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    shimotukeno

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    ※母が曾祖父から聞いたという寝物語をもとに書いたお話を童話として再構成した(ものをさらに日本語訳した)というていの五部のお話  10 🆚キンクリ~船着き場編

    10 道のはじまり十 道のはじまり

     ジョジョたち二人と合流したブルーノは、早速二人が手に入れた密書を開きました。
     密書はウェネトゥスの地図でした。海の女神の神殿に印がつけられ、このように書かれています。

     海女神の神殿の
     聖なる炎の前に捧げるべし

    「つまり、どういうことだ?」と、ミシェレが言いました。
     今までの王様の慎重さからすれば奇妙な書き方でした。それに情報も雑すぎます。
     すると、オランチアがくんくんと鼻をひくつかせて言いました。
    「なんか、爽やかでいい匂いがする紙だなあ」
     すると、ジョジョとフラゴラが同時に顔を見合わせ、同時に言いました。
    「そうか! 『炎に捧げる』のはこの密書だ!」
    「この密書はあぶり出しですよ! お手柄です、オランチア!」
     突然褒められたオランチアはぽかんと口を開けました。
     ジョジョは早速ライターの炎で密書を炙ります。すると、密書に文字が浮かび上がってきました。あぶり出しとは、あらかじめ乾くと無色になる液体で紙に文字や絵を書き、完全に乾いた後にその紙を火で炙ることで見えなかった文字や絵を浮かび上がらせる方法です。その『乾くと無色になる液体』には、しばしばレモン汁が使われるのです。みなさんの中にもやってみたことのある人もいるでしょう。
     さて、密書の真の内容は、このような書き出しでした。

      以下の条件の下、娘を連れてくること。
      もし、誰か一人でも条件に背いた場合、
      たとえ偶然の事故であったとしても
      悪意ある反逆行為とみなす。
      私と娘が安全に出会うために厳守すること。

