親愛なる君へ(アルユリ) アルベール団長発マイム姉経由の日誌を受け取って、ユリウス様が療養している別室へ急ぐ。
今日のアタシの最後の仕事で、秘密のとても大事な任務。神妙な顔をしたマイム姉に団長室に呼び出されたときは何事かと思ったけど、もう任せてちょうだいって感じ! アタシもユリウス様がどうしてるか気になってたし、アルベール団長に少しでも安心して欲しかった。
きっとアタシの報告ならアルベール団長もすんなり聞き入れてくれるはずだって、そんな考えがあるんだ。ユリウス様はとてもスマートだから、何でも上手に覆い隠してしまう。アルベール団長はきっとそれが、心配でたまらないんだと思う。誰よりも聡明なユリウス様は、様子を見に来た団員たちに、都合の良い報告をさせるなんてきっと、朝飯前のはずだから。だからアルベール団長自身が会いに行きたいんだろうけど、……復興途上の王都で、国の英雄たるアルベール団長の役割は大きい。単なる騎士団長以上のものがアルベール団長には課せられている。
それも仕方ないことなんだけど。新王陛下はまだあの通り経験が少ないし、すべてを取り仕切っていたマウロ様は投獄された。ジェノ殿をはじめとする王室に忠誠心の厚い騎士や諸侯がいるにしても、彼らでは国は回らない。結局、議場にいた中で陛下の信頼を最も強く集めたのはアルベール団長だった。それに、ユリウス様も。うんうん、わかるなあ。アルベール団長はほんっとに優しくて、団員ひとりひとりのことをよく見てくれている。マイム姉が崇拝するのもちょっとだけ、納得してしまう。まあマイム姉の場合は行き過ぎなところもあるけど、アルベール団長はマイム姉の恩人みたいな人で、つまりはアタシたち三姉妹の恩人ってことになる。マイム姉がレヴィオン王国騎士団に入ってなかったら今頃どうしてたんだろうなあ。三人一緒なのは確かだけど。三人一緒だったら最強だからね!
「ユリウス様、失礼しまーす!」
「ああ、メイム君」
コンコンとノックをして部屋に入ると、ユリウス様はいつもベッドに凭れかかって分厚い本を読んでいる。アタシにはちょっと、難しそうなやつ。医務室にあった簡易ベッドを運びこんだだけの急ごしらえの療養室は、ユリウス様のベッドと三段の本棚、それに小さな机と椅子がひとつずつあるだけだった。
「今日の分、持ってきました!」
「いつもありがとう。少し待っていてくれるかな」
星の眼の一件で重傷を負ったユリウス様は、騎士団の医務室で緊急治療を受けた。星晶獣の影響で回復したらしいけど、自分が表に出るのは良くないだろうと医務室を出てからもずっとこの部屋で過ごされている。
いつの間にか本棚には研究室からこっそり持ち込んだであろう書物や資料でいっぱいになっていた。両隣をうず高い本棚で囲まれていた研究室の真ん中の椅子に座っていたユリウス様を思い出す。
あの頃のユリウス様はアルベール団長の親友だって知っていても直接話をするのは恐れ多くて、アタシみたいなタイプはユリウス様の視界にも入ってないんだろうなあって思ってた。
アタシが来る時間、ユリウス様のベッドの隣にある机には、各地域の格闘者に関する本が置いてある。挿絵がいっぱいのやつ。ユリウス様が日誌を確認する間、アタシが退屈しないように。
何この心遣い! 惚れちゃうよね! いや、うん。惚れないけどね! アルベール団長の恋敵になるのは、謹んでご遠慮申し上げます。だって団長、ユリウス様のことになったら結構見境ないから。恋は盲目って言うよねえ、ってミイム姉は笑ってました。アルベール団長はユリウス様といるときだけ、こう、特別にきらきらしてる。団長はいっつも素敵なんだけど、それとは別の、独特の空気がある。ふたりが揃っていると見惚ちゃうし、耳打ちして笑い合ってるときの団長の顔なんかもう、きっと新王陛下が見たら倒れると思う。なんて言ったら良いんだろうね、あの顔。ああ、ユリウス様。表現力の本も貸してください。
