いちばん マモンがやたらと馴れ馴れしい。なぜ。気がつけば部屋に彼の充電器と歯ブラシがある。どうして。何かがおかしい。前はこんなにもベタベタしてこなかったはず。
そう、前。以前。マモンがツンツンしながらもデレデレするのは変わっていないが、最近になって急に距離が近くなった。きっかけは思い当たらない。部屋に遊びに来ても、泊まっていくような仲ではなかったはずだ。しかし今日もマモンは当たり前のようにベッドを半分占領して寝ている。部屋の主よりも先に。
ため息をつきながらベットに入る。彼に背を向けて目を閉じた。なんでこうなっているんだろう。
翌日、なかなか目を覚さないマモンを叩き起こしてダイニングに向かう。席に着くと、サタンと目が合った。ドキリとして目を逸らす。この罪悪感はなんだろう。違うのサタン、と勝手に言い訳しようとする舌を噛んで抑えた。
サタンがいちばんなのに。
「またマモン伊吹のところに押しかけて寝てたんだ。伊吹もいい迷惑してるよ、ねぇ」
アスモデウスかマモンに非難の目を向ける。彼の質問に頷くことも、はっきり否定することも出来なかった。
迷惑、ではないのだ。なんとなく罪悪感を抱いてしまうだけで。
「いいんだよ俺様はなんたって伊吹の──の男なンだからよ。ケケケ」
「まだそれを言うのか。言葉を正しく使えと何度も言っているだろう」
マモンの言葉が途中で急に聞こえなくなった。ノイズが入ったかのように濁った音で一部のみかき消されている。ルシファーが彼を叱っているのだから、これは自分だけに起きた現象だろう。
もしかして、呪われている?
思わず食事の手が止まった。サタンがまだこちらを見ている。
「どうした。体調が悪いのか」
「う、ううん。違うの。サタンに相談したいことがあるのを思い出して。後で話すね」
「わかった」
サタンは極上の笑みを浮かべた。この顔をどこかで見たことがある。どこだ──ああ、そう。アンチルシファー同盟で三人膝を突き合わせて話している時によく見る。ルシファーへの嫌がらせの計画を立てて完璧だと高笑いしているときの顔と同じ気がする。
「またサタンだ」
今度はレヴィアタンが不満げな声を上げた。
「最近の伊吹、サタンサタンってサタンばっかり。そりゃサタンは知識が豊富で頼れるけどさ。ゲームのことならぼくに聞けばいいのに」
「嫉妬か?」
サタンは意地の悪い笑みを浮かべた。レヴィアタンは眉を釣り上げたが前髪で隠れているので周囲の人物は気がつかない。
「嫉妬だよ。ぼくが何の悪魔なのか忘れたの」
「そうだったな」
「見てよこの余裕たっぷりの顔。なんなのほんとに」
「いつもこの顔だよ」
食事を終えたサタンは席を立った。伊吹も後を追う。
サタンの部屋に入ると、伊吹は頭がぼんやりして幸せな気持ちになった。サタンが好き。大好き。
「相談したいことって何かな」
椅子に座ったサタンがにこやかに話を切り出す。伊吹は部屋の入り口のそばで突っ立ったまま一歩も動けなかった。
「マモンの様子が最近おかしくて」
「うん」
「前はそんなことなかったのに、急に距離が近くなって。嫌ではないけど、ちょっとびっくりするというか。それに、たまに声が聞こえないんだよね。マモンの声だけ」
「そうか。伊吹、目を閉じろ」
「はい」
「君のはじめての男は誰だ」
「サタン」
「君の一番は誰だ」
「サタン」
サタンがいちばん。サタンがはじめて。
サタンが一番!
「うん、もう開けていいよ。気分はどう?」
「なんかスッキリした気がする」
「それならよかった」
サタンの部屋を出た伊吹は首を傾げた。
あれ、何を相談したんだっけ──。