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    Ydnasxdew

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    Ydnasxdew

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    うっかり海賊バレするウェド

    #WT

    Veiled Horizonさわやかな海風、船の出入港を告げる鐘の音。屈強な海の男たちの掛け声が飛び交う賑やかなデッキの上を、のんびりとカモメが通り過ぎていく。

    リムサ・ロミンサの街は今日も活気に溢れている。テッドは大きく息をつくと、フェリードッグの錨に腰掛けた。
    今日の仕事は冒険者のものというより、誰でもできるような雑用だ。ベスパーベイからやってきた貨物船の荷の積み下ろしが主な作業だったが、おもいのほか荷の量が多く想定していたよりかなり時間がかかってしまった。

    (お腹すいたなぁ…)

    おそらくもう昼時は過ぎているだろう。
    ちょうどそんなことを考えていたタイミングで休憩の声がかかった。空へ大きく伸びをして、中身の心もとない硬貨袋を手にマーケットへ向かう。ふと、ゲートに程近い場所に停泊している船に目が留まった。

    何人かの船員が、品物が入っているのであろう木箱を次々と港へ降ろしている。先程着けたばかりの交易船だろう。たいして大きな船ではないが、なんとなく全体ががっしりとしているように見える。船体の横には控えめに『インディゴ・ホーク』と銘打ってあった。
    テッドがよそ見をしながらその横を通り過ぎようとした時、エレゼンの男と肩がぶつかった。

    「うわ!す、すみません!」
    「あら、こちらこそごめんなさいね」

    テッドは振り返った男の様子に一瞬たじろいだ。他の船員よりも少し上等そうなコートに身を包み、美しい長髪が肩口で緩く波打っている。唇に薄く引かれた紅が艶やかで、話し方もまるで女性のようだ。
    美しい男はテッドに上品な微笑みを返すと、すぐに船員達の方へ向き直って指示を出し始めた。

    「あら大変、急がないとお偉い方の会合が始まっちゃうわ。みんな、先に必要な分の荷からどんどん降ろして頂戴!ルー、悪いけどあの子に到着を知らせてきてくれないかしら」
    「ああ、わかった」

    ゆっくり歩きながら背後で聴こえていた会話に耳を澄ませていたテッドの横を、大柄なルガディンの男が追い抜いていく。
    そういえば近々なにか黒渦団の傘下組織が集まる会合がある、なんて話を酒場で聞いた気がする。今日がその日なら、この船の数も街の賑やかさにも納得がいく。

    「──っと、俺もお昼ごはん…!」

    今日働いた分の報酬を考えると、昼食に少しギルを費やしても問題ないだろう。休憩を待たされた分、腹が凶暴な音を立てて鳴っている。りんご1つでは気力が持ちそうもない。テッドは早足に、レストランビスマルクへ続く坂道へ向かった。

    ***

    遅い昼食を済ませ、作業場へ戻ろうとしたテッドが八分儀広場へ差し掛かると、遠くに見覚えのある姿があった。
    帽子を被っているが、よく見れば先程の美しいエレゼンの男とルガディンの男だ。だが、先程と服装がまるで違う。二人は黒渦団の中でもエリートクラスの人間がまとう黒地に赤のコートに身を包み、ブルワークホールへ向かって歩き去っていく。

    (あの二人、交易船の船乗りじゃないのか…?)

    不思議に思ったテッドは、距離を置いて二人を追った。ブルワークホールにあるリフトの行き先は、冒険者ギルドと黒渦団の兵舎がある上層か、最上層で提督室のあるアドミラルブリッジだ。

    (もし……もしあの二人が、黒渦団に扮した暴漢だったら…?)

