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    Ydnasxdew

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    Ydnasxdew

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    ウェド、決着。

    #WT

    Good Bye Loveテッドはウェドの言葉を聞き、息を呑んだ。

    「ここが…ウェドの故郷…?」
    「ああ。この辺りはちょうど村から海の祠へ向かっていく道だ。祈りの時、そこで自然の恵みをもたらす大精霊へ日々命あることへの感謝の意を捧げていた。妹と、この道を手を繋いで歩いたよ」
    ウェドは遠く霧の向こうを見つめ、目を細める。

    ──残酷に終わった戻らない日々に思いを馳せたこの瞬間、ウェドは何を思っているのだろう。かけるべき言葉が出てこない。複雑な面持ちでその横顔を見つめていたテッドのリンクシェルが、突然鳴り響いた。
    『テッド、無事?』
    カラッとした女性の声だ。テッドは後ろを振り向き、霧の中に目を凝らした。
    「ヤコちゃん!うん、ウェドも無事だよ!」
    『よかった!ムーさんと妖異を倒しながら進んでたら霧が深くなってきてさ。二人で事足りてはいるけど、一息ついた頃にまた敵が湧いて出てくる感じ』
    テッドは先程のシーナの言葉を思い出し、ハッとしてウェドを見た。
    「シーナがけしかけてきた奴らは、もう泥みたいに溶けるだけじゃなくなってた。今はなんていうか…青白い人型の魔物みたいな形をしてたよ」
    「…彼女は幻影諸島で再会した時、しきりに『もう少し』だと言っていた。俺をここへ連れてきたことで、シーナ自身の力も強化されて蛮神のようなものになりかけているのだとしたら…」
    「大変…!ラノシアにも他の地域にも、あの力や麻薬の効能でエーテルを乱されている人がいるはず…!」
    ウェドが眉を顰め、テッドの通信機に顔を寄せる。
    「もう少しそっちの相手を頼めるか?俺たちは親玉を探して叩く。どうやら時がないらしい」
    リンクパールの向こうから、もう一つ声が聞こえた。
    『了解しました。でも、絶対に無茶はしないこと。お互いまずい状況になったら、まずは命を第一にこの島を離脱しましょう』
    「わかった。ありがとう、ヤコ、ムー。本当に、恩にきる」
    『帰ったらウルダハの高級レストランのフルコース奢りね、決まりィ!そんじゃ、こっちは任せといて』

    まるでなんでもない日常の会話をしていたかのように明るい声色を残して、通信が切れた。心強い仲間の援護に、テッドは束の間笑みをこぼすと、すぐに真剣な表情でウェドに向き直った。
    「シーナはどこにいるんだろう。早く見つけないと」
    「彼女がいそうな場所にはいくつか心当たりがある。だが問題はどう止めるかだ…」
    「あの浜辺でアルダシアに撃たれた時も、シーナは平気みたいだった」
    「今の彼女はもうただの人間じゃない。だが自分の身体をああするためには何か手段をとったはずだ。島の中に何か手がかりがないか探して…」
    ウェドの胸元で、クリスタルがふるふると振動するような光を放ちはじめた。テッドの指輪にも、うっすらと光が点る。
    「な、なに…⁉ウェド、大丈夫⁉」
    「今のところ大丈夫だ。これは…」
    次の瞬間、クリスタルが一際大きく輝き、波紋のように光が霧の中へ溶けていった。テッドは目の前の光景に目を丸くして、ウェドの腕にしがみつく。光を受けた霧は二人を明確に取り囲み、まるで意志を持つかのように光と影の形を変えて動き出した。テッドには誰とも知れぬ、たくさんの声が重なって聴こえる。立ち竦む二人の目の前に、幻の影が広がっていった──

    *****

     霧の中にまず映し出されたのは、大精霊の巫女となり、一連の儀式を執り行う姉を憎悪の眼差しで見つめる少女…シーナの姿だった。姉の隣では、シーナの恋焦がれる男が二人の子供たちを抱え慈しみ深い微笑みを浮かべている。
    「どうして姉さんばかりが愛されるの?私こそがその地位に相応しい女なのに!ああ…そうよ、そうだわ。私の魂をこのまま大精霊へ還して、私が女神そのものになればいい!そうすれば全ての愛は私のものだわ!」