「そうだ、メイム君、良かったら持って帰ってくれ」
アタシの願いが通じたわけじゃないけど、ユリウス様はベッドボードに置いてあった薄い水色の紙袋を渡してくれた。
「あれ? これどうしたんですか?」
「差し入れだって持って来たんだよ。……忙しくて仕方ないだろうにねえ」
口元に笑みが浮かんでいる。
ユリウス様も、そんな顔するんだ。何でかアタシがどきどきしてしまう。だって! ユリウス様が! かわいいよお姉たち! 今夜の夕食の話題は絶対にこれで決まりだ。ユリウス様の薄桃色の髪も、すうっと通った鼻筋も、すべてを見通すような瞳も、すべて恐ろしく整った造形をしているのは、重々承知だ。そもそもアルベール団長からして規格外のイケメンなんだから、いちいち美形に驚いてたら仕事にならない。
それでもユリウス様は、やっぱりちょっと、特別だった。変な意味じゃなくて。つい、目を惹かれてしまう。立ち振る舞いが、響く声が、ユリウス様を特別にしてしまう。
この部屋でユリウス様が療養しているのを知っているのはごくごく一部の団員だけだ。そこに差し入れなんて持ってくるひと、ひとりしかいない。
「いや、さすがにこれはちょっと、」
「君たち姉妹には迷惑をたくさんかけているからね。それもあって持ってきたんだろう」
そんなわけないじゃないですかあ! 全部ユリウス様のためですよ!!
心の声を全力で抑えて、紙袋をつつと返しておく。気になってるお店だ。食べてみたいけど、アルベール団長の眼中にユリウス様以外が入ってるわけがない。それって天然なんですかねユリウス様、それとも策士でいらっしゃいますか?
どちらでも良い。きっとアルベール団長は、どんなユリウス様でもお好きなんだ。それが確実なのは、よくわかる。
「ええっと、マイム姉なら泣いて喜びそうですけどね……」
アタシたちが食べたって知ったら、アルベール団長が膝から崩れ落ちそうな気がする。この紙袋見たことある。最近オープンしたばっかで、いつも並んでるって聞いてるお店。どうやって買ってきたんだろう。アルベール団長があの行列に並んだのかな。ちょっと見たい。アルベール様!? って騒ぎになってあれよあれよと順番代わってもらってそうだけど。いや、そうだとするとかなり見たいかも。
ユリウス様があまり食べていないようだと聞いてから、アルベール団長は食事係に進言したり、こうやって自ら差し入れをしたりしているらしい。現場を見たのは今日が初めてだから、うわあ本当だった、っていうのが正直なところです。
「それにアタシ、迷惑だなんて少しも思ってません! ユリウス様とお話できるのうれしいし!」
「……ありがとう」
一瞬だけ手を止めたユリウス様は、少し考えるように頷いた。距離を感じてしまうのはこんなときだ。アタシはユリウス様も騎士団の仲間だって思ってるけど、ユリウス様にとって騎士団はどんな場所なんだろう。助けになれば良いのにな。レヴィオンのことを大切にしてくれるユリウス様の、居場所になりたい。アルベール団長だけじゃなくて、団員みんなで。
「ユリウス様とアルベール団長が、お店に連れて行ってくれたらいいんですよ!」
「ふ、ふふ。メイム君も面白いことを言うね」
「もう、約束ですからね! なのでこれはユリウス様が責任持って食べてください」
肩に掛けているカーディガンを反対の手で押さえながら、ユリウス様がしぶしぶ手のひらをこちらに向けてくれる。その上に収まるくらいの、かわいらしいサイズだ。持って帰ったりしたらきっと、一瞬でなくなってしまう。甘いものは別腹なので。
「あれ、ユリウス様、何か挟まってますよ?」
「ん? ああ本当だ、……うん」
紙袋と箱の隙間に、小さなカードが入っていた。文字ばかりだからショップカードではなさそうだ。というか、絶対にそう。だってアタシ、あの字になんとなく見覚えがある。
