だだだ、と石畳の階段を掛け上がる二人の足音。
登りきったところでガイアはディルックの手を離し傍にあった長椅子に腰かける。
「はー、結構楽しめたな」
「結構どころか」
嘘を付け、と少し乱れた息と浴衣を整えながら溜め息をつく。
「だってよ、お前がまさかわざわざ誘いに来るなんて思っても見なかったからよ」
話は数日前に遡る。
「僕と一緒に、海灯祭に来てくれないか。」
開口一番出てきた言葉。
「ウソ、だろ」
ガイアは座っていた。執務室の机を目の前にして。
机に覆い被さるようにして手をついているディルックの顔は近い。
そうこれはデートの誘い。
「いや、ちょっと待て。あー…ちょっと、待て」
「いや待てない。今すぐ返事をくれ。」
「ひとまず黙れ。」
イライラした表情で目配せをすると、そこには目を丸くしたジンと、完全に楽しんでいるリサがいる。
顔を少し伏せてさらに近付け小声で言う。
「あと一時間くらいで帰るんだから待ってろよ。変に思われるだろ。」
大嫌いなはずの西風騎士団の敷居を跨いでまで言うことかと。
――ちなみに、隠しているつもりのようだがすでにジンにも二人の関係は知られているため問題はないのだが。――
「返事。」
「あーもーうるさいわかったわかった行くからさっさと帰れ」
そんな一悶着があり今に至る。
「あの後大変だったんだからな」
既に存分に祭りを楽しんだガイアから出る文句は笑顔に包まれていた。
はふはふとたこ焼きを食べるガイアをしばらく見つめていたディルックは、視線を落とすとぎょっとした。
「…っおい、はだけてる」
無造作に足を広げて触っているため下着が見えそうな程に浴衣ははだけていたのだ。
「何だよ別に良いだろ」
「良くないしまえ」
被り気味に否定しつつずかずかとガイアに近付き、しゃがんで裾を整えようと布地に触れる。
「…何ここですんの」
ただ、そう思ったから言っただけだったのが悪かった。
ぎらり、と緋眼がガイアの眼を射抜く。
「君は、よく憶えておくと良い。」
あ、やばい。ガイアは後悔した。
この眼に弱い。自分がどんどんと熱を持ってくるのがわかる。
ぴくり、と身体が反応した。ディルックが露になっているガイアの大腿に触れたのだ。
「ここも、ここも…」
ゆっくりと、触れたまま、名残惜しむかのように、
大腿、腹部、胸、鎖骨、首、そして唇に触れていく。それらは全てその眼は反らさずに。
は、は、と息が荒くなる。声が出そうになる。
最後に耳朶に触れ、久々に視線が離されたと思うと
「全部、僕のものだ。」
そう、耳元で告げられた。
「っんぅ」
どうしようもなく、我慢出来なかった息が漏れてしまい目を瞑る。
「…は、そうかよ。そりゃ偉そうなことだな。」
ばれていないとでも思っているのか、それとも強がりたいだけなのか、そんな言葉が出てきたのもつかの間。
「だから僕はこんな所で君を抱きはしない。」
そういうとストンと隣に座るディルックに対し
「あ…え、そ、そうかよ…」
と狼狽えた。
ふぅ、と普段通りの気だるそうな瞳に戻ったディルックは何事もなかったかのように
「次は何処をまわろうかここなら花火はよく見えそうだがここにいようか」
なんて今のガイアにはあるまじき言葉を吐き出した。
「な、なぁ。帰らない、か」
「何故」
「何故」
理由については特に詳しくは言えなくて、
「ぅ…わかったよ。」
と、観念して不貞腐れた。
――それを横目で見ているディルックが、いたずらに微笑んでいることには気付かずに。