人間定史×青行燈永久 出会いの話小学生の頃、夏休みに友達の祖父の家に友人数名と泊りがけで一週間ほど遊びに行くことになった定史くん。その友達の祖父の家ってのがお寺で、せっかくだから夜に百物語ってのをやってみようぜって誰かが言い出した。夏休みに皆で遠くにお泊り会をしに行くって事でテンションの上がり切ってる子供達は、ろうそくはどうするだとか、100話も怖い話があるのかだとか、旅行前から大変盛り上がった。そして旅行当日、やってきた孫とその友達を歓迎する優しい人々に迎えられ、子供たちは美味しい料理と自然を満喫した。楽しい時間はあっという間に過ぎ、日は落ち、田舎特有の、虫の声が響き渡る夜が来た。
当然子供達は百物語について盛り上がる。想像以上に暗い田舎の夜と寺の静かな雰囲気に、定史くん含め他数名の子供達は正直やりたくないと思い始めていたが、散々皆で盛り上がって話もそれぞれ準備してきたのだ。今更やめようだなんて言えるはずもなく口を噤んだ。
しかしかき集めてきた蝋燭を立て始めた時、すぱんと大きな音を立てて襖が開くものだから、子供達は大層驚いた。
「おめーら勝手に火使ったらだめだろが」
「バレたらかあちゃんに怒られっぞ」
現れたのは定史達よりもずっと背の高い、友達の親戚の兄ちゃん達だった。
突然現れた二人に子供達が狼狽える中、友達は「俺たちだって準備したんだからやるんだよ!別に火だってちゃんと使えるし!」と食い下がったが、高校生の兄ちゃんはケラケラと笑うとその友達を器用に畳に転がした。その光景を見ながら、正直定史はほっとしていた。これで百物語はやらなくて済む。
しかし現実はそう上手くはいかなかった。友達を転がした二人はそのまま腰を下ろすと、あろうことか転がっていた蝋燭を並べ始めたのだ。
「まあ、俺らがいりゃあ火使っても問題ねえからよ」
「えっ!いいの?」
「おう。だから俺らも参加させてくれな」
「いいよ!怖い話ある?」
「ようけあるぞ」
どうやら親戚の兄ちゃん達は、子供達が蝋燭を使う百物語を計画してると聞きつけた母親に止める様に言われたが、夏の思い出作りとしてこっそり協力してくれるらしかった。定史や他数名からしたら有難迷惑だったが、ここまで来てしまったら、今更やめようだなんて今度こそ誰にも言えなくなってしまった。
あまり乗り気でないまま手を動かしていれば、兄ちゃん達の働きもあり蝋燭はあっというまに全て立て終わり、皆が向き合い円を描くように座り始める。まだそんなに夜も更けてないはずなのに、障子を閉める際に覗いた外は真夜中みたいに暗かった。背筋がぞわりとしたが、場に高校生がいるという事実が存外安心感を与えてくれていたようで、最初ほどの恐怖はなかった。むしろ目の前に広がる非日常的な光景にこれから始まるのかという高揚感さえ感じ始めていた。
しかしいざ始まってみれば思っていたよりも面倒なもので、最初の二十話程までは皆固唾をのんで聞いていたが、ちらほらと知った話や噂が出る度にネットで見たことあるな、それ作り話って聞いたな、なんて考える程の余裕まで出てきた。それでもやはり知らない話や高校生の話す怪談を聞く度に首筋が粟立ったりもした。蝋燭が残り十数本となった頃には、話し疲れたのか皆ぼうっとした顔をしていたが、ここまできたら最後までやる他はないと言うように話し続けた。残り三本となった時、兄ちゃんが少し芝居がかった調子で話し始めた。今になって?と不思議に思うも誰も何も反応しないものだからそれに倣って静かに耳を傾けた。そういえばいつの間にか虫の声が止んでいる。さっきまでだらだらと喋っていた友人達はじっと食い入る様に兄ちゃんを見ている。
「青行燈って知ってるかい?百物語の最後の蝋燭を吹き消した時に現れる妖怪でね。鬼を談ずれば怪にいたる、だったか。これを恐れて皆百物語を九十九話で終わらせてしまうんだよ。百物語は百話なければ完成しないというのにね」
それだけすらすらと話したかと思うと兄ちゃんは、ふ、と蝋燭を吹き消した。
