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    道端の草でバズった夏来の話
    若干夏旬要素があります

    道端の草でバズった夏来の話俺がそのことを知ったのは、放課後になってすぐ届いた、シキからの連絡だった。
    ピンク色の派手な猫が、「ヤバイ!」と汗をかいて焦っているスタンプ。通知バナーを押して、LINKのアプリを立ち上げた。

    『ナツキっち!! ヤバいっす!!!』
    『キンキュージタイっす!!!!!』

    緊急、事態……?
    また、部室にゴキブリとか、その手のやつかな、なんて……。
    とにかく心配になった俺は、あまり自分からはする機会のない、電話マークを押した。
    流石のシキだ。2コール目が鳴る前には繋がった。

    「あー! ナツキっち! おめでたいっすね!!」
    「お、おめでたい……?」
    「えぇ!? 見てないんすか!?」
    「えっと……何のこと?」
    「ナツキっちのアカウント! 今すぐ開いてくださいっす! バズってるっすよ!!」
    「バズ……?」

    電話をスピーカーにして、事務所と共同で運営している、個人のSNSアカウントを開く。
    ランニング中に見つけて撮った、道端の草の画像の投稿。

    「……えっ」

    反応数を見てギョッとした。
    事務所の人のアカウントでも、稀に見かけるレベルの、「万」のリポスト表示が出ている。
    どうりで、端末が熱を持っているわけだ。
    通知欄をスクロールすると、植物専門の大学教授らしき人のアカウントにまで引用されている。
    そんな人にまで、俺のことが届くんだ……。

    「すごい……」
    「てか、道に生えてる草でバズるのマジパネェっす! 前代未聞ってやつっすよ! さすがナツキっち!」
    「う、うん……ありがとう……?」

    俺としては、普段から見つけた草の画像をよく載せているし、何気ない出来事を発信したつもりだった。草の形が、ちょっと不思議だったから、バズった?のかな……。
    何が面白いのか、共感を呼ぶのかはよくわからないけれど、とにかく世界は広くて沢山の人が見てくれているということはよくわかった。
    ようやく事実を飲み込み始んだ矢先、俺はシキからアドバイスを貰った。

    「バズった投稿には、宣伝を繋げて載せるといいっすよ!」
    「宣伝……?」
    「はいっす! 曲のPRでもいいし、ナツキっちがみんなに知ってほしいこととか〜……伝えたいこととか! この投稿がバズった分、いろんな人の目に触れるっしょ?」
    「なるほど……さすが、詳しいね。シキ……」

    何か伝えたいこと……。
    新曲、は……まだ制作途中だし……。
    この前収録した番組も、SNSで宣伝するには、少し先すぎるかも……。
    色々と考えを巡らして画面を睨んでいると、それを察したのかシキが追い討ちをかけてきた。スピーカー越しの大声が廊下全体にまで響き渡りそうで、慌てて音量を下げる。

    「とーにーかーく! このチャンス、逃しちゃダメっすよ!!」
    「わ、わかった。考えてみる、ね……」


    **


    「ナツキっち! おはようっす!」
    「あ、おはよう……」

    翌朝。シキが2年の階にやってきた。
    いつもは、授業の間や昼休みに来ることが多いから、朝やって来るのは珍しい。
    俺の姿を見つけるや否や、ズカズカと教室内に入り込んでくるシキ。2年のクラスメートもこの光景にはすっかり慣れた様子で、相変わらず元気だとでも言いたげに視線を送っている。

    「いつもより、早く来たの……?」
    「はいっす! ナツキっちみたいに、メガメガクールで面白いバズり方したいな〜と思って、早起きして道端観察しながら来たっす! 特に収穫はなかったっすけど……」
    「そうなんだ……お疲れさま……あ、ごめん……」

    猫背になり、しょぼしょぼと疲れた様子のシキの頭を、思わずぽんぽんと撫でてしまった。髪のセットにこだわっていたことを思い出し、咄嗟に謝ったが、シキは寧ろ嬉しそうに目を細めていた。本当に猫みたいだ。……懐き方は、犬みたいだけど。
    もしかしたら、家族や誰かにこうされることに、良い思い出があるのかもしれない。

