Recent Search
    Sign in to register your favorite tags
    Sign Up, Sign In

    Ydnasxdew

    @Ydnasxdew

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 53

    Ydnasxdew

    ☆quiet follow

    兄貴襲来

    ウェドと星芒祭の思い出いつもの廃船の部屋で、テッドは全く慣れない相手を前に身体を強張らせていた。
    部屋の明かりはテーブルの上のろうそくだけ。そのゆらめく光に、彫刻のように整ったエレゼンの男の顔が照らされている。

    数分前のことだ。テッドは冷たい海風から逃げるようにこの廃船の隠れ家に駆け込んだ。
    今夜はウェドとここで過ごすことになっている。二人で暮らす家を構えてからというもの、今ではほとんどこの隠れ家で眠ることも少なくなった。だがどんなに寂れてもこの場所はテッドにとって思い出深く、ウェドも同じなのだろう、最低限手入れを欠かさないためにいつ来てものんびりと過ごせる環境が整っている。
    テッド自身、宿が遠かったり休憩したい時にはひとりここを使うこともある。元はまったく人の気配など感じられなかったが、二人で過ごした時間が積み重なるにつれ部屋の中に生活の様子が見えるようになり、今となっては過去の虚しい空気は見る影もなくなっていた。

    軋む床板を踏み、部屋の扉の前で立ち止まる。
    夜光貝は置かれていない。ということは、ウェドはまだ帰ってきていないのだろう。

    (帰ってくるまでにスープくらい作れるかな?ウェドったら雪が降っても薄着なんだから、今頃ひえひえの氷菓子みたいになってるかも。バスタブにお湯だけ張っておこうかなぁ)

    恋人が玄関を開け、ただいま、と微笑む様子が頭に浮かぶ。いつもの光景だ。おかえりと胸に飛び込めば、力強く優しい腕がいつも抱きしめてくれる。

    テッドは鼻歌混じりに脱いだ外套を入り口脇へ掛け、入り口を隠しているボロボロのカーテンをかきわけてリビングへ足を踏み入れた。
    ──と同時に、鋭く冷たい声がして、ぴたりと動きを止めた。

    「おかえりなさい、テッドくん」

    まだ灯りのついていない部屋だ。テッドは反射的にその場にしゃがみ込み、暗闇に目を凝らす。

    「あら!賢いのね。襲撃を考えて姿勢を低くし、正確な場所を察知されないように声は出さない。ウェドが教えたの?」

    テッドは驚き息を呑んだ。こちらから相手は見えないのに、向こうからは自分のことが見えているようだ。

    (ウェドの名前を出してきたし、それに…よく思い出してみれば、この声、どこかで……?)

    なおも声を出さず身じろぎもせずにいると、声の主はおもむろに笑い出した。

    「ふふふ!ごめんなさい、驚かせたわね。貴方に危害を加えるつもりはないわ。ただ、話をしに来たのよ。今灯りを…あ、姿が見えた瞬間に襲い掛かってくる、なんていうのは無しよ?」

    先ほど「冷たい」と感じたのはなんだったのかと思うほど朗らかな声で、その人物は楽しそうに言葉を続ける。
    すぐに目の前にろうそくの灯りが見え、テッドはおそるおそる顔を上げて声の主を探した。
    炎に照らされて透ける長い髪、すらりと背の高い影。テッドはウェドに憧れていた頃に、一度この人物を見ていることを思い出した。

    「あ…!ウェドの…えと、お兄さんの……?」
    「そうね、一応兄ってことになるのかしら。私は藍鷹号の船長、イヴ・ディアスよ。どうぞよろしく」

    ***

    そうしてイヴはソファに腰を下ろし、長い脚を組んでテッドを覗き込んでいる。

    自分にとって危険な人物ではないのはわかっていても、緊張が拭えない。
    なにせ相手は泣く子も黙る本物の海賊だ。いくらウェドの身内とはいえ、直接顔を突き合わせて会話をするのは初めてだし、どんな理由でここへきたのかもわからない。なによりウェド自身の姿がないことが、テッドを一層心細くさせる。

    「あの…ウェドになにか…?」

    テッドが小さく質問を口にすると、イヴはにっこりと微笑み穏やかに切り出した。

    「今日はあの子じゃなくて、貴方に大事な相談をしに来たの。まどろっこしいのは性に合わないから単刀直入に言うわね。テッドくん……ウェドを藍鷹に返してくれないかしら?」
    「…え」

    耳から入ってきた情報に頭が追い付かず、テッドは唖然としてただ大きな目を見開く。

    ──返す?ウェドを?俺が?

