Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    はちがつ

    @mmmfaugust
    ⚡️🦋置き場

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 8

    はちがつ

    ☆quiet follow

    アルユリWebオンリー「俺達の未来に乾杯!」開催おめでとうございます!
    展示のさがしものをするユリウスの話です。

    不在の存在(アルユリ) 主の返答がないまま扉を開けるのは慣れたものだ。 
     席を外しているときもあるし、書物に集中していて声が届いていないこともある。奥で作業をしていて聞こえていなかったり、パターンは色々あれど、アルベールはユリウスの研究室に自由に出入りができる。だからあまり、ノックに意味はない。
    「ユリウス、出てるのか?」
    「……ん? ああ、親友殿」
     低いところで声がしたと覗き込むと、薄桃色の髪が背をつたって床に触れている。ユリウスは膝をついて机の下に潜り込んでいた。
    「ちょっと、手が離せないんだ。そっちの机に概要を作って置いてるから読んでいてくれ」
    「そうか、ありがとう」
     ユリウスの言動が少々突飛なのも、アルベールにとってはいつもの日常だ。下手に口を出すと何十倍もの勢いで反論が返ってくる可能性もある。それもまた心地良いものであるのだが、せっかく準備してくれた資料に目を通しておくかとアルベールはソファに腰を下ろした。
     昨日もこうしてユリウスの都合がつくのを待っていた。一昨日も同じだったかもしれない。アルベールの口元が自然と緩む。同じことを繰り返す日常が、こうも喜ばしいものかと。
     新王が望むレヴィオンの姿、温泉と葡萄酒が名物の交易都市について騎士団に下ろされた課題は大きく二つ。外貨獲得手段として行ってきた他国への派兵の継続可否と、港の活性化による治安維持だ。
     派兵については同盟関係への移行を目指し、緩やかな協力体制を維持する方針を提案しようとしている。そのための草案を纏める役を、新王はユリウスに依頼していた。
     知識は自身の助けになると、ユリウスは積極的に新王の招聘に応えている。兄弟が笑い合っている姿を見るのは、やはり良いものだとアルベールは思う。もしユリウスが望んだのなら、アルベールは兄にでも弟にも、親にだってなってやりたかった。彼が望むすべてに。アルベールがそんなことを口にすれば、きっとユリウスは苦い顔をして勘弁してくれと言っただろうけれど。
     ユリウスが信用しない家族という枠組みだって、時がくれば提案しようとずっと前から心に誓っている。そのためにはレヴィオンの法制度を整える必要があった。第一号は重要だと常日頃口にしているから、説き伏せるつもりでいた。時がくるというのはつまり、そういうことだ。
     一枚にまとめられた資料は要点がまとまっていて非常にわかりやすい。これなら議会の説明もスムーズにいきそうだ。
     気になったところに印をしておこうと筆記具を探す。そういえば、昨日も同じことをしたなとアルベールは頬を綻ばせた。 
     昨日も今日も明日もきっと、ユリウスの研究室に寄って、同じ家に帰る。そういう毎日を繰り返して、指輪をはめるのだ。あの、悲しいくらい気高く美しい男の薬指に。
     机の下にいたはずのユリウスは室内をゆっくりと歩き回っている。普段から考え事をしながらぐるぐる歩いているのはアルベールも知っているが、視線が左右に触れている。手が離せない何かの続きのように思えた。
    「ユリウス、何か手伝うか?」
    「ああ、良いんだ。ちょっと、探し物をしていてね、」
    「それなら二人のほうが早いだろう。何を探せばいいんだ?」
    「……ペンだよ」
    「ん? ここに、」
     執務机にはペン立てが置いてある。もちろんそこには、数種類の筆記具が立てられていた。ちらりと視線を向けてユリウスはまた何やら難しい顔をして本を開いて閉じてを繰り返している。
    「それじゃなくて、……ちょっと、ゆっくりしたまえよ親友殿。お茶でも飲んで」
    「ここで茶が出てきたことがあったか?」
    「失礼だねえ。最近は陛下もお見えになるんだ。お茶の用意くらいはしているさ」
    「飲むならお前と一緒に葡萄酒が飲みたい。早く帰ろう。手伝わせてくれ。どんなペンだ?」
    「……君、一体どこでそういう台詞を覚えてくるんだ?」
     ユリウスの歩みを止めることに成功して、アルベールはにこやかに立ち上がった。
     懸念事項は山のようにあるものの、仕事は概ねうまく回っている。団内のユリウスに対する風当たりも弱くなった。レヴィオンの騎士は何より国を第一に思う者たちの集まりだ。これほどまでに国の復興に尽力している姿を知っていれば、当然のことだとアルベールは思っている。
     新王の意向が強く反映された民衆向けの談話では、一族で最も優秀である兄、ユリウスを師として共に力を合わせレヴィオンを交易都市にしていきたいと発表があった。だから皆の力を拙い王に貸してほしいと。新王の言葉には思いがある。だから民にも気持ちが伝わるのだろう。
     新王自らサントレザン物語になぞらえた英雄ふたりを、民も少しずつ、受け入れているようだった。
    「俺にはユリウス以外にいないさ。昔から今までずっと、ユリウスだけだ。知ってるだろう?」
     良いしらせが多くなった。不穏な噂を掻い潜ってユリウスを探していたころとも、咎人の名を着せて国を去らせたときとも違う。今度こそ、ふたりでレヴィオンを盛り立てることができるのだ。
     アルベールの心を浮き立たせるのは、いつだってユリウスだけだった。ユリウスが生きる選択をした。それは、アルベールが手を伸ばしたからだ。この先ずっとユリウスが共にあると思えば、それだけでアルベールの心は凪いでいく。どんな困難が訪れたとしても、ユリウスと共になら立ち向かっていけるからだ。
    「私はそんな歯が浮くようなことは口にしていないよ。まったく、」
    「俺は親友殿といるといつも浮かれてるんだ。好きな人に対してはどうやら、自制がきかないらしい」
     左手の甲にちゅ、と軽く口づける。軽く寄せられた眉に、薄っすら染まる頬。美しく整ったユリウスの造形を少しばかり崩していることに、アルベールはまた笑みを深めた。
    「……それはまあ、よく知っているけどね、」
    「そうか? なら早く、俺の我慢ができてるうちに見つけてしまおう。特徴は?」
     言い出したら聞かないのはユリウスもアルベールも同じだった。似ているところなんか数えるほどしかないのに、手に負えないところは共通している。同じ種から発芽して、二つに分かれた若葉のように。根っこを共有しているというのは幻想だ。それでもお互いに、幻想を共有している。お互いに、相手がいない場所では生きていけないと。
