現パロ九相図家族 疲れたな、と思った時も台所に立たないと、何故か落ち着かない。
特に料理をするのが好きとか、任されているとか、そういう訳ではない。兄弟四人のうち余裕のある者が作るということになっているので、俺が作らなくても誰かしら作ってくれる。
しかし、毎日何かにつれて台所に立っていた。弟の喜ぶ顔が見たいからだった。
今もそうだった。昨日の仕事の疲れから調子が上がらずに、ソファでうつらうつらしていたが、スマホのアラームに促されて台所に向かった。
冷蔵庫の横にかけてあるエプロンを手にとる。何気なく買ったものだが、黒のシンプルなデザインで、軽くて洗ってもすぐに乾くところが気に入っていた。
水を入れた鍋を火にかける。その間に冷蔵庫から、昼に作ったチャーシューとネギを取り出して、ゴマと調味料を入れた簡単なものを仕上げる。
いつもは簡単なものしか作らないが、休みの日、特に疲れた日には力が出なくても凝ったものを作っていた。普段開かないレシピ本の、仰々しい名前の料理のページを開いて、下ごしらえから始める。
自分の時間に使えと弟達にたしなめられたことがあるが、どうにも直らなかった。
弟の為の料理は面倒なものというよりも、充足感を与えてくれるものだった。自分の作った料理を食べる弟の姿を見ると、じんわりと力が出てくる気さえする。
トントンときゅうりを切っていると、突然後ろから手が伸びてきた。
「こら、悠仁。危ないぞ」
「ん、おいしい。百点」
もぐもぐと口を動かす弟を声でたしなめる。
不思議なことに、末の弟二人はいつも料理に点数を付けたがった。それもいつも百点なのだ。
毎回百点ならば点数なんて付けなくても良いだろうと伝えたことがあったが、「だっていつも美味しいんだもん」とかわいい答えが返ってきたから、それからは何も言わないでいる。
「そうめんなんだ」
「好きだろう」
「いつの話してんだよ」
まぶしい程に明るく笑う悠仁はチャーシューを飲み込んで、もう一つと手を伸ばした。今度は何も言わなかった。兄さんは甘いと壊相に言われそうだと過った。
煮立った鍋の中にそうめんを放り込んだ。食べ盛りがいるのだ。多めに入れることにする。
「好きだけど」
悠仁の声を後ろに聞きながら、器を取り出した。
そうめんの入った鍋をザルにあけると、ふわりと、透明で清潔な匂いがした。
「あ、悠仁!ずるいぞー!」
血塗が台所に入ってくる。その後から壊相が続く。
「兄さん、皿運ぶよ」
「ああ、頼む」
途端にせわしなくなる空間。セッティングを行なっている弟達を見ながらエプロンの紐を解いた。
「みんな揃ったな」
ひと息ついて、ぐるりと見わたす。テーブルに向かい合った壊相と血塗、悠仁、そして家の中と、夕日の差し込んだ庭の木々。家族全員が向かい合える時間が尊く感じる。
「いただきます」
これが俺にとって何事にも変えがたい『大切な時間』である。