濡れた髪をタオルで乾かしながら浴室を出ると、既に寝支度を整えてカウチで本を読み耽っているウェドの姿が見えた。
ガウンの前が無防備に開いて、傷の目立つ鍛えられた身体が覗いている。文字を追って伏せられた瞼の下に長いまつ毛が影を落とし、時折はらりと流れてくる前髪を無骨な指が払う。顎の下まで伸びた髪が緩やかに波打ち、静かにページを捲る姿はまるで美術品の彫像のようだ。
一連の動作をつい凝視してしまっていたテッドは頬を染めて頭を振ると、軽い足取りでウェドの隣にぽすんと腰を沈めた。
「ウェド!」
「おっ…と、出てきてたのか。すまない、本に夢中で気が付かなかったよ」
「へへ、気持ちよくてつい長風呂しちゃった…何読んでるの?」
「イシュガルドの戦記。半分神話のようなものだけどね」
「あ、この間嬉しそうに買ってたのこの本かぁ、面白い?」
「ああ、一緒に読むかい?」
「だめだよ、俺、読むの遅いからウェドの邪魔しちゃう。でもいつか一緒に読みたいなぁ、もっと勉強しておく」
「俺が読み聞かせてやってもいいんだぜ、君の耳元で、こうやって…」
「あはっ!ちょっと!やめろよぉ!」
耳にかかる息がくすぐったくて、テッドは笑いながらウェドの口元を手で覆った。その手に、ウェドの長い髪がひと束流れ落ちてくる。
「髪、伸びたね」
「ん、そういえばそうだな。そろそろ切るか…」
「……髪が伸びるのが早い人ってえっちなんだって、知ってた?」
からかって挑発してみると、ウェドが青い瞳を丸くして一瞬押し黙った。
「…ふふ、えっちなんだ」
「…君だって」
いつものように眉を下げて困ったように微笑んだウェドの手元にある本を、テッドはそっと閉じてテーブルへ置いた。
ウェドの肩に手をかけ、ゆっくりと後ろへ押し倒す。言葉で確認するまでもない。豊かな灰茶の髪に指を通し、そっと撫でながら口付ければ、柔らかな唇が開いてテッドのふっくらとしたそれを食んだ。
ガウンの合わせを開き、左胸の大きな傷を指でなぞり、終着点にある突起をとんとんと弾く。ウェドの肩が僅かに跳ね、キスの合間に唇から切なげな吐息が漏れた。
(ウェドのこんなところ、見られるのは俺だけなんだ)
テッドはそのままウェドの耳元へ唇を寄せ、優しく口付ける。
「…ね、ウェド、今すごいえっちな顔してるよ」
「そうかい?じゃあもともとそういう顔なのかも」
「ふふ、強がっちゃって!…ほら、もっと感じて」
息を吹き込むように囁き耳腔へ舌を差し入れると、ウェドの身体が明らかに震えた。
(俺だけがウェドの弱いとこを知ってる。俺だけが…)
身体が熱くなっていく。強くて、優しくて、いつも飄々として余裕に満ちたこの男が、自分の前では乱れた姿を見せてくれる。自分だけが、この男を掻き乱すことができる。
逆も同じだ。…この男だけが、自分を乱し、狂わせる。
「…っあ!」
ウェドを攻める事に夢中になっていたテッドの首筋に、赤く跡が浮き上がった。
吸い上げられた箇所を平すように、暖かくぬめる舌が滑っていく。
「あ、ん…それ…」
「お返しだ。好きだろ?」
「うん…きもちい…もっと」
皮膚の薄い箇所に口付けられ、舐め上げられるまま、テッドはウェドの上へ覆い被さって大きな背中へ手を差し入れた。
首元へ流れている少し跳ねた髪から、甘いココナッツの香りが鼻先をくすぐる。
「…良い匂い。いつもの煙草の匂いと違う」
「ん?…ああ、オイルを使ったからかな。君の恋人が汚らしく不潔な佇まいでいるわけにいかないだろ」
「ウェド、そんなにカッコいいのにこういうの気にするんだ」
「努力の賜物だって言ってくれよ。良い見た目を維持するのも大変なんだぞ」
「でも今以上カッコよくなられたら困る、もっとモテちゃうじゃん」
「ははっ、そうかな」
テッドはウェドの首元から顔を上げ、青い瞳を見下ろした。部屋の明かりが映り込み、きらきらとして美しい。
「でも俺には君だけだ。君に相応しい男でいたい」
「…俺には、ウェドがいてくれるって、それだけでもう十分だよ」
もう一度髪を撫で、優しくキスをする。
目を細めて微笑むその表情が眩しい。
「ベッドに行こうか、テッド」
「うん…はい、連れて行って」
「仕方ないな!…仰せのままに、ご主人様」
軽々と抱き上げられ、しっかりとした首に回した手に力を込める。
甘いココナッツの香りが、幸せを纏って部屋中に満ちている気がした。