    嫌な想像がテッドの頭をよぎる。
    もし、それに気付いているのが自分だけだとしたら…
    考えるより早く、テッドの脚は二人のあとをつけはじめていた。

    テッドの思った通り、ブルワークホールへ入った二人は迷いなくリフトへ向かう。
    ゲートキーパーを務める黒渦団員が、エレゼンの男へ声をかけた。

    「御用向きは?」
    「黒渦のお偉いさんとお話しにきたのよ」

    団員が眉を寄せ、怪訝な顔をする。
    テッドは僅かに身を強ばらせ、懐のナイフに手を伸ばした。
    腕を組んでスラリと佇むエレゼンの男の肩を、ルガディンの男がそっと叩く。

    「イヴ、言い方が悪いぞ」
    「…面倒ね。だってむやみに名乗りたくないじゃないの」
    「……はぁ…すまん、連れがもう中にいる筈だ。名前は…」
    「おっと、もう来てたのか。今迎えに行こうとしてたんだ」

    門番の団員の背後でリフトの扉が開き、怪しい二人と同じ黒地のジャケットに身を包んだ男が現れた。
    その声に、テッドはハッとして思わず物陰から飛び出した。

    「警戒させて申し訳ない。彼らは私の兄です。このまま上層へ向かっても?」
    「ああ、なるほど、そうだったのか。構いません、どうぞ」

    穏やかな低い声、褐色の肌、青い瞳。普段は無造作に跳ねている灰茶の髪は、後ろへ撫で付けられて緩くまとめられている。

    「え…ウェド⁉︎」

    はた、と目が合う。
    ウェドはほんの一瞬驚き目を見開いたあと、困ったような笑みを浮かべ、エレゼンの男とルガディンの男を連れてリフトに乗り込む。
    扉の柵が閉まる向こうで、人差し指をあてた唇が動いた。

    『また あとで』

    がしゃりと音を立ててリフトが可動する。
    取り残されたテッドは唖然としながら、その場に立ち尽くしていた。

    ***

    「ウェドは交易船の船乗りをしてたんじゃなかったの⁉︎あの制服はどういうこと⁉︎あの人たちはなに⁉︎」

    蝋燭の灯りがちらつく廃船の一室に、テッドの声が響く。
    二人分の簡素な夕食が並んだテーブルを前に、ウェドとテッドはソファに座っていた。

    あれから作業場へ戻ってからもテッドはそわそわと落ち着かず、仕事を終えて報酬を受け取るなりウェドがねぐらにしているこの部屋へ走っていた。扉をノックして中へ入ると、テッドの来訪を予期していたウェドが苦笑いを顔に張り付けながら夕食を並べているところだった。

    落ち着いて腰を据えたところで、食い気味で問いかけてくるテッドをなだめながらウェドがグラスにワインを注ぐ。
    テッドからすれば、自分の知らないウェドの一面がわかるかもしれないチャンスだ。ウェドが拒む様子もなく、つい前のめりになってしまう。

    「まぁ…いろいろあってね。あの二人は俺の兄貴だよ。もちろん血は繋がってないけれど、同じ船に乗っていた家族のようなものさ」

    ウェドはテッドにグラスを手渡し、自分の手に持ったグラスを軽く合わせて乾杯する。

    「俺は別になんてことはない、あの船の航行士をしていて、たまたまこの街が気に入って冒険者になっただけの男だ。ただあの船…藍鷹号はもともと海賊船で、その船員達も元は全員海賊だったってだけ。…ま、その仲間だったって点では俺も海賊ではあるな」
    「なんでそれが黒渦団の大事な会合に出席してるわけ?ただの交易船の乗組員があんな場所に呼ばれるわけない、さすがの俺でもわかるよ!」

    ウェドは珍しく歯切れの悪い様子で唸ると、豆のスープが入った皿を手に取り中身をくるくるとかきまわす。

    「提督が海賊禁止令を敷いた時、藍鷹号も黒渦団の統括下へ入ったんだ。三大海賊のように私掠船免許を発行されているわけじゃないから当然海賊行為はご法度だが、戦い慣れてる俺たちは普通の交易船より自己防衛力に優れてる。だからなんというか…ようはお偉方御用達の輸送船だってことで、俺たち船員も黒渦団の構成員としてはそこそこの立ち位置にいる」
    「じゃあウェドは冒険者になる前からそもそも黒渦団のエリートってこと?」
    「いや、エリートってわけでは…俺は付き添いで横に立つだけのただの下っ端船員だったし、そもそもあの制服に袖を通すのなんてああいう堅苦しい会合がある時だけだよ。ガラじゃない」