    「普通のペンだよ。軸は赤、君の眼の色だ」
    「情熱的だな。いつまで記憶にある?」
     アルベールの軽口は聞き流すことに決めたのか、ユリウスはこめかみに指を当てて目を瞑った。記憶を辿っているのだろう。とん、とんと等間隔で指先が動く。
    「昨日、ここで書き物をしていたときにはあったと思う。目につくところに置いてあるからね。君が来たときは、……どうだったかな。あったように思うけどねえ」
    「気づいたのは?」
     ユリウスの視線が自分だけに向けられているのはもちろん好きだが、自分を見ていないときにユリウスを存分に眺めるのもまた、アルベールは好きだった。伏せられた睫毛は長く、いつも固く結ばれている唇がほんの少し開いている。鼓膜を震わせる声は柔らかで甘い。その唇に乗るどんな言葉も愛おしく思えてしまうのだから、一秒でも長くいたいと願って、アルベールは今日もまた研究室に来てしまっていた。
     同じ家に帰るのだから、迎えに来なくても良いだろうとユリウスは何度か呆れ顔をしていたが、聞き入れないことを悟ったのか最近ではアルベールの仕事を準備して待っているようになった。別に仕事を用意してくれていなくても良いのに、と思わないではないが、ユリウスが待っている、その事実だけでアルベールは嬉しくてたまらなくなる。
     毎日ひとつ余分に進む仕事を含めて、一筋縄ではいかないところがまた、アルベールの恋情を募らせていく。
    「さっきだよ。今日は朝から一日陛下と資料室に籠りっぱなしだったんだ。ちょうど今帰ってきたところだ」
    「陛下もお前と同じで熱中すると時間を忘れるタイプか? 俺がタイムキーパーに馳せ参じようか」
    「お断りするよ。愛しのエクレール殿が間近にいて、集中力が削がれては困る」
    「愛しのユリウスと一緒にいる時間を増やしたいという俺の思いは汲んでくれないのか?」
    「だから! 君ね、そういうところだよ!」
    「本音だぞ」
    「ますます悪いね」
     機嫌を損ねられるのは本意ではない。話を聞けばどうやら昨夜アルベールが研究室を訪れてからの謎のようだった。顎に手を当ててアルベールはじっと記憶を辿る。
    「昨日ユリウスを待ってるとき、……あ、」
     差し出された資料を読みながら、手を動かした覚えがあった。無意識に取る行動をアルベールは懸命に思い返す。
    「ユリウス、犯人は俺かもしれない」
     え、とユリウスは目を丸くした。本を開いていた手が止まる。きっと栞代わりに挟んでしまったかと考えて、昨日読んだ本を確認しているのだろう。
     軽口を叩いていたことが申し訳なくなる。確かに昨日、机からペンを借りた。ユリウスの探し物が見つかるのは喜ばしいが、無駄な心配と時間を費やさせたことには変わりがない。
    「昨日、条文を探してくれただろう? あのときに、メモをしようと思って、そうだ。胸にペンがなかったから、借りたんだ、机のペンを」
    「……それで?」
    「いつもの癖で、胸に指して、そのまま。多分、家にある」
     ペン立てに並んでいる様々な筆記具からそのペンを選んだのは、単に見覚えがあったような気がしたからだ。遠い昔、まだ騎士団に入団したばかりのころ。アルベールはユリウスに付いて回っていた。同じ新入団員とは思えないほど博識で、座学の講義では教師も舌を巻くほど。剣の腕も悪くない。ただ出自が特別なだけで、彼はいつも遠巻きにされていた。アルベールを除いて。
    「すまない、ユリウス。大切にしていたものを、勝手に使って」
    「……いや、構わないよ。見つかれば良いんだ」
     その頃はまだ、これまで自分の周りにいないタイプだからだと、アルベールは思っていた。澄ました顔が向きになって言い返してくるのも、彼が笑ってくれるとうれしいのも、全部。ユリウスが気になってしかたないのは、そのせいだと。
    「……なあ親友殿、そのペンって、」
     ドアの隙間から差し込む光のように、眩しい記憶がアルベールの脳内に蘇ってくる。筆記具を貸してくれと、ユリウスに頼まれたことがあった。手渡されたペンを一瞥したユリウスは言ったのだ。どうして忘れていたのだろう。宵闇を映したガラス越しの自分の顔を、見たくないとアルベールは思う。きっと、とんでもなく緩んだ顔をしている。
    「親友殿、ちょっと、言わないでくれるかい」
    「いや、俺も、今思い出したというか、」
     ユリウスはそのペンを、きれいな赤だと褒めた。アルベールの瞳の色だと。
     容姿を褒められることには慣れていたアルベールは初めて、胸を震わせるような高揚感を覚えた。吐いて捨てるほど聞いた言葉だった。それがこれほど、特別に思えるなんて。
     今考えればその頃から、ユリウスはアルベールにとって特別だった。ユリウスがお世辞で人を褒めたりしない男だと知っていたから。
    「……あのときの、だったのか?」
     ユリウスが褒めてくれた軸の赤色は、持ち手のところが剥げてところどころ銀色になっていた。妙に既視感があったのはそのせいだったのかとアルベールは納得する。
     実地訓練中だったのだろうか。鎧を着て、城外に出ていた。返してくれたペンを、アルベールはユリウスに再び差し出し、もう使わないから大丈夫だよと言う手のひらに握らせた。
     親友でいる間は一生、ユリウスに貸しておくからと言って。
     指先から甘い痺れが走ってくる。あのときユリウスに預けたもの。笑われるかと思ったが、ユリウスは素直に受け取ってくれた。彼にも、思うところがあったのだろうか。まだ恋とも知らず焦がれていたアルベールのように。
     ユリウスの薄桃耳の髪の間から覗く耳が赤い。顔を背けていても後ろの窓に反射して、あるべーるからは見えてしまう。レヴィオンは今夜も雷雨だ。
    「ユリウス、その顔はだめだ。……抱きしめたくて、堪らなくなる」
     ユリウスの正面に回って、アルベールはゆっくりと手を伸ばす。触れる指が拒否されないことを、知っていた。
    「知ってるだろう、俺は、ユリウスのことになると自制がきかないんだ」
     大人しく胸に収まってくれたユリウスを、アルベールは強く抱きしめる。全身の細胞が喜びに打ち踊っていた。
     件のペンは寝室のサイドボードに置いたはずだった。ちょうど、その引き出しは誂えた指輪がしまってある。
     時が、来たのだ。ユリウスの手が背に回されたのを感じてアルベールは深く息を吐いた。
     薬指の約束をもらうのは、今日しかないと考えながら。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💖💖💖💖💖💖💖🍌👏👏👏🎃🎃🎃🎃🎃🎃💒💒💒💖💖💖💖☺
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    はちがつ