    イヴはなんでもないことのように、顔色も声色もなにひとつ変わらぬまま会話を続ける。

    「貴方がウェドの恋人だっていうのは知ってるわ。あの子がそんなものをつくるなんて思いもしなかったけど……ほら、だって、邪魔でしょう?仕事に支障がでるじゃない。あの子は仕事に人一倍熱心だったから……あぁ、ごめんなさいね!貴方のこと馬鹿にしてるわけじゃなくて……ね、わかるでしょ?最近はなんだか陸の動きもキナ臭いし、私たちの方も人手が欲しいの。それも即戦力の人手がね。だから──」
    「できません」

    話の途中で放たれた否定の言葉に、美しく整った目元をすぅと細めてイヴが言葉を止める。

    「……なんて?」

    初めてここで話しかけられた時のような、冷たい声。テッドは震える唇を噛み、それでもイヴの顔をまっすぐに見据えて再び答えた。

    「……できません。いやです。そもそもウェドはモノじゃない。俺が返すとか返さないとか、そういう話じゃないんだ。それを決めるのは、ウェドなんだから……それに、もしウェドが藍鷹号に戻るって言ったら──きっと俺、引き止めます。それでも行くなら、俺もついていく。もっともっと強くなって、ウェドや貴方がダメだっていっても、世界の果てまでだって、ついていきます。だって約束したんだ、二人で生きていくって……俺はウェドがいないとダメだし、ウェドのこと守るって、幸せにするって、決めたんです。だから……」

    テッドはすくと立ち上がってドアへ続く通路へ向かい、目隠しのカーテンに手をかけた。

    「──どうぞ、おかえりください。いくらウェドのお兄さんでも、これだけは譲れません」

    酸素がなくなったのではないかというほどの息苦しい沈黙。テッドの背中を、首筋を、冷たい汗が流れ落ちていく。
    少しの間の後、テッドの様子を微動だにせず眺めていたイヴが大きく息を吐いてソファから腰を上げ、テッドのもとへつかつかと歩み寄り──しなやかで長い腕でぎゅっとテッドを抱きしめた。

    「ぐぇ⁉」
    「そうでなくちゃね!思った通りのいい子じゃないの!本当によかったわぁ!」

    心底嬉しそうな声をあげ、イヴがテッドを軽々持ち上げてくるくると回る。わけがわからないままでいるテッドの手を取りソファへ戻ると、座らせたテッドの隣に自身も腰かけて上機嫌に語り始めた。

    「試すようなことをして本当に悪かったわね。あの子が相当入れあげてるって知って、どうしても貴方がどんな人間なのか知りたくなっちゃったのよ。でも……そうよね。あの子が選んだ人だもの。悪い子のはずがない。あんなに世界を恐れていた人間が心を開いた相手が、邪悪であるはずがないもの」

    イヴの優しく穏やかな表情は、まるで母親のそれだった。
    心の底から、ウェドのことを愛し、信じているのだろう。彼はこの愛情の中で育った。過酷な運命と、暗い感情の中に生きていたこの十数年の間も、彼を愛し心配して支えてくれていた人がいた。それがたとえ命の危険が伴う仕事を担う組織だったとしても……。テッドはそれを改めて知り、自分の心に安心感が広がっていくのを感じていた。

    「じゃあウェドは……!」
    「もちろん、二度とうちの船へ乗せるつもりはないわよ!それが親父の遺言でもあるしね。私たちの間には強い絆がある。けど、あの子の居場所はもううちの船じゃない……貴方の隣なんだから」

    イヴがいたずらっぽくウインクをして見せる。その表情はどこか初めて会った頃のウェドに似ていて、懐かしさと投げかけられた言葉の照れくささにテッドの口の端が緩む。

    「俺も、ウェドのお兄さんが優しい人で安心しました。あの人、あんまり自分のこと話してくれなくて…俺、多分ウェドのこと今でも半分も知らないかもしれないけど…でも、これからいっぱい、知っていきたいなって思ってるんです。好きなもの、好きなこと、好きな場所──今までの楽しかった思い出とか、悲しかったこと寂しかったこと、そういうことも全部…そしたらきっと、今よりもっと二人で生きてることが幸せに感じられると思って」
    「カッコつけたがりなところはずっと変わらないのね、あの子。あっそうだ、良い機会だから、子供のころのウェドのこといろいろ教えてあげちゃおうかしら」
    「い、いろいろ…!」