「メイム君、ちょっとお茶に付き合ってくれるかい?」
帰るのが遅くなってしまうけど、とユリウス様は笑いながら瞳を伏せた。
するすると解かれるリボンは、いつかの夜会で目にしたことがある、ふたり揃いの礼装の色だった。
差し入れに手紙が添えられているのは、どうやらあの、チョコレートの差し入れに入れられてたのが初めてではなかったらしい。
ユリウス様から時々漏らされるところによると、アルベール団長がよくやる手法だった。手作りのサンドイッチを作って持ってきていたこともあるとか。もっと昔の話らしいんだけどね。
いや、初耳なんですけど!? もちろんこれも晩ご飯のときの話題にしました。ええ、とても盛り上がりましたとも。知ってはいたけど、知ってはいたつもりだったけど、アルベール団長の愛がまっすぐで結構、強烈。当然のように受け取ってるユリウス様がすごい気さえする。逆に。
羊皮紙の切れ端や書き損じたメモの裏に記される、なんてことない文章。ふたりの間を行き来して、一瞬の笑顔をつくる。アルベール団長の手紙を読んでるときのユリウス様と、ユリウス様からの返事を受け取ったアルベール団長。どちらの表情も知ってるのはアタシだけだ。ちょっともったいない気もする。だってふたりとも、すごく優しい顔をしてるから。今日はどうだった? って聞いてくれるお姉たちと同じ顔。大事にされてるなあ、っていつも思う。
ユリウス様はいつもあっという間に日誌を読んでしまうんだけど、アルベール団長の手紙だけはやけに長く握っている。この間本の陰からこっそり覗いてみたら、ユリウス様の視線が何度も動いてた。読み返してる。手のひらくらいの用紙に書いてある、ユリウス様曰く「なんでもないただの軽口」の手紙の内容を。
思わず閉じてしまいそうになった本を両手でぐっと握った。見てることに気づいたら、ユリウス様は読むのを止めてしまう。毎日の訪問の甲斐あってか、ユリウス様と少しくらいは距離が近くなったはず。ここで見誤るわけにはいきません。何でもない顔をしてページを捲る。
いつもと同じように、団長室に寄って日誌と返事を渡して軽い報告をして、アタシは部屋の引き出しをひっくり返した。
この前団長さんに手紙を書いたときに見つけたレターセット。昔お姉たちに買ってもらったものだった。
多分どこの家でも同じだと思うけど、小さいころアタシはとにかくお姉たちと同じが良かった。お姉たちが持ってるものはお揃いが欲しかったし、遊びに行くのも習い事も一緒にやりたがった。手紙は、何がきっかけだったのかもう忘れてしまったけど。お姉たちが書いてるのが羨ましかったのか、受け取ってるのを見て真似したくなったのか、たぶんそのどちらかだ。
普段手紙を書くことがないから、ずっと机にしまいっぱなしだった。よし、と心の中で気合を入れる。
ユリウス様の状態は、日に日に良くなってきているようだった。それが星晶獣の影響なのか、ユリウス様自身の体力のおかげなのか、アタシにはわからない。きっと近いうちに研究室に戻られるだろう。そうすればまた、あまり会う機会もなくなってしまう。格闘術の話に付き合ってもらうことも、こっそり技を試させてもらうことも、アルベール団長との思い出話を聞くことだって。
名残惜しい気持ちはある。ユリウス様のことをもっと知りたい。でもそれ以上に、早くアルベール団長と並んでるところが見たかった。早晩ユリウス様は対策本部室長に復任されるという噂もある。小さな檻のようなあの療養室も、そろそろ役目を終えるだろう。
「……ちょっと、寂しいなあ、なんて」
呟いた声は小さく響く。アルベール団長の補佐で付きっ切りのマイム姉も、街内の巡視に当たっているミイム姉もまだ帰って来ていない。半分だけの月がぽっかりと浮かんでいる。
ユリウス様は今もひとり、本を読んでるのだろうか。
日が落ちた後の城内は人もまばらで、自分の足音にすら驚いてしまうほどだ。騎士団の諸室が並ぶ棟から離れた場所にある療養室はなおさらだろう。