     なんとも仰々しい書き方です。手紙はこのように続いていました。

      指令
     アルテルーナ島の『月界の塔』に向かい
     その塔の上に娘を連れてくること
     君達の仕事は塔の上に娘を連れてきた時点で終了とする。

      条件一
     塔へは昇降機で登ってくること。
     この時、護衛は代表者一名のみとする。

      条件二
     護衛の者はあらゆる武器、火器
     その他あらゆるものの所持を禁止する。

      条件三 
     塔へは密書を確認次第
     ただちに向かうこと

      条件四
     代表者以外のものはボートで待機すること。
     上陸は禁止する。

    「月界の塔か。ウェネトゥスで一番月に近い塔だな。その上に王様がいるのか」アバティーノが言いました。
    「どうでしょう。代理の者かもしれません。王様はとても慎重ですから」フラゴラは言いました。
    「ともかく、この仕事ももうすぐ終わりってことだな。いやあ~疲れた疲れた!」ミシェレはくつろいだ様子で言いました。
     みんなが好き勝手喋っている間、トリシアは亀の部屋の隅で黙ってうつむいていました。オランチアはそんなトリシアの隣に静かに座ると、トリシアだけに聞こえるような、小さな声で言いました。
    「もしかして、不安なの?」
    「別に――そんなじゃあ……ないわよ」
     トリシアはそう言いながらも、声を震わせます。
    「ずうっと自分を放っておいた見知らぬ父親のところに急に行けだなんて言われてもね。今まで普通に暮らしてたんだから、そっとしておいてほしいよね。俺も……トリシアの気持ち、ほんのちょっぴりだけだけど、わかる気がするんだ」
    「あなたが?」
     オランチアは頷きました。
    「俺、小さい頃に母さんが死んじゃってさ。父さんは俺に無関心で、ほっとかれてたからさ。で、俺もそんな父さんといるのが嫌だったから、家から出て学校にも行かないで友達とつるんでた。友達が俺の世界だった。まあ、盗みとかスリとか、ろくなことしなかったけどね。でもある日、やってもいない強盗の罪を着せられて、逮捕されたんだ。その友達の一人に裏切られたんだ。酷い目に遭ったよ。一年の矯正院入り。やっと出てきたと思ったら、みんなが俺を見捨ててた。俺は世界に見捨てられたんだと思った。俺も自分の人生を見捨ててた」
    「大変だったのね、あなたも……」
    「あ、言いたかったのはそうじゃないんだ! でもね、ある日ブルーノに会ったんだ。ブルーノは俺の無実を信じてくれて、『そんな狭い世界で死ぬな』『自分の人生を狭めて見捨てるな』って叱ってくれた。ただ俺のことを思って叱ってくれたんだよ。俺の世界は、その日から大きくなったんだ。俺は、ブルーノみたいな人がうんと偉くなってくれたらいいと思う。それでブルーノのことを手伝ってるんだ。ええと、だからね、ブルーノは、そんなに喋らないし、ちょっと厳しく見えるかもしれないけれど、優しいんだ。その場だけのことは言わないから、本当の意味で、すごく優しいんだよ。いざって時は本当に頼りになるし。これから会ったこともない王様のところにいって、知らない人ばかりで不安になるかもしれないけど……優しくて頼りになるブルーノは、いつでも味方になってくれるよ。お、俺も味方になる。それだけは知ってほしくてさ」
    「そう……かしら。でも、覚えておくわ。……ありがとう、オランチア」
     トリシアが言いました。トリシアの表情は、ほんの少しだけ和らいだようでした。
    「ううん。俺も、この仕事終わったら、父さんに会おうと思う。仲直りできるかは、わからないけど。それでも、何かが変わるかもしれないから」オランチアは言いました。
