈夫、俺は君のものだ。誰にも取られたりしないよ」
そう言いながら、ウェドは自分の皿の上からテッドの好物を選んでテッドの皿の上へ移動させている。
この男はいつもこうやって、自分を甘やかしてくる。欲しいと思った時に、欲しい言葉をくれる。
「…俺だって、ウェドのことは誰にもあげないもん。だからさ、その……もし、ウェドが……その、逆をしたいんだったら、俺……が、頑張るよ……」
小さな声でしどろもどろに答えると、優しい恋人は心底幸せそうにくつくつと笑った。
「ふふ、そういう気分になったら是非頼むよ!」
「でも俺は……やっぱり、ウェドに抱かれていたいな。そのほうがずっと気持ちいいし、安心する」
「嬉しいことを言ってくれるじゃないか。今夜は帰ったら一緒に眠ろう。ゆっくり朝まででも、次の冒険のことでも話しながら……」