犬にでも食わせてろ（夏五）.


　その日五条悟は、生まれて初めてショックを受けた。
「誰これ」
「お前に決まってるけど」
　自分が撮影された写真を眺めながらの発言に、家入がスマホをいじりながら返す。五条の所属する事務所で五条と同じくモデル業に勤める彼女は、自身のマネージメントを自分でこなすことで有名だ。仕事の管理なんて他人に丸投げすればいいと五条は思うのだが、家入は「他人が逐一私が何してるか知ってるの無理」ということらしい。
　そんな五条と家入が会って会話しているのは実に久々のことだった。お互い連絡はSNSで事足りるし、多忙だ。今日のように事務所を訪ねる日とタイミングが被ったのもとても珍しい。
　そして五条は本当に偶然、先日自分が撮影されたデータを見たのだ。
　印刷されたそれは重なった状態で封筒の上に出されていた。察するに相手方から「そろそろデータを消さないといけないんだけどもったいないから」という流れで送られて来たらしい。どんな言い分だ。
　特に深い理由はなく、それがただそこにあって、自分の写真だから見た。それだけだった。そう、五条自身だって自分の写真だと分かっているのだが。
「誰これ……」
「大丈夫？　具合悪い？」
　流石に家入にすら不審そうに言われる。
　写真の中の五条に、五条は全く心当たりがなかった。
　否、この服、確かに着た気がする……記憶を念入りに掘り返せばぎりぎり……だがその時の記憶が一切ない。
（あこれ、代理だ）
　写真内のセットを穴が空くほど眺め、ようやく当時の記憶が戻ってくる。確かこの日は雑誌の撮影で、いつものカメラマンがおらず、急遽代理のカメラマンが撮影したのだ。五条はそもそもいつものカメラマンにすら興味がなく、代理のカメラマンなんて本当にどうでも良かったので、歯牙にもかけていなかった。そんな風に何気なく撮った撮影だったのだ。
　なのに写真のなかの五条は、今まで見たことのない顔をしていた。
（俺これ笑ってんの？）
　五条の売りは人形のような表情だ。一九〇ある身長で無表情を繕えば、触れるのもおこがましい高貴な細工じみた雰囲気になる。大抵の人間が五条に求めるのはーー普段の学生みたいな馬鹿笑いではなくーーその人形らしさだったので、五条も楽だった。適当に服着て適当に振る舞っていれば相手が勝手に撮影して満足したのだから。
　なのに写真のなかの五条は、ふわりと頬を緩めている。
　口の端を持ち上げるような分かりやすい笑みではない。しかしこの緩んだ頬は、力の抜けた眉は、五条自身は非常にリラックスして機嫌がいいときの態度だと理解できた。
　なのに、これを撮った覚えが全くない。
　もしかしてドッペルゲンガーかとすら疑い、マネージャーの伊地知に連絡をとれば、いや普通に仕事したでしょう七海さんとすれ違った日ですよと言われた。そういえば同じスタジオを使う予定だったらしくて、仕事おわりに七海をからかった記憶がある。それは思い出せるのに撮影とカメラマンをマジで覚えてないとか興味なさすぎでしょ。
　そんな状態の五条の不意をつくように、このカメラマンは五条の意識の隙間を縫って、さりげなくシャッターを切ったのだ。
　意味の分からない感覚だが、顔すら覚えていないカメラマンに心を見透かされたような自分を、五条は心底ーー羨ましいと思った。
（ズルくね？？）
　過去の自分にやっかむという地獄のような不毛である。しかし五条はこの日の自分を本気で羨み、犯行計画を急ぐ強盗犯もかくやの勢いでこの日のカメラマンを特定した（特定も何も、伊地知に調べてもらえば一発だったのだが）。
「夏油傑」
　調べて分かったその名前を口ずさむ。
　まじで覚えがない。
「ず……ずるい！！！！！！」
　過去の自分を羨ましがるという地獄のようなきっかけで、五条は初めてカメラマン・夏油傑をその意識の内側に入れたのだった。



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