白と黒のどちらを選ぶ?いつもの自室でいつもの時間。
ゲーム周回をしたり依頼された案件を済ませたり寮のセキュリティを強化したりするのがイデアの普段の過ごし方だ。
けれども今日はそうする事が出来ずにいた。なぜなら…
「イデアさん、僕を選んだ方が得ですよ。何と言っても同じ部活で気心が知れているでしょう」
「いいえイデア先輩、ぜひ俺を選んで下さい。推しを同じくする者同士気兼ねなく話も打ちもできると思います」
胡散臭い笑顔を浮かべながらアズールが、自信有りげな顔をしてジャミルがそれぞれの主張をしていた。オルトは部活が終わってからオンボロ寮へ直行したのでここに居るのは3人だけだ。
どうやら仲のいい1年生達と集まってワイワイ過ごすらしい。
オルトも陽キャでござったか、と心の中で呟く。
弟が居たらこの状況を変える事ができたのかもしれないがイデア1人では押しの強い2人には対抗できない。口では負けない自信があるが実力行使で来られたら勝てないのである。
「さあ選んで下さいイデアさん/イデア先輩」
何故かイデアは後輩2人に交際を迫られている。強引とまではいかないがやたらとぐいぐいこられていた。少しばかり彼が引くくらいには詰め寄られている。
こんな陰キャオタク相手にいったいどうしたのだろう。
─何かの罰ゲーム?それとも変な魔法薬を被ったとか…あっ、2人して厄介なユニ魔を掛けられたんですな気の毒に。
頭の中でいくつか候補をあげていくが、思いつくのはやっぱり斜め上の結論で。自分への好意と考えないのが実に陰キャの彼らしい。
というよりもまず男子が男子に交際を迫るのがあり得ない。いくらココが男子校とはいってもだ。
イデア的にはアズールとジャミルに関しては気兼ねなく話せるし気負わなくてもいい相手だと思っている。言うならばこの学園では数少ない知り合いと呼べる人物。
だがその事と交際相手を決めるのは全く話が別だ。
「いやどっちかを選ぶとか無理ですが。
そもそも君達自分の性別解ってる?どこをどう見ても男でしょ、拙者BLは嗜んでおりませぬ故」
「BL?」
初めて聞いた単語にジャミルは何のことだろうと首を傾げる。
パンピなら知らなくて当然だしこれからも知ることはないであろう言葉。その反応が一般的には普通である。しかしもう一人は違っていた。
「それは男性同士の恋愛のことを表す単語ですよ」
間を置かずに彼の隣りの人魚がドヤ顔で答える。ジャミルはそうか、と納得しているように見える。寸分違わない説明にイデアはヒィッとなった。
─待って、誰が陸2年目のバブちゃんにオタク用語教えたの?
本人がオタクなわけ無いからまさかうちの寮生⁉
要らん知識はパンピに与えないようにしてくれないと困りますわ。
そゆことしないようにキツく言い聞かせないと!
名も知らぬモブ寮生に向かって濡れ衣を着せる。
少しばかり焦るイデアの背中を冷や汗がツツッと流れた。
「アッ、アズール氏何でソレ知ってんの」
「BLの言葉の意味ですか?それなら先日取り立てに伺った際にオタクりょ…いえイグニハイド寮の方が教えてくださったんですよ。延滞料の代わりに神本?とやらを差し出されまして」
「へ、へぇ…」
「内容はなかなか過激なものでしたけどプレミアが付いて高値で取引されるとか。それが男性同士の恋愛本でBLと呼ぶことを教えていただいたんです」
アズールが経緯を詳しく説明する。特に何でもないといった様子で淡々と。
─マジか!パンピに何て物渡してんの!っていうかまさか読んだの⁉
そりゃあヤクザヴィネルの取り立ては厳しいだろうけど、よりによってBL本を渡すのはマズイよ。
むしろ延滞料ってってそういうのも受け取るんだ、何か意外…
イデアの思考はちょっと他所へと飛んだ。
「何にせよ今どき男同士とか珍しくないですよ」
「こちらも偏見はないですからね。それに性別ではなく中身が先輩であることが重要なんです」
あくまでイデア自身を求めているのだと示唆される。
少女漫画だったらトゥンクとときめいて恋が始まる展開だろう。
この状況では全くありえないが。
「ということでどちらを選ぶんですか」
2人の声が重なり同じ言葉を紡いだ。
どう考えても選ぶ前提で話が進んでいる。どちらもお断りするという思考は2人にはない様子だった。
全然引かない後輩達に押され気味ながらも、ここは男子としての願望を伝えなければならない、と迫られた当人は思ったらしい。
「拙者は可愛い女子とそうなりたいの!