お姉たちはまだ、帰って来ない。ひとっ走り城まで行って帰って来ても、たぶん大丈夫。心配を掛けるようなことにはならない。
身体は先に、玄関を飛び出していた。
「ユリウス様、遅くにすみません」
「メイム君かい? どうかしたかな、忘れ物でも」
「いえ、ユリウス様にこれを、お渡ししたくて」
室内に入るのは憚られて、扉の手前で手を伸ばす。
ベッドを降りたユリウス様がこちらに歩いてきてくれた。視線が上がる。最近ずっと対面するときは同じ高さだったから、少しどきどきする。
「素敵な柄だねえ。どうして急に?」
「いえ、ちょうど片付けしてたら出てきたもので、……その、アタシは手紙を書いたりする相手もいないし」
しばらくじっとレターセットを眺めていたユリウス様は、少し首を傾げて小さく笑った。
「……そうかい? じゃあご好意に甘えるとしようか。せっかくだからメイム君も書いてみると良い」
「え、そんな」
「なんでも良いんだよ。親友殿なんてほら、今日の昼のメニューを寄越したりするからね。私は食堂係にでも命じられるかもしれない」
ユリウス様の独創的な実験の成果については、アルベール団長から耳にしたことがあった。団長室に持ち帰った成果物を、アルベール団長がひとりで完食していることも。
「ありがとう、メイム君。遅くならないうちに帰るのだよ。今夜は幸いにも、月が照らしてくれているから」
「はい!」
おやすみなさいと告げて扉を閉める。家を出たときと同じように、アタシは全力で足を動かした。
もしかしたら後ろ姿は見られてしまったかもしれない。深紅の瞳は暗闇に映える。
別にやましいことは何もないけど、できれば内緒にしたかった。ユリウス様の手紙が、アルベール団長の手に渡るまで。あと数日したら終わってしまうであろう、この特別な任務の間だけは、アタシとユリウス様の秘密に。
息を切らしながら前方を確認。あ、まずい。灯りが見える。ミイム姉でありますように! 二人とも揃ってたら小言が増える。ああ、愛されてるなあ、アタシ。
思わず口元が緩む。愛されてるし、愛しているのだ。アタシたちも。きっと、あのふたりも。
真っ暗な城内で、何よりもあかるい光。
静まり返った廊下には、良く知った靴音が響いていた。
「失礼しまーす! あれ、お留守ですか?」
黒表紙に綴られた日誌を胸の前で抱えて団長室に入る。アルベール団長も、マイム姉の姿もない。慌てて部屋を出たのか、椅子が飛び出したままだ。
サイドデスクに日誌を置いて、向きを直すべく団長席へと足を向ける。机上にはユリウス様とはまた違う、文献や資料が積まれていた。街の地図に設計図だろうか、屋敷の見取り図が載っている。あまり覗くのはよくないぞと自制して、椅子を机に押し込んだ。
雷鳴が聞こえる。窓を雨粒が濡らしはじめていた。灯りをつけても良いだろうかと、ランプに火を入れる。明るくなった机上に、真っ白な箱が置いてあるのがわかった。上蓋を下に重ねて、中に色んな種類や大きさの紙片が入っている。
ランプのすぐ横、きっと座ったら一番目がいくあたり。たくさんの仕事に囲まれて過ごす団長の、きっと、唯一の私物だ。
何が書かれているのか、知っているものがある。チョコレートの感想。ユリウス様はナッツ入りが一番好きだと言っていた。しばらく差し入れに木の実が入ったものが続いたと言って苦笑いしていた。親友殿は素直すぎて困る、と頬を緩ませていたを、アタシしか知らないのはもったいない。でも多分、お互いにも見せ合ってるんだと思う。少しずつ零れるような思いの欠片。
「メイム、すまない。待たせたな」
「いえ! お疲れさまです!」
「ああ。陛下のお時間が急遽空いたと伺って、……ユリウスの、対策本部室長への再任の許可をいただいた」
「本当ですか!」
本来であれば騎士団内の人事は団長に権限がある。陛下の許可、というか陛下が決めるのは団長だけだ。
