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    hama_0291

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    hama_0291

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    マロでリクをいただいた「お揃いのマグカップのお話」です。ひょんな事から隣人杉の家で夕飯を食べる事になったリーマン尾の話。
    素敵なリクありがとうございました!

    #杉尾
    sugio

    お揃いのマグカップ カンッという乾いた音を立ててエナジードリンクの空き缶が転がった。その隣に置いてあったブラックコーヒーのペットボトルがドミノ倒しのように次々倒れ、静かなオフィスに大合唱を響かせた。
    「チッ……」
    周りの視線を少し気にしながら溜め込み過ぎていたそれらをゴミ箱へと捨てた。定時まであと二時間。自ら取りに行った仕事がその時間内に終わるという奇跡が起きるはずも無かった。
     終電に乗り込み数分間揺られる。気付けばこんな生活も三年目に突入した。「どんなにキツくても好きな仕事だから続けられる」これが一般的な考えなのだろうが俺は違う。今やっている仕事が別に好きな訳ではない。ただ、自分の存在を正しく評価され認めてもらいたいのだ。去年の春、同期の中で自分だけが主任へ昇格した。悔しそうな同僚の面を見るのが楽しくて仕方なかった。その快感に変えられるものは今のところ他に無い。
     重たい体を引き摺り、最寄駅から自宅アパートまでの道を歩く。階段を登りついたところで人の気配がした。
    「あ、こんばんは」
    最近この時間に顔を合わせるようになった隣人だ。顔には自分と同じように特徴的な傷がある。そして、こんな時間なのに部屋からはいつも何かしらの飯の匂いがする。今日は何だ、煮物か?
    「……どうも」
    軽く会釈をして自分の部屋へ入った。プライベートな空間に入った瞬間、一気に体が重くなった。さっき嗅いだ飯の匂いに刺激されたのか空腹感もある気がする。しかし睡眠が優先だ。手早くシャワーを浴びて午前二時を回る前に布団に入ったのだが……。
    「寝付けん」
    毛布に包まり眠気に襲われるのを待つがその瞬間は中々訪れない。疲れているのに寝付きが悪い。睡眠負債は貯まる一方で目の下にはいつもクマができている。その後意識を完全に手放したのは、一時間以上経った後だった。

    「こんばんは」
    いつものように終電に揺られて帰り着くと例の隣人が部屋の前に立っていた。昨日がループしているのかと錯覚するくらい同じタイミングだった。
    「……どうも」
    自らも昨日と同じように挨拶をして鍵を開ける。ドアに手をかけ中に入ろうとした時、昨日とは違う展開が待っていた。
     ぐ〜〜
    自分の腹の虫が潔いほどの大きさで響いたのだ。羞恥心から顔が熱くなる。ハッとして硬直していた体を扉の向こうに捩じ込もうとした瞬間、男に腕を掴まれた。
    「あの、良かったらウチで飯食いません?」

