彼には強火三銃士がいるイグニハイド寮生3年にモブ男という人物がいた。
かの寮に選ばれているので言わずもがなオタクである。
ここ賢者の島では夏と冬にイベントが開催されている。その名もツイコミ。なかなかに盛況で島内外から大勢の参加者がいる。
モブ男は勿論売る側なので今も漫画を描いている最中だった。そこそこ色んな人に認知されてきたし本の売れ行きも割と良い。
因みに彼が描くのはある人物を軸にしたストーリー。冒険や異世界転生、学園物の時もあるし珠にちょっとエッチな展開も入ったりする。
そして出来上がった本は実はモデルである本人にも見られている。
読んだ本人は「属性盛りすぎて草、ラノベ主人公か?それにしても女体化拙者に癖詰め込みすぎて複雑な気持ちもある」との感想をくれるが反対されたことはない。
本人もオタクだし多分ギリギリ許容してくれているので有り難いと思う。
ここまででその相手が誰かは皆さんもうお解りだろう。
そう我らがイグニハイド寮長、イデア・シュラウドである。
本来ナマモノ同人を本人に見せるなんて以ての外だし、知られたら死あるのみなのだが本人自らが買いに来たので隠すことも出来ず今日に至る。
それにあくまでフィクションという体で描いているのだ、まぁ際どいラインなのだが。
それ以来思いの外気に入ってもらえているようで落とさないように励ましてくれたりもする。
神か!
おそらくイデアの作り手としての、創作に対するプライドのようなものもあってそうさせてくれているんだろうと思っている。
*
その日モブ男は自室にて原稿の真っ最中だった。もうすぐ夏のイベントなので鋭意創作中だ。
取りあえず半分は終わっているので、残り半分の下書きまでは済んでいる原稿にペン入れをしようかと思った時に事件は起きた。
急にドアが開いて数人が部屋へ入ってきたのだ。
「何だ⁉」
今は他の寮生も自分の創作に必死で誰とも約束はない。
それにイグニハイド寮のセキュリティは強固なので無闇矢鱈に他寮の生徒が入ってこれないのだ。
ならばどうして、と思いながらも相手の顔を見上げる。メンバーを見て彼は驚いて思わず声を上げた。
「お前たちはイデア強火三銃士!」
それはアズール、ジャミル、オルトの3人だった。
どう考えてもこんなオタクの部屋に来るような奴らじゃない(同じ寮のオルトは別だが)
「なっ何で…」
「貴方、イグニハイド寮の3年生モブ男さんで間違いないですね」
まずはアズールが口火を切った。
「君は何故俺達がここへ来たのか解らないと思うがこちらにはどうしても言いたいことがある」
次にジャミルが続く。
「僕達も本当はこんな事言いたくないんだけど仕方ないんだよモブ男さん」
最後はオルトが締めた。
「おっ俺が何をしたって言うんだ」
3人共笑顔だがその目は笑っていなかった。
何故か解らないがモブ男の同人誌を手に持ちながらアズールが彼に詰め寄っている。
他の二人も手にはしていないが同じように近づく。
「何ですかこのイデアさんらしきキャラの体型。あまりにもムチムチ過ぎでしょう、加減というものを知らないんですか」
「大体先輩は女子になったとしてもスレンダーだろ、こんなに巨乳ではない」
「君がロリ巨乳好きなのは解るけど兄さんは絶対こんな風にはならないよ」
三者三様に捲し立てられてかなり引いた。
つまりはイデアをモデルにしたキャラの作画、扱い、ストーリーが気に入らなくてやってきたらしい。
いやいやそれはフィクション、創作だからと説明しても聞く耳を持たない。どうにも彼らはイデアの事となると熱くなりがちだった。
3人は、ここが、いやこっちはもっと、寧ろあっちが、等と色々抗議してくる。
それぞれの言い分を聞きながらモブ男はキレた。
「うるさ〜〜〜〜い!そんなの作者の勝手だろ!描いたこともない奴らにどうこう言われる筋合いは無いぞ!」
しかし3人はモブ男に対しては至って冷静な態度を取っており、本に対する熱量とは全く別だった。
「逆ギレですか見苦しい」
「忠告は素直に聞いたほうが良いぞ」
「今ならお仕置きビームは勘弁してあげる」
何やら最後はやたら物騒な言葉が並んだ。
さすがはここの生徒といったところである。
「とにかく、こっちは忙しいんだから早く出ていってくれ!」
「無理ですね/だな/だよ」
押し問答していると時だけが過ぎていく。
あぁ貴重な時間が…。
邪魔が入らなかったらある程度までは進められたはずなのに!
