書きかけ「ニッポン」も「ジャパン」も、元々は中国語なのだという話を聞いたことがある。
教えてくれたのは満州で生まれた祖父だった。無数にある中国の方言のうち、「日本」と書いてリーベンと読むような北京風の読み方をする方が実は少数派なのだと言っていた。
そんな話を、祖父が亡くなって以来１０年ぶりに思い出していた。
子供の頃に観光に来たときのこの国は、もっと埃っぽくて、建物がこんなにひしめいてはいなかった。
覚えていることの方が少なくて、空港でペットボトルの水を怪しまれ、その場で飲んでみろと制服を着たおじさんに怖い顔で言われて、言われるがままに一口飲んだ。親が無礼な対応だと大層怒っていた、それくらい。
子供の頃は、子供の僕に対して大人は無条件に優しくて、どこに行っても愛され大切にされるという世界しか知らなかった。初めて怖い顔で疑われ、命令をされた。怯えたわけではなくて、初めての体験だったから鮮明に覚えていた。
見て実際に歩いたはずの万里の長城も故宮博物院も大して覚えていない。それよりも、Tシャツを胸の上までめくり上げて歩いているおじさんや、レジで我先に割り込んでくる人たちの勢いや、自転車で背後から追い越していく男の人の鼻唄が記憶に残っていた。見慣れぬものに驚いたには違いないが、幼心に、それらを僕は決して嫌いではなかったのだと思う。
大人になって、かつて祖父母のいたハルビンで働くことになって嬉しかった。

大連から北へ向かう鉄道は、あえて鈍行を選んだ。「満洲の紅い夕陽」を見たかったからだ。窓口で切符を買うとき、不慣れな中国語で「窓際の席を」と言ったが無視された。あしらうように突き出された切符は通路側の席だったが、この席の人が来るまで座らせてもらおうと思い、窓辺に肘をついて景色を見ていた。
そうして、子供の頃のことをもう一つ思い出した。