     どうしてこうなった? 俺は今、自分の部屋と間取りが全く一緒である隣人の部屋に足を踏み入れている。素性を全く知らない相手の部屋に入るなんて、俺はこんなに不用心な人間だっただろうか。
    「俺、杉元」
    「尾形だ。呼び捨てでいい」
    杉元と名乗った男は、俺をダイニングの椅子に座らせてカウンター越しのキッチンでカチャカチャ音を立てている。何から質問すればいいのか分からない程、俺はコイツの事を知らない。とりあえず、日々抱いてる疑問を聞いてみる事にする。
    「こんな深夜に、いつも何してんだ?」
    「あー俺さ、こっから直ぐ近くの卸売市場でドライバーしててこれから出勤するんだ。さっきはゴミ捨てで外に出てた」
    なるほど、小さな謎が解けた。
    「皆と生活リズム合わないから仕事以外で誰かと話すの久しぶり。最近ここに越してきたばっかりだから友達もいなくて」
    コイツ、勝手に自分と友達になろうとしてんのか。とんでもねえコミュ力だな。
    「尾形は、格好からして仕事帰りだよね」
    「ああ、いつもこの時間に帰る」
    「こんな遅くまで毎日大変だな」
    「好きでやってる事だから、別に」
    間もなくして、杉元が料理の乗ったトレイを運んできたた。目の前に皿を並べながらひとつひとつ説明していく。
    「ごはんと、これはキャベツとひき肉の味噌炒め。春キャベツ使ってるから柔らかくて美味いよ。そして豆腐と椎茸の味噌汁に、これはじゃがいものり塩バター。新じゃがの時期だから小さいやついっぱい売ってたんだ。んで、こっちは冷蔵庫で冷やしておいた枇杷ね」
    次から次へと皿が出てくる。
    「ちょっと待て! お前、ひとり暮らしだよな」
    「うん、そうだけど」
    だからどうした? という顔で杉元がこちらを見てくる。
    「いや、ひとりでもこんなに品数作るのかと思って」
    「あー、俺こんな仕事してるから食材選ぶの好きでさ。仕事で食材運びながら今夜のメニュー考えてたりする」
    仕事中に飯の事考えるとか呑気な奴だな。絶対に自分とは考えが合わん。
    「どうぞ召し上がれ」
    杉元がさあ食え! とばかりに胸を張る。本当に食べる事になってしまった。ここまできたら断れる訳がない。
    「……いただきます」
    覚悟を決めキャベツとひき肉の味噌炒めに箸を伸ばし、口の中に放り込む。噛む度にシャキ、シャキという咀嚼音が響く。
    「……美味い」
    くそマズいと貶してやろうと思ったのに、想像以上に美味かった。味噌の濃い味付けでご飯が進む。久しぶりのマトモな飯という事もあるけど最初のひと口で胃袋をガッシリ掴まれてしまった。
    「そんなガツガツ食ってくれたら作り甲斐があるじゃん」
    「このじゃがいものやつ、ビールが飲みたくなる」
    「だろだろ! 仕事前じゃなかったら俺絶対飲んでたもん」
    「料理、好きなのか?」
    「好きだよ。いつも作る時間より食べる時間の方が短いからさ。こうして尾形が食べてくれるのすげー嬉しい」
    杉元は目の前の椅子に腰掛け、俺が食事する一部始終を見ている。コイツ、傷ばかりが気になってたけど顔がいいな。目の色素も薄くて、見つめられると何だか落ち着かない。食事に集中しようとお椀を手に取り、味噌汁に口を付けようとして手を止めた。
    「あ、もしかして苦手だった?」
    「え?」
    「いや、表情が微妙に変わったから。椎茸? 豆腐?」
    「……椎茸」
    「ふふっ、無理せず残していいよ」
    ひとり食わず嫌い王を開催していたのにバレてしまった。なんか悔しい。
     残すところ枇杷だけになった段階で、湯気が立ち上るマグカップが出てきた。熊の絵が載った何とも可愛らしいデザインだ。
    「こんな時間だからノンカフェインの飲み物にしてみた。ルイボスティーのホットだよ」
    こんな時間だからノンカフェイン? 杉元の言葉を脳内で復唱し、言わんとしている意味を考える。
    「……あ」
    「ん、どした?」
    「いや、別に」
    そうか、直ぐに自分が寝付けない理由がひとつ分かった。カフェインを一日中摂り続けているからだ。酷い時には寝る直前に夕食代わりだとコーヒーを飲む事もある。
     用意されたルイボスティーはとても落ち着く味がした。続いて枇杷の皮を剥き、ひと口かじる。想像していた以上の甘さが口いっぱいに広がった。
    「今日、久しぶりに仕事でミスをした」
    気付けば、自分の口が勝手に愚痴をこぼしていた。ほぼ初対面の相手だというのに。やっぱり今日の自分はどうかしている。
    「そうなんだ。睡眠足りてないと集中できなかったりするって言うけど」
    「まあ、睡眠は十分じゃない」
    「やっぱりな。目の下のクマ凄えもん。食事は?」
    「朝は食わん。昼は大体飲料ゼリーとバナナ。夜は食ったり食わなかったり。いつもそんな感じだ」
    「そんなの、不死身な俺でも三日で死ぬわ」
    最後のひと口を胃に流し込んだ後、食事と睡眠は大事だぞと杉元に念を押された。
    「良かったら明日も食いに来いよ」
    頬杖をついた杉元が白い歯を見せてニッと笑った。あーやばい。これは凄くやばい気がする。しかし、アレだろ。どうせいるんだろ、大切な相手が。
    「連日世話になっちゃ、彼女に悪いだろ」
    「え、俺、彼女とかいないけど」
    「じゃあ、このマグカップとかノンカフェインの飲み物は?」
    「俺の趣味だけど」
    俺の趣味? 本当なのかと少し耳を疑いたくなる。
    「……食費だってかかるぞ」
    「んな事気にすんなよ。今食べてもらったのも残りもんだし。何より、尾形の体調がちょっと心配」
    その後も何を言っても突っぱねられた。せめて皿を洗うと提案したが、そのままでいいからと追い立てられた。