     小舟がもうすぐ島に着くようです。オランチアはブルーノに呼ばれて、警戒のため亀の外に呼ばれました。
     ほどなくして、小舟は島に着きました。トリシアは亀の外に出て、天を突くような月界の塔を見上げます。すると、
    「ブルーノ、トリシアの護衛は僕に行かせてください」
     と、ジョジョが進み出ました。
     王様はいっそ病的といえるほどの秘密主義者です。長年の重臣で、最も信用する臣下であるペリラスを、この仕事のために使い捨てる程です。そんな王様が、他人にそんな大役を任せるとは思えません。つまり、この月界の塔の頂上にいるのは王様自身の可能性が大いにあります。今が王様に近づく絶好の機会です。ジョジョはそう思っていました。
    「空気のよめねー野郎だ! ブルーノに決まってるだろうが!」と、アバティーノはすかさず突っかかります。当然ですが、ブルーノ以外、誰もジョジョの胸に秘めた『夢』を知りません。
    「当然だ。ジョジョ、彼女の護衛は俺がやる」
     ブルーノは立ち上がって言いました。しかし、ブルーノはジョジョの夢を知っています。彼の描く未来に賭けています。ですから、ジョジョが進み出た理由もよくわかっていました。
    「そうだ。ジョジョ、お前には舟に残って貰わなくっちゃ阿いけないが、お前の飾りボタンを俺にくれないか。お前の代わりに、お守りとして持っていこうと思う。この大事な任務がうまくゆくようにな」
     ブルーノは意味深な視線をジョジョに向けました。ジョジョも、その視線の意味を察して、服の飾りボタンを取ると、ピンを着けて渡しました。飾りボタンは、ブルーノの手の中でトクトクと脈打っています。
     ジョジョはゴールデン・ウィンドで命を与えたものの居場所を感知できます。どうにかしてこのボタンを王様の身体につければ、ジョジョは王様の行動を追うことができるのです。
    「ありがとうジョジョ。では、トリシア。行こう」
     ブルーノはトリシアを連れて月界の塔に向かいました。月界の塔に登るには隣の月女神の神殿から入る必要があります。早朝のため、神殿には人影がありませんし、そもそも立ち入り禁止の札がかかっていました。
    「あれが昇降機だな。頂上までは直通になっているようだ」
     ブルーノは昇降機を調べます。昇降機はレバーで操作するようになっていました。簡易的に操作方法が書いてあるので、ブルーノも操作可能でした。
    「昇降機に怪しいところはなさそうだ。トリシア、さあ――」
     ブルーノが振り返ると、トリシアはその場にしゃがみ込んで震えていました。やはり、不安なものは不安なのです。会ったこともなければ、心当たりもない父親です。その上、長年仕えてきたペリラスを使い捨ての駒にしてあっけなく死なせてしまうのです。もしかすると、父親としてとても可愛がってくれてトリシアの欲しいものは全部与えてくれる――かもしれません。でも、そんな楽観的な予測で晴れる不安ではありませんでした。私はこれからどうなるのだろう――そんな不安はどうしたって消えません。
    「トリシア。王はひとえに君の身を心配していたんだ。確かに、王は底知れない人物で、わからない故に不安になることもあるだろう。だが、もし不安なら、その旨を伝えたらいいんだ。親子なのだからな。さあ、手を貸そう。俺が隣に居るから。自分の足で、立って昇降機に乗るんだ」
     ブルーノはそっと手を差し伸べました。トリシアは一瞬その手を掴もうと思いましたが、弾かれたように立ち上がると、力強い足取りで昇降機に乗り込みました。ブルーノは昇降機のレバーを操作して、上昇させます。昇降機はゆっくりと登っていきました。
     トリシアは震える手でブルーノの手を握ります。ブルーノも柔らかく握り返しました。怯える少女を安心させるように。