カップルとか見たらリア充爆発しろとは思うけど、機会があれば女子とイチャつきたい気持ちは間違いなくあるんですわ。オタクだって立派な性少年なんで。
…って無理よりの無理ですよね、陰キャが調子乗ってサーセン」
最初の勢いはどこへやら、最後は尻すぼみになり声も小さくなった。
イデアの主張を聞きながら後輩達はやれやれという顔をする。
「仕方ありませんね」
若干呆れたようにアズールがそう言うとおもむろに胸ポケットからマジカルペンを取り出した。示し合わせたように隣りのジャミルも取り出してマジカルペンを構える。
それぞれの魔法石がキラリと光った。
シャラーン
まるで魔法少女の変身のようにペン先から星屑が飛び出して2人の体に降り注いだ。アズールには薄紫色、ジャミルには臙脂色である。つまりは寮カラーというわけだ。
イデアには某変身アニメのBGMがどこからか聞こえた気がした。
星屑は彼らの体を包み暫しの後その場で弾けた。中から出てきた後輩達はバッチリ女の子の姿になっている。
片方は美貌の悪役令嬢、もう片方はエキゾチック美女の姿だ。
アズールはスタイル抜群で凹凸がはっきりしていて、ジャミルはバランスが良くてスマートである。ご丁寧に制服の大きさも調整されており、ボトムはスカートに変わっている。
三次元より二次元の女の子の方に心が動くイデアですら目を見張った。生身の女子と触れ合う機会なんて殆ど無いので。
「なにそれカワユ!美人!」
女子になった後輩達にイデアはちょっと、いや結構心が動いていた。
元々ビジュアルの良い2人なので、そりゃあ女体化してもレベルが高いはずだ。
「あー、これなら有り寄りの有りですわ」
ふひひっといつもの笑い方をする。
元は男でも今は完全に女性の体だからアリなのでは?
ま、別に拙者男の娘もイケるけど男っぽい2人がそのままで女装してもマニアにしか需要ないでしょ。その点これは高クオリティ。
さっきまでとは打って変わってノリノリのイデア。葛藤していた姿はどこへ行ってしまったのか?
「アズール氏とジャミル氏、どっちかは選べないっすわ〜。
系統の違う美女はさぁズルいでしょ」
暫し考え込むように言葉を途切れさせると2人を交互に見やる。
「…両方と、っていうのはダメ?」
性欲がないように見えても彼も年頃の男子高生。異性に興味をもっているしチャンスが有ればそういう事もしたいのだろう。
その上両方とは何と欲張りなのか。
コミュ症の陰キャが美女から迫られるイベントなんて今後有るとはとても思えないし無い可能性の方が高い。居たとしてもせいぜいゴーストくらいだろう。
それならばこの機会にあれこれやってみたいということかもしれない。
「イデアさんが両方と言うならそれでもいいんですが…。
ねぇジャミルさん」
どこか含みをもたせた言い方でアズールがジャミルに視線を向ける。
「そうだなアズール。俺達は構わないんですがこの話はアレですから」
「アレってなんの事?」
わけが解らず首を傾げるイデア。
「言うならば、イデアさんが受けなので」
「つまり2C×イデアなんですよ」
「はっ⁉」
2人共今なんて言った?
オタクしか、いや腐った人達しか言っちゃいけない言葉じゃなかった?
