水面から顔を出すように、目が覚めた。
嫌な夢を、見た。昔の夢だ。心臓が早鐘を打っていた。呼吸は速く、浅く、脂汗が滲み、失った腕が痛む。
夜はまだ色濃く残り、朝は遠い。
となりではイチが深い眠りの中、穏やかな呼吸を繰り返していた。確かな現実が、悪夢を過去として遠ざける。
「夢だ」
肺の空気をすべて吐き出し、その一言を絞り出す。
もう、全て終わったはずなのに。
でも、あいつはまだ生きている。この少年の体の中で、息をしている。そう思うだけで、消えることのない埋み火が腹の底を炙る。
薄い腹の上に手を置く。
この中から引きずり出して、殴って、殴って、腕が壊れるまで殴り続けても、きっと、全部、ぜんぶ、だめにするまで、止まれないだろう。
だめだ。そんなこと、してはいけない。そもそも、できるはずがない。けれど、自分が信じられない。
そっと身を起こしたつもりだったが、離れるぬくもりに気づいたが、イチが目を開けた。咄嗟に息を潜めるが、水気の多い瞳がゴクラクを見つめる。
「ごめん、起こした?」
小さく謝るが、イチは黙ったままだ。眉を寄せ、重たげな瞬きを繰り返す。睡魔に抗うのが見て取れた。
「まだ夜だから……寝てていいよ」
しかし、イチは首を横に振る。瞼をこすり、のろのろと上体を起こした。
「何かあったか?」
伸ばされた手が頬に触れる。あたたかな眠りにひたった手だった。
「どうしてそう思う?」
「変な顔をしていた」
「ええー? ひでぇなあ」
茶化すが、イチの瞳は揺らがない。ぶつかるように腰にしがみつき、胸にぐいぐいと額が押し当てられる。
寝ぼけているのだろうか。いつもよりいとけない仕草に、振り払うのも憚られた。
「あした、起きたら、聞くから、だから」
――――どこにも行くな。
あたたかな息が胸を湿らせて。無防備な胸の裡の、当て所ない不安に触れた気がした。それは、己のものだったのか、イチのものだったのか。
「うん……分かった」
背に手を置き、軽く叩いてやる。しがみつく腕の力はすぐに緩み、穏やかな寝息だけがふたつの体の間に落ちていく。
「行かないよ」
行けるはずがない。こんなに捕らえられて、どこに行けというのだろうか。
残った片腕で背を抱き寄せ、顎の下にある黒い髪へと頬を寄せる。
大丈夫。もう間違えない。むやみに傷つけたりしない。
声には出さず、思うだけで告げた。