ping pong mum 来客を告げるチャイムに、イルーゾォは面倒そうに顔を上げた。
イルーゾォと同じく今日はオフのホルマジオは、インターホンを確認してイルーゾォに視線を送る。イルーゾォへの客人だった。誰であるかは言わずともわかる。彼女が大儀そうに腰を上げると、ホルマジオは完全に野次馬気分でついていった。
玄関ドアを開けると、ギィィと不満げにきしんだ音と共にフーゴが現れた。伏目がちで、瞳の色は前髪と長いまつ毛に阻まれてよく見えない。だがきっといつもみたいにどこか自信なさげな目をしているだろうことは想像に難くない。今回もダメそうだな、とホルマジオは苦笑した。
あの日――イルーゾォが退院した日――何があったかはよく知らないが、あれ以来フーゴはイルーゾォに何度も交際の申し込みをしに来ていた。だが連戦連敗である。どうもフーゴはイルーゾォとの歳の差を意識して、少しでもスマートに、大人っぽく背伸びしようとしているのだが、逆にそれがイルーゾォのお気に召さないらしく、完全に裏目に出ているのだ。作戦を根本から変えなければいけないのに、それに気付かないフーゴがもっと背伸びしようとするので連敗記録を更新し続けている。フーゴのしょんぼり顔はもうチームでもおなじみである。
それにしても、顔はともかく、性格面ではもっといい相手がいるだろうに、何故よりによってイルーゾォなのか。そしてどうしてそこまで執着するのか。チーム内でも大いなる謎であった。フーゴの見た目と頭脳と(平常時の)性格なら、よりどりみどりだろうに。
一方イルーゾォもイルーゾォで、決してフーゴを嫌っているわけではない。むしろ、毎回こうしてフーゴの相手をしに来ているわけで、フーゴの申し出に応じてやろうという意志はゼロではないのだ。
双方揃って趣味が悪い。ある意味お似合いなのだろうか? ホルマジオはそうも思い始めていた。
「イルーゾォさん、今日は、その……」
フーゴがおずおずと口を開く。イルーゾォは壁に寄りかかり腕を組んでいた。
――こりゃ完全にダメそうだ。ホルマジオは段々フーゴが気の毒になってきた。なにも、イルーゾォにこだわらなくとも世の中にはイイ女がたくさんいるのに。
だがフーゴとて、このままでは進展しないことはわかっている。彼はゆっくり深呼吸すると、何か思いきったようにパッと顔を上げ、イルーゾォにピンポンマムのブーケを押し付けた。
「今度の金曜日、夜六時に、本部のエントランスで待っててください! 絶対、約束ですからね!」
「へ、……ああ、うん」
フーゴはそのまま体を翻すと、猪の勢いで去って行った。あとには呆気に取られたイルーゾォが残された。
イルーゾォ的に正解かどうかはわからないし、フーゴの作戦かもわからない。やけくそだったかもしれない。だが、それでも。
「約束だってよ。こりゃー流石に行かねえとまじいんじゃねえかァ?」
フーゴの申し出にイルーゾォが「うん」と答えたのは確かだ。
いつも誰かの意表を突くイルーゾォは、意表を突かれることにあまり慣れていない。何にせよ弱点を突かれたのだ。ホルマジオはニヤつきながらイルーゾォを見た。イルーゾォは可愛らしくまとめられたブーケを一瞥して、肩をすくめた。
「ま、そろそろ捕まってやるか」
「悪趣味だなあ……」ホルマジオはしみじみとつぶやく。
「人のこと言えた口かよ、ハゲ」
フン、と鼻を鳴らすイルーゾォは、しかしけっこう上機嫌に戻っていった。ホルマジオは、音を立てる玄関ドアを閉めながら「しょーがねえなあ」と笑って、油を探しに倉庫へ消えていった。