彼の焦りを他所に3人は勝手な主張を押し付けてくる。
誰かなんとかしてくれコイツらを。モブ男のスキルでは言い負かすことも追い出すこともできない。
これもう詰んだ…。
部屋の主と3人がやり取りをしていると、心の声が届いたのかのようにドアの向こうから誰かの声がした。
「モブ男氏原稿進んでる…ってえっ⁉」
様子を見に来たのかイデアが入り口にいた。
明らかにこの部屋には場違いな人物を見て驚いている。
まさか部活の後輩と打ち仲間の後輩(+弟)がいるとは思わなかったのだ。
彼はお邪魔します、とだけ小声で言ってから中へと入ってきた。
順番に3人の顔を見ていく。
「どうして君達がここにいるの」
「イデアさんはこれを見て何ともないんですか?」
「男性の願望がこれでもかと詰められたような容姿は到底許せません」
「兄さんには巨乳は似合わないと思うな」
三者三様に今度はイデアに詰め寄る。
イデアはあ〜それ見ちゃったのか、と暫し空中を見上げると3人に向き合った。
「アズール氏、モストロの料理を批判されたら嫌でしょ」
「適切な指摘でしたら改善します…が、完璧な状態でお出ししているので誰からも批判はないでしょうね」
「ジャミル氏、宴の料理が気に入らないからって作り直しになったらどう思う」
「カリムの好みは熟知しているのでまずそんな事にはなりません」
「オルト、自作ギアをディスられたら?」
「僕が作るギアに文句なんて言わせないよ。絶対に有り得ないからね」
順番に諭していくが3人共頑なだった。
─これ例え方失敗した
と内心イデアは思った。
自分の作ったものに対してディスられたら嫌でしょと思わせたかったのだが全く効果がなかった。
そうなのだ、そもそもNRCの生徒達は自らに自信ありありなので自作に対して批判されるなんて思ってもいないのだ。
「君達は知らないかもしれないけど、誰かの萌えは誰かの萎え、なわけ。自分は嫌でも他の人にとっては栄養になる場合があるってこと。
そもそも人様の創作物にケチつけるもんじゃないからね」
至極真っ当に窘められた。お得意の煽りは一切無い。
「しかし…」
「描かれてる本人がいいって言ってるんだし、あくまでフィクションなんですわ。だからこの話はオシマイね、さっさと帰った帰った」
イデアは半ば強制的に3人を追い出す。
ぶつくさ言いながら出ていった後ろ姿を見送ってイデアはモブ男の方を向いた。今部屋には2人だけだ。
「何かすまんな」
「拙者も作る立場として邪魔されるのは我慢できませんから。それに新刊落とされてもイヤだし」
モブ男の本を待ってる人達がいるしイデアもその1人なのだ。
「じゃ拙者もこれで。原稿頑張ってくだされ」
「ホント助かった!埋め合わせは今度」
イデアは返事をせずヒラヒラ手を振って出ていった。
「何か嵐のようだったな…。よしこれで原稿に取り掛かれる…ん?待てよ」
ふと浮かんだネタの事を考える。
何だかこれはいけそうじゃないか?
それまで書いていたネタを一旦置いといて急遽追加することにした。
*
そしてやってきたイベント当日。会場は凄い熱気だ。
皆この日を今か今かと待っていただけあって賑わっている。
「モブ男氏お疲れ〜新刊を一部くだされ」
「どうぞ」
お金と引き替えに渡された本を受け取ると邪魔にならないようイデアはスペース内に入った。
そこで中をペラペラめくる。中身は続き物のマンガだ。
確か今回は主人公達が洞窟を通る途中で新たな仲間が増える話のはず…
「あれ?」
中身を見てみると告知してあった内容と違っている。
いや、話自体はその通りなのだが新たなキャラが追加されている。
その何人かは見覚えのあるメンバーがいた。
「これってもしかして…」
「姫(イデアがモデルである)を守る強火三銃士だよ。間に合うかどうかの所だったけど出せて良かった」
いやどう見てもあの3人でしょ、先日部屋に押しかけた人達。
それをネタに昇華するとは恐れ入った、でも…
「これまた見られるかもしれないこと考えてた?」
「まっっったく」
描いた本人は悪びれることもなく普通に答えた。
オタク、創作に夢中になると周りの状況が見えなくなることは多々あるし、いいアイデアが浮かべばそれを反映したくはなる。なるのだが、今回に限ってはその後のことも考えた方がいいと思う。また彼らに知られる可能性が大いに残っているのだ。
そう、これは見事なフラグが立った状態なのである。