    漆黒の闇の中、シーナは洞窟の中にある大きなクリスタルの前に引いた怪しげな魔方陣の中に跪いていた。突然辺りが松明の光に照らされ、いくつかの声が響く。
    『シーナ!ここで何してる!』
    『シーナ、やめなさい!そんなことをしては大精霊の御許へ還ることができなくなってしまうわ』
    『神域へ立ち入る事は巫女以外に許されぬ!その上あろうことか女神と同化しようなどと…!出ていくのだ、シーナ。二度とこの島へ帰ることは許さん!』

     夜の海を静かに滑っていく小舟が、小さな洞窟へ入っていく。岩場に舟をつけたのは、大人になったシーナと数人の男たちだ。巨大なクリスタルの前に得体の知れない道具を規則的に配置し、シーナを中心に座り込んでブツブツと詠唱を始める。
    「愚かな島の人間ども、思い知るがいい!私こそが大精霊、私こそが女神なのよ!…祈りの込められたクリスタルとこの呪具がある限り、私は不滅となる!ああ、精霊よ、大いなる女神よ…今この身と一つに!人間どもの魂を昇華させ、この世を愛で満たしましょう…はは、あははっ、あはははは……!」
    洞窟内が青い光で満たされ、男たちがその場に倒れ込み、肉体が霧散して消える。再び訪れた薄闇の中、異形の姿となったシーナの金色の瞳が輝いていた。

    *****

    不気味な高笑いを残して、霧の中の影は渦を巻いて消えた。
    「今のって…?」
    「…島で流れた時のすべてを、水は覚えているという。この島でかつてあったことを教えてくれたんだろう」
    まるで力を使い果たしたかのように、あんなに濃かった霧が自分たちの周りだけ薄らいでいるように感じる。ウェドはペンダントを握りしめ、目を伏せた。
    「母なる大精霊よ。これは貴女が見せたのか。俺に決着をつけろと、そう仰りたいのか。父さん、母さん…俺は…」
    握ったままの震える拳に、まだ華奢だが随分と逞しくなった手が重なる。顔を上げれば、煌めくエメラルドグリーンの瞳がウェドをじっと見つめていた。
    「一緒にいるから」
    「…ああ、ありがとう」
    細身の身体を優しく抱きしめる。まだうっすらと放たれていたクリスタルの光が止んだ。ウェドはテッドの肩を撫で身体を離すと、真剣な表情で話し始めた。
    「精霊の大クリスタルは海の祠の先、巫女だけが入ることを許されていた祈りの神域にある。今見たものが真実なら、シーナが使った呪具もおそらくそこだろう」
    「そんな大事なものなら、きっと近くにシーナもいるはずだよね」
    「ああ。もう一度精霊を降ろそうとしているのならなおさらだ。あそこへいって、クリスタルと呪具を破壊しよう」
    テッドが強く頷いたのを合図に、二人は走り出した。

    *****

    ボロボロの木板が散乱した浜の先に、岩を積んで作られた祠があった。ウェドとテッドは岩壁を背に、あたりを警戒しながら霧の中を進んでいく。突然リンクシェルの音が鳴り、テッドの肩が跳ねた。
    「び、びっくりした…誰?」
    リンクパールの向こうから聞こえてきたのは、憔悴したカナの声だった。
    『テッドくん!ごめん、やられた…!』
    「カナか?どうした」
    『ウェド!よかった、間に合ったんだね…!ちょっと油断した隙に背後から襲われて…サリアさんに逃げられた!残りの転送装置も全部奪われちゃって…』
    「カナは平気なの?怪我は?」
    『僕は大丈夫、もう意識もしっかりしてる』
    「よかった…!」
    「サリアのことは気にするな、きっと俺たちを襲うようなことはないだろう…カナ、君が無事でよかった」
    『援護に行けなくてごめん…なるべく早くそっちへ向かうから、二人とも気をつけて…!』
    リンクシェルから伝わる声が、わずかに震えていた。ウェドとテッドは力強く応え通信を切ると、目の前に聳え立つ祠を一瞥し、岩穴の奥へと続く洞窟へ足を踏み入れた。先行して中へ入ろうとしたテッドの腕を、ウェドがぎゅっと掴む。
    「…何?」
    「…もし、俺にまた取り返しのつかないことが起こったら…その時は…」
     決意を秘めた青い瞳が、テッドを捉えた。テッドは出発前にカナに言われた言葉を思い出して、ウェドの唇にそっと指を当てて先に続く言葉を制する。
    「そんなことにはさせない、絶対」