    テッドがイヴに向かって前のめりに体を傾ける。
    ウェドは自分自身の話となるとはぐらかす癖がある。今までは自分がそこまで信頼されてはいないからだろうと思うこともあったが、心通い合う今、彼がネガティブな理由で話そうとしないわけではないのだろうということがテッドにはよくわかっていた。
    それでも、心寄せる相手のことであればそれはとても……とても、知りたいもので。
    そわそわと瞬きを繰り返すテッドを見て、イヴは小さく笑みをこぼし、大袈裟に足を組み替えて語り出した。

    「あの子は昔から本当に小生意気でね~、負けん気は強いわ口は悪いわ、しかもなまじ頭の回転が速いものだから……私たちも手を焼いたものだわ。いつも大抵眉間にしわ寄せて、暇な時間さえあれば鍛錬に勉強に……それでかしらね、ちょうど今の時期──星芒祭の時期は、船員はみんな密かにあの子を子供らしく甘やかしたがって。なにかと理由をつけては新しい服を誂えてやったり、普段はあまり食べないようなお菓子を買ってきたり、年相応に夢のある本を与えたりしたわ」

    幼いウェドが、照れ隠しの仏頂面でたっぷりのプレゼントを前に困っている様子が目に浮かぶようだ。
    テッドは自然と綻ぶ口元を抑え、イヴに話の続きを促す。

    「ふふ…ウェドは何が好きだったんですか?」
    「そうねえ。本は齧り付くように読んでいたわ。星芒祭の時期にもらっていた冒険小説や歴史小説なんかは気に入っていたみたいで…普段から自分の寝床の枕元に置いていたわよ。寒い中でも暗くても関係なく、何度も読み返していたみたい」
    「ウェド、今でもよく読み物をしていて、俺にも読んで聞かせてくれるんです。俺、あんまり文字に強くなくて…出会った頃、何度もウェドに教えてもらいました」

    それを理由に会ってもらったりもした。当初はお互いに不器用で、怖がりで、何か理由がなければ……ただ会いたいから、では会えなかったのを思い出す。

    「頼まれると放っておけないところも変わらないのね。お人好しというかなんというか……あの子、変に律儀じゃない?だからお返しのつもりだったのか、キッチンに忍び込んで…もうお察しでしょうけど、大惨事を起こして出禁になったりしたわよ」
    「それも今でも変わらずです…でも、ウェドの作るスパイス入りのホットワインだけは本当に絶品で…お兄さんたちから教わったんだって、笑ってました」

    イヴはその言葉に一瞬目を見開き、ほんの少し寂しそうに微笑んだ。

    「そう…懐かしいわね。あの子を引き取ったばかりの頃、ワインの代わりにグレープジュースを使ったやつをみんなでよく作って一緒に飲んだっけ。星芒祭の時期に限らず、洋上は凍える寒さになることもよくあったから……」

    イヴが小さく何か呟く。テッドにははっきりと聞き取れなかったが、「いいんだか悪いんだか」と言ったように聞こえた。

    「私たちが甘やかしたからってわけじゃないだろうけど、あの子は本当は星芒祭が大好きなのよ。上辺は『みんな気持ちが浮ついてるから仕事がやりやすい』なんて斜に構えてたけどね。他のイベントには少しも興味を見せないくせに、雪がちらつきだすとそわそわしだして、街へ繰り出していったと思ったら『たまたまお礼にもらったから』なんてドードーの丸焼きを持って帰ってきたりして……あの子にとって、子供が、家族が、ともに幸せに過ごせる時間はとても愛しいものだったんでしょうね」

    自分自身の経験もさることながら、理不尽に引き裂かれ、踏み躙られる命と絆をウェドはいくつも見てきたのだろう。あたたかな家で身を寄せ合い、さまざまな人の笑顔と幸福の溢れる季節。ウェドはそれを、いったいどんな気持ちで過ごしていたのだろう。
    出会ってからのウェドの様子を思い出してみる。雪の向こうで輝く明かりと行き交う人々を見つめるその横顔は、いつだって穏やかで、満足そうだった。

    「そうだ、イヴさんは星芒祭のプレゼント、ウェドに何をあげてたんですか?」
    「大抵はチョコレートケーキだったかしらね。私、料理得意なのよ。焼いたココアスポンジを度数の高い果実酒にたーーーっぷり浸けて、チョコレートをかけて固めたものを毎年作ってあげてたわ。あの子が15の時からね」
    「15!?それってまだお酒……」