不意にモブ男の目の前が暗くなった。誰かがやってきたようでお客さんかなと影を見上げる。
そこには見慣れた顔が3つあった。
「どうも」
「げっ強火三銃士」
「なな何でパンピの君達がここにいるわけ⁉」
イデアもやはり焦っている。
またしても先日と同じパターンであった。
それにしてもあまりにフラグの回収が早すぎた。
まさかここに来るとは思ってもみなかったわけだが、この場に似つかわしくない3人は独特の雰囲気に飲まれることなく平然としている。
我が道を行くアズールと柔軟な対応ができるジャミルと好奇心旺盛なオルトなので無理もなかった。
「ここは…商売になりそうですね」
「初めて来たがなかなか興味深いな」
「兄さんいつも一人だけ参加するんだから、ズルいよ」
辺りを見回しながらそれぞれの感想を呟いている。
ここはオタクの聖地、決してパンピがやって来ていい場所じゃない。
「何でお前らが…!」
「この事をとある筋から聞きましてね」
サンプルの表紙を指差すアズール。
モブ男はバッとイデアの顔を見た。ふるふる髪を揺らしながら拙者じゃないですぞと否定している。
確かに今日ここで見るまで作者以外は内容を知らないはずだ。
「まぁいいじゃないかそんな事は」
「僕達がどうやって知ったかなんて…ね」
ニイっと笑う顔は正しくヴィランの表情だった。
「これ、兄さんをモデルにしてるキャラだよね。やっぱりロリ巨乳にしてる」
すぐさまサンプルをペラペラ捲ってオルトが言った。
後の2人もそれを覗き込む。
「巨乳が悪いわけではないですが限度がありますからね」
「確かにそうかもな。まぁこれはこれで悪くはないと…いや賛成してるわけではないんだが」
「お顔はとっても可愛いね」
三者三様の意見を述べながら流し見を終えると3人はモブ男に視線を向けた。
「これとこれ、1部頂きましょう」
「俺もだ」
「僕もね」
「あ、ありがとうございます…」
─色々言ってた割に買うんだ…、モブ男氏の本面白いから解るけど
何やかんやで買ってくれるようだ。喜んでいいのか怒っていいのか複雑な気持ちだった。
その横でこっそりイデアはツッコミを入れた。
「ところで」
アズールがイデアの方を見た。何だか嫌な予感がしてビクッと震える。
「イデアさんも参加しているんでしょう?場所はどこですか」
「せっ拙者の⁉何言ってるのアズール氏、そんなのあるわけ─」
アズールは何かを探るように眼鏡越しに鋭い瞳を送った。プログラムや機器類にしても何にしても自作するのが好きなイデアのことだ、創作しないはずがないと後輩はにらんでいた。
ギクッとしながらも言われた本人は冷静さを保とうとするが無理だった。
「そういえばがけものネタが行き詰まっている、とか何とか先日仰ってましたよね。完成しているなら本を見てみたいです」
「ジャミル氏、ソレ絶対に今言っちゃダメなやつ!」
ふと思い出したようにジャミルが零した。確かに打ちの時独り言のように呟いた覚えがある。向こうには聞こえてないと思ったのに甘かったようだ。
「兄さんバイタルサインが乱れてるよ。本当の事を言った方がいいんじゃないかな」
「オッオルトまで!」
そして弟には決して隠し事ができないのだ。
3人が今度はイデアに詰め寄った。
─何でかこっちに飛び火した〜〜!
タジタジになっているイデアの元へ決定的な証拠になる人物がやって来る。
「寮長、早く自分のスペースに戻ってもらわないと大変なんですからお願いしますよ」
「ちょっと君、しーーーっ」
口止めしようとするが時既に遅し。3人はバッチリ聞いてしまっている。
現れたのは同じイグニハイド寮の2年生で今日はイデアの手伝いをしていた。奇しくもアズールやジャミルと同じ2Cなのでよく知っている。
「あぁ君か。戻るなら俺達も一緒にイデア先輩のスペースへ行こう」
「えっ、バイパーとアーシェングロット?それにオルト君まで」
パンピが目の前にいることで訳も解らず戸惑っている彼を2Cコンビが両方からガシッと掴む。獲物は逃さないとばかりにどちらもいい笑顔をしていた。
「さぁさぁ参りましょう。勿論イデアさんもですよ」
アズールはくるりとイデアの方を見ると来るように促した。
イデアの横にはいつの間にかオルトがいて、逃げられないようしっかり腕を組んでいる。
「あ〜〜〜何でこうなるの⁉今日は厄日か!」
イデアの叫びに答えるものは誰もいない。
去っていく後ろ姿を見ながらモブ男は何とか難を逃れたのを確信して一息ついたのだった。