    *****

    薄暗い洞窟の中で、足に纏わりつく水がひたり、ひたりと音を立てる。道の先に淡く青白い光が見え始め、二人は開けた空間に出る直前の岩陰に屈んで身を潜めた。
    地底湖のように底知れぬ水に囲まれた岩場に、青く輝くクリスタルの原石がいくつも連なっている。奥へむかって祭壇のように装飾を施された空間には無数のガラス瓶が並べられ、中で人魂のような光が明滅している。最奥の岩の上で、ルガディンの大男より一回りは大きいであろう巨大な海色のクリスタルが異様な輝きを放っていた。視線を地へ移すと、クリスタルの鎮座する祭壇を四方から固めるように怪しげな杖状の楔が岩場に打ちつけられている。
    「あれが、精霊の大クリスタル…!」
    「ああ。きっと手前にあるのが例の呪具だ」
    岩陰からわずかに身を乗り出し、さらに様子を探る。だがクリスタルの祭壇にシーナの姿はなく、ただ天井から水滴が落ちる音だけが反響している。
    「おかしい。重要な拠点が、こんなに手薄なはずはない」
    「俺がもう少し近付いて見てくる。ウェドは危ないからここにいて」
    「待て、君一人危険な目に遭わせるわけには…!」
    テッドが一歩踏み出した瞬間、その身体が勢いよく何かに引っ張られた。
    「ぅわっ⁉」
    「テッド!…ぐッ!」
    次いでウェドも岩陰から引き摺り出される。二人の身体はあっという間に蛇のような鱗を纏った触手に捕らえられ、広間に宙吊りにされていた。
    「馬鹿ね。この島で貴方達の動きが私にわからないわけがないでしょう」
    声と共に、暗い水底から人影が浮き上がる。背中から生えた六本の触手をうねらせ、もはや人の形を失ったシーナが金色の瞳を冷たく光らせた。
    「テッド…貴方もやってくれるじゃない。まさかウェドの昇華を邪魔されるなんて思わなかったわ…男という下等生物はどいつもこいつも本当に愚か極まりない」
    シーナの触手の一本が水の中から飛び出し、その先に掴んだものを勢いよく地面に叩きつける。クリスタルの光に照らされたのは、身体中に傷を負ったアルダシアの姿だった。
    「がはっ…」
    「アル⁉」
    地に横たわるアルダシアは意識を失ったのか、ピクリとも動かない。
    「この聖域へ来て女神たる私に逆らうなど、無礼にも程がある。すぐに殺してあげるわ。ここで魂を捧げられる事を喜びなさい」
    「うッ…!」
    テッドがアルダシアと同じように地面に叩きつけられる。身体中がばらばらになったかのような衝撃に、テッドの喉から苦悶の声が漏れた。
    「テッド!くそっ…よせ!シーナ‼」
    宙吊りにされたままウェドが叫ぶと、触手がするりと動いてウェドの身体をシーナの目の前に移動させた。氷のような視線がウェドを貫く。
    「さぁ、時間よ。貴方はその身に満ちた祈りの力で大精霊の遣いとなり、私と一つになる。大いなる女神はこの世に正しく顕現し、地上の卑しい人間どもを昇華させる。この世は私への愛で満たされるの…」
    「やめ、ろ…ぐ、あ…ああ…!」
    ウェドは再び割れるような頭痛に襲われ身を捩った。また、あの声が頭の中に響き渡る。辺りのクリスタルが妖しく光を放ちはじめ、意識が深い水底へ引き摺り込まれていく。
    「させるかぁっ‼」
    「何ッ、ああああッ⁉」
    シーナが叫び声をあげ、うごめく触手が宙を切り裂いて暴れた。縛を解かれたウェドの身体が地に落ちる。はっと顔を上げた先で、毒薬のアンプルを手に握りしめたテッドがシーナを睨みつけていた。
    「貴様…っ…よくも…!」
    「おまえの思い通りにはさせない!くらえっ!」
    バッと広げた魔道書が輝き、光の弾がシーナ目掛けて襲い掛かる。シーナはそれを触手で振り払い、テッドを薙ぎ払おうとそのまま大きく旋回させた。が、テッドの身体に触れる前に魔力の壁に阻まれる。
    振り払われて軌道を変えたテッドの攻撃は祭壇にあるいくつもの瓶を叩き割り、閉じ込められていた輝く光が瞬く間にどこかへ飛び去っていく。
    「魂が…!おのれ、下等生物の分際でッ!」
    「ぅわっ!」