イデアの戸惑いは無視して後輩達は続ける。
「別に女性から積極的に攻めることは出来ると思いますが」
「どうせなら、先輩が最も望む方法でやりましょうか」
「は?まだ何かあるの」
嫌な予感しかなくてイデアは顔を強張らせる。
そんな様子は気にも止めず2人はマジカルペンを構えてイデアに何やら魔法を掛けた。
するとどうだろう、あっという間に彼も女子になってしまった。
「せっ拙者も女子になってる〜〜⁉」
胸元をペタペタ触ってみるとほんのちょっっっぴり僅かな膨らみ。つまりはほぼツルペタだった。
もしやと思いスラックスと下着を掴んで覗き込むと何も付いていなかった。そりゃあ勿論そうだろう。
「あ"〜自慢のエクスカリバーが!無い!」
…嘘、ちょっとばかり見栄を張ってしまいました、贔屓目に見てもひのきの棒…いや銅の剣程度です。
「なかなか可愛らしい姿ですねイデアさん」
「ああ、いつもより背が低くなってるので抱きしめやすくて助かります」
イデアのオタクジョークは軽くスルーされた。
2人がそう言うのも無理はない。
女体化したイデアは身長は低くなっており瞳は普段よりぱっちりと大きく、着ていたパーカーはかなり大きめで萌え袖どころではなかった。彼服をイメージして敢えてサイズは合わせなかったのである。
「女性同士のそういうのもかなり喜ぶと寮生の方に聞きましたので」
─拙者の百合好きまでバレてる!あいつら〜〜〜
「確かに百合は尊いけど間に男が挟まるなんて解釈違いでござる!」
「今は先輩も女子になっているので男が挟まってはいませんが」
至極当然のようにジャミルから返された。それもそうだ。
「これで心置きなく選べるでしょう?」
「先輩の懸念は取り除きましたから」
「そういう問題じゃな〜〜い」
ツッコミが冴えわたるイデア。
「さあ僕達が穏やかな内にどちらにするか決めて下さい」
「ここまでしてるんだから逃げ場はないですよ」
アズールが右手をジャミルが左手を差し出す。
穏やかとはいったい?拙者の知ってる単語とはかなり違う気がする。
優雅な仕草とは裏腹に後輩達の物騒なセリフと表情はヴィランそのものだった
何故色っぽい話のはずなのに自分は追い詰められているんだろうか。普通ならもっとこう甘い雰囲気だと思うのだ、よく知らんけど。
「そっそんな事言われても」
後ずさるが後ろは壁でこれ以上は下がれない。
3人は無言のまま時が過ぎる。
流石に2人共イデアを無理やり襲おうとはしなかった。女性を大切にするディ○ニー文化は持ち合わせているようだ。本人達も女性だということは置いといて。
「仕方がないですね。ジャミルさんここはお互い譲歩して協力しましょう」
「ああ。相手がお前というのが複雑だが仕方がない」
「なっなな何⁉」
協力?NRCの生徒達に最も似つかわしくない行動をこの2人が?嫌な予感…
「で、対価はどうするんだ」
大概アズールとのやり取りには対価が発生するのだ。後から言われるよりも先んじて有利な方へ運ぼうというジャミルらしい考え方だった。問われたクラスメートは暫しの間考えるような仕草をする。
「そうですね。
まぁ、イデアさんから上乗せで頂きましょうか。僕達にそういうサービスをして頂くという形で」
ちらとその場であわあわしている元男子に視線を送る。
「対価を拙者から⁉そもサービスって何」
何故かイデアに対価を払ってもらうことになっている。理不尽なことこの上ない。横暴、対価守銭奴、陰険キャ、等と口撃してみたが相手はどこ吹く風。
「そういう事なので3人でするということでいいんじゃないですか」
「複数で百合プレイなんて尊!拙者が当事者じゃなかったらね!」
心の声と発した言葉は完全に一致しているに違いない。
「僕達に/俺達に全てを委ねてもらっていいですから」
「全く委ねられない」
「イデアさん本来の姿の僕を見てみたいと仰ってたじゃないですか、特別に戻ってもいいですが」