    ウェドは大袈裟に肩をすくめてため息をついてみせた。

    「今回だって、俺はもうあの船の船員じゃないのに呼ばれて仕方なく同席しただけだぜ。兄貴のやつ、俺が黒渦団に登録してるのをいいことに雑事は上手いことこっちに回してくるんだもんな……」

    テッドは味のしない豆のスープなんて全く気にならない様子で、パンと一緒にぱくぱくと口に放り込んでは飲み込んだ。
    気がつけばワイングラスも空になっている。

    「帝国の船に襲われるようなこともあったの?」
    「ん……まあ、そうだな…」
    「そういう時も相手の船から奪っちゃいけないの?正当防衛だったとしても?」
    「あー…いや、うーん……どうだったかな、俺はまだ下っ端だったから、前線には出なかったんだ」

    テッドはこの時ウェドが全力で言葉を探していることに気がつかなかった。気分が高揚している。自分の知らないウェドが垣間見えたことに心が躍ってしまう。ふわふわと楽しい気持ちが迫り上がってきて、テッドはふにゃふにゃと笑いながらウェドの肩に凭れかかった。

    「えへ…えへへ、ウェド、かっこよかったなぁ…あの制服、すごく似合ってたよ」
    「…そうかい?」
    「うん、すごい、正義のヒーローって感じした!そのまま黒渦団の中甲士って言われたって、みんな納得するよぉ」
    「…そうかな」
    「へへへ、そうだよぉ!うぇど、もっと自分がつよくて、えらくて、つよいってこと言ったっていいのに!あ、でもそしたらみんな…街のおんなのこたちもみんな、うぇどのこともっとすきになっちゃうか…」

    テッドの頭がふらふらと揺れる。完全に酔いが回っている。ウェドはその様子を見て、テッドの手から空のグラスをそっと取り上げた。

    「それは…なんか、やだ、なぁ……」

    ぐにゃりとテッドの全身から力が抜ける。
    幸せそうな顔ですやすやと寝息をたて始めたテッドの髪を撫で、ウェドは眉を下げて笑った。

    「…ふう。なんとか誤魔化せた…かな」

    テッドに話した内容には多少嘘がある。
    テッドが最初に感じていたとおり、ウェドはただの交易船の航行士ではなかったし、藍鷹号の船員たちもただの海賊上がりの集団ではない。

    帝国の船に襲われたことなどほとんどないし、下っ端どころかウェドは間違いなく前線で活動する船員だった。

    だがそれは、親しいほどに『知られない方がいいこと』だ。

    何も語らず、『黒渦団の格好をしていただけで、ただの任務だった』『あの二人は任務の仲間だった』と誤魔化すのが一番楽な方法だった。ただ、あの場を見られてしまった以上…そのうえ兄達が波止場でテッドと出会ってしまっていたと聞いては、ある程度の事実を伝えて本当の事だけを言わない方が確実に誤魔化せると考えた。

    酒に睡眠薬を混ぜるなど、本来ならあまりやりたくない手だったが…今回ばかりは仕方がない。聡く、思いやりに溢れたテッドならば、酒のせいであまり覚えていない話を翌日になって蒸し返して聞くことはきっとしてこないだろう。

    ウェドはそう考えて、初めから全てを曖昧にしてしまうつもりで話していた。

    テッドの身体を抱きかかえ、寝室の簡素な寝台へ寝かせる。乱雑に開け広げられたままのクローゼットから適当な毛布を取り出し、起こさないよう優しくかけてやった。

    ──朝が来る前に、発たなければならない。
    装備の支度を整えながら、先程会議室で命じられた任務を頭の中でシミュレーションする。
    久々の、冒険者ではない存在としての仕事だ。
    いつも以上に危険が付き纏うだろうからこそ、どうしてもテッドを巻き込みたくはなかった。
    カナには念のため治療の準備をしておいてほしい旨を手紙にしたため、アンバーに届けさせている。のちのち小言は言われるだろうが、いつものことだ。

    「おやすみ、テッド。君の見る夢が、良いものでありますように」

    吐く息だけでそう呟くと、大きな物音を立てないよう細心の注意を払い、ウェドは廃船の扉を後ろ手にそっと閉めた。
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