    鞭のようにしなる触手の追撃を受け、たまらずテッドが横へ弾き飛ばされた。地面へ落ちる寸前、ウェドがその身体を抱き止める。
    「ウェド…っ!」
    「そうさ、思い通りになんてさせてやるものか。お前の目論見はここで俺たちが潰す」
    「今更何をしても無駄よ。この十年以上、貴方は大精霊のクリスタルに祈りを込め続けた。もうその祈りから逃れることはできない!」
    「そうだな。俺にとって信仰は僅かな故郷との繋がりで、存在の証で、心の寄る辺だった。だが!」
    ウェドは自分の首からペンダントをちぎり取ると、高く放り投げて銃で撃ち抜いた。粉々に砕け散ったクリスタルの破片がキラキラと舞う。途端、テッドの薬指に嵌められた指輪の石も砕け落ちた。
    「今の俺は、もうそれに縋る必要はない。祈るべき先も、生きる理由も、他にある。テッド!まだ走れるな?」
    「とーぜん!」
    体勢を整え、ウェドとテッドは逆方向に駆け出した。幾本もの触手がその後を追い、力任せに地を突き、足場を崩していく。二人は迫り来る触手を躱しながら、地に打ち据えられた呪具を破壊していった。ひとつ、またひとつと呪具が砕け折れていくたび、耳をつん裂く絶叫が響く。
    「ああ…ああ!貴様ァッ!なんてことをッ‼」
    暴れ狂う触手が、壁や天井を破壊していく。落石を避けようとしたテッドの脇腹を触手が薙ぎ払い、テッドは岩壁に背中を強く打ち付けた。
    「ゔっ…かはっ……」
    「テッド‼」
    ウェドが名前を叫ぶと同時に、触手の一本がテッドの足首を捕らえ、遥か上空に持ち上げる。
    「許さない!許さないッ!死ねェェ‼」
    怨みのこもった怒鳴り声が空気をビリビリと震わせ、触手がテッドの身体を掴んで振りかぶった。
    ドン、という大きな音が洞窟中に響き渡る。ウェドの構えた銃から、硝煙が立ち昇っている。銃口の先にあるシーナの胸元には大きく穴が開いていた。
    「…ふ、ふふ、あはっ、あはははは!」
    高笑いと共に、シーナの傷がパキパキと音を立てて塞がっていく。中途半端に持ち上げられた身体が地に落とされ、テッドは落下の痛みにうめいた。
    「無駄よ!私は女神そのものと言ったでしょう!クリスタルと祈りがあれば、私は不滅なの‼」
    「ああ、知っているとも。だからもう終わりにしよう、シーナ」
    「何…⁉」
    シーナの身体を覆っていた鱗が、傷を塞いでもなおパラパラと地へ落ち続ける。全身からしゅうしゅうと煙が立ち、背中から生える触手はもがき苦しむように地を這い、不気味に光る鱗を散らせて瓦解していった。
    「なに…何なの…何なのよこれ…!」
    シーナがはっと背後を振り向く。そこに聳え立つ大クリスタルの中央はウェドの放った弾丸に穿たれ、大きくひび割れ始めていた。
    「な…⁉だめ…嫌、嫌よ!だめ!嫌ァ───ッ‼︎」
    ガラガラと音を立てて、巨大なクリスタルは崩壊していく。青白い光は徐々にその輝きを失い、背後にある深い海の底へと沈んでいった。
    「……おのれ……おのれえぇぇ──ッ!」
    「くっ……!」
    ほとんど人の姿を取り戻したシーナが、追い詰められた獣のように目を剥きウェドに飛びついた。細い指が、ギリギリと首を締め上げる。
    「魂を…!その魂を寄越せ…!大精霊へ、魂をッ!」
    地に倒れ伏していたテッドが、渾身の力を込めて立ち上がる。太腿のホルスターから最後のアンプルを抜き出し、シーナの肩口へ強く、深く突き刺した。
    「ギャアアァッ‼」
    天を裂くかのような断末魔が谺して、シーナがついに膝をついた。テッドはウェドに駆け寄り、荒い呼吸を整える胸を抱きとめる。洞窟の中に束の間、静寂が広がった。
    「……どうして、なの…」
    シーナの口からぽつりと言葉がこぼれる。
    「どうして私だけが…どうして愛されないのよ…!」
    「ちゃんと愛されてたさ。あんたはその生を祝福されてた。それを…あんたが自分で、壊したんだ」
    「……」
