不在の存在(アルユリ) 主の返答がないまま扉を開けるのは慣れたものだ。
席を外しているときもあるし、書物に集中していて声が届いていないこともある。奥で作業をしていて聞こえていなかったり、パターンは色々あれど、アルベールはユリウスの研究室に自由に出入りができる。だからあまり、ノックに意味はない。
「ユリウス、出てるのか?」
「……ん? ああ、親友殿」
低いところで声がしたと覗き込むと、薄桃色の髪が背をつたって床に触れている。ユリウスは膝をついて机の下に潜り込んでいた。
「ちょっと、手が離せないんだ。そっちの机に概要を作って置いてるから読んでいてくれ」
「そうか、ありがとう」
ユリウスの言動が少々突飛なのも、アルベールにとってはいつもの日常だ。下手に口を出すと何十倍もの勢いで反論が返ってくる可能性もある。それもまた心地良いものであるのだが、せっかく準備してくれた資料に目を通しておくかとアルベールはソファに腰を下ろした。
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