    イヴの眉が不敵に吊り上がり、口元がすっと弧を描く。まるで悪戯好きの悪魔のようだ。

    「ふふ、そうなの。ちょっとした出来心よ?これくらいなら大丈夫かしら〜って…そしたらあの子、最初の年はもうベロベロに酔っ払っちゃって!その時の様子ったらもう…」

    そこまで聞いたところで、リビングのすぐ横にある寝室の方からガタン、と大きな音がした。
    テッドが驚いて身構えると、カーテンの向こうから大きな何かの影が転がり出してくる。床の上で不恰好にバタバタと跳ねる「それ」は……
    毛布とシーツで簀巻きにされ、声を出せないようスカーフを噛まされたウェドだった。
    焦りの滲む表情でイヴとテッドを見上げ、もごもごと何か抗議しようとしている。

    「ウェド!?」
    「やぁだ、テッド君とお話が終わるまでおとなしくしてなさいって言ったでしょ?」
    「お前がべらべらと昔の話をしてやるのが悪い。男なら誰だって、恋人に自分の醜態を知られたくないだろう。俺はわかるぞ、ウェド」

    地の底から響くような低く太い声。ウェドを追いかけるようにカーテンを持ち上げて現れたのは、イヴでも見上げるほどのルガディンの大男だった。
    テッドはこの男も知っていた。港やブルワーク・ホールでイヴを見かけたとき、隣にいた男だ。

    「しっかり面倒見ておいてっていったじゃない、ルー」
    「まだ青い若造の弟分が可愛いのはわかるが、あまりいじめてやるな。…と、すまない。自己紹介がまだだったな、テッド君。俺はソルクスティル・ディアス。イヴの補佐をしている」

    大男は学者然とした仕立てのコートの裾をはたき身なりを整えると、テッドに向き直って丁寧にお辞儀をする。美しい所作だ。つくづくこの二人はとても海賊とは思えない。まるで上流階級の貴族のような──……唖然とするばかりで動かないテッドの頭に、ぼんやりと子供のころの光景が浮かぶ。

    「ウェドが世話になってるな。こいつはどうにも不器用なやつだが、誠実さと勇敢さだけは人一倍だ。これからもどうか、助けになってやってほしい」
    「あ…え、えと……こちらこそウェドにはお世話になって…じゃなくて、どういう状況なの、これ!」

    慌てふためくテッドの様子に、イヴとソルクスティルが顔を見合わせ、わはは、と大きく笑い声を上げた。


    ***


    その後二人は簀巻きにしたウェドを放置したまま、にこやかにテッドに別れを告げて早々に去っていった。

    嵐の後の静かさにテッドはまだ唖然として、「じゃあね」と残された言葉に振り返した行き場のない手が宙に留まっている。
    足元でむぐむぐと呻く声に我に返り、テッドは慌ててウェドの前に膝をついた。

    「ウェド!大丈夫!?」

    口元を覆ったスカーフを外してやると、ウェドが口の中に丸め入れられていた布切れを吐き出して大きく息を吐いた。

    「まったく!酷い目にあった…君こそ大丈夫かい、驚いただろ……くそっ、兄貴のやつ…!」
    「びっくりしたし、ずいぶん破天荒な人たちだったけど……でも、ウェドのことすごく大事にしてるのが伝わってきたよ。ふふ、愛されてるね」

    テッドがはにかみ、ウェドの乱れた髪を撫でる。
    ウェドは心底困ったように眉を下げ、ため息をついた。

    「君もずいぶん肝が座ってきたな……その、ありがとう。兄貴の提案を跳ねつけただろ。すごく嬉しかった」

    その言葉を聞いて、あの瞬間もウェドは寝室でイヴとのやりとりを聞いていたことに思い至った。テッドの顔がみるみる赤くなり、簀巻きになったウェドに背を向け凭れ掛かる。

    「あ…っ、当たり前じゃん!俺だって…お兄さんたちに負けないくらい、ウェドのこと…あ、あいしてるんだから……」

    今更ながら、恥ずかしくてウェドの顔を見ることができない。でも、ウェドが今どんな顔をしているのかは、なんとなくわかっていた。
    後ろの簀巻きが小さく息を吸ったのを感じて、テッドは慌ててそれを遮った。