     フロアインジケーターの針が少しずつ右に動いてゆきました。トリシアはやにわに口を開きました。
    「私、父さんのこと、好きになれるのかしら」
    「そんなことを心配する親子はいないよ」
     ブルーノはさらりと言いました。
    「そう……よね。そんなこと心配するの……おかしいわよね。ブルーノ、私、――」
     いつの間にか、針はすっかり傾いています。喋っている間に昇降機が最上部に近づいたようでした。ブルーノはレバーを操作して、昇降機を停止させます。
    「さあ、トリシア。下りる準備を……」
     ブルーノが振り向くと、そこにトリシアはいませんでした。けれど、トリシアの手はまだ繋がっています。ブルーノは左右を見回し――、
    「トリシ――」
     息をのみました。脂汗が全身から溢れ出ます。
     トリシアは、ブルーノと繋いでいた手だけを残して消えてしまったのです!
     敵でしょうか? いいえ! ブルーノ達の行動を知る人は、この世に一人しかいません。
    「王は、まさか――王がこの仕事を俺たちにさせたのは、自分の娘を、自分の手で確実に葬り去るためだったというのか――!」
     ブルーノは腹の底から叫びました。あまりのおぞましさに、吐き気すら覚えました。
     ブルーノは、生来、血の繋がりというものを温かいものだと思っていました。ブルーノのお父さんは、口数が少なく、堅物でしたが、家族を想う心の強い人でした。ブルーノの生まれ故郷はこれといって何もない漁村でしたが、村人はみな顔見知りで、親戚もたくさんいました。みんなお互いに助け合って、海の恵みに感謝しつつ、つつましくも幸せに暮らしていました。
     しかしいつからか、村で奇妙な病気が流行るようになったのです。それは、突然凶暴になって暴れ出す病気でした。昨日、優しく声をかけてくれた人が、次の日には狂った目で刃物を振り回し、火をつけるのです。漁の道具や舟や家が燃やされ、人々は傷ついたり、死んだりして、故郷の村は荒れ果てていきました。そしてブルーノのお父さんも、その狂った人からブルーノを守ろうとして大けがを負わされ、その傷のせいで亡くなってしまいました。お父さんは亡くなる前にブルーノに言いました。「あの人が悪いんじゃない。あの病気は、おかしな薬のせいなんだ」と。お父さんは家族を守るために、独自に奇病について調べていたのです。ブルーノはお父さんの思いを受け継ぎ、お父さんを奪った薬と、薬によって苦しむ人々をなくすために役人になりました。――その薬を広めているのが当の王様だとは知らずに。
     ブルーノはナープラで役人として一生懸命に働き、王様を尊敬していました。ですが、ある日気づいてしまったのです。ナープラであの薬による『奇病』が流行っていることと、その薬を広めているのがよりによって役人であることに! 今にして思えば、ブルーノの村は薬の効果を調べる実験台にされたに違いありません。ブルーノの心は引き裂かれそうでした。あの薬をなくすために役人になったのに、役人として働いている限り、薬を広める手伝いをしているようなものです。王様は、ブルーノが何も知らなかったのをいいことに、ブルーノを利用したのです。
     そしてまた、王様はブルーノたちが知らないのをいいことに、邪悪なくわだてに利用しました。そして、娘のトリシアをも利用しました。王でありながら自分を隠したいという勝手な都合で。母親を亡くしたばかりの、何も知らない少女をです。
    「許さない! あんたの秘密を探り、いずれ王座から退いてもらおうと思っていたが――あんたのような人間は、もはや一刻も王座にいてはダメだ! 今ここで、弑すしかない!」
