白鳥歌行 途中 ノラ猫のような男だと思っていた。
神出鬼没で、気ままで、気位が高く、媚びるということを知らない。何本にも結われた髪は、黒猫の尻尾を思わせた。眼光は肉食獣のようで、手脚はしなやかだった。 彼と出会ったのは行きつけの書店で。同じ本に手を伸ばしたのがきっかけだった。彼は「表紙を確認したかっただけだから」と笑ってあっけなくその本を譲ってくれた。フーゴが彼と出会ったのは、そんな物語(ロマンス)のような出来事がきっかけだった。
それから、その男とは何度も会っては、毒にも薬にもならない会話をした。彼はいつも表紙を見ては本棚に戻して、会う度に違う名を名乗っていた。奇妙でいい加減で、自由な男だと思っていた。付近のCD屋やビデオ屋もうろついているようで、時折店の中にあのわかりやすい姿を認めることができた。いつしか彼は街中の気高いノラ猫のように――日常の中にぽつんと在るささやかで好ましい非日常的存在になっていた。
22623