それだけ?と言う声はどこからも上がらなかった。もちろん定史も皆に倣って黙っていた。虫の音すら聞こえなくなった静寂の中、皆の呼吸音と微かな衣擦れの音だけが部屋を満たす。怪談以外の何かを話せる空気ではなかった。それでもあと二話。二話で終わりだと残った蝋燭を眺めれば、内一本を手に取り友人が口を開いた。ふと、その後ろ、友人の背後の襖の向こうに、ぼんやりと青白い光が揺れるのを見た。思わず身を固くしたままそれに見入っていれば、光はゆらりゆらりと身を揺らした。光を見つめるうちに不思議と恐怖は薄れていき、気付けば友人の話は終わっていたようで蝋燭一本分、部屋が暗くなる。
「あと一話」
誰かが言った。振り返ればいつの間にか皆畳に転がってすうすうと寝息を立てていた。ぽつんと立ったままの蝋燭の上で揺れる炎が吹き消されるのを待っている。語り手はもう自分しかいなくなってしまった。定史はゆっくりと立ち上がり蝋燭を立てた小皿を手に取ると、襖に向かい座り直す。
しかしそこで暫し黙った。もう話せる怪談が残っていなかったのだ。それでも定史はこの蝋燭をどうしても吹き消さなくてはならなかった。それほどまでにあの青白い光を直接見たくなってしまったから。定史は少し考えた後、意を決して口を開いた。
ふ、と息の音がして、部屋はまっくらになった。
「それはお前さんの考えた話だね」
明かりの無い部屋で、襖の向こうから声が聞こえる。大人の男の声だった。それはあり得ない事だったが、恐怖は覚えなかった。それよりも襖の向こう側からちらちらと透ける光をもっと近くで見たかった。ソレを直接見たかった。ゆっくりと襖に手をかけ力を込めた。
しかし襖はス、と動く前に何かに押さえられ止まった。思わず襖の向こうを見れば、一枚の板を挟んで声が落ちてくる。
「随分と恐れ知らずな人の子だね。怖くないのかい」
「うん。開けていい?」
今度こそ返事をすれば襖の向こうでくつくつと喉を鳴らす音が聞こえた。どうやら笑っているらしかった。
「開けていい?」
再度念を押すように聞けば、少し黙った後また声が返ってくる。
「開けたらお前さんの魂を取って食うよ」
「えっ…でも見たい」
「食われて困らないなら好きにするといい」
食べられてしまうのは嫌だな。定史は躊躇ったが、その声からはやはり恐怖は感じられず、指先に力を込めた。
襖は抵抗なく左右に開いた。同時に暗い部屋を青白い光が照らす。目の前には行燈を持った着物姿の男がいた。額には青白い角が二本生え、その目は妖しく光っている。青白い光は行燈に灯る青白い炎と額の角から発せられているようだった。
それらを認識した次の瞬間、ひんやりとした手に頬を包まれた。
目の前にあるのは男の、青行燈の顔だった。揺れる黒髪を額の角が青白く照らしている。定史がそれに釘付けになっていると、男は目を細めた。
「食べてしまうと言ったのに」
目の前の男はそう言うと口を開き顔を近づけてくる。食われる。そう思いつつも定史から漏れ出たのは「綺麗」という感嘆の声だった
その言葉に男はぴたりと動きを止めると、心底可笑しそうに笑った。定史は笑われた事がなんだか恥ずかしくて、頬を包まれたまま目を反らした。
「くっ…ふふ、お前さん、名前は」
「定史」
「じゃあ定史。お前さんの話は悪くはなかったが、100話目にしては少し物足りない。だから今回は逃がしてやろう」
そう言って男は定史の額に一つ口づけを落とすとその頬を解放し立ち上がる。最初に見た時の様に行燈の炎がゆらゆらと揺れ始めると定史はハッとして男の着物を掴んだ。
「な、名前を教えて!」
思わぬ申し出に少しばかり驚いた表情をした男は少し考えてから口を開く。
…青行燈。それ以上知りたかったら今度は僕を満足させられる話を用意してまた百物語を完成させておいで」
気付けば小鳥が鳴いており、障子からは太陽が射し込み朝を知らせていた。友達や兄ちゃんに聞いても昨夜の事を覚えている者はおらず、皆気付いたら寝てしまい、最後の方は記憶がないらしかった
それからは百物語の事などもうどうでもいいとばかりに皆虫取りや川遊びに夢中になって、楽しい旅行はあっと言う間に終わり、残りの夏休みを満喫することになる。こうして夏は終わりを告げていく。定史の脳裏に焼き付いた、一人の男の姿を残して。
っていう出会いから始まる青行燈パロ見てえなって話