アルベール団長がユリウス様を室長に命じるのを、断ったのはユリウス様だった。それじゃあ民も諸侯も納得しないよと笑って。
まあでも、それで引き下がるアルベール団長じゃない。議会で承認を取り付け、陛下の許可まで持って帰ってきた。副室長だった彼からも強い希望があったと聞いた。きっとユリウス様も、断らないだろう。
「世話になったな、メイム」
「楽しかったです。ユリウス様とお話するの」
「……そうか。俺もはやく、ゆっくり会いたいよ」
アルベール団長はそう言って、最後の日誌を受け取った。
「メ・イ・ムちゃーん? お手紙届いてるよー」
「はあい!」
マイム姉経由でユリウス様から届けられたのは、アタシが待ってる間読んでた格闘術の本だった。栞の代わりに挟んでたメモの切れ端にありがとうって書いてあって、ユリウス様! 惚れてしまう! いや惚れないけど! っていつか考えた気がすることをまた思ってしまった。
アタシには残念ながら本を読む習慣があまりない。ひとりで部屋にいるとどうしても気が散ってしまうから、こうやってお姉たちがいるときにリビングに持ってきて読むことにしてる。
良かったら貰ってくれってユリウス様は言ってくれたけど。宝の持ち腐れになりそうだし悩ましいところです。
「ふふ、見て見てメイムちゃん」
ミイム姉が手渡してくれた封筒は、純白に稲妻の透かし彫りの模様が入っている。あれ、これ、と裏返すと、連名で送り主の名前があった。
「招待状だったりしてー」
「な、なんの!?」
「でもまだ結婚式には早いよねえ。それならマイムお姉ちゃん宛てに届きそうだし」
「ミイム姉!?」
開けて開けてと後ろから覗き込むミイム姉にどきどきする。
け、結婚式って誰と誰がいつそんな話になったんですか!? 展開が急すぎると思います! ユリウス様は、式とか挙げてくれるのかなあ。新郎のタキシードを着たユリウス様とアルベール団長、絶対格好良い。団長補佐の妹の権限を最大限に活用して絶対に参列者に入れてもらおう。
二つ折りになった便箋を開くと、ちょうど真ん中で筆跡が代わっていた。アルベール団長から、今回のユリウス様の療養に関する礼と、今後の騎士団の体制について。ユリウス様の就任式は行わず、内々で発表するだけになるそうだ。
後半はユリウス様から。同じくお礼の言葉が書き綴ってある。アタシだけじゃなく、お姉たちにも。そして三枚、チケットが同封されていた。
「ミイムちゃん、このお店」
「ショコラティエのアフタヌーンティーだ!」
見覚えのあるお店のロゴ。アルベール団長がユリウス様に差し入れに買ってきた、あのお店のチョコレート。ユリウス様とふたりでお茶して、みんなで行こうって言ってみた、あのお店。
じわじわと心臓が波打って、なんだか目頭が熱くなってくる。騎士団内でも秘密の任務だった。通常業務を終えて、姿を隠すように団長室に行って、気配を消して城を歩く。隠密行動を楽しむような余裕は、正直言って全くなかった。ユリウス様は表向き騎士団の用務からは一切手を引いて療養中になってたし、撤回されてたとは言えアルベール団長もマイム姉も極刑を言い渡されていた身だ。双方の接触は当初、かなり警戒されていた。
新王陛下がユリウス様がレヴィオンにどれほど必要な人物か説き、アルベール団長を始めとする騎士団員からの後押しもあって、ユリウス様への風評もだいぶ和らいだ。それまでずっと、ユリウス様と、アルベール団長を繋ぐ糸だったのだ。あの、アタシが抱えていた日誌が。
あの1ページを毎日繰り返すことで、たぶん、少しは役に立てた。レヴィオン騎士団の一員として。
「よくがんばったね、ミイムちゃん」
優しく頭を撫でてくれるミイム姉の声に、ぽたりと机に雫が落ちる。
アタシも手紙、書いてみよう。大好きなお姉たちと、アルベール団長とユリウス様に。
アフタヌーンティー、いつにしますかって。