「まさかの触手プレイ!初手でいきなりレベル高すぎでしょ、君そんなのがお好み?」
「閨での知識も技術も存分に身につけていますから痛くしませんよ、気持ちいいだけです」
「それってアジーム家直伝の房中術のことだよね。うーんちょっと気になる…ってナイナイ、絶対に無いから!」
危機感を感じながらも口だけは達者なイデアがそこにはいた。
そんなやり取りの中、彼(彼女?)は何故か最近読んだ薄い本のタイトルが頭に浮かんだ。
『白か黒かハッキリしてよね』
内容は悪役令嬢と黒ギャルに迫られるオタクの話だった。
あれは確か正反対の二人の女の子に好かれた主人公がなんやかんやありつつ絆されて3人でお付き合いする話だったように思う。
本編もそこそこエッチなシーンがあったがR18まではなかった。ただし番外編はラブラブイチャイチャな3人のあれそれが満載だった。
もちろん成人向けだったので買う人は限られていた。18歳のイデアは購入できたが。
3人共女子になってはいるものの、まさしく今の自分の状態ではないか。
「薄い本はあくまでフィクションなんだからリアルになっちゃダメなんでござるよ」
イデアは後輩達に言い聞かせながら焦った時にやる仕草、いつもの幼女ポーズをとった。胸元へ両手を置くあれである。女の子になった今それは可愛さに全振りされているようだ。
「このままいくと拙者襲われちゃう、エロ同人みたいに」
「エロ同人?」
「それはですね─」
「もうその件(くだり)はいいから」
「つまりすぐにイチャラブしたいと」
「どう受け取ったらその結論になるわけ」
返事は返らず悪い笑顔をした2人はイデアに迫る。
にじり寄る2つの手は自分を掴もうと直ぐ側まで来ている。
「イヤぁ〜〜〜〜」
もう無理だ、と観念したようにイデアはギュッと目をつぶるとそのまま意識が遠のいた。
*
「うわぁぁぁぁぁぁ」
悲鳴を上げながらイデアはガバッと起き上がった。
目を覚ますとそこは自室のベッドの上。
久しぶりに酷い悪夢を見ていたようで汗がすごかった。基本的に引き籠もっているのでそんなにかかないのだ。
ハァハァと息も切れている。
「良かった…全部夢─」
心底安心したようにイデアが呟く。
ほぅとため息を付いて胸に手を当てると心臓はまだドキドキしていた。
だが安寧の時は長く続かずほんの一瞬で終わりを告げた。
「ようやくお目覚めですか」
「急に気を失うから焦りましたよ」
目の前には先程の悪夢の原因2人。
いつもの男子高生の姿である。
「─じゃ無かった〜〜〜〜!」
いっそ夢だったら良かったのに、とイデアは思った。
「まさか今から続きを…」
また襲われるのかとビクビクしている相手に後輩達は優しく諭す。
「嫌ですね僕達はそんなにケダモノではありませんよ」
「先輩の体調も考慮はできます」
数十分前は迫って追い詰めていたのにどの口がそう言うのか。
不審げな目で2人を見るイデア。アズールとジャミルは相手を落ち着かせようと一歩ずつ下がりベッドから距離を取った。それによって彼は警戒心を緩めたようだ。
暫く穏やかな会話が続くが後輩達は諦めたわけではなかった。チャンスを伺っていたのだ。
イデアの呼吸も普通通りになり、リラックスした様子が見て取れて2人は畳み掛けた。
「もうこの際僕達に全てお任せください慈悲の心で助けて差し上げますよ」
「決められないならいっそのこと3人で良いんじゃないですか」
「結局は結論それ⁉アズール氏のは慈悲じゃないし、ジャミル氏はもっと良く熟慮して」
ベッドの上をジリジリと後ずさる。その分後輩達が近づいているのだが。
まるで狼に襲われる子羊の気分だった。
そのまま壁に行き着いて背中はぺたりと張り付いたが追い詰める手は止まらない。
「またもや拙者の貞操の危機!たっ助けて〜〜」
イデアの叫びも虚しくとうとう2人に捕まってしまった。
その後に3人がどうなったのかは当人達以外は誰も知る由がなかった。