     杉元が出勤すると言うので、二人揃って部屋を出た。鍵を閉めた杉元がこちらを向く。
    「んじゃ、おやすみ」
    「ああ。お前はいってらっしゃい、か」
    「ふふっ、全然挨拶が違う」
    ちぐはぐな挨拶を交わして、杉元は手を振り一人階段を降りていった。シャカシャカと鳴るウインドブレイカーの音がやけに鮮明に聞こえた。
     寝室の窓から外を眺めると、遠くに卸売市場の明かりが見えた。杉元は今からあの明かりの下で働くのか。
    「初めて、心配されたな」
    今の自分の生活が好ましくない状態だという事くらいとっくの昔に気付いていた。そしてそれはおそらく自分の周りの奴らだって。でも、誰もこんな風に声をかけてくれた事は無かった。俺がどうなっても構わないのだろう。もしくは……。
    「誰も自分の事なんか見てないのか」
    そんな場所に存在意義を求めている自分がやけに滑稽に思えた。時刻は深夜二時半。いつもより少し遅い時間に布団に入る。腹が膨れた体はあっという間に睡魔に襲われた。

     あの日以降、仕事終わりに杉元の家に行くのが当たり前になった。杉元は三十分程の他愛ない会話が楽しくて仕方ないらしい。今日はさっきから仕事終わりに行く銭湯の素晴らしさを延々と語ってる。
    「俺、仕事終わりの風呂が一番幸せ。昼間の銭湯って空いてるから貸切状態なんだよ。尾形は何してる時が一番幸せ?」
    急に質問が飛んできた。
    「飯、食ってる時」
    「へえ、そっかあ」
    杉元がニヤニヤした顔でこちらを見てくる。
    「じゃあ、今この時間が一番幸せって事?」
    杉元にそう言われてハッとする。
    「ちっ、違う! 今は昼飯だって食ってるし……」
    待て、俺は飯食ってる時が一番幸せなのか? 自ら出した答えに疑問が湧く。俺はいつの間にそんな平和馬鹿な男になってしまったんだ。ほんの数週間前まで、食事なんて抜くのが当たり前だったのに。杉元はすっかり黙り込んでしまった俺を不審な目で見つめている。そして突然大声を上げた。
    「あー! すっかり忘れてた!」
    杉元がワタワタと冷蔵庫から何かを取り出した。
    「これ、さくらんぼ。足が早いから早めに食べた方がいいんだけど量多くて。尾形持って帰って朝食べなよ」
    杉元はそう言って保存容器にさくらんぼを詰めて持たせてくれた。
    「やべっ、もうこんな時間じゃん」
    気付けば時計は杉元の出勤時刻を指していた。
     杉元を見送った後、腕の中にある保存容器をぎゅっと握りしめた。
    「朝、楽しみだな」
    幸せな時間を楽しみにして、ひとりで眠りについた。