    「俺はあんたを殺さない。血の繋がりがあるからじゃない。同情なんかじゃない。死んで楽になんてしてやるものか。あんたが愛を渇望するのなら…精霊に裁かれるその日まで、その渇きに苦しみ生きろ」
    ウェドの冷たい声が洞窟に響く。テッドがその腕を取り、ぎゅうと身を寄せた。ふらりとシーナが立ち上がったのを見て、二人はわずかに身構える。
    「ふふ…あは……まだよ…終わらないわ…私は大いなる女神…私は愛されるべき存在…私は……がはっ」
    「なっ⁉」
    突然、シーナの胸元にナイフの刃先が現れた。背中から貫通したそれは、抜け落ちることなく鮮血を滴らせる。
    「…お前には終わってもらわなきゃ困るんだよ、シーナ・ナーガ」
    背後からシーナを差し貫いたのは、満身創痍のアルダシアだった。
    「貴方…生きてたの…あはっ…しぶとい男ね……」
    「俺の人生から潔く退場してもらうぜ、イカレ蛇女。これでようやくゆっくり眠れるってもんだ」
    「…残念だわ、私…貴方のこと、結構好きだったのよ?」
    「そうかい、それは吐き気がするね」
    「ふ、あはは!今私が死んでも結末は変わらないわ!ウェド、貴方は精霊の遣いになる!そして女神である私は再び呼び降ろされ甦る…!ふふ、それまでさよならね…せめて昇華を確実にするためのエーテルを捧げていきましょう」
    シーナが一歩、また一歩と深淵へ向かって後ずさっていく。
    「すべての愛は…この私のものよ」
    「何ッ⁉ぐあっ!」
    シーナの左腕が突如として触手へと姿を変え、アルダシアの身体を絡めとる。シーナはそのまま海中へ身を投げ、アルダシアも深淵へ引き摺り込まれていった。
    「アル!」
    「アルダシアッ!」
    若い女性の声がして、呆気に取られた二人の横を一陣の風が通り抜けていく。
    「サリア⁉」
    サリアの後ろ姿は躊躇うことなく海中へ飛び込み、そのまま消えた。テッドが三人の消えた淵へ駆け寄り、水底を覗き込む。そこには真っ暗な水が広がるばかりだ。
    「ぐっ⁉あ、がはっ…!」
    背後でウェドの呻く声がした。テッドは慌ててウェドの元へ戻ると、倒れ込んだ背をさする。
    「ウェドッ!どうしたの、しっかりして!」
    テッドの目の前で、ウェドの身体がパキパキと音を立てながら腕の先から気味の悪い鱗に覆われていく。
    「なに、これ…だめ、だめ!ウェド…ッ!」
    「…なるほど、もうとっくに手遅れだったってことか…」
    「そんな…!どうしたら…!」
    テッドは太腿のホルスターへ手をやる。アンプルは、もう一つも残っていない。
    「…俺が…俺の祈りがここにある限り、偽りの大精霊の再召喚は免れないだろう」
    ウェドがテッドの手を取り、そっと包み込む。
    「テッド…すまない。どうやら君との約束を、守れそうにない」
    「ウェド…?なに言ってるの?」
    「俺は決着をつける。この島に、俺自身の因縁に…きっとこれが俺の命が果たすべき『役割』なんだ。このために俺は今まで生きてきた」
    「違う…違うよ!こんなところで諦めるなんて、らしくない!あんた、そんな物わかりのいいやつじゃないだろ!」
    「そうさ!終わりたいわけない!この先もずっと、君と一緒に生きていたい…いつの間にか、自然とそう願うようになっていた…でも、もうそれはできない。再び偽りの神がこの身に降ろされるその前に、俺はここで役目を果たさなければ…すまない、テッド……愛してる。さよならだ」
    「あ…っ!」

    一瞬の出来事だった。
    ウェドは優しく包んでいたテッドの手を強く握り突き放すと、地に落ちていたクリスタルの破片を掴み自らの胸に深く突き立てた。

    ──テッドには目の前で起きていることがはっきりとスローモーションに見えた。青い光がクリスタルから溢れ出し、あたりを照らし出す。
    すべての力を失ったウェドの身体が膝から崩折れ、ぐしゃりと音を立てて地に倒れ伏す。

    明かりの無い洞窟の中に、悲痛な叫び声が響き渡った。

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