     ブルーノはジッパー・マンで床に穴を開け、下を見ます。トリシアを抱えた何者か――王様が、柱を伝って下に下りていきます。トリシアは気を失っていました。おそらく、別の場所で始末するつもりなのでしょう。ブルーノはジョジョから貰った飾りボタンを落としました。飾りボタンはちょうどよく王様の服にくっついたようでした。
     ブルーノは昇降機のワイヤーにジッパーを取り付けると、引き手につかまって素早く塔の一番下まで降りました。壁からそっと外を覗くと、床に穴が開けられ、そこから地下に続く階段が見えました。
     王様は、月女神の神殿地下にある祭壇に行くつもりのようでした。地下の祭壇は海と繋がっています。そこでトリシアを殺してしまえば、後始末も容易でした。ブルーノはジッパー・マンで壁をすり抜け、地下祭壇に先回りすることにしました。
     ブルーノは、いつでも飛びかかれるように柱から身体を少し出して王様を待ちます。カツンカツンと階段を降りる足音が、地下空間に響き渡りました。ブルーノは息をひそめてタイミングを計ります。
    「そのまま帰った方がいい、ブルーノ。死にたくなければ、その柱から出ないことだ」
     それは重く、心を凍らせるような王様の声でした。王様からはブルーノの姿は見えないはずですが、どういうわけか位置を正確に把握しているようです。ですが、王様がなんと言おうとブルーノの心は決まっています。ブルーノは柱から飛び出すと、すかさず精霊の拳を繰り出しました。
    「ジッパー・マン!」
     しかし、そこにいるはずの王様は消えてしまっていました。気を失ったトリシアだけが倒れています。
     ブルーノはトリシアに近づくと、ジッパーで彼女の手首をくっつけてあげました。
     王様は姿を隠し、出てくる気配はありません。
    「なぜだ? ブルーノ。何故血迷った? 欲が出たのか? お前を始末する前に、理由をきいておきたいところだな」と、王様の声が響きました。
    「貴様には、話したところで理解できないだろうな」
    「その娘か? まさか、そんな小娘のために、この私を裏切ったというのではあるまいな? くだらない心だ、そんなもの」
    「お前こそ。お前がくだらないと切り捨てた心は、人として、王としてもっとも大切なものであるはずなのに。血迷ったのは、お前の方だ」
     ブルーノは言葉を続けます。王の声がする方向から、王が隠れている場所を探しているのです。地下祭壇は音が響いてわかりにくくはありましたが、ブルーノは探り当てました。すぐそばの柱の影です。
    「そこだ! 食らえ、ジッパー・マン!」
     しかし、そこには誰も居ません。いえ、一瞬人影はあったのです。でもあっという間に消えてしまいました。そしてさらに奇怪なことに――いつの間にかブルーノ自身が、攻撃した柱の位置にいたのです!
    「うぐっ!?」
     ブルーノのお腹に、突然激痛が走りました。もはや激痛とかいう範疇ではありません。太い腕が、ブルーノのお腹を刺し貫いていたのです! 人間の腕ではありません。精霊の腕でした。反逆者たちの言ったとおり、王はやはり精霊を持っていました。
     ブルーノは血を吐きながらも、ジッパーで傷口を締め上げました。あらん限りの力を持って、敵精霊の腕ごと締め上げたので、敵の精霊は刺した腕を引っこ抜くことが出来なくなりました。
    「このパワー、本体は近くにいるな!」
     ブルーノは振り向きざまにジッパー・マンで攻撃をしました。人型で、単純なパワーの強い精霊は、基本的に本体からそう距離はとれません。
     しかしすべて空振りでした。少なくとも、精霊は間合いの範囲内のはずです。それがかすりもしないのです。『空振り』とも『かわされた』とも違う奇妙な感覚がありました。誰かが動いたのなら、その動きはどれほど速くても感じ取れるはずです。いえ、速いほど動きを感じ取ることができるはずです。でも、気配はまったくありませんでした。まるでブルーノの考えや動きをすべて予知して、瞬時に移動したかのようです。
