貴方の知らない顔 店の入口から漏れる僅かな陽光を反射し、掌中の硬貨が鈍色に輝く。地を叩くような雨季はなりを潜め、外気は夏と呼んで差し支えない程に茹だっている。地平線を曖昧に濁す陽炎は、肌に纏わりついては滴り落ちる湿気を容易に想起させた。
リンシャはまるで役に立たないシーリングファンを苦々しく見上げると、手元の扇子を広げる。東方群島からやって来たという行商から気まぐれで購入した扇子は、今や無くてはならない存在だ。地紙に描かれた湖面を泳ぐ紅白の魚も、涼しげで気に入っている。リンシャは手元のコインを脇に置くと、これみよがしな溜息をついた。
王の結婚祝いにと記念硬貨が発行されて一ヶ月、夫妻の横顔が並んだ硬貨は、貨幣としてよりも、人々のお守りとして機能している。なんでも、これ一枚持っていれば、城下町から遠く離れた地域でも魔物に襲われないとかなんとか。確たる証拠もない眉唾ものの噂を、人々はなんの疑いも無く信じているのだ。まったく、バカバカしい。
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