    「待って!いい、もう言わないで!今ウェドから俺も愛してるとか言われたら、俺、照れくさすぎてどうしたらいいかわかんない!」
    「そこは言わせて欲しかったな、俺から何も与えさせないなんてずるいぞ」
    「いつも貰いすぎだからいいの!それよりさ」
    「うん?」
    「さっきの話、酔っ払ってそのあと、どうなっちゃったの?」

    沈黙。でも、これは嫌がっている沈黙ではない。テッドは思い切って振り返り、ウェドの横に並んで寝転がった。気まずそうに逸らされた目が自分を見るように、両頬を包んでこちらを向かせる。

    「…あーあ、わかったよ。君も一度見たことあるだろ?俺は酔うと、その…なんというか……極端に素直になっちゃうんだよ。嘘がつけなくなる。自分を曝け出しちまうんだ。だからあの時も……実は記憶が飛んでてあまり覚えていないんだが……いかに自分が親父や兄貴達のことが好きなのか、イヴ兄さんのチョコレートケーキがどんなに美味しいか、兄貴達のプレゼントがどれだけ嬉しかったか……東方のマタタビを抱いた猫みたいに、そりゃあもうべたべたに甘えまくったんだってさ」

    ──猫みたいに甘えまくるウェド。

    テッドの頭に、ゴロゴロと喉を鳴らしてすり寄ってくるウェド猫の姿が浮かぶ。
    その表情を見て、いつも涼しくどこ吹く風の色男の顔が羞恥に歪み、拗ねた子供の面影が差す。

    「……そんな顔で見ないでくれよ」

    テッドは堪えきれないニヤニヤ笑いを唇に貼り付けて、ウェドの額に自分の額を合わせた。
    なんて可愛い人なんだろう。かわいそうだけれど、滅多に見られない姿にどうしても胸が高まって、テッドはもはや専用の抱き枕のようになっているウェド巻きをぎゅっと抱きしめる。

    「俺の可愛いウェド!俺にもその姿見せてくれたって良いのに!」
    「いやだよ、君の前ではいつだって格好良くいたいんだから。これでも毎日頑張ってるんだぜ?今日はこのザマだけど……」

    苦笑いで身動ぎするウェドにキスをして、テッドは上機嫌でソファに向かう。

    「ね、明日はビスマルクにご飯食べに行こうよ。確かラノシアオレンジのジャムを挟んだチョコレートケーキがあったと思うんだ。俺、それが食べたい。せっかくだからワインも飲もう!」
    「いいね。今の時期はスターライトビーフシチューも出してるんじゃなかったか。腹いっぱい美味いものを食って、マーケットでも見ながらのんびり過ごそう」
    「うん。買い物したら家に帰ろう。俺、ウェドの好きなものいーっぱい作ってあげる!…これからはこうやって毎年、一緒に星芒祭を過ごそうね。来年も、そのまた来年も、ずっと。こんなにキラキラして、人の繋がりがあったかい時期なんだもん。その景色の中に、ウェドにもちゃんといてほしい」

    瞬間、テッドにはウェドがほんの一瞬泣きそうに顔を歪ませたように見えた。
    それが気のせいじゃないということも、今のテッドにならわかる。

    「君が隣にいてくれるなら、俺はどんな景色の中にいても、幸せだって胸を張れるさ。どんな寒さの中でも、君がいつも俺をあたためてくれる。君が、俺の帰る家だ。そうさ、これからも、ずっとね」

    自分がいることで、今ウェドが幸せでいてくれる。
    テッドにとってそれは何よりも嬉しく、幸せなことに感じられた。

    「……ところでこれ、解いてくれないか」

    ウェドの言葉に、テッドはすい、と目をそらす。

    「君、何か良からぬことを考えて……」
    「だ、だって…さっき帰り際にイヴさんが言ってたんだ。『よほどじゃない限り、ウェドが抜けられない縄なんて私たちが縛り上げたものくらいだから、解くまでは悪戯し放題よ』って……今もそうやって転がってるってことは…本当なんだな~って思って……ね?」

    テッドの瞳が、好奇心と期待に満ちて光る。

    「兄さん……ッ!余計なことを…!」
    「ちょっとだけ…ちょっとだけだから……」
    「テッド。こんな状態じゃなくたって俺は抵抗しな…テッド、何をするんだ。ちょ…、テッド、よせってーー!」

    しんしんと雪の降る海岸に、うっすらと男の悲鳴が谺する。
    だがその声は雪に紛れて波に溶け、むなしく消えていった。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    👏💖💖💖💖💖💙💚
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works