    「それにしてもあの投稿、一晩経っても伸びまくりっすね!」
    「うん……。俺も、びっくり……。でも結局、宣伝……思いつかなくて……」

    あの後、俺は、帰りの間やお風呂の間、寝る前にも、いろんなことを思い出して考えた。
    伝えたいことはいっぱいある。
    ジュンのこと、High×Jokerのこと、事務所のみんなのこと、猫のこと、最近美味しかったもの……。でも、考えれば考えるほど、通知が増えれば増えるほど、どうすれば良いかわからなくなってしまった。
    画像の枚数や文字数が限られている中で、なるべく多く人に興味を持ってもらうメッセージを伝えるのは、難しい。

    「えぇ!? 深く考えすぎない方がいいっすよ! ほら、鍋は熱い時になんとか〜って言うじゃないっすか!」
    「……それを言うなら、『鉄は熱いうちに打て』ですよ。君はもっと物を深く考えてください。まったく……」
    「……ジュン」
    「あっ、おはようっす! ジュンっち!」
    「おはようございます」
    「よくオレの言いたいことがわかったっすね! ……ハッ。まさか、『無許可侵入【ブラックハッキング】』の能力にまで目覚めてッ……!?」
    「違いますよ。無能力者でも察しがつくほど、君の思考が安直すぎるだけです」
    「ゔっ……」
    「ほら、そろそろ予鈴が鳴りますよ。また後で」
    「は〜い。それじゃナツキっち、宣伝ファイトっす! バイバイシュー⭐︎」
    「う、うん……バイバイ……」
    「……四季くんがこの時間に来るなんて、珍しいな。何かあったのか?」
    「ちょっと、ね……」
    「……。そうだ。放課後、新曲の相談したいんだけど、時間ある?」
    「うん。でも……ハヤトたち、今日は打ち合わせで、居ないよ……?」
    「知ってる。まだ、みんなに見せられるほど練られてないんだ。若干煮詰まりかけてる部分もあるし……ナツキだけ居てくれたら、ありがたいんだけど」
    「わかった。……嬉しい」


    **


    いつもは賑やかな部室だけど、たまにはこういうゆっくりとした時間が流れるのも良い。
    深呼吸をひとつ。
    ジュンのすらりとした指が、白鍵と黒鍵の上を縫うように踊り始める。
    爽やかな風が吹いたような心地に、口元が自然と緩んだ。

    音色を奏でる、ジュンの後ろ姿が好きだ。
    ずっと見ていたいと、思う。
    だからだろうか。最近、この特別な時間を、肉眼だけに収めるのは勿体無いと思い始めている自分がいた。
    ポケットからこっそりスマホを取り出して、カメラを無音にした。
    この間、上手な写真の撮り方を、シキや咲から教わる機会があった。
    グリッド線を出して、撮りたいものを真ん中に入るようにするといいみたい。それと、1回だけじゃなくて、何回か連写する……。

    「……うん」
    「…………ナツキ? どうかした?」
    「! ううん、ごめん。続けて……?」
    「……? うん」

    びっくりした。ジュンから俺の姿は見えていないはずなのに。
    ジュンの演奏を邪魔してしまっては、元も子もない。
    我ながら良く撮れていたからか、思わず声が漏れてしまったらしい。
    そんな僅かな音も、ジュンの耳は拾い上げる。
    再び流れ始めた旋律に耳を傾けながら、こっそり写真を見返した。
    世界でたったこれだけ。あの僅かな一瞬にしか撮れない、ジュン。俺が撮った、俺にしか撮れていない、ジュンの姿。
    自慢したい。教えてあげたい。こんな素敵な音色を奏でる、カッコいい人がいるんだって。

