毎回毎回、毎月毎月この日を心待ちにしてる。
長くて30分そこいらの現状報告。
それだけ。
それ以上なんて望まない。望んだ所で困らせるだけ。
毎回帰る時に曇り空になるのは、少なからず俺を特別視はしてくれているという証拠。それだけで俺は。
…なんて、カッコつけて言い訳して。
触れたことのないその肌を、夜な夜な汚しているなんて死んでも言えない。
本当は、触れたい、抱きしめたい、キスもしたい。…もちろんそれ以上も。
何度も何度も既に頭の中では乱しているのに。実物に会うと、その清潔な姿に罪悪感すら覚える。
厄介な人を好きになってしまった。
ただひたすらに、少しでも同じ空間に居られれば。
…そんな理由。
「…本多すぎるだろ」
「すまない。確かその当たりだと思うのだが」
たまたま、小物作りが得意な奴が入ってきて。それを商売にしてみたいという。刑期が長く、各国の調度品を作りたいが資料が無いという。
…取り寄せるのは簡単だが、上に上がるついでに探してみると伝えた。
確実に、この図書室のような執務室にならあるだろうから。理由になるから。
貸出を快く承諾してくれ、今に至る。
「あー、ここらへんか?各国の歴史とか環境変異とかの本並んでるな」
「む、それであればその右の棚の上に…」
「ここか?」
どの本かはわからないがとりあえず上げた右腕。
…思いがけず、それがヌヴィレットさんの右手と触れた。
たったそれだけ。それだけで、こんなにも頭が白くなるとは思わなかった。
一瞬時が止まったように感じる。思わず反射で腕を引っ込めようとしたがそれが出来ない。
それはそう。視界には入っている。
ヌヴィレットさんの手が、俺の手を明らかに掴んでいる。
その事実が受け入れられていないだけ。
「ぬ、ヌヴィレットさん…?」
沈黙。いや、少なくとも自分の荒くなっている呼吸と、背後に感じる熱と息。
近い。近くなっている。
眼の前の本に視線を移すがタイトルなんて読めやしない。
驚きから指が開いている俺のそれに、そのしなやかな指が、ゆっくりと絡められる。
「…君の執務室に、誰かを入れることがあるのか…?」
肩が跳ねた。首元に息がかかる。
「…、ない…っ。た、まに…メリュジーヌ達とは、茶会はするが…っ…他の奴らは、俺を怖がって入ろうとも…っしねぇ、よ…」
「そうか…よく相談事は受けるのにか?」
首に当たる吐息。ソレが堪らなく甘くて、喉から出そうになる声を抑える。既に会話が難しいのに。話しかけてくる。
「相談…つーか、俺を通さ、ないと…出来ないことがおおい、から…っ」
既に本棚は用途をなしていず、ただ己の体を支えるためだけのものになっている。
左の腰からするりと、差し込まれる手。
ベストの下、シャツの上から撫でられると跳ねそうになるのをなんとか堪える。手袋の上からでもわかる少しひんやりした体温。堪らない。想像とは違う。
…腰が、抜けそうだ
膝が崩れ落ちそうになるのをなんとか左手で本棚の縁を掴んで支える。
更には太腿の間に差し込まれる脚。これ以上自分の腰が落ちるとヤバい。
夢?そんな訳無い。現実。そう。
意図?わからない。
「…リオセスリ殿」
「んぁっ」
耳にかかる息と、僅かに触れた唇に、堪らず漏れてしまった。
慌てて口元を押さえた途端に全てから開放され、力なくその場に座り込む始末。
「すまない…私は何を…」
顔は見れないが明らかに動揺した声。聞いたことがない。
「いや…はは…どうしたんだヌヴィレットさん?」
平静を装うには既に手遅れ。
しばらく思考した後、
「…君の匂いに感化されてしまったようだ…ふむ、余り近づかないほうが良いだろうか…」
との返答
「あー…と?追加説明頼む…」
俺の匂い?とんでもない発言をされた気がするが頭が働かない。
「…種族として、だが。特定の匂いに対して自制が効かなくなるのだ。…経験はなかったが。…なんとなく、君の近くにいると落ち着かなかったのはこのせいのようだ…」
「匂い、だけ…?」
口元を隠し伏し目がちにするその表情がとても。
そしてその瞳が一瞬こちらを向いて、見開かれる。
途端に、俺には解る。あんたの背後からいつも俺が向けているその眼。…雄の眼。
「っ…リオセスリ殿。すまない、少々…危ない」
「何が…?」
そんな顔、するのか
はじめてみた
いいな
「ヌヴィレット…さん?」
頭の片隅、忙しい。
今を逃すなという気持ちと、墓場まで持っていくんだろうが、という気持ちと。
…押し倒したい気持ちと押し倒されてみたい欲望。
ガタッ
ヌヴィレットさんの一歩下がった足が机にぶつかる。片手を机に付きもたれ掛かった。
今じゃね?