    「はっ!」
     ブルーノは背後の気配に気づき、とっさに飛び退きました。王の精霊の腕が、ブルーノの肩を深々と傷つけます。気づくのが一瞬遅ければ即死でした。ブルーノはジッパー・マンの力で傷口を塞ぎますが、傷はあまりにも深く、血を流しすぎました。もう立っていられません。
     王の足音が遠ざかります。ブルーノが動けないうちに、トリシアを始末しようというのでしょう。
    「と、トリシア……逃げろ……」
     ブルーノは息も絶え絶えに言いました。ですが、トリシアは気を失ったまま、気がつきそうにありません。トリシアを見下ろして、王は言いました。
    「あの神託には驚いたが、確かにこの身との血の繋がりを感じるぞ。そしてそれはこの娘も同じこと! その繋がりは断たねばならない! 私の正体に近づく繋がりはな!」
     王の精霊が、その無慈悲な右手を振り上げたときでした。
    「な、なんだ!?」
     悲鳴にも似た声があがりました。ブルーノは顔を上げます。人影が、亀に吸い込まれていきます。あの部屋のある亀でした。きっと、ジョジョが飾りボタンを渡すときに、亀の皮膚の一部か何かを植え付けたのでしょう。そして、生命を与えた飾りボタンの動きに何か尋常ならざる状況を感じ取った彼が、とっさに能力を発現させたのです。
     それにしても、まるでどこかで見ているかのようなタイミングの良さにブルーノが驚いていると、気を失ったトリシアのスカートの裾に、蝶の蛹がついているのに気がつきました。きっと、ジョジョがこっそりつけておいたのです。王にくっつけた飾りボタンとこの蛹の二つの反応の動きから、トリシアに危機が迫ったことを察したのでしょう。
    「ああ、助かったぞ、ジョジョ!」
     ブルーノの心身にまた元気が湧いてきました。それは、黄金色の太陽のような、輝くような希望です。ブルーノは亀が落ちる前に床にジッパーを走らせると、穴を開けて亀ごと下に落としました。ブルーノはそのままジッパーを床に走らせ、引き手に掴まると、床を滑るようにしてトリシアの傍に寄りました。
    「王は動きを『予知』し、瞬間的に移動できる……。いや、それではさっき俺も移動していたことへの説明がつかない!」
     ブルーノは昇降機からトリシアが連れ去られた時のことを思い出しました。思えばあの時、トリシアの言葉が妙なところで途切れました。そして、昇降機が最上部に着くのも、やけに早かったのです。まるで、ジャンプしたかのように。
    「ジャンプ……?」
     ブルーノの脳裏にひらめくものがありました。
    「まさか――時間を飛び越えているのか? その飛び越えた時間の中を、王だけが自由に動ける……のか? だとしたら、無敵の能力だ! だが――」
     王の精霊は、世界から数秒から十数秒時間を消し去り、消し去った時間の中を、自分だけが動くことが出来る――そういった能力でした。王以外の者は、人間であれ、動物であれ、時間が消え去ったことにすら気がつきません。ですから、針が一瞬にして動いたり、人が瞬間移動したように思えるのです。一方、王は消し去った時間の中を自由に動けるわけですから、まるで未来予知をしたかのように相手の攻撃を躱したり、まったく見られず、感じられずに移動できるわけです。
     身近な例で例えますと、皆さんが必死こいて外国語の長文読解を解いているときに、同じ教室にいる王様がこの精霊の力を使って十数秒時間を消し飛ばしたとしましょう。王様はその消し飛ばした時間の中でどこまで読んだかをちゃんとわかっていますし、なんなら他の人の解答をのぞき見することもできますが、他のみなさんは「どうやら読み進めたはずなのに、読んだはずの内容を全く覚えていない」ということになるのです。冗談じゃありませんね。