    DONEアルユリWebオンリー展示用に書いていたアルユリ。
    せっかくオンリーなのでもうちょっとラブラブしてほしいな!と差し替えることにしたので供養。
    親愛なる君へ(アルユリ) アルベール団長発マイム姉経由の日誌を受け取って、ユリウス様が療養している別室へ急ぐ。
     今日のアタシの最後の仕事で、秘密のとても大事な任務。神妙な顔をしたマイム姉に団長室に呼び出されたときは何事かと思ったけど、もう任せてちょうだいって感じ! アタシもユリウス様がどうしてるか気になってたし、アルベール団長に少しでも安心して欲しかった。
     きっとアタシの報告ならアルベール団長もすんなり聞き入れてくれるはずだって、そんな考えがあるんだ。ユリウス様はとてもスマートだから、何でも上手に覆い隠してしまう。アルベール団長はきっとそれが、心配でたまらないんだと思う。誰よりも聡明なユリウス様は、様子を見に来た団員たちに、都合の良い報告をさせるなんてきっと、朝飯前のはずだから。だからアルベール団長自身が会いに行きたいんだろうけど、……復興途上の王都で、国の英雄たるアルベール団長の役割は大きい。単なる騎士団長以上のものがアルベール団長には課せられている。
    8200

    recommended works