    そんな衝動に駆られ、ごく自然な流れで、SNSのアプリを立ち上げてしまった。これが本来のあり方なんだろうけれど、少しだけ迷いが生まれた。

    勝手に載せたら、怒られちゃうかな……。
    それに……みんなには、ちょっとだけ、見せたくないかも。せっかく上手に撮れたけれど……。
    妙に意地になった俺の指は、端にあるトリミングボタンを選んでいた。


    **


    「……おい、ナツキ」
    「ジュン……どうかした……?」

    無事に新曲の案がまとまって、演奏もひと段落。
    スッキリした様子で席を外したジュンだったのに、戻ってきたその表情は、なんだかムッとしている。
    ジュンがスマホの画面を指差して、俺に向けた。

    「これ、僕だよな?」
    「うん……そう書いてある、し……」

    @natsuki sakaki_official
    『ジュンは、カッコいいです。』 

    その投稿には、ピアノを弾いている旬と思しき人物の、手元だけが写った写真が添付してある。

    「恥ずかしいんだけど……」
    「ちょっとしか、写ってないよ……?」
    「そうじゃなくて、なんだかかえって……いや、もういい……」
    「……ごめん。良くなかったなら、消す……」
    「消さなくていい。せっかくナツキが撮って、アップしてくれたんだし。……でもなんで、この雑草の投稿に繋げたんだよ」
    「……素敵なものや、好きなものは……話題になった投稿に繋げて、宣伝するといいんだって……?」
    「……ふーん……」
    「ジュン……?」
    「……ナツキ。さっき僕が最後に弾いたフレーズ、今度はベースで聴かせてくれないか?」


    **


    「シキ。ナツキに入れ知恵でもしたのか?」
    「へ? 何のことっすか、ハルナっち」
    「これだよ、これ。『ジュンは……カッコいい、です……』のやつ」
    「ぶはっ、似てないな〜、ハルナの声真似!」
    「なんだとぉ!? 言ったなハヤト!! こうなったら……」
    「うわあっ! ……ギブギブ!! 参りましたー!!」
    「これ、オレはただナツキっちに『バズったら宣伝ぶら下げるといい』って教えただけっすよ? ジュンっち指定まではしてないっす」
    「……マジで?」
    「ある意味、ナツキらしくていいんじゃない?」
    「宣伝ってより、匂わせみたいだけどな」
    「たしかに。ナツキっちっていっつも無意識っすもんね〜……おやおや? ジュンっちも応戦してるみたいっすよ!」
    「えっ? 見せて見せて!」

    夏来の雑草の投稿の2つ下。
    旬と思しき人物の投稿の1つ下にあたる。

    @jun fuyumi_official
    『ナツキは、カッコいいです。』

    旬の投稿には、ベースを弾く夏来の手元の寄りが添付されていた。
    その先にはリプライこそあまりついていないが、中身の確認できない、非公開アカウントからの引用投稿の件数がやたら多く表示されている。

    「珍しいな〜。ジュンが誰かにリプライ送るなんてさ」
    「なんというか、ムキになってやってそうだな……」
    「『バレバレの匂わせすんなー!笑』って絡みてえけど……まずいか?」
    「ダメっすよハルナっち。これは子猫ちゃんたちにとって、聖域っすから! 他のリプライがほぼないのを察してあげるっす!」
    「お、おう……」
    「でもさ、せっかくなら何か便乗したくない? 2人は大真面目にやってるんだろうけど……正直ちょっと面白いし」
    「う〜ん……リプライは無しとなると〜……あっ、こういうのならどうっすか!?」

    @shiki iseya_official
    『ハヤトは、カッコいいです。』
    ALT:ギターを弾いてるリーダーハヤトっちっす⭐︎別の投稿に動画もあるっすよ!

    @hayato akiyama_official
    『ハルナは、カッコいいです。』
    ALT:今度のイベントに向けて練習中のハルナです!

    @haruna wakazato_official
    『シキは、カッコいいです。』
    ALT:ハイパーアゲアゲボーカル、シキ!

    この「○○は、カッコいいです。」の構文と匂わせ風の写真を載せる投稿は、暫くの間ネットミームとして流行り、夏来が「バズりの申し子」となったのはまた別の話。
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