     そういうわけなので、真っ向に戦ったのではとても勝ち目がありません。ですが、ブルーノは王の無敵の力にもちょっとしたほつれがあることに気がついていました。
    「先ほどの『亀』、あれはお前の仲間の能力だな? 確か、ジョジョとかいう新入りがいたが、あいつか。裏切り者はもう一人いたのだな。だが、亀に閉じ込めたくらいで逃げられると思ったか? 一瞬早く抜け出すくらいは容易なことよ」
     いつの間にか、階段の上に王の精霊がいました。王の姿は、精霊の影になっていて見えません。
    「ブルーノ、立っているのもやっとだろう。その身体で娘を抱えて逃げるつもりか? 無駄なことだ! 始末させて貰う!」
     王の精霊はブルーノに向かってきます。ブルーノはジッパー・マンの腕をジッパーで伸ばし拳を遠くまで飛ばします。
    「エンペラー・クリムゾン!」
     王は高々と精霊の名を唱え、能力を発動します。そして悠々とジッパー・マンの拳をかわしました。拳は、王の背後の柱に当たります。王はニヤリと笑うと、ブルーノの近くに迫りました。
    「ブルーノ、これでとどめだ! くらえ!」
     王の精霊、エンペラー・クリムゾンが右腕を振り上げます。しかし、ブルーノは振り返ってこう言いました。
    「やはり予知できる時間は、それほど長くはないようだな!」
     トリシアを抱えたブルーノの身体が、間合いから消え去ります。ブルーノがさっき飛ばした拳は、王を狙ったのではありません。はじめから『柱』を狙っていたのです。
    「とじろ、ジッパー!」
     ジッパーは縦に伸び、天井にまで達しています。ブルーノは引き手に掴まると、するすると手の届かない高さまで登っていきました。
    「お前は自らの姿を隠さねばならない。先ほどの立ち回りからしても、戦いの経験はそれほどないらしい。先の先の動きまでは読めないようだな」
     とはいいますが、ブルーノはすでに満身創痍で、どれほど身体を励ましても、ジッパーで床に潜り込むのがやっとでした。それでも、早くこの神殿から脱出しなくてはいけません。すぐにでも王が上がってきて、今度こそとどめを刺そうとするでしょう。
     走ってくる足音がしました。
    「ブルーノ! 大丈夫ですか! 酷い怪我だ。今、手当をします」
     ジョジョでした。小舟で待っていたジョジョも、王の『エンペラー・クリムゾン』による異変に気づいて、ブルーノを心配して走ってきたのです。
     ジョジョは素早くブルーノの傷を手当てしました。ブルーノは痛みに顔を歪めながらも、力強く言います。
    「ジョジョ、今すぐに皆を呼ぶんだ! 説明はあとでする!」
     その瞳に差し迫ったものを感じたジョジョは、傍にあった素焼きの壺を掴むと、トビウオに変えて入り口の方へと飛ばしました。トビウオは床に落ちると、けたたましい音をたて、バラバラになります。その音に気づいた他の四人が走ってきました。
    「ジョジョ、テメエ、なんのつもりだ! 勝手に上陸するなと言われていただろうが!」
    「王様に知られたら一大事だぞ!」
    「ブルーノ、一体どうしたんだ!?」
    「なぜトリシアがいるんだ!? 何があったんだ!?」
     王は歯がみしました。ブルーノとトリシアを始末するには人が多すぎます。精霊使いを六人相手取り、かつ姿を全く見られずに戦うのはいくらエンペラー・クリムゾンの能力があっても不可能です。王は今は引き下がることにしました。
    「だが、あの娘と裏切り者は必ず始末する! このウェネトゥスから出しはしない!」
     王は暗い決意と共に、神殿から立ち去りました。