無意識に、力の入らぬ足で立ち上がり歩を進める。
「俺の匂い、好きなのか?」
「駄目だ、リオセスリ殿…っ」
「…俺は、いくらでも…」
ネクタイを緩め、先程とは逆に手を重ねる。
ピクリと反応するその反応が新鮮で、
「あんたのその欲の捌け口になってやるよ」
言い終わるか終わらないかで重ねた唇
ブチ、という音と鉄の味
「痛っ…うぉっ」
乱暴に肩を押され腰を引かれ、机に背中を叩きつけられる。
普段からは想像もできないような荒々しい仕草で上着を脱ぎ捨てる。普段決して暴かれることのないその下のシャツ。見るだけで目眩がする。
「ふざけないで頂きたい」
冷たい海の底のような掠れた声、その発せられる唇に付いた俺の血を清潔なその白い袖で乱暴に拭い、そのままその手を顎に添えられる
「…先程の特性は、子孫を残すための本能だ。心底惚れた者にしか反応しない」
視界は煌めく銀
先程よりも近く、欲しかない声で。
「んっ…は、ヌヴィレットさ…っ」
血の味がする熱い口内に入ってくるのはひんやりと気持ちの良い舌
「ふ…っんぅ…ぁ」
正常よりも少し長いそれが口内を荒らしてくる
無理だ、気持ちいい
「あっ…はぁ、んんっ」
脳に酸素が行かず、生理的に流れる涙を舐め取られ、再度軽く口付けをされる。
そして、
「…ヌヴィレット、さん?」
「すまない、本当に…申し訳ない…こんな、君を無理矢理…なんてことを…」
このまま…なんて事しか考えていなかった為ここまで謝罪されるととても…辛い。
「いや…煽ったのは俺だしな…はは…謝んないでくれ」
「しかし…色々と、その…間違った手順になってしまった…」
「手順…?」
優しく腰に手を当てられながら引き起こされる。
その表情にもはや欲は無く、
「君を特別だと感じているのは判っていた。ただそれがこのようなものだとは気付いていなかった。だがこの反応を見るとかなりの年月君に想いを寄せていたようだ」
何も、出なかった。驚きの声さえも。
どういうことだ?ヌヴィレットさんが?俺、を?
「すまない何分…初めてなのだ…」
「あーっと…俺、は…」
言いかけた所で口を塞がれた。手で。
「いや、良く無い。駄目だ。流されてはいけない。私も整理をしなければならない。今日は、すまない。お引き取り願う。」
「…え、マジで言ってる?」
「当たり前だ。はぁ…すまない。本当に…君に嫌な思いをさせてしまった」
「いや、してな…」
「すまない」
頑なに話を聞いてくれなくなってしまい。諦めるしかなくなった。
「えーと… わり…トイレだけ、貸してくれ…」
「本当にすまない…」
「いや、悪い…」
なんとも歯切れ悪く、何も伝えられず、しかしとてつもないことを言われ、自分にも整理が必要だと思い、その日は何も言わずに帰ることにした。
◆
「ねぇちょっと公爵。ヌヴィレット様からすごい量の茶葉が贈られてきてるんだけど…なんでか知らない?」
「俺も、もうわかんねぇ…」
務めだして、初めて次の定期報告が怖いと感じた。