    「尾形さんのデスクの上、最近スッキリしたと思ったら空き缶が消えたんですね」
    いつものように残業していると、新人社員の女に声をかけられた。
    「……ああ」
    「まだカフェイン摂るんだって、心配になるほどでしたよ。生活を改めたんですか?」
    「心配?」
    そうか、気付かなかっただけで気にかけてくれている奴も居たのか。少しだけ、気持ちが上を向く。
     ほぼカフェインでできていた俺の体は杉元が使用する旬の食材で構成されるようになった。おかげで睡眠は以前より取れているし仕事の集中力もアップした気がする。もし、杉元と一緒に暮らしたら? 最近はそんな考えが頭をよぎるようになった。しかし、二人の生活時間はバラバラ。一緒に暮らしたとしても顔を突き合わせられるのは今と同じ時間くらいかもしれない。そんな生活が幸せだと感じるのだろうか。
    「いや……違う」
    限られてるからこそ、その時間が更に愛しくなる。
    「今日は帰る、お疲れ」
    目の前に立つ後輩にそう告げ、デスクの片付けもそこそこに立ち上がる。
    「はい、お疲れ様です!」
    背中に労りの言葉を浴びてオフィスを飛び出した。

    「今日、早いじゃん」
    いつもより早い時間にインターホンを押すと、驚いた顔の杉元が迎えてくれた。出勤まで時間があるからか部屋着のままだ。
    「珍しく早めに上がれた」
    自ら意志を持って早めに仕事を切り上げた事実は、何故が恥ずかしさが出てきて隠してしまった。
    「ちょうど良かった。一緒に食おうぜ」
    どうやら杉元が食事をする時間と重なったようだ。
     今日のメニューはオクラを使ったネバネバカレー。その他に小鉢が数種類。二人分の皿が初めてテーブルに並んだ。いつでも食べられる状態だが、杉元は椅子に座るでもなく満面の笑みでこちらを見てくる。両手を後ろに回して背中に何かを隠しているような格好だ。
    「何だよ、食わねえのか」
    「ふふっ、じゃん! これ見ろよ」
    杉元が見せてきたものはシンプルなデザインのマグカップだった。茶色と紺色の色違いを両手に持って戯けて見せる。
    「揃えてみたんだ。皿とか茶碗は無駄にあるんだけどカップだけひとつしか無かったから」
    揃えてみたという言葉に特別深い意味なんて無いのかもしれない。でも、それは俺専用だと思っていいのだろうか。杉元は「グラスも買うべきだったね」と言いながらマグカップに氷を入れ麦茶を注いだ。いただきますを一緒にした後、杉元の食リポを聞きながら全て平らげ、一緒に皿を洗った。
    「これ、毎晩ここに持ってきてよ」
    杉元はそう言って洗い終わった紺色のマグカップを俺に差し出した。
    「いや、使わない」
    その言葉に杉元の動きが止まった。途端に表情が厳しくなって、差し出していた手を引っ込めた。
    「あ……なんかごめん。流石にお節介だったな」
    違う、お節介なんかじゃない。最後まで聞いてくれ。
    「ひとりじゃ、使わないから……」
    自分が伝えようとしている言葉に顔が熱くなる。
    「杉元と一緒に使いたいから、だから」
    この部屋でお前と過ごす時間が何より大切だから。
    「預かっててくれ!」
    杉元の顔を見てハッキリそう言うと、不安げだった杉元の顔が和らいだ。
    「ふふっ、了解!」
    杉元と揃いのものがこれからも増えていけばいいなと思った。たった三十分でも構わないから、一緒に過ごす時間を平日だけじゃなくて毎日共有したい。そしていつの日か「お前と過ごす時間が一番幸せだ」と言って貰えたら、俺は凄く嬉しい。
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