     一方、ブルーノたちは最初の船着き場に集まっていました。見晴らしがよく、王も流石に出てはこられないでしょう。ブルーノはトリシアをボートに寝かせます。その姿を、アバティーノ達四人は青い顔で見ていました。
    「ブルーノ、一体なにがあったんだ! 説明してくれ!」アバティーノが言いました。
    「単刀直入に言おう! トリシアを連れ帰ったのは、俺が今、王に反逆したからだ。王が俺たちにトリシアを護衛させたのは、自分の手で彼女を始末するためだった。俺はそれが許せなかった。だから反逆したんだ」
    「な、なんてことだ――」フラゴラは言葉を失いました。
    「共についてくる者は、このボートに乗ってくれ。だが、俺はお前達に『ついてきてくれ』だなんて言わない。命令もしない。俺が俺だけの意志で、『正しい』と思ってやったことだ。俺は自分の『信じる道』を歩いていたい。後悔はしていない。今は逃げるだけだが――王の弱点は必ず見つける!」
     すでに覚悟が決まっているジョジョ以外の四人は呆然と立ち尽くしていました。
     『王に反逆する』。それが意味することを、みんなよく知っていました。今朝まで自分達が反逆者たちにしてきたように、強い精霊使いをひっきりなしに差し向けてくることでしょう。その精霊使いとの戦いの中で死ぬのなら、まだマシかもしれません。もし、生きたまま捕まったのなら――想像を絶する拷問と処刑が待っているに違いありませんからね。
    「言っていることはとても正しいよ、ブルーノ。でも――」フラゴラが口を開きました。「ついていくことはできない。ただ命を捨てるようなものだ。あの王には、僕たちだけでは絶対に勝てないんだよ……」
    「フラゴラの言うとおりだぜ。それに俺は役人であり、あんたに忠誠を誓ったわけじゃあねえ」アバティーノが言いました。「しかし、だ。結局のところ、俺の居場所は、あんたの隣なんだ、ブルーノ」
     アバティーノは前に歩み出ると、ボートに乗りました。
    「王を倒したらよォー、実力的にも、次のナープラ長官は俺、だよな?」ミシェレはニヤッと笑って進み出ました。そして、ジョジョに耳打ちをします。「ブルーノの性格的に、無謀な戦いは仕掛けない。なにか策があるはずだぜ! 王を倒したら、楽しいことが待ってるはずだよな!」
    「アバティーノ、ミシェレ! そんな……無謀なこと!」フラゴラは真っ青になって叫びました。
     オランチアは、背中を丸め、頭を抱えてうんうんとうなり声を上げています。どうすべきかわからないのです。
    「ブルーノ……俺、どうしよう? どうしたらいい? 命令しておくれよ。あんたの命令なら、勇気が湧いてくる」
    「命令はできない。こればかりは……。オランチア、自分の歩く道は、自分で決めるんだ。だが、忠告はしよう。『来るな』。お前には向いていない」
     ブルーノはそう言うと、ボートを出させました。エンジン付きのボートは少しずつスピードにのって離れていきます。
     フラゴラとオランチアはボートを眺めていました。次第に小さくなっていく皆の姿を見ながら、オランチアは、トリシアの痛々しい手首の傷に気がつき、目を見開きました。
    「トリシアは、信じる人に見捨てられた……昔の俺と同じ――」
     いつの間にか、オランチアの背筋は伸びていました。
     オランチアは知っていました。トリシアが誰にも言えずにずっと抱いていた不安を。
     オランチアは思い出しました。トリシアの傷と同じ痛みを。
     ――ほんの少しだけ自分と似た女の子の、力になりたいと思ったことを。
     オランチアは、決意しました。
    「オランチア!?」フラゴラが驚きの声を上げます。
     オランチアが海に飛び込み、猛烈な勢いで泳ぎ始めたのです。波をかき分ける腕は力強く、どこにも迷いはありませんでした。オランチアは、水を飲みかけながらも、必死に叫びます。
    「待ってくれブルーノ! 俺も行くよ! 行くんだよう! 俺に『来るな』と言わないでくれえーッ! トリシアの腕の傷は、俺の傷なんだ!」
     オランチアに気がついたみんなは、ボートを返して彼を引き上げました。
     船着き場に残ったのは、フラゴラだけです。あの時と同じ。また一人になってしまいました。
    「そうか、オランチア。君は、自分で言ったとおりの道を歩むんだね。君が信じる道を。でも、僕――僕は――」
     フラゴラは手を強く握りしめ、うつむきました。
     顔を上げて、ボートを見ることはできません。怖いのです。前だけを見つめて去って行くみんなの背中を見るのが怖いのです。それが、最後に見る姿になると思うと怖いのです。
     ブルーノは『信じる道』と言いました。フラゴラだって、ブルーノの正しさはよくわかっています。フラゴラだって、ブルーノの正しい心によって救われた一人なのです。でも、正しさだけではあの王に太刀打ちできないこともわかっていました。あの悪魔のような力を持った王には。
     それでも、王の力よりも、なにより一番怖いのは。
     フラゴラの世界から、みんながいなくなってしまうことでした。たとえみんなの輪の中に、フラゴラ自身がいなかったとしても、みんなの笑顔が、この世から消えてしまうことが一番怖いのです。
     フラゴラは恐る恐る顔を上げます。ボートはもう見えなくなっていました。フラゴラは海に背を向けると、ゆっくりと歩き始めました。
     
     ボートはスピードに乗って進んでいきます。オランチアは誰に言われるまでもなく、リル・ボマーを出して周囲を警戒しました。
     周囲には、誰も居ません。範囲を広げてみても、不審な存在はまだありませんでした。フラゴラもいなくなっています。
    「ブルーノ。俺、トリシアを守るよ。トリシアを守って、王を倒すよ! 俺は、トリシアに信じてほしいから。味方になるって言った俺のこと、信じてほしいから!」
     ブルーノはほほ笑んで頷きました。
     空にはまだ夜の色がありました。ジョジョはまっすぐに前を見つめます。自分の運命も、みんなの運命も、そして、この国の運命も大きく動き出したことを感じていました。もう戻ることはできません。ですが、ジョジョは恐れを抱いてはいませんでした。ジョジョが見つめるのは、自分の歩む道だけです。自分で切り開き、信じて歩む、黄金の夢に至る道だけでした。

    (下巻に続く)
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